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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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14 「滅魔省」

 凪浜神社の社務所の居間に、全員が揃った。

 席は昨夜とほぼ同じ配置で、入口側に永治と、右隣に少し距離を置いて麻希が座る。永治の正面には真、柄支、進が順に並ぶ。

 そして、下座にあたる席に一人、珊瑚が居住まいを正して正座していた。

 珊瑚はセーターにスカートと普段の恰好に戻っていた。襟元と下ろした髪の影には白い包帯が覗いている。それは肩から胸にかけて火傷を負った箇所に巻かれたものだ。

 柄支は気遣わしげに珊瑚へ視線を向けていたが、口を開くことはしなかった。沈黙は静かにではあるが、雄弁に珊瑚の言葉を待っていた。


「まずは皆様、私の勝手でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げ、珊瑚が謝罪の言葉を述べる。が、まだ誰も彼女へ返答はしなかった。謝罪を受け入れるつもりはあるが、真を除く面々は事情の全てを把握できておらず、どう返せば良いのか判断できないためである。

 それは珊瑚も承知していることで、続けて彼女は口を開いた。


「それでは、前置きは抜きにしましょうか。私の知る限りのことは全てお話しさせて頂きますが、何から始めればよいか……」

「ふむ……」


 どのように話を始めるか迷う珊瑚に、永治が顎を撫でながら声を発した。


「まずは各々、知りたいところを千島さんに訊ねるというのはどうだろうか。その方が、互いにすっきりするのでは?」

「皆様がそれで構わないのであれば、私に依存はありません。何なりとお答えさせて頂きます」


 永治の提案に、珊瑚は抵抗なく頷いた。とうとうと何かを語られるよりも、まずは知りたいところを聞くというのは良い案だろう。反対意見もなくその案は採用された。


「なら、私から質問させてもらいます」


 先陣を切ったのは麻希だった。彼女の目には微かに不信感が滲んでいるようだった。しかし、いち早く質問をすることは珊瑚に対する疑念を払拭したいという思いの表れでもあった。


「あなたと浅霧は命を狙われている。そう理解していいのですか?」

「はい。私が昔所属していた組織の手によるもので、名は滅魔省といいます」

「それは当然……退魔師と関係がある組織なんですね?」

「その通りです」

「浅霧は知っていたのか?」

「いえ……俺も今回のことで初めて知ったので、詳しいことまでは」


 麻希に水を向けられ、真は首を横に振る。電話で兄から聞いた程度で、彼もまた滅魔省についての知識は曖昧だった。


「教えてください、珊瑚さん。滅魔省っていうのは、どんな組織なんですか?」

「わかりました」


 改めて問う真に、珊瑚は首を縦に振った。


「滅魔とは魔を滅ぼすと書きます。その名の示す通り、霊……あるいは魔物と化した存在を滅ぼすことを目的としてつくられた組織です」

「滅ぼすって、言葉の響きが穏やかじゃないですね」不穏な言葉に進が口を挟む。「退魔師の魂の回帰っていうのとは、また別な話なんでしょうね?」

「新堂様の仰る通りです。彼らは退魔省とも、封魔省とも異なるやり方で霊の排除を行います。それが、完全な魂の破壊です」


 珊瑚の膝の上に乗せた両手に、自然と力が入る。彼女の顔つきは一層厳しいものへと変わっていた。


「破壊は、この世からの完全な消滅を意味します。魂は生まれ変わることなくこの世から消滅するのです」

「何故、その滅魔省はそんなことを?」

「そうですね……例え話を挙げましょう」


 訊ねる進に、珊瑚が答える。


「大量殺人を犯した凶悪犯がいたとしましょう。その人が死に、生まれ変わったとして、皆様はその人がまた同じように罪を犯すと思いますか?」


 珊瑚の示す問題に、真、柄支、進、麻希は言葉を詰まらせた。それは、議論したところで答えなど見つかるものとは思えない。

 ただ、永治だけは別だった。困惑する若者へ助け舟を出すべく、彼は自ら沈黙を破った。


「魂は自我の器であり、命の終わりは自我の終わりを意味する。魂が器である以上、そこに罪はない。故に、新たな自我を迎えるために魂は回帰させるべきだ。命の循環を止めることは、自然の摂理に反することである」

