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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
38/185

18 「命の猛火」

 初撃は互いの刀身のぶつかり合いだった。沙也が上段から打ち下ろし、真が横薙ぎに払う形で、十字を描くように交錯する。

 真はこのぶつかり合いに全力を込めて武器を振るった。少なくとも、様子見や牽制のつもりは一切ない。

 純粋に霊気のみで編まれた沙也の太刀は、いわば意志の塊のようなものだ。彼女の血を吸うが如く、煌々と生命の色に輝く緋の刃を前にして、そんな考えを持つ余裕などできるわけもなかった。


「はあぁぁッ!!」


 しかし、裂帛の気合いと共に放たれた彼女の斬撃は、いとも容易く短刀を覆う真の霊気を切り裂いた。

 まるで紙でも裂くように、鋭利な軌跡を描きながら刃は短刀へと食い込んでいく。鋭いながらも押し潰されるかのような荒々しい重みに、真の腕に痺れが走った。


 ……受け切れないかよ……ッ!


 痺れが軋みに変わりかけ、真は短刀の強化を強めながら反時計周りに旋回するように身を動かし、沙也の左側へと回る。気を抜けば短刀ごと身体を斬られる自分の姿しか想像できなかった。

 果たして、振り切った沙也の太刀は短刀の切っ先を弾き飛ばすように斬っていた。真は奥歯を噛み、衝撃に前のめりになりそうな身体を踏みとどまらせる。


「いきなり逃げ腰ね。怖気づいたのかしら!?」


 沙也は太刀を両手から右手のみに持ち替え、真に背を向ける形で右回りに身体を反転させた。叩き付けるように迫る刃を受けるため、真は短刀を右半身に立てるように構える。

 切っ先は欠けたが、まだ形は保っているため武器としては問題ない。片手であるならば威力は落ちているはずだと、霊気を高めた。


 しかし、短刀が沙也の太刀を受け止めることはなかった。

 真は脇腹に沈み込む強烈な熱を感じ、本能的にほとんど倒れるように飛びずさる。

 それでも反応が遅すぎた。背中から倒れることはしなかったが、彼は片膝をついて左手で脇腹を押さえた。

 激痛と熱さに眩暈がしたが、左手のぬるりとした血の感触に我を取り戻す。服に赤い染みが広がり、吸い切れなくなった雫がぽたりと地面に落ちた。

 斬られたという事実は明らかであったが、真の混乱していた。自分は確かに刃を受けるために短刀を盾にしていた。途中で軌道を変えられるような挙動でもなかったはず。


「別に驚くことじゃないわよ」


 疑問と驚きが混ざった表情を滲ませる真を見下ろしながら、平然と沙也は言う。彼女の手には、彼の血を浴びた太刀が確かに握られていた。


「あたしの太刀は霊気で形成したものなんだから、出すも消すも、あたしの自由。意味は解るわよね?」


 そう言うと、沙也はその行為を実演して見せる。彼女が付いた血を払うように太刀を振るうと、あっさりと炎が掻き消えるように霧散した。

 その現象を見て真は理解した。短刀をすり抜けるように太刀は消され、彼の脇腹に当たる寸前に再形成されたということだ。

 しかし、驚くべきはその発想というよりも、短刀と真の身体の間の僅かな隙間に糸を通すように、その一瞬の間でそれを行える彼女の技量だろう。


「見た目の派手さは、練度の甘さの証明よ? 接続で霊気を補ったみたいだけど、どこまで持つかしらね」


 真の全身から溢れる霊気を見て、揶揄するように沙也は言った。気が付けば彼女の右手には再び太刀が握られている。


「いい加減立ちなさいよ。まさか、実力の差を見せられた程度で降参する気?」

「……そんなわけないだろうが。舐めるな……!!」


 立ち上がった真は短刀を握り直し、沙也を睨んだ。


「俺はまだ殺されてないぞ。かかってこい」

「言われなくてもッ!」


 口元を引き締め、眦を決した沙也は太刀を構えて地面を蹴る。彼女は真が失血により体力を奪われており、受けに回ろうと挑発しているのであろうことは言うまでもなく理解していた。

