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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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03 「妹」

 凪浜市から新幹線で西へ二時間程度かけた位置にある、旧都――京と呼ばれる都市。

 かつての都ということもあり、数多くの神社仏閣があり観光都市として現在は栄えている。しかしながら、景観保護のための条例が施されており、建設物の高さや大きさが制限されることもあるので、高層ビルが立ち並ぶ都会さとは無縁だ。

 都市の中心となる駅はビルになっており、デパートなど各種施設が併設され、各方面へ繋がる路線が集積する場所でもある。そのため、この場所には人が絶えない。

 折しも時期は年末ということもあり、人の出入りの多さで言えば都会に負けないものがある。

 そして、その都市の玄関とも言える駅ビルの出入り口で、少女が一人寒さに手を擦り合わせていた。


「そろそろのはず。頑張れ、わたしっ」


 左手に巻いたアナログの腕時計の針は、もうすぐ頂上で重なり合おうとしている。しかし、空はあいにくの灰色で、興奮気味な少女の心とは正反対な色を浮かべていた。

 誰にともなく気合の言葉を呟く少女を、通り過ぎる人々は皆一様に振り返っていた。

 観光地ということもあり、集まる人間の様相は多種多様である。多少変わった人物がいても気にはとめられないものだが、少女の恰好はその範疇から抜け出していると言ってよかった。


 少女が着ているのは黒を基調としたワンピースにフリルのついた白いエプロンが組み合わさったドレス。癖のある明るい栗色のショートヘアには、同じくフリルのついた白のカチューシャをしている。

 いわゆるメイドの姿である。何らかの催し物でも、その手の店の宣伝などでもない。ただ、素でその恰好をしているのだった。

 一応の防寒対策として、肩にストールを羽織ってはいるものの、今日の冷え込みを少し甘く見ていたと彼女は反省していた。この分だと、真冬になればもっと寒くなるだろう。


 少女は胃に少しばかり緊張を覚えながら、冷えた空気を胸に取り込んだ。

 半年という、短いような長いような、どちらとも言えないような期間ではあるが、彼女にとっては長いものだった。

 再会の第一声は何というべきか、この段階になるまで結局決まらなかった。


「子供か、わたしは」


 きっと、会えば言葉は自然と出るはず。そう、下手に気取ったことをしようとして、失敗するよりかはその方がいいのだ。

 必死に言い訳のようなものを心の中で繰り返しながら、少女はビルの方へ目を向ける。

 そして、視界に映る人物の姿に、彼女の胸の鼓動が一つ高鳴った。





 真はおよそ半年ぶりに故郷の地へと足をつけることとなった。

 到着した駅ビルの中は、多くの人で混雑している。半年程度では何も変わることはないかと、東よりもやや冷えた空気を吸いながら、ジャケットの襟を寄せつつ彼は足を止めていた。


「呆けるなよ、真。通行の邪魔だぞ」


 立ち止まる真の肩を軽く押し、静は駅ビルの出口に向けてさっさと歩いて行こうとする。感慨に耽る暇も与えられず、真は姉の背を追いかけた。


「人が多いですが、都会とはまた違う感じがしますね」


 その真の隣につきながら、ハナコは初めての地に少なからず緊張した面持ちだった。


「やはり、この地もハナコさんに見覚えはないようですね」


 そして、そんな風に物珍しそうに周囲をうかがうハナコに、二人の後ろを少し離れて歩く珊瑚が声をかける。彼女は今は栗色の髪をほどいて背中に流し、白いロングコートを着ていた。

 ハナコは振り向き、「そうですねぇ」と頷く。


「着いたばかりなので何とも言えませんが、そういう空気は感じませんね」

「まぁ、そこのところの期待はしていないさ。ところで珊瑚さん、やっぱり荷物は持ちますよ」


 昨晩、出立の準備をした際の荷物を入れたバッグを、珊瑚は肩にかけている。用が済めば凪浜市には戻るつもりであるため大した量でもなかったが、彼女一人に持たせるのは忍びなかった。

