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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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09 「捕まえた想い」

 埠頭の奥から一瞬見えた眩しい光に、柄支は胸の奥からくる不安と戦っていた。

 さっきまでは冷たかった潮風が、若干の熱を孕み始めている気がした。

 真には隠れていろと言われたが、様子を見に行きたいという気持ちもある。しかし、下手に動いて真が不利になるような真似もできなかった。

 それくらいの自制心は柄支は持ち合わせている。ここまで連れて来てもらえただけでも、彼にとっては十分な譲歩だったのだろう。

 しかし、逃げろと言われて逃げるほど、柄支も素直ではなかった。

 そもそも、逃げなければならないということは真が危機に陥っているということだろうし、そんな状況で逃げ切れるのかという疑問もある。

 見えた光の場所に真は居るはずだと、柄支は確信する。

 ぐるぐると胸を巡る幾つかの感情を整理できぬまま、彼女はせめて少しだけでもと倉庫の影から顔を覗かせ、周囲をうかがった。

 その一瞬だった。

 柄支が背中を見せたときを見計らったかのように現れた何者かの気配を、彼女は感じ取った。

 咄嗟に振り返ろうとしたが、その前に意識は刈り取られていた。昏倒する柄支を何者かは抱き留め、ゆっくりと地面へ寝かせる。


「浅霧真……何のつもりかは知らないけど、一般人を巻き込んでんじゃないわよ」


 舌打ち交じりに忌々し気に吐き捨てられる台詞は、もはや柄支の耳には届いていなかった。





 目の前に広がる光の前に、真は判断を迫られていた。

 回避をすることは不可能だった。光は真の進路を防ぐように放射状に延びており、上下左右、前後どれをとっても呑み込まれる。

 迎撃も悪手だろう。面で制圧する相手に対し、短刀で斬るのは明らかに不利だ。


 ……やるしかないか!


 真は右腕を盾にするように前方にかざした。今から行うことは、彼にとってある意味博打だった。


 霊気の特性は、その使用者によって大きく変わる。

 封魔省の咲野寺現の鉤爪に似た武装の『形成』。紺乃剛による他人の霊気を打ち消す『発散』。珊瑚の霊気に干渉し動きを封じる『侵蝕』等、個々に適性や得意とする扱い方が存在し、そこを重点的に鍛えることが基本となる。

 真の場合は『強化』である。これは特性というよりも基礎と言った方が正しい。肉体、武装の強度を上げて戦うことは基本であり、ことさらにそれを己の武器とするものでもない。

 しかし、真はその基礎を徹底的に叩きこまれていた。むしろ、それしかやってこなかったと言って良いくらいに繰り返してきた。

 それは『基礎をやっておけば大抵のことはどうにかなる』という大雑把な方針で修業をつけられた結果である。


 ……守りをイメージしろ……ここでやられるわけにはいかない!


 肉体の強化を真は一旦捨てた。霊気はかざした右腕に集中させ、光を受け切るための防御壁を作り上げる。

 傘の様にドーム状に広がった霊気が強固な壁となって展開された。光は壁を直撃するが、その軌道は逸らされる。

 だが、傘で豪雨の全てが防ぎきれないように、全ての光を防ぎ切れるというわけではなかった。あくまで致命傷を防ぐため、一点に集中して強化の壁を張っているに過ぎない。

 焼け付くような鋭い熱と痛みを感じながら、真は前進する。そして、爆破の中心である宝石を見つけると、盾にしていた右腕を横に振り抜いた。

 既にひび割れ欠けていた宝石は、真の拳を受けて呆気なく砕け散った。その中に込められていた霊気は衝撃で方向を逸らし、完全に消失する。

 光を抜けた先に敵の姿を見据えた真は、痛む足を構わず前に動かす。立ち止まれば二度と動けなくなる自信があった。


「耐えるかよ……あー、ドジったなこりゃ」


 真の姿に目を見開いた後、フェイは自嘲するように呟き目を閉じる。必殺のつもりで放った霊気を凌がれた以上、彼に抵抗する術は残されていなかった。

 次に繰り出された真の短刀の横薙ぎを、フェイは正面から無抵抗に受け入れた。

 短刀は木製であるため致命傷には至らないが霊気によって強化された衝撃でフェイの華奢な身体は吹き飛び、大の字に倒れる。詰まったモノを吐き出すように息をした後、彼は静かに気を失った。

