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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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08 「決死の盾」

 フェイを組み伏せた珊瑚は、今まさに彼の細い首を折ろうと指先に霊気を込めていた。

 罪悪感はないわけではかったが、それが免罪符になるわけもない。今から彼女が行うことは、紛れもなく殺意を持った殺人である。

 首を押さえつけているためフェイは声を出すことはできない。更に彼女は自身の霊気を彼に送り込むことで毒とし、霊気による抵抗も許していなかった。

 脱する手段は全て奪った。彼にとってこの状況は、間違いなく詰みである。


「ここで見逃せば諦めるほど、甘くはないですよね?」


 最後の慈悲として珊瑚は問い掛ける。フェイは掴まれた首を無理矢理に僅かに動かすことで、僅かに左目を覗かせた。

 怒りに血走る彼の目に宿る意志は、明確な拒絶だった。

 ならば是非もない。彼も自分を殺しに来たのだ。だから、それ相応の覚悟があって然るべきである。


「――!」


 ふと、そこで珊瑚の耳に馴染みのある少年の声が飛び込んできた。

 しかし、彼女は振り向きはしなかった。追い付かれることはある程度予想はしていたため、動揺はない。

 彼がここに来るまでに終わらせることができれば一番だとは思っていたが、それは自分の手際が悪かったせいだと珊瑚は諦める。

 止めるよう声が掛けられているようだが、珊瑚に思い止まる気はなかった。ここで一人を仕留め、もう一人いるはずの刺客を倒せば区切りはつく。

 珊瑚は目を瞑り、最後の力を指先に込めようとした。


「え……」


 が、金縛りにあったように 珊瑚の手は動かなくなっていた。

 些かの躊躇いもなく、感情の揺らぎもない。それなのに何故と彼女は一瞬混乱したが、すぐに自分の中に紛れた原因に気が付いた。


「ハナコ……さん!?」

「ダメです……! 珊瑚さんが、そんなことをしたらダメです!」


 いつの間にか真よりも早く珊瑚に追いついたハナコが、彼女の霊気に干渉していたのだ。

 珊瑚に意識があるため乗り移るまでには至ってはいないが、僅かでも行動を妨げる要因となっている。


「離れてください……今は――!」


 懇願するハナコを珊瑚は振り切ろうとするが、互いの霊気が反発することで、フェイを抑える珊瑚の腕に鋭い痺れが起きた。

 その致命的な隙が、見逃されるはずもなかった。


「があああああああああああああッ!!!」


 獣じみた叫びと共に、フェイの身体から幾条もの光が迸った。それは膨大な熱波となり、真を含めたその場にいた全員の視界を白く覆う。

 真は珊瑚とハナコの名前を叫んでいたが、声は容易く光に呑み込まれた。その熱は容赦なく肌を突き刺し、彼は咄嗟にコンテナの影に隠れてやり過ごそうとした。

 光が消えるまで時間にして数秒のことだが、真の体感としてはそれ以上に長い時間だった。


「ってぇえええええ……ッ!!」


 光の発生の中心にいたフェイは上半身を起こし、両膝を地面につけた形で叫び声を上げていた。

 彼の上半身の服は焼け焦げたように破れており、褐色の肌は見ただけで分かるほど無残に赤く焼けていた。特に右半身が酷く、腕と腹から背中、首筋にまでその被害は及んでいた。


「クソ……!! クソが……ッ!!」


 フェイは荒く熱のこもった息を吐き出しながら、痛みを紛らわすように苛立ちを口にする。そして、ふらつきながら立ち上がる彼の視線の数メートル先に、仰向けに倒れた珊瑚の姿があった。

 シャツの肩口がフェイと同様に焼けた様に破れ、肌が露出して赤く焼けている。彼女は気を失っているのか動く気配はなかった。


「あー……クソ……よくわかんねーが、形勢逆転ってことでいーのかよ……」


 何故自分が助かったのか原因はフェイには分からなかったが、それを追求する必要は今はないと判断する。彼の引き摺る足取りは重かったが、珊瑚との距離を確実に詰めていった。


「待て!」


 真は飛び出してフェイの背中に向けて叫ぶように呼び止めた。もう身を隠している状況でもないし、必要もなくなっていた。

 フェイは緩慢な動作で振り向き、真の姿を見ると目を見開いた。そして、彼の表情に理解の色が浮かび口が大きく横に裂ける。


「浅霧真か……あー、なるほど。それでこいつの動きが止まったのかよ……わざわざ味方の足を引っ張るために来るなんて、笑わせてくれるじゃねーか」

「なんだと……」


 真は右手に握った短刀を構えてフェイを見据えた。相手は手負いだが、これ以上珊瑚を傷つけさせないためにも見過ごせるはずもなかった。


「やる気みてーだな……だがよー、アンタ、自分の状態はもう少し把握しといた方がいーぜ!」


 標的を真に切り替えたフェイは、負傷しているにも関わらず走り出していた。真は迎撃するべく、短刀に霊気の強化を施そうとした。


「らあああッ!!」


 フェイの動きに珊瑚と戦っていた時ほどの切れはなく、迎撃は容易に思えた。事実、真は彼の動きに合わせる形で短刀を縦に振るった。

 しかし、短刀がフェイの左拳と激突した瞬間、真の両手に鋭い痺れが走る。押し負けたわけではないが、威力は相殺され互いに弾かれるように後退を余儀なくされる形になった。

 そこでようやく、真は自身の違和感に気がついた。

 フェイの拳の威力が大きかったわけではない。彼が珊瑚のとの戦いと、先の大技を放ったことで霊気の大半を消耗しきっていた。今の一撃も、ほとんど強化のない生身に近い攻撃でしかなかった。


