終章「秘めたる誓い」
芳月沙也とフェイ、滅魔省の刺客との戦いが終わり、三日が過ぎた。
戦いの直後は気力でもっていた真も、心身共にボロボロであったため、ほぼほぼ寝込んだ状態で時を過ごしていた。
珊瑚の献身的な介護の甲斐もあり、ようやく体調も戻った彼は久し振りに制服に腕を通し、登校することにしたのだが、
「本当に大丈夫ですか? もうしばらくお休みになった方が……」
普段よりも早めの時間に玄関で靴を履く真の背中へと、珊瑚が今朝から何度目かになる懸念の言葉をかける。真は苦笑しつつ、「大丈夫ですよ」と振り返った。
「これ以上休むと、ここまで押しかけられるかもしれませんからね。無事な姿を見せて安心させておかないと」
そう言いつつ、彼は柄支を始めとする面々を思い浮かべた。制服の下は傷がまだ残っており、完治こそしていなかったが動けないことはない。
それに、なるべく早く日常の空気を取り戻したいとも思っていた。
「そうですねぇ。わたしも、久し振りに皆さんのお顔が見たいです」
ふわりと真の前に躍り出て無邪気に笑顔を見せるハナコに、珊瑚もようやく諦めがついたのか、「仕方ないですね」とつられるように微笑んだ。
「では、何かありましたらお呼びください。接続を開いて頂ければ、大凡の位置は掴めますので」
真は珊瑚との接続のパスは閉じることにしていた。一度繋がったパスは両者の意志で基本的にいつでも開くことは可能らしいが、ハナコも復活したので霊気の供給に問題もなく、普段は必要がないためだ。
それに何より、彼にとっては精神的な動揺の方が問題だった。落ち着いて色々と振り返る時間ができた分、こうして珊瑚と面と向かって話すのも結構な苦労を強いられている始末である。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
珊瑚は深々と礼をし、真を送り出す。そして、玄関のドアが閉まる音を聞いて彼女が顔を上げると、目の前で佇むハナコと目が合った。
「ハナコさん?」
真に付いて行くべきだろうに、ハナコはさっきまで見せていた笑みを引っ込めて、真剣な顔で珊瑚の瞳を覗くように見つめている。
そして、戸惑う珊瑚に対して、おもむろに口を開いた。
「珊瑚さんって、真さんのこと好きなんですか?」
「な――」
予想だにしていなかった質問に、完全に不意を突かれて珊瑚は頬が熱くなるのを抑えきれなかった。そんな彼女の反応に、ハナコは眉間に皺を刻み何やら難しい顔をしている。
「うーん、ここ数日気になってはいたんですよね。真さんに訊くと下手すると殴られそうだったので言えなかったんですけど」
「ハナコさん、あのですね……何か勘違いなさっているようですが」
「え? でも珊瑚さん、真さんとキスしたんですよね?」
なんとか取り繕うとする珊瑚に、ハナコは邪気のない追い打ちのような言葉を放っていた。それに、今度こそ珊瑚の動きが固まる。
「な、な――いえ……なんでもありません」
そこまで言われて、流石に「何のことでしょう」と誤魔化せるはずもなかった。
珊瑚は深呼吸をして鼓動を平常に戻す努力をしつつ、小さく首を傾げる少女を見据えた。
「ハナコさん。それは違います」
そして、きっぱりと何かを断ち切るように言った。
「唇を重ねたことは事実ですが、それは接続に必要なことだったからです。ハナコさんが言うような感情は抱いておりません」
「つまり、男の人としては見ていないと?」
「……ハナコさん、質問を返すようですが、何故そんなことを訊ねるのですか?」
「え……と、そうですね……」
何か話が妙な方向へ向かおうとしている気がして、珊瑚はハナコに問い返す。幽霊の少女は胸の前で指を組み合わせ、言うべきか迷っている風にしていたが、やがて意を決して口を開いた。
「わたしは、真さんのことが好きですよ」
飾ることもなく、衒いもなくハナコは言った。驚きに表情を硬くする珊瑚に、なおも彼女は続ける。