 が、相手の思惑など知ったことか。何を企もうが、その全てを悉く凌駕し、完膚なきまでに叩くまで。

 余裕ぶっているわけでも、舐めているわけでもない。ただ命を奪うだけでは足りない。浅霧真 (この男)に対しては、その信念ごとへし折らねば気が済まないのだ。


 沙也は姿勢を低くし、足に込めた霊気を一段上げて加速する。跳ねように右へ一歩、そして、二歩目で背後へと回った。

 真はその動きを目で追って振り返ろうとするが、完全に後手になっている。彼の焦りを無視して、彼女は無防備な背中を斬りつけようとした。


「やらせるかッ!!」


 が、その瞬間に真の纏う霊気の輝きが増す。膨大な熱を帯びた光は沙也のいる方向へと放射状に伸び、彼女を襲った。





「は……なんだありゃ、オレの真似事かよ」


 その反撃を見ていたフェイは、皮肉を込めて笑っていた。

 受けに回ったのは霊気による溜めを作るためでもあったのだろう。正面からの得物のぶつけ合いで勝てないとなれば、後はその手のカウンターが有効との判断か。

 相手の攻撃のタイミングと位置さえ掴めれば、その方向へ霊気を放出するだけ。もとから出来たのか、ただの思い付きなのかは知らないが、狙いは悪くないとフェイは思った。


「しかしよー、浅霧真。器用なもんだが、そりゃ悪手だぜ」





 真の腹部に浅くはあるが、新たな斬撃の跡が刻まれる。沙也は放射された彼の霊気を正面から諸共に薙ぎ払っていた。

 広範囲に放射されようとも、ぶつかる面はその一部でしかない。むしろ射程が広ければ全体の威力は下がるというもの。ならば、同じ霊気で作られた彼女の太刀に裂けぬはずがない。


「あたしがあいつとどれだけ手合わせしてると思ってるのよ。ましてや、そんな付け焼刃の攻撃にやられるわけがないでしょう」


 両断された真の霊気は沙也を避けるように散り、不発に終わった。愕然とする真を見つめながら、沙也が構え直した太刀を振り下ろす。

 真は何とか胸の前に短刀と盾にした。また太刀を消されてはたまらないため、至近距離で受ける形になり、衝撃が脇腹の傷に響いた。


「おおおおおおおおおッ!!」


 じりじりと短刀が焦げ付くような嫌な臭いがする。このまま押し切られれば次はない。真は決死の思いで短刀を強化し、沙也の太刀を押し返すことに成功した。


「火事場の馬鹿力かしら。息が切れてるわよ」


 沙也は数歩引き、油断なく構え直す。真は追撃の手が出せず、また、度重なる霊気の消費により呼吸も荒くなっていた。


「やっぱり、所詮は口だけね。弱過ぎる」


 忌々し気に吐き捨てる沙也の台詞に、真は返す言葉が見つからなかった。

 眼前の少女は強い。

 対峙して、刃を交えて初めて分かる。爛々と緋に染まりながら敵を討つ意志に滾る瞳は、どれほどの修羅場を見て来たのか想像もつかなかった。


「悔しいの? なら、もっとあんたの実力を見せて見なさいよ。決意や覚悟には、言葉だけじゃ足りない。そんなこと、言うまでもないことなんだから」


 意志はまだ折れていない。武器もある。だが、それだけでは目の前の敵は倒せない。

 少女の言っていることは間違っていない。例えどれだけお題目を並べようとも、それを成すだけの実力がなければ意味がない。失敗すれば命を落とす。次のチャンスなど望むべくもない窮地で、どう足掻けばこの状況を打開できるというのか。


「――真さん! 気をしっかり持ってください!」


 と、真が思考の迷路に嵌りかけたその時、彼の耳に珊瑚の声が届いた。


「あなたは一人ではありません。どうか、魂に耳を傾けてください!」


 珊瑚は傷つく真を目の前にしながらも、一歩も動くことなく彼を見つめていた。彼女は何一つ諦めておらず、彼の勝利を信じている。


「……ああ、そうだ。俺は、一人で戦っているわけじゃない」


 真の瞳が青白い意志を灯し、短刀が握られる。沙也は空気の変化を鋭敏に察知し、僅かに目を細めた。


「あんたに、それができる?」


 言うや否や、沙也はさっきと同等の速度で真へと肉迫した。先の彼の反応では辛うじて目で追えた程度だが、次はどうなる。

 地を低空で跳ねながら、真の右、背後、そして三歩目で左へと移動する。彼の視線はまだ彼女の姿を捉えてはいなかった。


 取ったと確信するには十分だった。沙也は躊躇わず太刀を真の左半身へ向けて斬りかかる。

 が、真は彼女が太刀を振るおうとした瞬間、右へと身を躱した。刃は空を斬り、遅れて彼の視線が彼女の動きに追いついていた。

 紙一重というべき回避に、それを行った真自身も驚きの表情を浮かべていた。咄嗟の動作に身体が追い付かず上体が揺らぎ、危うく転倒しそうになるところを踏ん張って堪えている。