 しかし、その真の申し出に、珊瑚は柔らかく微笑んで首を横に振った。


「お気遣いありがとうございます。ですが、私の立場をお忘れなく。これも職務ですよ」


 普段の生活では世話になっているため、こんなときくらいはと思う真だったが、使用人という立場を持ち出されては無理矢理に荷物を奪うわけにもいかなかった。

 時折、彼女はこうした線引きを忘れない。むしろ、真は以前よりもそこを強調されることが多くなったような気さえしていた。


「真さんも、静さんくらいに豪胆に私を使ってくださっても構わないのですよ」

「あれと比較しないでください」


 珊瑚が持つ荷物には静の私物も混じっている。真が気にしているのはそれも含めてのことだったが、当の珊瑚は問題とせず、涼しい顔をしていた。


「おい、珊瑚までぼやぼやするな。早く来い」

「ほら、呼んでいますよ。行きましょう」


 と、一人先を行く静が呼ぶ声がする。苦笑しつつ促す珊瑚に、不承不承ながらも真は前に向き直り歩みを再開した。


「まったく、仕方のないやつらだ。しかし、珊瑚……」


 ビルの外へと繋がる下り階段の前で待っていた静は鼻から息を吐くと、追い付いて来た珊瑚をじろりと見た。


「お前、しばらく見ない内に雰囲気が変わったか?」

「何ですか、静さん。藪から棒に」

「昨夜から気になってはいたのだがな。真と何かあったか?」


 探るような視線を真にも向けながら、静は意味深に口角を上げる。いつか勘繰られるだろうと、ある程度の覚悟はしていたため、真は姉の威圧を受け流しつつ肩を竦めた。


「何かってなんだよ。それは珊瑚さんに失礼だろ」

「そうか? まあ、一つ屋根の下は実家と変わらんが、距離感が違うからな。以前よりも親密になるのはわかる。しかし、今のお前たちは私の予想よりも上だな。例えるなら、親密になり過ぎた挙句近くなった距離に戸惑って、また距離を離そうとしているぎこちなさが感じられる」

