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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
44/185

序章 「クリスマスプレゼント」

 正午になる少し前、住宅地の中を一人、女性が佇んでいた。

 昼間とはいえ真冬並みの寒空の下、そよぐ冷風を身に受けつつ、彼女は鼻をすんと鳴らした。


 履き古したジーンズに濃い灰色のコートを羽織った出で立ちで、リュックを片側の肩に掛ける形で背負っている。靴はこれもまた使い込まれたスニーカーで、百七十は超える女性としては高い長身と相まって異様な雰囲気を放っていた。

 恰好だけ見れば旅行者、というよりも浮浪者と言う方が近いかもしれない。しかし、彼女の顔を見ればそれだけで語れるものではないことは明らかだった。


 彫像めいた整った顔立ちに浮かぶ、金の光を帯びた三白眼。項で一本にまとめて背に流された焦茶の髪は、一振りの刀を連想させる。

 武人。

 得物こそ持ってはいなかったが、そう言い表すのに差支えのない覇気がある。少なくとも、平和な住宅地において、間違いなく彼女は異端であった。


「ふむ」


 凛々しくも、どこか悩まし気な声を出し、彼女は少し引いた顎に右手を添える。目だけを軽く左右に動かし、自分の置かれている状況を確認しているようだった。


「道に迷った」


 身に受ける風がいささか強くなり、彼女の髪を揺らす。

 口に出しては見たが、それで誰かが手を差し伸べてくれるわけでもなく、依然状況に変化はない。白い息を吐きつつ、彼女は仕方なく歩みを再開した。


「やはり、引き返した方が良かったか」


 ひとりごちながら、かれこれ一時間は歩いているだろうかと、彼女は儚く散っていく時間に思いを馳せる。

 事前に聞いていた最寄りの駅まで歩いて来たまでは良かった。そこで素直に迎えに来てくれと連絡すれば良かったのだが、つい芽生えた悪戯心のままに行動したらこの有様である。

 久々に会うから、不意を突いて驚かせたかったのだ。

 道に迷ったかと思い始めた頃には、すでに自分がどこにいるのか判らなくなっていた。しかし、平日昼間のためか人もおらず道を訊ねることもままならない。

 最終手段として、恥を忍んで連絡を取れば済む話なのだろうが、そうなると間違いなく説教をくらうはめになる。それは避けたい。


「まあいい。下校の夕刻までには辿り着ければ問題はないのだ」


 と、自らを励まして前を向く彼女の瞳が、歩いて来る人影を捉える。若い少年だった。


「おい! そこの少年」


 この機を逃すわけにはいかないと、彼女は少年に声をかけた。少年は不意の大声に驚き、片手に持った携帯に落としていた視線を上げる。そして、こちらに近付いて来る威圧感の塊のような女性の姿に顔を強張らせた。