「わたしのようなのが何を言っているのだと思われるかもしれませんが、本気です。だから、珊瑚さんが真さんのことを好きだったのなら、嬉しかったのですが」
「……そのことは、真さんには?」
矛盾を含んだようなハナコの言葉に、珊瑚の胸に不安が湧き起こった。それは、この少女が言いたいことを暗に悟ってしまったからに他ならなかった。
「伝えませんよ。だって、わたしには未来がありませんから」
珊瑚は反論に口を開きかけたが、それを制するように先んじてハナコは言葉を重ねた。
「悲観的な意味で言っているんじゃないんですよ。事実です。いずれ、わたしは去り、真さんは残る。そうでなければ、おかしいんです」
ハナコは目を伏せて自身の胸へと両手を重ねながら、愛し気に微笑んだ。
「そんなわたしに、真さんは一緒に生きろと言ってくれました。それ以上、何を望むって言うんですか?」
「ハナコさん……」
喉まで出かかっていた言葉を、珊瑚は辛うじて呑み込む。言葉だけで否定することは容易い。しかし、それは彼女の決意に泥を塗るに等しいことだ。
「だから、わたしは真さんと生きて、生きて、生き抜いて……そして、お別れしようと思います。もちろん、真さんの身体をどうにかすることが前提になりますが……これが、今のわたしの目標です」
少女の瞳は純真だった。決して後ろ向きではなく、ただひたむきに前を見ている。
「後をお任せできる方がいれば、わたしも安心ですからね。勝手な自惚れかもしれませんが、もし、珊瑚さんの中に少しでもそういう気持ちがあるのだったら、わたしに遠慮はしないでもらいたいなって思ったんです」
「……お気持ちはわかりました。ですが、申し訳ありません。今の私には、ハナコさんの心に返せる言葉が見つかりそうにありません」
珊瑚は謝罪と共にハナコに頭を垂れた。下手な言葉は嘘になる。これが彼女が見せられる、今の精一杯の誠意だった。
「あ! いえ、こっちこそすいません。困らせるつもりはなかったんです」
慌てた様子でハナコは手を振り、珊瑚に頭を上げるよう促した。
「でも、いつか答えが見つかったら聞かせてくださいね。それじゃあ、わたしも行ってきます!」
そうして、今更ながらはにかんだ笑みを浮かべながら、彼女は珊瑚に背を向けて真を追い駆けて行った。
「……困り、ましたね……」
自分の内にある、この気持ちの芽を摘むべきか否か。
一人取り残されたような気分を味わいながら、珊瑚は頬の熱を誤魔化すようにかぶりを振った。
◆
朝の澄んだ冷たい空気を感じながら、徒歩で登校した真は校門をくぐった。埠頭に置き去りにした自転車は回収していたが、今日はゆっくりと歩きたい気分だったのである。
予想外に時間を使ってしまったため、予鈴まで間もなくという時間になっていた。彼は校舎へと入り、急いで自分の下駄箱を開けようとした。
しかし、その瞬間に、ふと違和感を覚えて右手を引いた。
指先に静電気のような痺れたを感じたのだ。それほど大袈裟なものではないと思ったが、見れば指先は微かに赤くなっている。
「わ、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ」
心配そうに覗き込むハナコに頷き、真は違和感を払うように右手を振ると、もう一度下駄箱を開けようと手を伸ばした。
今度は何事もなく蓋は開いたかと思ったが、上履きの上に目が留まった。何かが乗っている。
「なんだ、これ」
それは白い封筒だった。手に取ってみると中には便箋が入っているのか、微かな厚みを感じた。表にも裏にも、宛名らしきものはない。
しかし、自分の所に置かれていたということは、そういうことなのだろう。どうしたものかと真がその封筒の扱いに悩んでいると、狼狽えたハナコの声が聞こえた。
「そ、それはもしかして噂に聞くラブレターというやつです!? 真さんに春が!?」
「今は晩秋とも言えるがな」
