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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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01 「経過報告」

「それでは、次のニュースです――」


 真が暮らすマンションの部屋のリビングで、彼の姉――浅霧静はすっかりくつろいだ様子でソファに座り、テレビから流される夕方のニュースを眺めていた。


「くそ、速攻で馴染んでやがる……」


 苦々しく姉の背中を横目で睨みつつ、ダイニングテーブルの椅子に座る真は無意味な悪態をついていた。


「ふふ、静さんは相変わらずのようですね」


 そんな彼を労わるように、同居人の千島珊瑚が微笑を浮かべる。彼女は今、キッチンで夕食の準備に取り掛かっているところだった。


「それにしても、真さんと一緒に来られた時は驚きました。きちんと連絡はしてもらいたいものです」


 結局、チキンを食べに行こうという柄支の発案に真は乗ることができなかった。嵐のように現れた姉は、彼を連れ去り自宅まで案内させたのである。

 珊瑚は静が来ることを前もって知っており、本当なら駅まで迎えに行くことになっていたようだ。しかし、静は気紛れにより連絡は行われず、真の学校まで足を運んだのである。

 真が帰って来たと思い玄関まで出迎えて見れば、そこには溌剌とした静と、ぐったりとした真がいたので珊瑚も驚きを隠さなかった。

 そうして、長旅で疲れたと言った静は話もそこそこに仮眠を取り、現在に至る。自由過ぎる行動ではあるが、真も珊瑚も慣れたものなのか、特段突っ込むことはしなかった。


「小言はよしてくれよ。それはもう、詫びまで用意して謝っただろう」


 改めて苦言を呈する珊瑚に、静はテレビを見たまま片手を振ってみせる。珊瑚も本気で言っているわけではなく、顔は穏やかなものだった。

 ダイニングテーブルには、静が真に案内させて学校近くの商店街で買ってきた、クリスマスケーキとシャンパンが置かれている。それを詫びと称し、彼女は今晩の食卓に提供していた。


「それで、静姉しずねえ。いい加減目も覚めたんだから話せよ。何しに来たんだ?」


 まさか本当に顔を見せに来ただけというわけではあるまいと、寛いでいる姉に真が訊ねた。突然の再会に面食らってしまっていた気持ちも、そろそろ落ち着きを取り戻し始めている。これ以上、この姉の横暴に流されるわけにはいかなかった。


「ふむ、その前に真。私はまだ会うべき人に会っていないのだが?」


 丁度ニュースも終わったところで、静はソファに座ったまま振り返り、組んだ腕をソファの背に乗せて軽く身を乗り出す姿勢を取った。


「会うべき人?」


 口端を傾ける姉に真は首を傾げる。その彼の反応に、「おいおい」と彼女は呆れたように苦笑した。


「お前の相棒だよ。いつ姿を見せてくれるのかと待っていたんだがな。私に話せというのなら、まずは役者を揃えてもらわなければ困る」


 見透かしたように見つめられ、真は言葉を詰まらせる。静は「どうした?」と、からかうように目を細めた。


「驚くことはないだろう。お前のことは定期的に珊瑚から連絡を受けている。近頃、色々と面倒なことに巻き込まれているみたいじゃないか。もっとも」


 と、そこで静は顔から笑みを引き、不意に真剣な顔つきになった。


「お前の魂が死んでいるというのは、流石に聞き捨てならないな。多少の無茶は許容してやるつもりだったが、他の組織の動きもある。お前も知っての通り事態は深刻だ」

「全部知ってたのかよ」

「聞いただけのことだ。だから、実際に見てみたいんだよ。何より、弟の命を救ってくれた恩人だ。姉として礼を言うのは筋だろう」

「……わかった」


 真は一つ息を吐いて席を立つと、リビングへと向かい静の隣にもたれるように座った。静もソファに座り直し、黙って彼の行動を見守る。


「ハナコ。出てこい」


 呟くように真が言うと、彼の身体が青白い光を帯び始めた。その光は意志を持つように彼から分離し、空中で人の形を成していく。

 丈の長い白いワンピースに灰色のベストを着た、膝を抱えて丸くなった少女がそこにはいた。長い黒髪を緩やかに揺蕩たゆたわせ、眠っているのか瞳を閉じている顔にはまだあどけなさが残っている。