「何の例えにもなってない上に想像が具体的過ぎるだろうが」

「静さん、その話はまた後程。今は御実家に帰ることが優先でしょう?」

「……ふむ、そうだな。昨日は準備で大したことは話せなかったからな。今晩はゆっくりとお前と過ごすとしようか。楽しみが一つ出来たな」

「どうぞ、お手柔らかに」

「安心しろ。私が優しいことはお前も知っているだろう?」


 何が彼女の気を良くしたのか、からからと笑いながら静は階段を下り始める。それに続きながら、真は囁くように珊瑚に向けて口を開いた。


「珊瑚さん、接続の件は言ってなかったんですか?」

「はい……いずれ、露見することだとは思ったのですが、念のため」

「念のため?」

「いえ、今のは言葉の綾ですね」

「接続でしたっけ。お二人がそうなったことを知られるのは、まずいことなんですか?」


 二人の会話に割って、というよりも自然と聞こえるハナコが口を挟む。


「接続の行為そのものに問題はないとは思いますが……」

「ああ、なるほど。つまりキスをしたことが問題であるというわけですね」


 直截なハナコの言い方に、珊瑚は言葉を返せず曖昧に微笑する他なかった。真も思わず珊瑚の唇に目がいってしまい、慌てて視線をそらす。


「重症ですね、これは」

「頼むからお前は口を慎め」


 と、苛立ち混じりに呟く真の視線が、すでに階下に降りてこちらを見上げる静を捉える。気取られたかと背筋が一瞬寒くなったが、どうやらそうではないようだった。


「お前たち、どうやら迎えが来たようだぞ」


 そう言われ、真と珊瑚が続いて階下に降りたとき、その声は飛び込んできた。


「――姉さんっ!」


 横合いから一直線に突っ込んでくる黒い影に珊瑚は身構えかけたが、すぐにその正体を悟り目を見開く。


「凛!?」


 次の瞬間に、影は体当たりするように両手を広げて珊瑚の胸に飛び込んでいた。

 影の正体は、メイドの姿をした少女った。


「えへへ、久し振り。迎えに来たよ」


 少女は珊瑚の胸に埋めた顔を上げて、深いブラウンの瞳を細めて満面の笑みを浮かべていた。


「迎えにって、正確な時間は伝えていなかったはずよ」

「でも、昼にはこっちに着くって聞いたから、待ってたんだよ」

「もしかして……朝から待っていたんじゃないでしょうね?」

「あはは、うん。まあ、そんな感じかな。いてもたってもいられなくって」

「まったく、あなたは……」


 無邪気に笑う少女の身体は少し震えており、珊瑚は彼女を強く抱きすくめた。


「うーん、懐かしの姉さんの……幸せの匂いだぁ」


 少女は恍惚とした表情で目を細める。尻尾でも生えていたら激しく振っている様がすぐにでも思い浮かべられる光景だった。


「お前……凛なのか?」


 風のように現れた少女の存在に、真は驚いた気持ちを落ち着かせながら訊ねていた。彼の声に、はっと我に返ったように目を開いた少女は、珊瑚に抱き締められたまま真と静の方へと顔を向けた。


「真くんも久し振り! 静さんも、ご無沙汰しております!」

「あ、ああ。やっぱり、お前か」


 その声と明快な笑顔を見て、真はようやく少女の正体を確信して頷いた。


「凛、元気そうで何よりだ。珊瑚、そろそろ離してやったらどうだ?」

「いえ、大丈夫です静さん! わたしはこのままで全然へっちゃらですから!」

「調子に乗るんじゃありません」


 吐息を一つ零し、珊瑚は抱擁を解いて少女の両肩を掴むと、二人の方へと向き直らせた。


「あ~っ! あなたが噂の幽霊さんですね!」


 と、息をつく間もなく繰り広げられる展開を眺めていたハナコを、少女が思い切り指さして声を上げた。まさかいきなり呼び掛けられるとは思っていなかったため、ハナコはびくりと肩を震わせて少女と目を合わせてしまっていた。


「え、え?」

「お話は姉さんから聞いています。ハナコさんですね。初めまして、千島凛と言います! 高校一年、十五歳です!」

「こ、これはご丁寧に。あ、ということはもしかして……?」


 右手を額に掲げて敬礼する少女に、ハナコは驚きつつも言葉を返す。そして、その名前に思い当たったように珊瑚を見た。


「はい、恥ずかしながら妹です」


 どうしたものかと困ったように眉を寄せながら、珊瑚は首を傾けて微笑んだ。そう紹介された子犬のように目を輝かせる少女――凛は、不満げに姉を振り向いた。


「姉さん、そこは自慢の妹と言ってくれないの? わたしは姉さんのことを自慢に思ってるのに!」

「はいはい。それで、凛。あなた、どうしてそんな恰好をしているの?」


 そんな訴えを流しつつ、珊瑚は改めて妹の姿を見つめて訊ねていた。それは、真に静、ハナコも疑問に思っているところだった。

 エプロンドレスにフリルのついたカチューシャを装着したメイド姿。半年ぶりに再開した妹がそんな恰好で現れたのだから、珊瑚の胸中は正直なところ、喜びよりも戸惑いの方が大きかった。

 その恰好の特異さのため、いらぬ注目を集めていたのだが、さりげなく静が周囲へ睨みを聞かせていたため、遠巻きに凛のことを注目していた人々は既に退散している。そんなことを露知らぬ少女は、軽くドレスの裾をつまむと、見せびらかすように身体を左右に振った。