ハナコの妄言を聞き流しながら、そんな色っぽいものではないだろうと想像する。真は指先の痺れる感覚には、思い当たる節があった。
「あ! 浅霧くん!」
と、そこへ背中に明るい声を浴びせられ、真は封筒を咄嗟に鞄へと放り投げた。振り返ると思った通り、制服姿の柄支が二つ結びのお下げを揺らして小走りに近付いて来るところだった。
「おはようございます。先輩」
「柄支さん、おはようございます!」
「二人ともおはよう。ところで、今何か隠した?」
「……いえ、特に何も」
挨拶から間を置かぬ柄支の指摘に戦慄しつつ、真はハナコに目で「余計なことは言うな」と睨みを聞かせながら惚ける。柄支は不審気に眼鏡の奥で目を細めたが、最終的には「まぁいいか」と呟いて疑義を取り下げた。
「怪我はもういいの?」
「お陰様で。日常生活を送る分には問題ないですよ」
「そっかそっか。じゃあ、復帰のお祝いにパーッとやろうか? 麻希ちゃんと新堂くんも呼んで放課後にでも繰り出しちゃう?」
「いえ、お気持ちは嬉しいですが今日は用事があるので。また今度にしましょう」
受験を控えた者とは思えない発言に気を揉みながら、真は柄支の誘いを丁重に辞退する。丁度そのとき予鈴が鳴り、周りにいた生徒たちも慌ただしく自分の教室へ向かい始めた。
「おっと、もうそんな時間か。立ち話もなんだし、またお昼くらいにゆっくりと話そうか」
「そうですね。と、そうだ先輩。一つ訊ねたいことがあるんですが」
自分の下駄箱へ向かおうとする柄支の背に、思いついたように真が声をかけて呼び止める。立ち止まった柄支は振り返り、軽く首を傾げた。
「何かな?」
「先輩って、以前妹がいるって言ってましたよね?」
「ん? そうだけど、どうしたの? 藪から棒に」
「深い意味はないですよ。実は俺、近々実家に顔を出すことになりましてね。少し憂鬱な気分なんですよ」
「ふぅん……男の子はそういうものかな? ご家族に会うのが嫌なの?」
「そういうわけじゃないんですがね。先輩は一人暮らしですよね。妹さんとは、長いこと会ってないんですか?」
「そうだね。沙也ちゃんって言うんだけど、元気にしてるかなぁ」
柄支は顔を綻ばせながら、懐かしむように言葉を紡ぐ。その優し気な表情は、紛れもなく心から妹を慕う姉のものだった。
「会いたいですか?」
「うん。でもまあ、今は叔父さんの仕事の都合で海外にいるから、気軽には会えないんだよね」
「そうですか……。変なことを訊いてすいませんでした。それじゃあ、またお昼に」
「あ、うん。それじゃ、またね」
真の質問の意図に疑問を残してはいたが、遅刻する危機感の方が勝り、柄支は軽く手を振って駆けて行った。
「良かったんでしょうか。何も言わなくて」
「あいつがそれを望んでいたんだ。外野がとやかく言う事じゃない……だろうな」
ハナコの問い掛けに真は首を横に振る。まさか、あなたの妹と壮絶な殺し合いを繰り広げていましたなどと言えるわけもない。
彼は微かな胸の痛みを感じながら、上履きに履き替えて自分の教室へと急いだ。
◆
つつがなく(それなりに騒がしくもあったが)その日の学校生活を終えた真は、放課後になると直接家には帰らず、開発区まで足を延ばしていた。
日の落ちるのも早くなってきたためか、心なしか道行く人々の足並みが早く感じられる。赤みがかった街並みを彼もまた少し早足で歩き、人の流れから外れた暗い路地を抜けて目的地へと辿り着いた。
「まさか、三度訪れることになるとはな」
「ほんとに、何かと縁のある場所ですねぇ……」
荒涼とした雰囲気を漂わせる廃ビルに足を踏み入れた真は、迷うことなく非常階段で屋上まで上がった。
周囲のビル群に暗い影を落とされた屋上には冷たい風が吹き、その端に一人の少女が彼に背を向ける形で立っている。
今朝下駄箱にあった封筒の中身は一枚の便箋。そこに一言だけ、『廃ビルの屋上で待つ』とだけ記されていた。
「どういうつもりだ? こんな手紙を寄越したりして」
