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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
33/185

13 「廃館」

 凪浜市の北に位置する山を抜けるためには、二種類の道路が存在する。

 山を迂回する形で曲がりくねった山道を通る道と、近年つくられたトンネルを直通するパイパス道路だ。

 パイパスは都市開発の一環としてつくられたものであり、開発区へも繋がっている。今や流通の役目の一端を担っている存在だ。

 その一方で、山道を通る車は激減した。あえてのんびりと景色を楽しもうというのでもない限り、そこを通る必要はなくなったため当然の結果である。

 しかし、昼下がりの中その山道を一台のタクシーが走っていた。車内の後部座席には、一組の男女が座っている。

 芳月沙也とフェイだ。

 沙也は左側の席で窓枠に肘を立てて頬杖をつき、無言で眼下に広がる緑の景色を眺めていた。そんな彼女を、フェイは深く座席に腰掛けながら横目で見ている。

 彼は焼けてボロボロになった服を沙也の購入したものに着替え、火傷した肌を晒さないようにしていた。何度か沙也に話し掛けてはみたが、全て空振りだった。埠頭の戦い以後、会話は事務的なものだけで数える程度しかしていない。


「姉ちゃん、いい加減機嫌直せよなー」


 無言を貫く沙也に、いよいよフェイは諦めたのか、不貞腐れて溜息をついた。

 タクシーの運転手はこの風変わりな二人組の様子をミラー越しにちらりと窺う。少女の方は姉と呼ばれているが、姉弟には見えない。見ようによれば少年のいじらしいアプローチを袖にし続けるように見えなくもないが、それよりも不審さが際立っている。

 現在走らせている山道を進んで欲しいとだけ告げ、少女は以後黙ったままだ。基本的に一本道のため迷うことはないが、山を抜けるためにこの道を使うのは有り得ない。料金を支払うタクシーであるならばなおさらだろう。

 ならば、山道の途中に何かしらの用があるのだろうとまで運転手は予想はした。「観光ですか?」と差し障りのない範囲で何度か話題を振ってみたが、返ってきたのは沈黙のみだった。

 会話をする気のない客は珍しくもないので、彼はそれについては特に気にすることはなかった。ただ、主導権は少女が握っているようだが、若い男女が何をするつもりなのか気掛かりではあった。

 とはいえ、それは二人を気に掛けてのことではなく、目的地に二人を降ろした後、何か変な事件を起こすのではないかという漠然とした自己保身からくる気持ちである。どうかただの風変わりな観光客であって欲しいものだと、彼は内心不安を感じながら車を走らせ続けた。


 進行方向右手に広がる山林の背は高くなり、道路に影を落とし始める。外気も冷えたものになりつつあった。そうして、山の中腹辺りに差し掛かったところで、沙也は前方に目的のものを見つけた。


「止めてください」

「えっ?」

「ここでいいです。止めてください」


 困惑する運転手に、繰り返し沙也は車を止めるよう指示を出す。こんな山中に何があるというのか運転手は皆目見当もつかなかったが、客が良いというのなら商売である以上従う他はない。対向車も後ろを走る車もないが、なるべく端に寄せて停車は行われた。


「帰りはどうする気なんですか? 御覧の通り車なんて通らないですよ」


 料金を支払って降りる二人に、運転手は最後の良心とばかりに問いかける。そこで沙也は、はじめて運転手の顔を見て口を開いた。


「大丈夫です。連れが来ることになっているので、帰りは送ってもらえることになってますから」


 口調こそ丁寧だが、言外に早く行けという雰囲気を出していた。運転手もそれを受け、「そうですか」と一応の笑顔を見せてドアを閉めると、二人を振り返ることなく走り去って行った。