「呼び止めてすまない。少し道を訊ねたいのだが」

「へ、は、はい」


 猫背気味の少年は長身の彼女に見下ろされ、明らかに委縮していた。その反応を見て彼女はやや困った顔をしつつ、努めて声を柔らかくして言った。


「見たところ学生のようだが、この辺りに凪浜高校という学校があるのを知らないか?」


 少年はコートの下に制服らしきブレザーを着ていた。襟に校章らしきものも付いているので間違いはないだろう。彼女のその予想に違わず、少年は恐る恐るといった風に頷いた。


「え、ええと……それ、うちの学校ですけど」

「なんだと」

「ひぇ、な、なにか?」


 思わぬ幸運に驚いただけだったのだが、少年は彼女の声に恐れをなしてしまったようだった。

 そこまで怯えられると流石に傷つくが、それを言えば彼はますます縮こまってしまうことだろう。彼女は手早く要件を済ませて彼を解放するべく、続けて質問した。


「何でもないよ。どう行けばいいかだけ教えて貰えないだろうか?」

「はあ……」


 少年はおっかなびっくりながらも、学校への道順を彼女に伝えた。聞けばそれほど遠くもなく、徒歩で十分行ける範囲だ。下校中の彼がいるのだから、それも当然なのだろうが。

 と、そこまで考えたところで彼女はふと疑問を抱いた。


「そういえば、君は体調でも悪いのか? まだ昼間だが、学校はどうしたんだ?」


 そう、まだ昼間であるなら学生は学校にいなければおかしい。事情があっての早退なら否応はないが、さぼりだというのなら感心はしない。

 しかし、その質問は的外れだったのか、少年は「何を言っているんだ」という風に彼女の顔を見上げていた。


「あー、いえ、もう学校は終わったんで」

「そんなはずはないだろう。まだ昼前ではないか」

「いや……だから、今日は終業式なので、午前中で学校は終わりなんです」

「なん……だと」


 少年の答えに、彼女は愕然とした。彼と出会えたのは僥倖ぎょうこうだと思ったが、実は不幸な事実を突きつけるための巧妙な罠だったのか。


「ちなみに、終わったのはいつなのだ?」

「十分くらい前かな……うちのクラスはホームルームが早く終わったみたいだから、一足先にって感じだったけど……」

「なるほど。では、急げばまだ間に合うかもしれんか……ありがとう、少年。恩に着るよ」


 夕刻までに着けばいいなどと楽観している場合ではなくなったため、彼女は軽く笑んで少年の肩に手を置くと、颯爽と走り去っていった。

 少年はそのとき彼女が相当な美人であることに気付き、別の意味で胸が弾んだのだが、既に彼女の背中は見えなくなっていた。





「以上でホームルームを終わる。各自、浮かれるのも分かるが節度を持って冬休みは楽しむように。では、解散!」


 担任の締めの一言で、教室は解放感にどっと湧く。その熱に巻き込まれない内に、浅霧真は早々に鞄を持って席を立った。

 クラスメイトたちは皆、どこか浮足立っている。それもそのはずだ。今この瞬間から彼らの頭の中は冬休みの予定で一杯なのだ。加えて、今日は十二月二十四日、クリスマスイブである。

 しかし、だからといって自分にはこれといって関係のないイベントだと思いつつ、彼は教室のドアを開けて廊下へと出た。丁度他のクラスもホームルームを終えたのか、廊下も生徒たちでごった返している。


「あ、きたきた」


 と、その中から目聡く真のことを見つけ、声をかけてきた女生徒がいた。

 真より頭一つ分身長の低い少女だった。両肩の前で二つ結びのお下げを揺らし、眼鏡の奥の瞳は人懐っこい子犬のように輝いている。

 どう贔屓目に見ても下級生にしか見えないが、真は一年だ。しかし、同級生でもなく、彼女――芳月柄支は彼の上級生である。


「いやぁ、今日も寒いね」


 彼女は腰丈の紺色のピーコートを着ており、制服のスカートの下には黒タイツを履いていた。ここ数日は時期相応に寒く、真もシャツとブレザーの間には学校指定のセーターを着ている。


「先輩。どうしたんですか?」

「あれ? メール見てないの?」


 足を止めて訊ねる真に、柄支は首を傾げた。言われてズボンのポケットから携帯を取り着信を見てみると、一件通知があった。内容は、「ホームルームが終わったら迎えに行く」という趣旨の内容だった。


「すいません。気付かなかったみたいで」

「もう、しっかりしてよね」

「――それは、授業中にメールを打っていた奴が言う台詞ではないな」


 謝る真を責める柄支だったが、ブーメランのように棘のある声が彼女の背中に飛んで来た。


「麻希ちゃん、遅いよ」


 振り返る柄支の前には、背筋をピンと伸ばして彼女を見下ろす古宮麻希が立っていた。麻希はベージュのダッフルコートに身を包んでおり、呆れたように息を吐いて長い黒髪を微かに揺らした。