「なんだ、本当に来たのね」
真の声を受けて少女――芳月沙也は振り返り、呆れたように肩を竦めた。その態度に、真は封筒の差出人が彼女であることを確信する。
指先に受けた、まだ記憶に新しい霊気の感覚は間違っていなかったというわけだ。
「一人……この場合は二人か。まったく、のこのことおめでたいわね」
「お前が呼び出したんだろうが。何の用だよ」
ハナコの姿も目に留めて溜息交じりに言う沙也に、流石に真もむっとして言い返した。
「ま、いいわ。早速本題に入らせてもらうけど」
その彼の顔を見て何が面白かったのか、沙也は満足げに口角を上げると、一つ頷いて話し始めた。
「あたしは、この国から一旦引き上げることになってね。フェイはもう、一足先に帰還したわ」
「……俺たちの始末は諦めたってことか?」
「まさか」
笑みを引っ込め、沙也は鋭く目を細めて真を睨んだ。
「失敗したなら戻って来いって、上からの命令よ。これでも腸は煮えくり返っているんだからね?」
ただ、と彼女は一言付け加えて、真から視線を逸らした。
「今のあたし単独で戦うのは悪手だというのは認めるわ。あんたを追い込んで、また暴走でもされたら今度こそどうなるか分からないわけだし」
「大丈夫です! わたしが、そんなことは二度と起こしません! 絶対に!」
真の背中から進み出たハナコが、両の拳を力強く握りながら言葉を放った。いきなり口を挟んできたハナコに、沙也は少しばかり驚いた様子で彼女を見返していた。
「あんた……」
「ハナコです。それが今の、わたしの名前です」
そのときになって、初めて沙也はハナコの姿をまともに目に映した。
所詮は真に取り憑いているだけの霊に過ぎないと、そんな風にしか思っていなかったが、決然たる態度で彼女の前に少女は立ち塞がっている。
混じり気のない瞳は、とても死んだ者のものとは思えないほどの熱を帯び、沙也を真っ直ぐに見つめていた。
「俺も同じだ。二度と、あんなことは起こさせない」
「口では何とでも言えるわよ。あたしが去っても、また刺客は現れる。きっと、封魔省だって黙っちゃいないわ」
「それは……」
沙也から聞いた滅魔省と封魔省が水面下で結託して行っていたという実験。その真偽は明らかではないが、ハナコが無関係と断ずるには余りにも楽観的過ぎることは、真にも分かっていた。
「あの廃館には、何も残されていなかった。それはつまり、何者かがこの事件を隠そうとしているってことよ。実験は破棄された……だとしても、まだ終わっていない。ちょっとした切っ掛けがあれば、瞬く間に燃え広がる火種を抱えているのよ。それが何なのかは、もう言うまでもないことよね」
そこで沙也は、真との距離を詰めるように前に出た。あと数歩でぶつかるというところで彼女は足を止め、真の顔を睨み上げる。ぶつかる黒い瞳の奥では、内に秘めた感情が燃える夕日の如く揺らめいていた。
「教えなさいよ。あの魔物の力を使わずに……いいえ、仮に使ったところで、そいつらを相手に渡り合える自信があるの? この先襲い掛かるであろうありとあらゆる脅威から、あんたは周りの人たちを巻き込まず、何一つ傷付けずに守り抜けるって、本気で言えるの?」
真は即答できなかった。彼には沙也の事情は汲み取ることはできない。だが、その問いこそが、彼女の戦う意志の源泉なのだろうということは理解できた。
それは叶えられればこの上ない理想であり、極論だ。とてもそんなことを出来るとは、言い張れるものではない。そんなことは言うまでもないことであり、言えば理想は地に堕ちる。
「それは、無理だろうな。今でさえボロボロなんだ。お前の言う通りだよ。あの力なしでお前に負けるような今の俺じゃ、この先何も守れない」
「ッ――!!」
目端を吊り上げ、いきなり沙也は両手で真の胸倉を掴んで締め上げた。
「あたしに勝っておいて、あんたがそれを言うのかッ!」
息が掛かりそうな距離で、沙也の怒号が浴びせられる。