 霊気で構成された少女の身体は仄かに青白い輝きを帯び、半分透けている。踝あたりからは形は不定に霞んだように揺らめいており、足のない幽霊といった具合だ。


「なるほど、なかなか可愛い子じゃないか」

「最初の感想がそれかよ。ハナコ、悪いが起きてくれ」

「ん……ん~?」


 霊体の少女――ハナコを見て含みを持った笑みを浮かべる姉を軽く睨みつつ、真は目の前で丸くなったままのハナコに呼び掛ける。すると、彼の声に反応したのか、彼女は微かに身震いをすると瞼を半ばまで開いた。


「ふぁ……真さん、どうしたんですか……? わたし、まだ眠いのですが……」


 組んだ指を頭上に掲げて腕を伸ばしつつ、盛大に欠伸をしたハナコは真の方へ寝惚けた顔を向ける。すると、そこで待ち構えていたかのように静と目が合った。


「やあ。初めまして、幽霊ちゃん」

「へ……?」


 さも当然とばかりに挨拶をされ、ハナコは状況を理解できずに間抜けな声を出していた。

 自分の目を見て話し掛けている、この女性は誰なのか。ハナコはぐるりと周囲を見渡してみたが、女性の視線の先には自分しかいない。それ以前に、幽霊ちゃんと口にしていることから見えているのは明らかだった。

 ハナコは自分の置かれている場所が見慣れたマンションの部屋であることを確認する。いわば自分の領域フィールドであるはずなのだが、目の前の女性の堂々たる態度に、逆に委縮してしまいそうになるのはどういうわけだろうか。


