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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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17 「緋色の太刀」

 早朝、廃墟と化した洋館の片隅で片膝を抱え、沙也は神経を尖らせていた。

 二階建ての洋館は噂の通り朽ち果てており、かろうじて天井の骨組みが残っているだけで二階は丸ごとなくなっていた。

 一面には瓦礫と焦げた木材、砕けたガラス片などが散乱している。かつて、ここに人が住んでいたという気配は皆無だった。


「つーか、まさか野営させられるとは思わなかったんだが……」


 伸びと共に大口を開けて欠伸をしながら、周辺を見回っていたフェイが戻って来た。眠たげに目を擦りつつ彼は沙也の元へと歩み寄ると、向かい合うように瓦礫の上に腰を下ろす。

 二人は一晩をこの廃墟で明かしていた。沙也は元からそのつもりだったが、聞かされていなかったフェイの心境としては文句の一つも言いたくはなるというものだった。


「お陰で周辺の調査も終わったわ。付き合ってくれてありがとう」

「そりゃどーも。しかし、野犬の類くらいはいるかと思ったが、マジで何にもねーんだな」


 取って付けたような沙也の感謝の言葉に、フェイは肩を竦める。改めて彼は周りを見渡してみるが、生命の気配は一切なかった。

 軽口を叩いてはいるが、フェイもまた沙也と同様に警戒の姿勢を解いてはいない。この廃墟の空気は、そうさせるだけのものがあった。


 生命の気配がない。ならば、それに付随するはずの死の気配があるかと言えばそうでもないのだ。事件から数ヶ月、そう時間は経っていないのであれば、尚更それは残っていなければおかしいというものだ。

 フェイはこの感覚を表す適当な言葉が思いつかず、ただ不気味さを感じていた。強いて言うならば、空洞と言ったところか。


「で、浅霧真はいつ来るんだよ?」

「さあ? 明朝とは言ったけど、時間は決めてなかったし」

「おいおい、そんな適当でいいのかよ」

「焦らなくてもあいつは来るわよ」

「もし来なかったら?」

「そのときは、手段を選ばず殺すわよ」


 少なくとも埠頭で対峙したときの真の目は本気だった。沙也はこれ以上落胆させては欲しくないものだと思いながら、そうならないことを願いつつ静かに息を吐く。


「まーいいや。一人で来ると思うか?」

「千島珊瑚あたりは一緒かもしれないわね」

「そりゃ……接続してるって意味か?」

「あんたにやられたおかげで満身創痍だったからね。それくらいの対策はしてこないと、流石に考え無し過ぎるわ」

「姉ちゃん、一人でやる気だって言ったよな。だったら――」

「あたしは接続しないわよ」


 フェイが言い終える前に、沙也は彼の言葉を否定した。


「オレもまともに戦える状態じゃねーから、そうでもしないとサポートはできないぜ?」


 頑なな沙也の態度に、フェイはもはや呆れた心境で言った。


「それでいいわよ。あんたは見ているだけでいい。あたし一人で、浅霧真とは決着をつける」

「……なー、姉ちゃんが浅霧真を毛嫌いしているのって、沙也姉ちゃんの姉ちゃんが原因なんだろ?」


 無言で沙也はフェイを睨むように見た。しかし、フェイは臆さず、口を閉じなかった。


「別に答えなくてもいーよ。詮索するつもりはねーし。ただ、その感情は明らかに私情だろ? オレに色々と文句があるんだろーけど、姉ちゃんも結局同じじゃねーかよ」

「何が言いたいの?」

「オレを子供扱いするけど、姉ちゃんも十分子供ガキだってことだよ。一度見捨てた家族だろーに」

「……あんたが何を勘違いしているのか知らないけど、それ以上言ったらタダじゃおかないわよ」

「なんでえ、ムキになっちゃって」

「わかったの? わからないの?」

「わかりましたよ。おっかねーなあ……」


 取り付く島もない沙也に、仕方なくフェイは黙ることにした。彼女の言葉には本気の怒りが滲み始めている。これ以上は、彼とはいえまずい。

 そうして、ささくれだった気持ちのまま、沙也は近づく二つの気配を感じ取った。


「――来たわね。行くわよ」


 命のない舞台であるがために、近付く者の気配は敏感に察知できた。沙也は立ち上がり、来訪者を出迎えるべく進んで行く。


「はぁ……姉ちゃん。無茶しなきゃいーけど」


 彼女の背中に危ういものを感じながらも、フェイは後を追う。どの道手出しできるほどの余力もないが、かといってもしものときは傍観する気はさらさらない。今はただ、彼女の無事の勝利を願うばかりだった。