「廊下を突っ走るお前が悪い。こいつも拾っていたしな」


 負けじと非難する柄支に麻希は正論で返す。彼女が後ろに視線を向けた先には、苦笑を浮かべる男子生徒――新堂進がいた。


「どうも、拾われてきましたよ」


 同じ被害者を見るような眼差しを向ける進に、真は眉を顰めた。

 クラスは違うが、真と進は同学年である。つまり、上級生の柄支と麻希に、下級生の真と進が捕まった図が出来上がっているというわけだ。


「共犯者を見るような目を私に向けるな。全てこいつの差し金だ」


 後輩二人から疑わし気な視線を向けられた麻希は、目を細めて睨み返して反論すると、柄支の顔に指を突き付けた。


「はあ……この際それはいいとして、今日はどんな用向きで?」


 真が柄支に訊ねる。メールには迎えに行くとし書かれていなかったため、結局何の用かはまだ聞けていなかった。

 過去と呼ぶにはまだ日が浅いが、色々な事件を通じて四人は絡むことが多くなっていた。その中核をなしているのは、柄支によるところが大きい。


「今日は何の日かわかってる?」

「終業式ですが……」

「うん、そうだね。他には?」


 真は大凡の察しがついていたのであえて外したのだが、柄支はお気に召さなかったようで再度訊ねてきた。仕方なく、彼は答えを口にする。


「あとは、クリスマスですね」

「そう! それ!」


 両手を合わせるように叩き、我が意を得たりと柄支は叫んだ。


「イブだよ、イブ。というわけで、今からチキンを食べに行こう!」

「お前は小学生か。少し落ち着け」

「はぐぅ!」


 真の手を取って急かそうとする柄支の脳天に、麻希の容赦のないチョップが振り下ろされた。


「うわ、先輩大丈夫ですか?」

「今のは綺麗に決まったね……」

「い……いたい……」


 その場で頭を抱えて蹲る柄支を、後輩二人が見守る。麻希は悪びれた様子もなく、ようやく静かになったと肩を竦めていた。


「麻希ちゃん! 酷いじゃない!」


 柄支は若干涙目になりながら友人に反撃の突進を仕掛けたが、麻希はひらりと躱して逆に彼女を背後から羽交い絞めにした。


「うわっ、と! は、放しなさい!」

「やれやれ。お前たち、そういうわけだから、こいつのガス抜きに付き合ってやってくれ」


 何がそういうわけなのか理解に苦しむ真と進だったが、麻希の言いたいことは伝わった。


「しかし、意外ですね。古宮先輩が芳月先輩の我儘をきくなんて」

「妥協だ。最近のこいつは情緒不安定なんだよ。煩くてかなわん」


 真の言葉に、麻希が苦々しく言う。もがき疲れて彼女の腕に収まって大人しくなった柄支を一瞥した進が、麻希に同意するように苦笑した。


「受験のストレスですかね。僕たちはそうならないように気を付けないとね」

「心配しなくてもああはならないだろ……」


 柄支と麻希は三年生。来月にはもう試験がある身なのだ。ガス抜きとは、つまりはそういうことである。

 ちなみに柄支は麻希と同じ大学を受けると豪語しており、麻希が柄支の勉強を見ている状態が続いている。それが今月の頭のことだ。

 麻希は普段の成績も良く、十分に合格圏内である。柄支はといえば、麻希曰く「平均以上は取っているが、特別優秀なところがない。事故がなければ問題ないだろうが、油断はできん」とのことだった。