「え~と、真さん。お知り合いの方……ですよね?」


 真に助けを求めるようにハナコは彼に顔を向ける。もちろん、起き抜けにこんな訳の分からない状況に置かれていることに不満を込めてである。

 が、真は眉間に刻んだ皺を指で揉みながら、渋い顔を作っていた。


「お前なぁ……もう少しましな登場の仕方を考えろよ」

「えー!? そんなこと言われても、いきなり呼び出しておいたのはそっちじゃないですか!」


 理不尽にも文句を言われ、ハナコは頬を膨らませて抗議する。そんな二人のやりとりを遠目に珊瑚は苦笑しており、間近にいた静は少し意外そうに目を開いていた。


「くく……はははっ!」


 が、やがて込み上げる感情を抑えずに静は大笑いを始めた。その様子に真とハナコも言い合いをやめ、驚いた顔で彼女を見つめていた。


「く……いや、久々に面白いものが見れた。で? 痴話喧嘩はもう終わりなのか?」


 これ以上何を言っても楽しませるだけだ。にやにやと音が聞こえそうな笑みを浮かべる姉から顔を背け、真は盛大に息を吐いた。


「もういい。ハナコ、こいつはだな……」

「『こいつ』だなどと何を恰好つけているんだ。昔のように『静お姉ちゃ~ん』と甘えた声で言ってみろ」

「うるせえ! 年齢が一桁の時代の話を持ち出すな!」

「ま、まあまあ真さん落ち着いて……って、お姉さん?」


 真の剣幕を見て妙に冷静な気分になったハナコが彼をなだめる。と、ハナコは静へと向き直った。


「ああ、名乗らせてもらうよ。浅霧静だ。こいつの姉だよ」

「え……えー!? お、お姉さんでいらっしゃったのですか!?」

「うむ。いらっしゃったのだ」


 楽し気に口元を綻ばせて笑む静に、ハナコは胸が弾む気がして思わず背筋を伸ばした。


「えっと、ハナコと言います。お会いできて嬉しいです。真さんに、こんなに綺麗なお姉さんがいるなんて知りませんでした」

「ありがとう。こちらこそ、会えて光栄だよ」


 そう言って静は右手をハナコに向けて差し出した。その行動にハナコは戸惑った表情で、静の右手と顔を交互に見る。


「握手は嫌だったかな?」

「え、いいえ……でも」


 静の行動の意味は解るが、それに応じるべきかハナコは迷っている風だった。

 決して握手が嫌いと言うわけではない。その彼女の困惑に理解を示すように、静は気軽に口角を上げた。


「直接ではなくても、触れることはできるさ。駄目かな?」

「いいえ、ありがとうございます。嬉しいです!」


 ハナコは言うと、両手を静の右手に包むようにして重ねた。


「あの、お姉さん」

「静で構わないよ。私も君のことはハナコと呼んでもいいかな? 真の身内であるのなら、君はもう私の家族も同然だ。他人行儀はなしとしよう」

「は、はあ……、それはもちろん、構いません。では、静さん。わたしのことは、ご存知なんですね」

「こんなに可愛らしい子が憑いているとは聞いてはいなかったがね。まったく、真にはもったいない」

「え、いやぁ、そんなことを言われたのは霊になってから初めてですよ。きっと」


 静は満足そうに頷き、隣で憮然とする真を一瞥する。


「言ってろ。お前も照れてるんじゃない」

「いいじゃないですか。可愛いって言われて喜ぶことの何が悪いというんです!」

「そうだとも。素直になれるときになっておかなければ、人生は楽しくないというものだ」

「あんたのは素直じゃなくて勝手なんだよ。家のことをほったらかしにして年中放浪してるくせに」

「ふん、家出同然で出て行ったバカ弟が言えた義理ではないだろう」


 眉間の皺を深くする真に対し、静は彼とのやり取りを楽しんでいる節がある。それだけ見れば、二人の力関係は語るまでもないことだった。


「……おい、ハナコ」


 真はさりげなく自分から距離を取る形で静の隣に移動するハナコを睨み、呼び止めた。


「なんでお前そっちに行く?」

「いえ、特に深い意味はないですよ? お姉さん側についた方が色々と有利かなぁとか、そんなことは全然思ってませんから」

「お前なぁ!」

「おっと、させんよ」


 ソファから身を乗り出そうとした真の足に対し、静が素早く足払いを仕掛けた。そして、姿勢を制御できなくなって一瞬浮いた真の身体を、掬い取るように静は受け止め、自らの膝の上に置く。