 なんとか膝をつくのを踏みとどまった真は自身の額に殴りつけるように拳を当て、ぐらつきそうになる意識を必死で抑えた。

 一度深く息を吸い、身体に溜まった熱を吐き出す。ひとまず倒れた珊瑚を介抱するため足を向けようとしたとき、彼女の手の平が微かに地面を掻くように動いた。


「珊瑚さん!」

「……真、さん……?」


 真の呼び掛けに珊瑚は目を覚まし、肩の痛みに顔を顰めながら上体を起こした。そして、首を巡らせると状況を把握したのか表情を厳しいものへと変えた。


「そうですか……申し訳ありません。後は私がやります」

「え……ちょっと!?」


 珊瑚は立ち上がると、真から視線を外して倒れたフェイの元へと歩き出していた。彼女が何をしようとしているのか、もはや疑いを持たない真は彼女の行く手を遮るため、フェイの前に立った。


「待って下さい、珊瑚さん」

「真さん、どいてください」

「どうしてそうなるんですか!?」


 表情を変えずに言う珊瑚に、真は焦れて声を上げた。


「ここで排除しなければ、また命を狙われます」

「だからって、殺すことはないでしょう」

「では、どうしろと? 放っておけば脅威となる相手を、このまま野放しにするとでも言うんですか?」

「そこまでは……でも、他に何か方法が……」

「方法などありません」


 珊瑚は冷たく言い、真を押しのける。


「だから待ってください!」


 無理に押し通ろうとする珊瑚を振り返り、彼女の右手を真が掴む。


「俺は珊瑚さんにそんなことをして欲しくないんです! それにそれを許したら、体を張ったハナコに合わせる顔がない!」

「ハナコさん……そうですね。彼女が邪魔をしなければ、ここまで被害を出す必要はなかったでしょう」

「邪魔って、そんな言い方はないでしょう!」

「間違ったことは言っていません。私も真さんもこの通りボロボロじゃないですか。ですが、この件は私が必ず始末をつけます」

「……そんなことはさせません」


 感情を見せずに珊瑚は淡々と告げる。握った彼女の手を離すまいと、真は握る力を強めた。


「無駄ですよ。真さん」

「……どういうことですか」


 珊瑚は一旦動くことを諦めたのか、姿勢を正して真に向き直った。


「私はもう人を殺しています。だから、こうして真さんが必死になって止めてもらう必要はないからです」

「それは理由になっていませんよ」


 無表情の珊瑚を見返して真は言った。


「家族が間違いを犯そうとしているんです。止めるのは当然でしょう」

「もう、私にそんな資格があるとは――」

「それ以上言ったら本気で怒りますからね」


 真は語気を強めて珊瑚の言葉を遮る。


「俺は別に正義の味方になりたいわけじゃない。珊瑚さんが過去に何をしてたとしても、俺にとってあなたの存在は変えられない」

「その私の過去が、真をさんを殺そうとしているんです」

「そんな簡単に殺されはしませんよ。今だってこうして生きてるじゃないですか」

「今回はたまたま生き延びれただけです。これで終わりではないのですよ」

「じゃあ、次も何とかしますよ」

「話になりませんね」


 珊瑚は溜息をついて、僅かに語気を強めた。


「いい加減に離してください」

「嫌ですね。珊瑚さんが聞き分けてくれない限りは離しません」

「真さん!」

「嫌なんですよ! 一方的に守られるのは!」


 感情の昂ぶるままに、真は声を荒げた。彼の剣幕に、珊瑚は思わず言葉を呑む。


「珊瑚さんがどういうつもりなのかは、大体想像がつきます。兄貴にも多少聞きましたよ。兄貴は、珊瑚さんの過去の事を知っているんですよね?」

「……」


 真の問いに、珊瑚は無言の肯定を返した。


「だったら、俺にも教えてください。あなたが過去を重荷に感じて俺たちの前から去ろうっていうなら、それを俺たちも背負わせてください。頼りにされないのは……その、寂しいです」


 珊瑚の目を見て、真は続ける。


「正直、不謹慎かもしれませんけど、今は少し嬉しくも思ってしまうんです。珊瑚さんは、俺の前だと笑顔しかないから。俺のことが重荷になっているということはわかっています。少しでも、あなたの負担が軽くなるように努力します」


 実家から離れて半年の間、真は珊瑚に見守られていた。それを彼は有難く思いながらも、どこか引け目を感じていたこともまた事実である。

 彼女にそうさせているのは、自分が未熟で至らないからだと真は想う。今だってそうだ。彼女に手を汚させようとしているのは、守られるだけの立場であるとされていることに他ならないからだ。