「まったく嘆かわしいことだ。ギリギリのところを泣きつくから面倒を見てやっているというのにな……」

「いいんだよ! わたしは、べたにクリスマスを楽しみたいんだよっ! 君たちも、イブに女の子と過ごせるってだけでも役得ってもんでしょうが」


 再びスイッチが入ったように騒ぎ出す柄支に、真は曖昧に笑う他なかった。その笑みに何を見たのか、柄支は恨みがましそうな目で彼を見つめる。


「まあ、浅霧くんは一緒に過ごす相手には困ってないとは思うけどね」

「ええと、先輩?」

「だってそうでしょ? 珊瑚さんと一つ屋根の――」

「わかりました。行きましょう」


 公衆の面前で余計なことを口走られる前に真は柄支の口を素早く塞ぎ、彼女の提案に乗ることに決めた。


「あ、誤魔化したね? そこのところ、どうなのハナちゃん――って、あれ? そういえばハナちゃんはどうしたの?」


 麻希から解放されて真の手を払い、柄支はそこまで言いかけたところで、いつもなら間違いなく口を挟んで来るであろう真の相棒の不在に気付いた。


「あいつは、ちょっと訳あって休憩中です。寝ているようなものなんで、心配はしないでください」


 疑問を投げられた真は、つと柄支から視線を外して言った。


「それより、行くんですか? 行かないんですか?」

「行くよ。うーん……でも、何か気になる」

「本人が大丈夫だと言っているのだ。首を突っ込みたがるのはお前の悪い癖だぞ」


 柄支の肩を軽く押して麻希が歩くよう促す。助け舟を出してもらえたことに真は麻希に目礼し、踵を返して歩き出した。


「新堂も行くぞ」

「はいはい。お供しますよ」

「あと、言っておくが芳月。昼を食べたら解散だからな」


 苦笑をどこか楽し気なものに変えながら、進は行進の最後尾につく。柄支はまだ何か文句が言い足りないのか、こうなったらやけ食いだ、などと言う台詞も聞こえていた。


「――ん?」


 そうこうして四人が連れ立って校舎を出たところで、先頭を歩いていた真が異変を感じとった。


「……何か校門の方が騒がしいみたいですね」


 前に出た進が校門の方を見て言う。何やら人だかりができていた。冬休みに突入して浮かれているといった雰囲気ではなく、どよめいていたという感じである。


「古宮先輩、どうしますか?」

「ち……、面倒だが行くしかないな。二人はちょっと待っていろ」


 振り返って訊ねる進に、麻希は小さく舌打ちをしながらも、その騒ぎのもとへと向かうことにした。卒業を控え既に引継ぎの段階に入ってはいるが、風紀委員としては見過ごすわけにもいかない。

 大股で歩く麻希の背に進も続く。真と柄支は一度どうするかと顔を見合わせた後、少し距離をとって二人の後を追う形を取った。


「おい! これは何の騒ぎだ!?」


 麻希の呼び掛けにざわめきは一瞬大きくなったが、彼女の顔を見た生徒たちは一様に静まり返った。


「古宮先輩だ……」

「風紀委員長が来たぞ」


 ひそひそと、睨まれない程度に小さな声が漏れ始め、しかし興味を隠さぬ視線が向けられる。麻希はそれも意に介しておらず、堂々と肩で風を切るように歩いた。

 海が割れるように生徒たちが彼女に道を開け、騒ぎの元凶となった校門が見え始める。


「騒ぎの原因はあれか?」


 麻希は一旦足を止め、手近な男子生徒を捕まえると校門を指して訊ねた。


「はい……なんかずっとあそこにいるんですよ。皆通り辛くて……」


 そう言って男子生徒は頷き、校門を横目で見る。

 その視線の先――校門の中央を占拠するように、何者かが腕組みをして仁王立ちしているのだった。


「不審者……でしょうか?」

「それにしては、堂々とし過ぎだろう」


 進の言葉に一応の同意を示しながら、麻希はどうしたものかと首を捻る。

 立っているのは長身の女性だった。灰色のコートにジーンズ、スニーカーという出で立ちで、右肩に大き目のリュックを担いでいる。

 麻希も上背のある方だが、遠目に見てもその女性の方が長身であるということが分かった。仁王立ちという状態も相まって、迫力のある光景となっている。

 しかし、何より生徒たちを動揺させているのは、彼女の目だろう。金を帯びた鷹のような目が、校門を通ろうとする生徒たちに向けられ、決して見逃さないという並々ならぬ威圧オーラを放っているのだ。


「あの、学校に用でしょうか?」


 直に騒ぎを聞きつけた教師たちも来るだろうし、ここは大人に任せるのが最善だろうと麻希は判断する。

 しかし、こうして道を開けられて真正面から向き合ってしまった以上、何もせずにいるわけにもいかないため、彼女は時間稼ぎのつもりで声をかけた。


「生徒たちが通りにくくなるので、校門からどいて頂けると助かるのですが」

「む――」


 麻希の声を受けて、女性が反応を示す。すると、先ほどの威圧が嘘のように消え、彼女は肩をゆっくりと上下させて息を吐いた。


「ああ、それはすまない。ちょっと人を探していてね。気が立っていたんだ。許して欲しい」

「は、はあ……そうですか。分かってもらえたのならいいのですが」


 困ったように眉を寄せながら笑みを浮かべたかと思うと、女性は素直に頭を下げてきた。その潔さに、麻希は驚きつつも頷く。

 威圧感が消え、むしろ爽やかさを感じさせる姿勢だった。頭をただ下げるだけの動作なのに、無駄や隙といったものを感じさせない、洗練された美しささえ感じてしまう。

 生徒たちは「流石、風紀委員だな」などと口々に言いながら、彼女に害や敵意がないとわかると今までの事がなかったかのように騒がしさを取り戻し、渋滞を解消すべく校門へと流れ始めた。