「どうした真。やはり久々に姉に甘えたくなったのか?」

「ふ、ざ、け、る、な」


 うつぶせで姉の膝にダイブするする趣味などない。真はすぐさま起き上がろうとしたが、そうはさせないと身体に圧し掛かる意志のある重みを感じた。

 肩甲骨の間と腰に、静は両肘をついて頬杖を突く姿勢をとっている。彼女はついでに足まで組み始めたため、真の腹が押し上げられる形となって変な声が漏れていた。


「ハナコ、真に苛められたら私に言えよ。なにせ私は、こいつの弱点は知り尽くしているからな」

「おぉ……お強いんですね、静さん」

「もちろんだとも。肉体的にも、精神的にも、私がこいつに負ける要素はない。子供頃はおしめを代えたり風呂に入れてやったりもしたものだ。初恋の相手も――」

「お前はそれ以上喋るなぁ!」

「――むっ!」


 真の身体から青白い霊気が迸る。彼は力任せに静の拘束を振り解いて立つと、両手を上げて苦笑する姉を霊気の色で染まった目で睨みつけた。


「おいおい、肉体強化までするのは反則だろう」

「余裕ぶってろ。今すぐここから叩き出してやる」

「ほほぉ、姉に逆らうというのか。しかし、いいのか? 彼女の前でこれ以上無様な姿を晒すことになっても」


 悠然と静は立ち上がり、悪魔か大魔王かという邪悪な笑みを浮かべて真を見下ろす。呑まれるものかと、真は奥歯を噛んで姉の威圧に耐えた。


「行くぞ、ハナコ。敵を討つッ!!」

「えぇ!? ちょっ、嫌ですよっ!!」

「何ぃ!?」

「真さん、何やら勢いで乗り切ろうとしてますけど、ただの喧嘩にわたしの力をあてにしないでください!」


 真を覆っていた霊気が急速に萎み、彼の瞳の色も元の黒に戻っていく。ハナコが彼への霊気の供給を一時的に拒否した結果だった。


「ハナコ、お前……!」

「いや、そんな顔されても困りますから。姉弟喧嘩は良くないですよ?」


 愕然とする真にハナコは普通に正論を返す。しかし、真は納得いかない様子だった。


「これは喧嘩じゃない。弟から姉への革命だ。下剋上だ」

「何はともあれ、わたしを巻き込まないでください。やるならお一人でどうぞ」

「相棒にも見放されたようだな。で、やるのか? やらないのか?」

「――やらないでください。そこまでです」


 そう言って姉弟の間に入ったのは珊瑚だった。彼女は二人の肩に触れ、ぐいと引き離すように両手を広げる。


「静さん、久々ではしゃぐ気持ちも解かりますが。そろそろ控えてください」


 向けられる彼女の穏やかな笑みは一見して変わっていないように見えたが、目は笑ってはいなかった。


「真さんもです。まさかここで、本気になって戦おうだなんて思ってないですよね?」


 肩に触れた珊瑚の手から、淡い燐光が発生する。気のせいか、真の目に映る彼女の栗色の髪が、僅かに浮かぶように揺れていた。


「お二人とも、矛を収めないというのであれば、このまま『侵して』差し上げますよ」

「……降参だ。興が乗り過ぎたみたいだな。真、すまなかった」

「……すいません。もうしません」

「はい、よろしいです。失礼致しました」


 二人の意気が萎えたところで珊瑚は笑みを本物にして手を離すと、一礼をもって場を収める。その鮮やかな手並みに、距離を置いて見守っていたハナコが人知れず拍手をしていた。


「珊瑚、夕飯の支度は済んだのか?」

「はい。ですので、静さんの判断をお聞きしようかと。先に本題を話されますか?」


 そして、珊瑚が来た別の意図を察した静が話題を変えるべく彼女に振る。それに流れるように応じ、珊瑚は質問を返していた。


「そうだな。辛気臭い話は飯の前に済ませるとしよう。真も座れ」


 珊瑚の質問に頷き、静は再びソファに腰を下ろしてそう促した。ここで当初の質問の回答を得られるのかと、真はようやくといた気持ちで内心溜息を零しながら、床に置かれたクッションに胡坐をかいた。ハナコも彼の隣に落ち着き、居住まいを正す。

 キッチンへと引き返した珊瑚も、手早く三人分の湯飲みを乗せたお盆を持って戻って静の隣へと座った。静は一度湯飲みに口を付けてから、表情を正して口を開いた。


「今回、私がここに来たのはな。真、お前を実家に連れ帰るためだ。急だが、明日にはここを発つ」

「……やっぱり、そうか」


 明日というには急ではあるが、予想通りの姉の要件に真は唇を噛んだ。

 滅魔省との一件で芳月沙也から聞かされた話。もうこれは彼個人で対処できる範囲を超えていた。今は一時的に凌げてはいるが、またいつ刺客が現れるかはわからない。

 だから、こちらも組織の力を頼ることにしたのだ。その結果、実家から来た通達は真を凪浜市から呼び戻すというものだった。


「お前が封魔省の副長と遭遇したという話を聞いたときから考えてはいたが、過保護もよくないと礼は思ったらしい。その結果の滅魔省の一件だ。これ以上、家族としても見過ごすことはできなくなった」

「いつまでだ?」

「少なくとも、冬休みは実家で過ごせ。思えば、丁度良い時に訪ねることができたな」

「それも踏まえた上での礼さんの指示だったとは思いますが。静さんが聞き損なっていただけではないですか?」

「珊瑚、私は細かいことは気にしない主義だ。知っているだろう?」

「あの……レイさんとは、誰のことでしょう?」


 話が微妙にそれかけたところで、ハナコが遠慮がちに右手を上げて質問する。おそらく浅霧家に縁のある者なのだろうが、聞き覚えのない名前だった。


「俺の兄貴だ。今は浅霧家の当主をやっている」

「あ、珊瑚さんを捜していたときに電話で話していた方ですね」

「そして、私の弟で、生意気にも浅霧家の当主などをやっている。なので少しはあいつの顔も立ててやらねば可哀想ということで、こうして私が使い走りを頼まれたというわけだ」