負けるようではこの先何も守れない。それは今となっては言った彼女自身にも跳ね返る言葉だった。
「事実なんだろ? それとも何か? お前は……お前に勝った俺に、何か守ってもらいたいものでもあるのかよ!?」
「……ふ、ざけるなッ!!」
怒りに顔を紅潮させた沙也は、シャツを引き裂かんばかりに握り締めていた手を真から思い切り突き放す。真は喉を押さえて苦し気に咳き込みながらも、彼女から目を逸らしはしなかった。
「安心しろよ。俺は守りたいものを守る。それは曲げるつもりはない。力が足りなくても、届かなくても、目指すことはやめねえよ」
「……もういいわ。あんたと話していると、イラついてしょうがない」
言葉を吐き捨てた沙也は真の横を大股に通り過ぎ、屋上の入り口に向かった。が、彼女は思い直したように足を止め、真に背を向けたまま口を開いた。
「最後に一つだけ聞かせなさい。お姉ちゃんは……元気にしてた?」
その声からは憤りは消えていなかったが、いくぶん平静を取り戻しているようにも聞こえた。
「ああ。お前に会いたがってたよ。本当に、会わなくてもいいのか?」
そして、真もまた振り返らずに言葉を返す。
「余計なお世話よ。あたしは、お姉ちゃんに会わないって決めてるの。そう……本当に守りたいから、あたしは手放すしかなかった。だから、あたしはあんたを認めない」
「そうかよ。だったら、いつか認めさせてやる」
「ふん……それまで、あんたが生きていられるか見物ね。言いたいことも、聞きたいことも、もうないから行くわ。呼び出して悪かったわね」
それで今度こそ沙也は、真を一顧だにせず屋上を後にした。決別した二人の間にはある溝は埋まらないまま、彼女の去った後には暗い影だけが残されていた。
「聞きたいことって……それかよ。結局、心配で仕方ないんじゃないか」
真は振り返り、呆れた気持ちになりながらぼやく。そこまで想っているなら、手紙をわざわざ下駄箱に入れるような回りくどいことをしなくてもいいものを。
「もしかして、あの人ってお姉さん想いなだけなんですかね……」
「さあな。だけってことはないだろうが、それで殺されかけたっていうならいい迷惑だよ」
無論それだけで片付けられる事情ではないのだろうが、基本的にはそういうことなのだろう。真がこの件に関わり続け、それに彼女の姉が首を突っ込む限り、彼は恨まれ続けるというわけだ。
もちろん、そうならないようにするつもりではある。今回は辛くも勝利を収めることができたが、あの頑なな少女を納得させるためには、それでは足りない。
ハナコの奥底に眠っていたもののこともある。見えてきたものもあるが、同時に分からないこともそれ以上に増えており、結果として解決しなければならない問題が新たに積み重なっただけとも言える状態だ。
「……俺たちも暗くなる前に帰るか」
「そうですね。珊瑚さんを心配させてもいけませんし」
しかし、それらは全て一本の線で繋がっている。そんな確信めいた予感があった。
早く日常の空気を取り戻したい、というのは嘘だ。
今はただ、少しでも多く日常の空気を感じていたい。弱気ではなく、胸に刻むためだ。
これから始まるであろう嵐に呑まれて忘れてしまわぬように。
真はいつの間にか背後ではなく隣に並んでいるハナコに気付き、彼女の顔を見やる。
彼の視線に気づいたハナコは、気負いのない笑みを浮かべた。
「きっと大丈夫ですよ、真さん」
何がとも、どうしてもない。それはただの根拠のない言葉にも聞こえた。しかし、彼女の笑顔と言葉に、真の心は軽くなる。
陽はまた輝くために昇ってくる。顔を上げて沈みゆく夕日を見つめながら、二人は帰路についた。
第二部完結です。お読み頂きありがとうございます。
活動報告にて、あとがきと予告を書いております。ご興味がありましたらどうぞ。
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