 結局のところ、つまらない意地なのだ。自分の未熟を顧みぬまま、不相応にその立ち位置を望む傲慢さ。しかし、真は自分の不明を恥じながらも言わずにはいられない。


「珊瑚さんが俺を守ってくれるなら、俺もあなたを守ります。頼りないかもしれないけど、俺の傍にいてください」

「……真さん、それは違います」


 珊瑚の瞳には既に感情が戻っていた。

 彼女は微かに震わせるように頬を緩め、真へと左手を伸ばす。


「面と向かってそんなことを言われたのは、これで二度目です。やはり……似るものなのですね」


 真の背中に回された珊瑚の左手が彼の身体を引き寄せた。珊瑚は額を彼の左肩にもたれかかる様に押し付け、何かを懐かしむように言った。


「あなたは私の重荷でいてくだい。そうであれば、私は何処へも行きません。そう……私にとって、あなたの価値は軽いものにはなり得ません。重ければ重いほど、何処へも行けなくなるのです。今の私には、それくらいが丁度良いのかもしれません」

「それじゃあ……」

「真さんの望むままに。いえ、今の居場所はここでありたいと、私は望みます」


 顔を上げた珊瑚は心からの笑みを真へ向けた。安堵した真の顔も、自然と笑みを返していた。


「ありがとうございます。我儘を聞いてもらって」

「いえ、先に勝手を言ったのは私ですので……あの、そろそろ手を離してもらっても良いでしょうか?」

「あ、すいません……」


 気持ちが多少落ち着いたところで、珊瑚は少し気恥ずかしそうに真へと言う。それにつられて真も今更照れがきたのか、バツが悪そうに手を離した。


「えー……それで、できれば穏便に後始末をしたいところなんですが」


 気を取り直して倒れたフェイを前にする真に、珊瑚も表情を引き締めて頷いた。


「命を取らないとすると、捕虜にするのが妥当ではないでしょうか」

「捕虜……ですか」


 馴染みのない言葉にどう返したものか、真はしばし考え込んだ。


「彼には行動を共にするパートナーがいることは確認しています。交渉材料に使えるかもしれません」

「それで、俺と珊瑚さんの命を狙うのをやめさせることができるんですか?」


 珊瑚は望みは薄いだろうと、悲観的に首を横に振った。


「難しいでしょうね。彼らがどういった指示系統で動いているのか不明ですが、指令を下した者がいることは確実です。末端である彼らが判断できることではないでしょう」

「つまり、こいつを利用して指示を出している上の奴と直接交渉するしかないってことですか」


 真にはこの少年がこちらの言うことを素直に聞くとも思えなかった。捕虜にするにしても、どこに身柄を置いておくべきかなど解決しなければならない問題が多過ぎる。


「――悩んでいるところ悪いけど、そうはさせないわよ」


 その声は頭上から聞こえた。真を珊瑚が顔を上げると、フェイから少し離れた位置にある積まれたコンテナの上に、パーカーを着た少女が腰を下ろしていた。


「まったく、勝手に動いた挙句にやられて……手間かけさせないでよね」


 少女は身軽にコンテナから飛び降り、音を立てずに真と珊瑚の前に着地した。

 黒髪に険のある表情をした彼女の顔に、真は見覚えがあった。


「お前、廃ビルの屋上にいた……」

「ええ、また会ったわね。浅霧真。もっとも、こんな形で再会するのは不本意だったけれど」


 少女は肩を竦めて頷き、心底うんざりした様子で息を吐いた。


「そいつは、あたしが引き取らせてもらうわ。そこをどきなさい」

「そう言うってことは、お前がもう一人の滅魔省の人間なのか?」

「ええそうよ。そんなこと、この状況でいちいち確認することじゃないでしょ」


 真の確認に対し、少女は鼻で笑って片手を振る。あからさまに馬鹿にされた態度に、彼も顔を顰めた。


「ずいぶんと勝手なことを言いますね。そんな言い分が通ると思っているのですか」


 少女が動く前に珊瑚は膝をつき、フェイの首筋に手を当てる。


「動かないでください。消耗はしていますが、あなたが動く前にとどめを刺すことぐらいはできます」


 驚いた顔で振り向く真に珊瑚は目配せをする。それで彼女が本気ではなく、あくまで牽制であることを彼は理解した。


「わかってないみたいね。なんであたしが馬鹿正直にあんたたちの前に姿を見せたと思ってるのよ」


 しかし、少女は動じることなくつまらなそうに言った。

 珊瑚もそこには思い至っていた。自分も真も禄に戦う力は残されていない以上、姿を見せずに殺しにかかることもできただろう。


「見逃してあげるって言ってるのよ。ここであんたたちを殺すことは簡単だけど、それだと、あたしの気が済まないの」


 少女の表情からその言葉の真意は計れなかったが、本気であることは確かなようだった。


「気が済まないって、どういうことだ? ビルで俺を許さないって言ってたよな。それと関係あるのか?」

「そうね。まあいいわ……この際だから教えておいてあげる」


 疑問をぶつける真に、少女の深い黒の両目がきつく細められる。


「改めて名乗らせてもらうわ。滅魔省所属、芳月沙也よ」

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