 そこへ沙也は更に踏み込んだ。今度は真っ向から斬り合いを望む姿勢で、弾丸の如く風を切る。

 彼女の速度を見切った真もまた、上段から斜めに打ち下ろされる刃を、下から短刀を切り上げる形で受け止めた。互いの霊気が火花を散らすように溢れ、激しく瞬きを繰り返す。

 沙也はその変化に目を見開いていた。さっきまでは容易く切り裂いていた真の霊気が、今は彼女の霊気との衝突が成り立っている。

 彼女の太刀に刃毀(はこぼ)れはない。押し負けているわけでもない。だが、相手はこちらの攻撃に確実に対応してきている。


 それは何故かは明白だった。強化の質がさっきまでとは違うのだ。

 受ける箇所に霊気を集中させ、強化をより頑強なものに変えている。今までが短刀全体の強化に十の霊気を使っていたとすれば、受ける一点に十を全て注ぎ込んでいるのだ。

 馬鹿げた方法に聞こえるが、読みが外れない限りこれほど効率の良い方法もないだろう。霊気の使用法という点においては、沙也も似たようなことは行っていた。

 身体強化において、真は身体全体を霊気でくまなく強化を行っているのに対し、沙也は太刀を振るう腕、地を蹴る足とその場に応じてポイント毎に強化を行っている。

 要は節約である。必要最低限の霊気の使用で、どれだけの立ち回りが行えるか。これは、訓練を重ねることで身に沁み込ませた一つの技術である。


 だが、攻撃の一点強化ならまだしも、防御においてその選択は流石の沙也も取り得ない。失敗すれば死に直結しかねない以上、リスクを冒してまで行うものではないからだ。

 しかし、真はそれを行っていた。というよりも、そもそもこの戦闘スタイルは彼のものではない。彼女はそれに気が付いていた。


「フェイの次は、千島珊瑚の真似事か……接続の恩恵ね」


 太刀を一旦引いた沙也は後退し、真の周囲を跳ねる。速度を限界まで高め、彼の前後左右、あるいは跳躍により頭上から、縦横無尽に斬撃が乱れ飛んだ。

 緋色の軌跡を描くその光景は、さながら尾を引く彗星の如く鮮烈なものだった。

 彼女の攻撃は留まるところを知らず、その渦中にいる真は無事では済まないように見えた。しかし、彼は向かい来る攻撃を全て受け切っていた。


 ……これが、接続の本領なのか!


 息をする余裕すらもないほどに、沙也の怒涛の乱舞に真は必至で食らいついていた。人間離れした速度に辛うじてついていけているのは、一重に珊瑚のお陰だった。

 珊瑚の言葉に従い魂に意識を傾けると、そこには彼女の意志らしいものに触れることができた。

 どこから攻撃がくるのか、そして、どのように動けば防げるのか、直感にも似たその感覚を頼りに真は今動いている。

 接続により繋がった相手の意志をタイムラグなしに追従(トレース)する。真の見るものを珊瑚が共有し、それを元に彼女が状況を判断し、彼の意志に指令を出す。理屈としてはそういうことだ。


 だが、言う程それは易しいものではない。例え接続者の意志を共有できたとしても、身体を動かすのはあくまで本人の意志である。

 それを実行する身体機能、そして何より常に判断が迫られる戦いの中、絶対の信頼をもって行動に移せる精神力が重要なのだ。そして、それを乗り越えることができれば、意志による連携は絶大な効果を発揮する。


 沙也はまさに、その効果を見せつけられていた。真は彼の目を通した珊瑚の思考を汲み取り、沙也の攻撃を一心に受け切っている。一点強化の防御もまた、珊瑚の技術の模倣だ。

 これを切り崩すのは容易ではないと、剣戟を繰り広げながら沙也は認識を改める。真が珊瑚と一緒にいた時点で接続の脅威は計算に入れていたはずだが、その予想を超えていたと認めざるを得ない。