「それで……人を探していると仰っていましたが、ここの生徒ですか?」


 野次馬で残った生徒たちを除いて大半が帰ったのを見計らい、麻希は女性に訊ねる。風紀委員としての役目は終わったが、見るからに困ったという顔をしている彼女を放置するわけにもいかなかった。


「ああ、丁度そこの君と同じくらいの年でな」


 麻希の後方に控える進に目を向けて彼女は言う。


「浅霧というのだが、聞いたことはないか?」

「え……」


 思わず麻希は素の声を漏らしていた。進も麻希と同じ気持ちなのか、怪訝に眉をひそめている。二人が知る限り、校内で浅霧という苗字を持つ生徒は一人しかいない。


「先輩、大丈夫でしたか?」


 そして、二人が思い描いた少年が、生徒たちの波が引いたところから追い付いてきた。振り返る麻希と進の顔を見て、真はたじろいで足を止める。


「お、そこの人がどうかしたのかな?」


 真と並んで来た柄支が、校門に立つ女性を見て言う。柄支よりも大分背が高くはあったが、物怖じした様子がないのは流石と言うべきだろうか。

 柄支の言葉につられるように、真もまたその女性へと視線を向ける。


「――ッ!!?」


 そして、女性の姿を見た瞬間、真は目を見開き石化でもしたかのように固まった。

 彼女もまた真の姿を見て瞠目する。が、彼とは異なり固まることはなく、白い歯を見せて破顔した。


「よう、真!」


 喜色満面の良い顔をしながら、女性は真のもとへしなやかな足取りで歩き出す。迫る彼女の姿に石化が解けた真は、震える足で何とか数歩後ずさるのがやっとだった。


「な、なんであんたがここにいる!?」

「えへ、来ちゃった」

「来ちゃったじゃねえよ! そんなもん見りゃわかる!」


 目の前で舌を出してウィンクする彼女に、真は怒鳴り返す。しかし、彼女はそれも涼風とばかりに心地よさそうに目を細めた。


「私からのささやかなクリスマスプレゼントだよ。ほら、サプライズを演出したわけだ」

「答えになってねえ……」

「まあそう怒るな。まったく、可愛い奴だなお前は!」


 不意に彼女は両腕を伸ばし、真の頭を脇に抱えるように抑え込んだ。そして、がしがしと彼の頭を乱暴に撫で始める。


「うおおおおお! やめろ! 放しやがれ!!」


 真は必至でもがいて腕を振り解き、慌てて飛び退くように彼女から距離を取る。肩で息をする彼の背中は、汗でびっしょりと濡れていた。


「ふむ、少し背が伸びたな。力も上がっている。成長はしているようだな」

「そんな方法でしか確認できないのかよ!」

「そんなわけあるまい。くく……しかしまぁ、年甲斐もなくはしゃいでしまったが、会えて嬉しいぞ」


 笑いを噛み殺して言う彼女に、真は憮然とした態度で返す。そして、一連のやり取りに柄支、麻希、進は完全に置いて行かれていた。


「ええと、浅霧、そちらの方は……」


 三人の中で最初に我に返った進が、遠慮がちに声をかける。真の見てはいけない姿を見てしまったような、軽い罪悪感みたいなものを彼は少なからず感じていた。


「そ、そうだよ! 浅霧くん、その人は誰なの!?」


 あまりにも馴れ馴れしい彼女の態度に疑問を抱き、なおかつその美貌に気付いた柄支が、何故か憤慨したように問い質す。


「まぁ、説明は必要だろうな」


 面倒な案件が一つ増えたとでも言いたげに、麻希は「いい加減にしろ」と真に目で訴える。

 まさに針のむしろに座らされる気持ちとなった真であったが、そんな彼の状況を楽しむように女性は彼の隣に立ち、責める三人を見渡した。


「どうやら、君たちはこいつの友人のようだな。なあ、真。私を紹介してはくれないのか?」


 意地悪く笑いながら見下ろしてくる彼女に成す術もなく、真はがっくりと肩を落とす。そして、三人に向けて重々しく口を開いた。


「これは、俺の……姉貴です」

「よろしい」


 大仰に頷くと彼女は真の肩から手を離し、驚きの冷めない三人に向けて快活に笑って見せた。


「浅霧しずかだ。友人諸君らには、不出来な弟が世話になっているようで、感謝する」


 姉の来訪。それは真にとってはた迷惑以外のなにものではないプレゼントであった。

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