「静姉が押し付けただけだろ。女だから当主になっちゃいけない決まりはなかっただろうに」

「真、私は立場に縛られるのは嫌いなんだ。知っているだろう?」

「まあ、当主の件は今言っても仕方のないことです。静さんが来たということは、組織としての話はついたということですね?」


 話の軌道を修正する珊瑚に目を向け、静はゆっくりと頷いた。その目に一瞬剣呑なものを真は感じたが、まばたきの後には嘘のようにその気配は消えていた。


「そうだな。退魔省としての方針は、浅霧真は保護対象とすべきという結論が出た。その件について、封魔と滅魔、両組織との合意もとるつもりだそうだ」

「合意? そんなものが必要なんですか?」


 首を傾げるハナコに、静はわざとらしく眉を顰めて見せた。その様から、言っている当人も納得はしていないということなのだろう。


「いくら退魔省が真とハナコを保護すると宣言したところで、納得がなければ奪いに来るさ。それが自組織の汚点の証拠ともなれば、躍起になる者だっているはず。そうなれば、一方的な宣言は煽りにしかならない。悪戯に敵を作るだけだ」

「退魔省の立場は中立ですからね。事を荒立てるのは得策ではないでしょう」

「お前たちを迎えに来たのも、そのための会談を開く算段がようやく整ったからというのもある。そこには、真にも同席してもらう」

「俺が?」

「待ってください……静さん。真さんを保護するというのであれば――」

「これは決定事項なんだよ、珊瑚。なにせ両組織が会談に応じる条件が、真とハナコの同席なのだからな」


 珊瑚の反論を封じるように静は言葉を被せた。会談の議題となる張本人の出席は当然といえばそうなのだろうが、彼女自身の表情も渋いものである。その顔を見ては、珊瑚もそれ以上何も言うことができなかった。


「お前たちの身の安全は保障する。別に何か意見を言えというわけではない。ただ、そこに居ればいいだけだ。それが奴らにとっては重要なことなのだよ」

「決定事項ってことは、俺たちには拒否権はないんだよな?」

「そうだ」


 静は言葉短く肯定する。真はしばし目を瞑り、ふと力を抜くように息を吐くと隣のハナコの方へと顔を向けた。


「ハナコ、お前はいいか?」

「はい。わたしに異存はありません。お供しますよ」


 真の表情から委細を汲み取ったハナコは、元気よく頷いた。


「むしろ望むところではないでしょうか。もしかしたら、例の組織の情報も聞けるかもしれないわけですからね」

「ああ。そういうわけだ、静姉。その話、遠慮なく乗らせてもらうぜ」


 個人で例の組織を調べるには限界があるからこそ、実家を頼ったこともある。結果として、情報が向こうから転がり込んでくるというのなら、真にとっては願ってもいないことだった。

 どのような意図で自分を同席させるのかは関係ない。利用されるというのなら、こちらも相応に利用させてもらうだけだ。


「ずいぶんと前向きになったものだな。わかった。ならば、問題なくこの話は進めて行くとしよう」


 真とハナコの意志がこもった目を見て、静は嬉しそうに口元を緩めた。


「この分なら、もう一つ話をしておいても問題はないか」

「……? 話はそれだけじゃないのか?」

「今のは退魔省としての通達だ。ここからは、家族としての報告になる」


 そう前置きして口元を正すと、彼女は真と珊瑚の顔をみやり、次の言葉を続けた。


「翼がな……目を覚ました」

「――」


 その名を静が口にした瞬間、真の顔が強張ったのをハナコは見た。その表情に滲み出る感情に、彼女は胸の奥がやけにざわつく感じがした。


「そうですか、翼さんが……。真さん、良かったですね」

「え、ええ……そうか。翼が……」


 事情を知っているであろう珊瑚は、辛そうに顔を歪めた真に気遣わしげに声を掛けていた。真は固まった顔を俯け、なんとかそう返すのがやっとだった。


「半年だ。これで一つ肩の荷が下りた、というわけにはいかんが、あいつはお前に会いたがっているよ。私にとっては、これがお前を実家に呼び戻す最大の理由だな」


 瞳に優し気な色を灯しながら静は笑み、身を乗り出して真の肩に触れた。


「あぁ……良かった。本当に――」


 それだけ呟くように言うと、真は顔を俯かせ、何かに祈るように強く瞳を閉じた。涙こそ零れはしなかったが、彼は泣いているように見えた。

 それは悲しいものではない。だが、素直な嬉しさともまた異なる。様々な感情がない交ぜになった結果、どうしようもなく溢れてしまったものだった。


 事情を訊くタイミングを逃してしまったハナコは、今日だけで自分の知らない真の顔をずいぶんと見た気がするなと思いながら、彼の横顔を見つめていた。

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