「いいわよ。じゃあ、ここからは殴り合いねッ!」

「――何!?」


 次の沙也の上段からの一撃を、真もまた短刀を合わせることで応じようとする。が、太刀と短刀がかち合う寸前で、太刀は消失した。

 短刀の軌道をすり抜けた太刀が、再び形成され真の左肩に振り下ろされる。咄嗟に張った霊気の障壁で斬られずにすんだが、衝撃に彼の左膝が崩れかけた。


「正気かよ……!!」


 真は沙也の行動に瞠目する。彼が肩で彼女の太刀を受けたように、彼女もまた右肋骨付近に短刀を受けていたのだ。

 沙也の攻撃に短刀を合わせるのは防御の面も確かにあったが、それと同時に攻撃の意味もあった。彼女の攻撃に真は自らの攻撃を合わせることで、太刀を消せば攻撃を受けてしまう状況を作っていたのだ。

 沙也が真の防御を切り崩せないことの一因はそこにあったのだが、あえて彼女はその策に乗った。


「言ったでしょ。殴り合いだってッ!!」


 いくら軌道を読めたところで、直前で消されてしまえば受けることはできない。また、この嵐のような乱撃の中で、この攻撃は消えるのかと全てを判断することはできなかった。

 結果として、真は沙也の太刀を受けるために攻撃を仕掛けざるを得ない。太刀は彼の攻撃をすり抜け、鋭い一撃を加えていく。

 そして、その選択をしたことにより、沙也も真の攻撃を受けることになる。霊気による肉体の強化は行い障壁も張るが、それでも体内に響く重さがあった。


 真はこのままではまずいと、背筋に悪寒が走っていた。沙也に攻撃が当たるのはいい。しかし、このままでは自分の身体が持たなくなる。

 彼は彼女の太刀を受けるため、その一点に強化を行っていた。しかし、彼女の攻撃が降りかかるのであれば、防御に霊気を削ぐ必要がある。でなければ、とうに彼の身体は真っ二つに切り裂かれている。

 攻撃と防御、なおかつ防御する位置の見極め。いかに接続しているとはいえ、その全てを成立させながら戦うのは危うい綱渡りだ。

 防御を疎かにすれば即斬られる。しかし、防御に偏ればジリ貧だ。特に真は怪我を負っているため、体力の消耗が沙也よりも激しい。


 それが沙也の選んだこの場の勝ち得る方法だった。例えダメージを負うことになろうとも、とことん攻め抜く。何者にも自分の刃は折らせないという自負と、その鬼気には戦慄せざるを得ない。

 生半可なことでは、この少女を止めることなど土台不可能。だからこそ、真も覚悟を決めた。


「ああああああああああッ!!」


 盛大に叫び声を上げながら、真は沙也の太刀に短刀を合わせた。これまで同様、消えた太刀は彼の身体を打つことになる。


「――……ッ!」


 そして、真の攻撃も同様に沙也にぶつかる。その彼女の表情が、初めて苦いものへと変わった。


「あんた、正気……!?」

「先に仕掛けたのはそっちだろうがッ!」


 真は口を引きつらせながら不敵に言い放つ。彼は耐えられる限界まで防御を落とし、その分の霊気を攻撃に回していた。叫んだのはやせ我慢のためであり、気合で誤魔化す以上の意味はなかった。

 防御に比重をおいても負けが見えるのなら、もはや攻める以外に手段はない。


「上……等……ッ!!」


 凄絶に口を歪め、沙也は真のその攻撃に応じるように太刀を振るった。その威力は、打ち合いが始まってから最高と言えるものだった。

 彼女もまた、防御の大半を捨てたのだ。真が防御の手を弱めるというのなら、そこを徹底的に叩く。それで自分の受ける被害が増えようともいとわない。


 どちらかの体力がなくなる前に、相手を削りきる。もはや状況は沙也の言う通り、どちらが先に倒れるかの凄絶な殴り合いと化していた。

 青と緋の霊気が交わり、砕かれ、裂かれ、吼え合う命の火花が二人の動きに合わせて猛火となって舞い踊る。

 決着の時が、刻一刻と迫りつつあった。

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