「姉ちゃん、連れって誰だよ? 嘘だろ」


 タクシーが見えなくなってから、茶化すようにフェイが言った。


「あのオッサン、完全に呆れてたぜ。大人の厚意を無下にする、生意気な子供と思われたんじゃねーか?」

「それで良いのよ。変に勘繰られるより、興味をなくしてもらった方が好都合だわ」


 素っ気なく言い返すと、沙也は道路を横切った。そちらは山の内側になる。沙也は生茂る草むらの中に足を踏み入れ、車内から見えた目標に近づいた。

 それは古い木で出来た看板だった。背の高い草に半分ほど隠れ、手入れなどはされておらず書かれていた文字も擦れて判別がつかなくなっている。かろうじて、方向を示す矢印らしき表記があることがわかった。


「何だよそれ。この先に何かあるんだ?」


 沙也の後ろから覗き込むよう看板を見たフェイは、矢印が示す方向へ顔を向ける。元は人工的に切り開かれていたのか、周りより草の背が低い獣道らしき古道が伸びていた。


「あんたは黙ってついて来なさい」

「オレ、一応怪我人なんだぜ? 霊気も粗方使っちまったから歩くのもしんどいんだけどさ」


 意識を取り戻して怪我の治療もしていたが、まだ今朝の戦いからまだ半日も経っていない。消耗し切っているフェイは上り坂となった古道を見つつ愚痴を零した。

 本来ならば沙也は単身でこの場所に臨みたかったのだが、ホテルにフェイを放っておけば今度こそ何をするか判らないため、止むなく負傷した彼を同行させていた。


「姉ちゃん、何を企んでんだよ? 浅霧真も千島珊瑚も見逃して、殺せるときに殺さねーなんて。助けてもらっておいて文句を言うつもりもねーんだけどよ」

「あたしは思い知らせてやりたいだけよ。あいつがいかに弱くて、何も守れやしないってことをね」

「ふーん? ま、徹底的に叩き潰すってのも、嫌いじゃねーけどな」

「言っておくけど、次はあんたは手出しするんじゃないわよ。そんな状態で下手に加勢されても足手まといになるだけだから」

「はいはい。わかってますって」


 ようやく会話が出来たことを喜んでいるのか、フェイの声の調子が上がる。沙也は内心息を吐きながら、看板の示す古道へと足を向けた。フェイもその後に続く。


「あんた、口は堅い……方には見えないわね」

「内緒話かよ。姉ちゃんの頼みだったら考えねーでもないけどな」

「……まあいいわ。この先にね、浅霧真が霊に取り憑かれた場所があるのよ」

「へえ……つーか、なんでそんなこと知ってるんだ?」


 フェイは関心したように呟き、すぐに浮かんだ疑問をぶつける。


「調べたのよ。千島珊瑚については組織に情報は残っていたけど、浅霧真についてはこっちに来てからね」

「律義だねぇ。これから殺す相手のことを詳細に調べるなんて」

「その点は、あんたが慎重さに欠けるのよ。千島珊瑚についてもそうだわ。彼女の戦い方を知っておけば、対策くらいは立てられたはずよ」

「あー! そーかもしれねーけど、蒸し返さないでくれよ。これでも凹んでるんだからよー……」


 敗戦について触れられたくないのか、沙也の小言をフェイは耳を塞いで聞こえない振りをする。振り返ればいくらでもやりようは見つかるが、結果が出てしまった以上は全てが後の祭りだ。