「……御爺?」

「それが退魔省としての基本的な方針だ。千島さんの問いの答えにはなっていないかもしれないがね」


 視線を向ける永治に、珊瑚は頷いた。


「もうお気づきとは思いますが、今永治様が仰った考えと滅魔省の考え方は異なります。罪を犯した者は、次の生でもまた同じく罪を犯す。魂が同じである以上、穢れたものは排除すべきという考えなのです」

「ん……? その話だと、滅魔省って行き過ぎた感じはするけど、考えようによっては正義の味方ってことなのかな?」

「結論付けるのは早いぞ、芳月。今のはものの例えだろう。生きた人間を引き合いに出したが、退魔師というのは霊を相手にするものなのだろう? よしんば生身の人間を相手にしていたとしても、それはただの殺人だ」


 柄支の疑問を麻希が容赦なく否定する。真と珊瑚の命を狙っているという時点で、そんな綺麗ごとで語れるものではないということは理解の内だった。


「あぁ、そうだね。でも、霊っていっても色々あると思います。事故だったり……その、殺されたり……とか。全部一括りにしてしまうなんて、暴論じゃないですか?」

「柄支様の懸念はわかります。しかし、生前どのような生き方をしていようが、『そうなった時点』でその魂は彼らにとっては穢れなのです」

「そんな! ハナちゃんは穢れてなんかいません! なんで殺されなくちゃいけないんですか!」


 バン、と机に両手をついて腰を浮かせた柄支が興奮気味に声を上げる。今にも暴れ出しそうな彼女の肩を真が押さえ、なんとか席に戻した。


「先輩、落ち着いてください。ありがとうございます、気持ちは嬉しいですが今は抑えて」

「申し訳ありません。言葉が過ぎましたが、滅魔省とは、そういった敵意、殺意を向けてくる相手ということを理解してください。柄支様の意見には、私も全面的に賛同します。ハナコさんを、殺させなどしません」


 悔し気に口を歪める柄支を安心させるように、珊瑚は薄く微笑んだ。真はこの場にハナコがいれば「もう死んじゃってますけどね」とでも言いそうだと想像し、短く苦笑した。


「滅魔省については一定の理解はしました」そして、話の舵を戻すため麻希が口を開く。「では、何故あなたが命を狙われる必要があるのですか?」


 真が狙われる理由は、ハナコに付随するものだということは理解した。では、何故珊瑚が狙われるのか。


「裏切り者を始末するって、あいつは言ってましたね。珊瑚さん、そういうことなんですか?」


 珊瑚は目を閉じ、しばらくの間無言を保った。その様子は答えに窮しているものではなく、どのように話せば良いかを言葉を選んでいるようだった。


「私が組織の裏切り者だから。それが理由であることには間違いありません。ですが、それが全てではないでしょう」


 瞼を上げた珊瑚は覚悟を決めたように、瞳に力を宿して話し始めた。


「私は滅魔省で、パートナーとして活動を共にしていた人がいました。結論から申し上げますと――私はその方をこの手に掛けました。それが、私が狙われる理由となっているのでしょう」

「え……手に掛けたって……」


 思わず柄支が声を漏らしたが、彼女は慌てた様子で口を押えた。押し殺した沈黙が心を圧迫し、にわかに空気が重くなる。


「珊瑚さん、何か理由があるんですよね?」


 その中で、真は迷いなく珊瑚を見つめて訊ねていた。珊瑚もまた真の目を見返し、俯きかけていた顔を上げた。


「理由は……あります。それにはまず、滅魔省と封魔省の対立関係について、お話ししなければなりません」


 封魔省のことを語るあの肌の黒い少年のことを真は思い返す。対立の言葉通り、どう考えても友好的な関係とは思えなかった。


「霊の魂を食らうことで力を得るという行為は、穢れを自らに取り込んで力とするもの。もはや滅魔省は封魔師を人と見なしていません。彼らは魂を食らう人外の魔物と定め、滅ぼすべき対象とみなしています」