「似合ってないかな。どう、真くん?」

「何故俺に感想を求める……。まあ、似合ってると言えばそうなんだが」

「だよね! わたしも気に入ってるんだ!」


 屈託なく笑顔を見せる凛は、初々しくも元気一杯な感じがして好印象ではあるのだが、珊瑚の質問の意図はそこではない。しかし、真の突っ込む気はすっかり削げており、後は彼女の姉に任せることにした。


「凛。人の話を聞きなさい。真さんも、甘やかさないでくださいね」

「あ! い、痛い姉さん! 姉さんの愛が痛い!」


 肩を掴む指先に力を込められ、凛は身悶えながら参ったと姉の手を叩く。そして、目尻に涙を浮かべながら、落ち着きなく瞳を動かしてあわあわと口を動かし始めた。


「あー、その、あれだよ。姉さんが真くんと家を出ることになったから、本格的にわたしが浅霧家での使用人になったわけじゃない?」

「……そうね」

「それで、姉さんにはまだまだ敵わないけど、心構えくらいはちゃんとしたいなと思って、礼さんに相談したところ、そういうことならまずは形から入るのがいいだろうっていう話になって」

「その結果が、この恰好なの?」

「ええ……はい。そうなります……」

「何考えてんだ、あのクソ兄貴は」

「そうか? 私は可愛らしくて良いと思うが」


 頭を抱える珊瑚と真とは対照的に、静は鑑賞するように凛の姿を眺めていた。


「静姉は節操なさ過ぎるんだよ」

「可愛いものを愛でるのに何の罪があるというんだ。しかし、私に断りなく面白いことをしているバカな弟には一言言わねばならんようだが」


 私欲に塗れた姉の言葉に、まだ再会を果たしていない兄へと向けて、真は胸の内で合掌した。


「うんうん。可愛いは正義ですよね。わたしとしては、着替えられるだけで十分贅沢だと思いますけどねぇ」


 そして、霊として姿が固定されているハナコにとっては、着飾れるという時点で羨むべき対象のようだった。


「うーん、そんなに変かな? 見た目よりも動き易いし、家事には向いてると思うんだけど。姉さんも着て見ればわかるよ?」

「遠慮するわ。何にせよ、礼さんには私からも一言言っておかないと駄目ね」

「あの、姉さん、礼さんも悪気があるわけじゃないから……あまり怒らないであげて欲しいかなぁ、なんて」

「それとこれとは話が違います。でも……そうね。元気そうで安心したわ」


 不安気に見つめられ、珊瑚は憤慨した気持ちを一旦落ち着けて妹の頭をくしゃりと撫でた。


「うん。わたしも、姉さんの元気な顔を見て安心した」


 嬉しそうに笑みを返した凛は、改めて姉の腰に抱き付く。仲睦まじい姉妹の様子に、真はちらりと隣の静を盗み見た。


「何だ、真。羨ましいのか?」

「別に。うちとは大違いだなと思っただけだ」


 皮肉に笑う真に対し、静もまた「違いない」と小さく笑みを零した。


「せっかくだ。凛、出迎えにきたついでだ。家まではお前に案内を任せよう。客人もいることだしな。出来るな?」


 静はハナコに目を向けて、凛にそう提案した。凛は彼女の言葉に目を瞬かせたが、すぐに何度も勢い込んで頷いた。


「任せてください! 不肖ながら、わたしがハナコさんを案内させて頂きます!」

「えっと、いいんですか?」

「お客様をもてなすのは礼儀ですから。ですよね、姉さん」

「そうね。ハナコさん。よければ凛に付き合って頂けると助かります」


 目を白黒させながら、最終的にハナコは真を見た。見た目にわかる彼女の戸惑いに苦笑しつつ、真は訊ねた。


「なんだ、嫌なのか?」


 問い掛けに、ハナコはぶんぶんと首を横に振る。


「いいえ。ただ、静さんのときも思いましたけど、普通に接してもらえることが、なんだか私としては新鮮ですねぇ」


 腕を組んでしみじみと唸るハナコに、彼女を見る面々は皆、思い思いに表情を緩めるのだった。

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