「ハナコ……?」

「今頃かよ。気付くのがおせーんだよ」


 つまり、原因があるとすれば真自身。短刀を強化しようとしたが、その度合いがいつもよりも弱いのだ。


「オレの霊気をほとんど放出したんだ。まー、特性を爆破にしてたらオレもこんなもんじゃすまねーから手加減はしたってことになるが……まともにくらってタダで済むはずがねーよな?」


 フェイは霊気を熱に変えて放出することで、自滅を覚悟で珊瑚の拘束を振り解いだ。しかし、間近にいたにも関わらず珊瑚の負った傷は彼よりも軽い。

 珊瑚はフェイに止めを刺そうとしたところをハナコに止められた。その一瞬の隙にフェイは抵抗を行ったため、霊気の制御を乱された珊瑚が防御をする暇があったとは言い難い。

 ならば、その場で彼女を守れた存在は一つしかない。


「アンタ、自分で霊気は生み出せねーんだろ。詰んだんじゃねーか? オレも人の事は言えねーけどよ。死に損ないに止めを刺すくらいならできないこともねーぜ」


 ハナコが珊瑚を守ったのだ。それもおそらく全力で。

 彼女は物理的な干渉は受けないが、霊気によるものであれば話は別となる。

 彼女の魂を真は自身の中に感じている。しかし、フェイの攻撃を受け霊体として自身の姿を保つことが難しくなるほどに消費してしまったのだ。


 真はハナコと繋がることで、彼女の魂から生み出される霊気の供給を受けることで生き長らえている。

 それは彼女が動かすべき肉体がないため不要となる分を受けているに過ぎない。彼女に余裕がなければ、真は彼女からの霊気を受けることはできない。

 今が正にその状況だった。ハナコは自分の霊体を保つために回復を行わなければならない。

 つまるところ、真は今自分が蓄えている霊気だけで戦わなければならないということになる。


「……ッ! 舐めるな!」


 それがどうしたと、真は自分の不甲斐なさに奥歯を噛む。どのような状況であろうと、ここで負ける訳にはいかないことに変わりはない。

 真は両手に短刀を持ち、意識を集中させた。強化に必要な霊気を、今自分の中にあるものから余すことなく動員する。

 霊気が尽きればその時点で身体を動かすことすら出来なくなる。気を失う程度で済めばいいが、後の事は気にする余裕はなかった。


「来いよ、仕方ねーから付き合ってやるぜ」


 真の全身に目に見えて滾る青白い霊気に、フェイは表情を歪めて言った。

 互いに持久戦はジリ貧にしかならない。勝負を決めるのは次の一撃となるだろうと、真の言外の覚悟を見てフェイも腹を括らざるを得なかった。


「行くぞ!」


 口火を切った真は強化した足で地面を蹴る。さっきのような無様は晒すまいと、全力で正面からぶつかるつもりだった。

 迫る真を油断なく見据えながら、フェイは左手で素早くズボンのポケットを探った。そして、大きく後ろに飛び退くと同時に取り出した何かを正面へと放り投げる。

 緩い放物線を描くそれは、小石サイズの宝石だった。陽射しを反射して煌めく透明なそれに、真は一瞬何をする気なのかと疑問を抱く。


「死ね……化物が……!」


 立てた左人差し指を銃口に見立て、フェイは正面に突き出した。指先からは彼の無色の霊気が直線に飛ばされ、宝石にぶつけられる。

 瞬間、宝石に無数の亀裂が走り内側から光が零れた。そして、間を置かずに内蔵されていた霊気が爆破と熱線を撒き散らしていた。

 耳をつんざき、視界を奪う光の奔流に真は兄の言葉を思い出していた。宝石等を媒介に霊気を貯蔵する。これが滅魔省の業というものなのかと。


 これがハナコが感じていた霊気の一瞬の高まりの答えだった。フェイは予め用意した宝石に内蔵していた霊気を起爆させ、攻撃の手段としていたのだ。

 爆破、熱の放出、広範囲における霊気の発散が彼の得意とする霊気の特性である。

 派手な攻撃ではあり消費も激しいことから、彼は普段から霊気を抑え霊気を宝石にストックしている。そうして溜めた霊気は戦いとなれば惜しげなく使用することにしていた。

 溜めた分の霊気は使用可能な分としてプラスされるため、その分戦いは有利になる。しかし、その扱いには注意が必要だった。

 貯蔵するということは自身の魂から霊気を切り離すということであり、その時点で霊気は制御のできないただの力の塊となる。

 宝石に蓄積された霊気はフェイにとって火薬のようなものであり、常に爆弾を携帯しているのと同義なのだ。

 修練を積めば魂の繋がりを残したまま蓄積することで遠隔操作が可能となるらしいが、フェイにはそこまでのことはまだできない。

 そのため、こうして自らの霊気を注ぎ込むことで起爆の手段としていた。


 珊瑚の拘束を逃れるために咄嗟だったとはいえ、自身の霊気で負傷したことはフェイにとって痛恨だった。

 しかし、珊瑚を負傷させ、もう一人の殲滅対象である真を期せずして追い込めたことは怪我の功名と言って良いだろう。

 ここで必ず始末をつける。そのつもりで、フェイはなけなしの宝石で真を仕留めにかかったのだった。

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