「魔物……父もそんなことを言っていた気がしますが、どういうものなんですか?」


 進は父から霊の話をされるとき、そういった存在がいることをほのめかされていたことを思い出す。しかし、その定義はいまひとつ曖昧で理解しがたいものだった。


「退魔師が一般的に魔物と呼称するのは、他の魂に肉体を奪われた状態にある生物です。霊の魂は死んだ状態のため、霊気を求めて霊同士は混ざり合い、時に肥大化します」

「大きな霊気を持つようになった霊は、その存在を認識する生物を標的にすることがある。悪霊が人を襲う、などよく聞く話ではないかね?」


 珊瑚の言葉を引き継ぐ形で永治が説明する。


「早期の段階であれば霊は祓える。取り憑かれたといわれる状態だね。しかし、末期となると襲われた魂そのものが既に霊の魂に食われてしまう。こうなると、もはや霊を祓うことはその肉体の死も意味することになる」

「その末期の状態が魔物、ということですか」

「うむ。しかしながら、霊の魂は死んでいるため自我というものがほとんどない。生ける屍といったところか。退魔師の役割には、そうしたものの排除もあるのだよ」


 やりきれないがな、と永治は嘆息する。永治も真も退魔師であり、麻希は質問を重ねたい思いに駆られはしたが、言葉を呑み込んで珊瑚へと顔を向けた。


「その封魔省というのが本質的には魔物のような集団であることは、なんとなくだが理解しました」


 自我を保ちながら、魂を食らい続ける魔物の集団。麻希は紺乃という男の姿を思い出す。今は恐ろしいというよりも、おぞましさの方が勝っていた。


「かつての退魔師たちが組織を分けた後から、滅魔省と封魔省は戦いを繰り返してきたと聞きます。ですが、力関係はその性質上、封魔省の方が優勢でした」


 退魔師はその霊気の総量が強さの証となる。もちろんそれだけではないが、それが指標となることに間違いはない。魂を食らい続けることで力を伸ばす封魔省に対し、差が開くのは当然の結果だった。


「滅魔省は対抗するために霊気を扱う練度、技術の向上を図りました。宝石などの媒体への霊気の貯蔵。そして、接続と呼ばれるものです」

「接続……繋がるってこと?」


 そのまま別の表現に置き換えて言う柄支に、珊瑚は頷く。


「互いの魂に霊気を供給するパスを繋ぐことで、通常生成される霊気に上乗せする技術です。少し違いますが、真さんとハナコさんのような関係ですね」

「そんなことが可能なんですか?」


 真は驚きに目を開く。それが可能であるのなら、他人よりも多くの霊気を扱えるという真の強みがなくなるということだ。


「当然リスクは幾つかあります。供給する側も自身の活動を維持しなければいけませんから、全ての霊気を預けることはできません」

「ああ、なるほど……」


 ハナコは維持する肉体がなく、彼女自身が戦う必要もないためその霊気の大半を真に預けることができる。肉体の縛りがある以上、そう簡単にはいかないということだろう。


「それ以上に魂を繋げるという行為は、相手の心を知るということにも繋がります。位置や身体の異常など、相手の状況を把握するためにも使われます。そのため、滅魔省の原則の一つに、二人一組というものがあります」

「熟練した使い手だと、戦いになれば言葉を交わすことも、目を合わせることもなく連携してくる。接続には、むしろそういう意味合いの方が強いのではないのかな」

「なんだ御爺、その口振りだと、戦ったことがあるようだな」

「数える程度しかないがな。封魔省ほどではないにせよ、組織を別った以上、ぶつかることはあったのだよ」


 遠い昔のことだと、永治はそれ以上は語らず口を閉ざした。


「ということは、俺たちが会った滅魔省のやつらも接続していたってことになるんですかね?」

「いいえ、あの二人はそこまでの関係には至っていないようでした。私と戦いに来た彼も単独行動でしたからね。何故接続のできない二人が任務にあたっているのかまでは分かりませんが……」