 廃墟を前にして立ち止まり、真はどこか懐かしむようにその全容を見上げた。澄んだ空と対照的に、地上には荒廃した灰色の景色が広がっている。


「ここが、真さんがハナコさんと出会った場所ですか」


 何か感じ入るものがあるのか、彼の右隣に立つ珊瑚もまた廃墟を見る。依頼として真がこの場に来たことがあることは知ってはいたが、同行して現場を見るのは初めてだった。


「ええ、もう見る影はないですけどね……と、珊瑚さん、下がってください」


 真は相槌を打ったところで、こちらに近付いて来る気配を感じた。珊瑚の顔にも緊張が走る。


「来たわね。浅霧真」


 瓦礫の影から芳月柄支とフェイの二人が姿を現す。珊瑚は密かに奇襲を警戒していたが、少なくともその線は消えたかと張っていた気を一段落とした。


「本気で正面からの戦いをお望みなのですね」

「ええ。暗殺みたいなやり方は趣味じゃないし。今回は、そんなことをしても、あたし的には意味がないから」


 珊瑚を一瞥し、沙也は真の正面に立つ。その双眸には、強い敵意が込められていた。


「相手はあたし一人よ。知っての通り、今のフェイは戦えるほど回復していないからね」

「こっちも俺一人だ。お前も、それを望んでるんだろう?」


 沙也の気迫を受け止め、真は一歩前に出る。その態度に彼女は、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らし、視線を強めた。


「どっちだっていいことよ。ここであんたたちは死ぬんだから」

「そうならないために、俺たちは来た。約束しろよ。俺が勝ったら大人しく帰れ。二度と珊瑚さんに手を出すな」

「そんな約束できるわけないでしょう。百歩譲ってあんたが勝ったとしても、それで組織が引き下がるはずがないでしょう。より脅威度が上がったとして、あたしたちよりも格上の刺客が来るのがオチね」

「……そうかよ。お前らは下っ端なんだな」

「そうよ。あたしたちは所詮、組織の末端。勝とうが負けようが、どっちにしろあんたたちに逃げ場はなんてないのよ」


 挑発めいた台詞も軽く流され、真は唇を噛む。そして、腰に差した木製の短刀に手を掛けた。


「ああ、お前の言う通り、今は逃げ場なんてないんだろうな。だったら、切り拓くまでだ」

「……くだらない。あんたは、そうやって格好つけながら死ねばいい!」


 心底そう思いながら、沙也は真の決意を吐き捨てるように言った。

 彼女の黒い瞳が濁り、異なる色へと変貌する。滾る感情に呼応するその色は、赤より鮮やかに染まる緋色だった。

 同時に彼女の右手に霊気の帯が形を成し、それは限りなく実体に近い鋭利な輝きを持って顕現する。

 反り返る刃を有するそれは、一振りの緋色の太刀。


「構えなさい。あんたのその決意は、今ここであたしが叩き潰す」


 沙也は左手を柄に掛けて両手を右腰に溜めるように構えを取り、その切っ先を真へ向けた。

 真は一瞬ではあったが、その太刀から滲み出る霊気の輝きに目を奪われていた。

 彼は短刀を霊気で覆うことで強化することで武器として扱っているが、沙也の持つ太刀はその媒介がない。

 それは、沙也が自分の霊気だけでその太刀を創造しているということだ。その精巧さ、込められた霊気の密度は見ただけで術者の技量を推し量るには十分なものだ。


「浅霧真。こりゃ姉ちゃんは本気マジだぜ。悪いことは言わねー。最初ハナから全開でやらねーと、どうなるか分からねーぞ」


 沙也の後ろに一歩引き、フェイが口を吊り上げながら言った。彼は廃墟の崩れた壁に腰を掛け、既に観戦する態勢に入っていた。


「真さん……」

「大丈夫です、珊瑚さん。俺は一人じゃありませんから。どうか見ていてください」


 心配そうに顔を曇らせる珊瑚に、真は振り返って笑みを作る。例えどれだけ壁が高かろうとも、託された力を嘘にしないためにも乗り越えなければならない。


「ご武運を……信じています」


 一礼して下がる珊瑚に頷いて、真は前に向き直る。そして、短刀を両手に持ち、己の中の霊気を最大限に引き出そうとした。

 珊瑚に託された霊気は真の全身から青白く燃え上がる。彼は強化を成した短刀を両手に握り、正面に突き出すように構えを取った。


「始める前に聞かせろ。お前は、何が理由でこの場所を選んだんだ? ハナコの何を知っている?」

「あんたに話しても仕方のないことよ。でも、そうね。それで釣ったんだから、あんたが勝てたら話してあげるわ。それは、約束してあげる」

「……必ずだぞ」


 二人が間合いを読むように腰を落とし、地面を蹴って飛び出したのはほぼ同時。

 命を狩るべく研ぎ澄まされた少女の意志と、守るために託された少年の意志が雌雄を決するべく、激突を果たした。

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