「ていうか浅霧真を調べたって、滅魔省うちの力を借りたのか?」

「そうよ。属しているのだから、組織の力は有効活用しないとね。凪浜市でのあいつの動向はだいたい把握したわ」


 調べた内容は浅霧真がこの春から凪浜市に引越し、市長の依頼により各地で霊の調査や浄化を行っているというものだ。

 沙也は大方目を通したが、その多くが大したものではなく、事件性も低いものばかりだった。しかし、その中で気になるもの一つがあった。


 その舞台は、都心から離れた山奥にある洋館だった。

 元は宿泊施設として建てられたものだったが、経営が思わしくなく廃館。その後、とある好事家によって別荘として買い取られた経緯をもつ。

 その人物も数年前に亡くなり、管理する者がいなくなった洋館にある噂が立ち始めていたのだ。


 好事家は死体を収集することが趣味だった。

 洋館の地下室には、集められた死体が、骸が数多く眠っている。

 どのような経緯でそのような噂が立ったのかは、今となっては定かではない。

 真偽を確かめるべく、浅霧真はその洋館へと立ち入った。それが、今年の夏の出来事である。


「つまり……その洋館がこの先にあるって話でいーのか?」

「そういうこと。ただ、洋館は既に全焼しているそうよ。浅霧真が調査に乗り出した結果、最後に洋館は燃え尽きた。ただ、これは事件として報道もされていない。以後、洋館に関する噂もピタリと止んだそうよ」

「へえ? それって、あからさまに情報が制限されたってことじゃねーか」


 フェイの言う通り、何らかの圧力があって事件は伏せられた。そしてその後、浅霧真はしばらくの間市長からの依頼を休業している。

 体調を崩し、何か幻聴が聞こえるなどと言っていたようであるが、情報を照らし合わせるに、おそらくそのときに霊に憑かれたと沙也は踏んでいた。埠頭での会話で、それは確信に変わっていた。


「しっかし、滅魔省の諜報も優秀なもんだな。地方都市とはいえ、一人の退魔師の活動をそこまで調べ上げるなんて」

「そうね。それでも、流石にあいつの魂の状態までは直に会うまではわからなかったけど」

「それで――姉ちゃんがここに来ることと何か関係があんのかよ?」


 フェイは視界を遮るように伸びる雑草を煩わしそうに払いながら、沙也の背中を追う。真の事情をおぼろげながら把握したところで、今回その現場を訪れることに何の意味があるのか彼には理解できなかった。


「あたしはね、その件に関わっていたであろう何らかの力を探っているのよ」

「封魔省の連中じゃねーのか?」

「それだと話が合わないわ。副長の紺乃が浅霧真の存在を認識したのが事件の後よ。副長クラスの人間が、その情報を掴んでいなかったとは思えない」

「そんなもんか? お偉方ほど、そーいう細かいことには目を通さなかったりするもんじゃねーの?」

「封魔省のお偉方ってのは、どいつも現場に出向く化け物みたいな連中よ。その点は、滅魔省とは反対ね」

「滅魔省が関わっているって線は……なしか。じゃないとすれば、オレらが知らないだけか、知らされていないだけか……清言のオッサンは、このことを知ってるのか?」

「知らないはずよ。だから聞いたでしょ。口が堅いかって」


 そこで沙也の意図にフェイはやっと気付く。彼女は今、任務としてではなく個人として動いている。行動を共にする以上、それを口外するなと言っているのだ。


「移動にタクシーを使ったのはそーいうことか。組織に頼ると記録が残るからな」

「清言が言ってたわよね。この任務は非公式になるって。記録に残らないなら、ある程度報告は誤魔化せるでしょ」

「オッサンを出し抜こうってのかよ? オレは無茶だと思うけどな」

「で――黙っていてくれるの?」


 顔を振り向かせて沙也はフェイに問い掛ける。彼女の雰囲気からして彼に判断を委ねているとはとても思えなかった。


「同意させて共犯意識でも持たせよーってのかよ。言っとくが姉ちゃん、オッサンはオレの恩人だ。姉ちゃんが身内だろーと優先順位は覆らねーよ」


 沙也のプレッシャーも涼風とばかりに、この会話を楽しむようにフェイは挑戦的に口端を吊りあげた。が、


「けどまー、面白そうではあるから付き合ってやるよ。オッサンに迷惑が掛からない範囲なら、報告しなくても問題はねーだろ」


 フェイは自らの言葉を撤回し、沙也に協力的な態度を見せる。彼は清言に義理立てする前に、沙也との不和の解消を望んでいた。


「……あんたのその図太さが羨ましいわ」


 呆れる沙也に、フェイはころりと表情を人懐っこい笑みを満面に浮かべていた。

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