 珊瑚に言われ、それもそうかと真は記憶を顧みる。ただの偏見かもしれないが、あのつんけんとした態度の少女が誰に心を許すというのは想像しにくかった。


「ですが、それもまたリスクの一つです。接続を行うには、魂に想像以上の負荷がかかります。それを耐える精神と、何よりも大切なのは、接続者となる相手をどこまで深く信頼できているかです。永治様の仰ったように、それこそ互いの考えていることまでわかるような……」


 珊瑚はそこで言葉を落とす。その声は、微かにではあるが震えていた。


「……ですが、私は失敗しました。詳しくは控えさせて頂きますが、当時パートナーだった方は魂の負荷に耐え切れず自我を崩壊させました。その結果、魔物となったその方に私が止めを刺したのです」

「それは……魂を破壊したってことですか?」


 彼女の独白にも似た語りに、真が訊ねる。ここは逃げずに聞かねばならないところだと、そう思った。


「いいえ――私は怖くなったのです。その方の魂を破壊することで、永遠に失われるのが怖かった」


 答えは予想を裏切る否定だった。珊瑚は動悸を抑えるように胸に手を当て、唾を呑む。


「その方の魂を、私は食らいました。滅魔省が私を狙う理由は、彼らにとって私が裏切り者にして、化け物であるからです」


 珊瑚の告白を聞いた真は、本来ならショックを受けるべきなのだろうと自身をどこか客観的に捉えていた。しかし、彼の中では色々と合点がいき、むしろすっきりとした気持ちだった。

 今も珊瑚は自分の犯した罪を恐れている。きっと、今告げた事実は知られたくなかったことだろう。一人で決着をつけようとしたことも、そうした理由が含まれていたのかもしれない。

 真は珊瑚を止めることが出来て良かったと、心から思う。そして、二度と彼女に罪を犯させまいと、密かに胸に誓った。


「珊瑚さん、その接続っていうのは、俺と珊瑚さんでも出来ることなんですか?」

「え……?」


 そして、真の口から出た言葉に珊瑚は目を開いた。


「珊瑚さんの事情はわかりました。だから、後は俺に任せてください……と言いたいところなんですが、ハナコともまだ話も出来ない状態なんで、このままじゃ碌に戦えそうにないです。だから――」

「浅霧、お前は人の話を聞いていたのか? 危険だとは思わないのか?」

「大丈夫じゃないですかね? 珊瑚さんも、俺とハナコの状態は似たようなものだって言うし、感覚としては掴めているんじゃないかなと。それに、今のところ五体満足で戦えそうなのは俺だけですしね。明日までには時間もない」

「ちょっと待って。浅霧くん、明日ってどういうこと?」

「決着を明日つけると、相手と約束したんです。いずれにしても、落とし前はつけないといけない。遅いか早いかの違いですよ」


 立て続けに麻希と柄支から質問を受け、真は事もなげに答える。絶句する二人を他所に、進が軽く噴き出した。


「無茶苦茶だね。もしかして、内緒で一人で行くつもりだったのかい?」

「そんなつもりはなかったさ。結果的には、俺一人で行くことになるのか……でも、接続の範囲とかはどうなるんですかね」

「待ってください。真さん、私はまだ――」


 話を進めようとする真の言葉を珊瑚は遮ろうとする。しかし、それを更に真が制して口を開いた。


「言ったでしょう。珊瑚さんが昔に何をしていたとかは関係ない。俺にとっての珊瑚さんは今ですから。その今のあなたを作った過去なら、なんだって受け入れますよ」


 真が瞳は真摯に、言葉は真っ直ぐに珊瑚の胸を打つ。


「信頼関係が大事なんですよね。俺は珊瑚さんを信じてますよ。珊瑚さんは、俺を信じてはくれないんですか?」


 珊瑚は言葉に詰まる。否、答えは既に決まっていた。この少年に連れ戻って来た時点で、説得の余地などないくらいに自分は負けていたのだろうと。

 もはや、観念する他はない。


「……わかりました。真さん、あなたの覚悟は受け止めました。私も、あなたを信じていますから」


 珊瑚の胸の奥にある感情は未だ硬く凍っている。しかし、確かに真の熱は届き、微かではあるが溶ける兆しを見せ始めていた。

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