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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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06 「激突」

 真とハナコは、マンションの近くにある公園で柄支と落ち合うことにした。

 公園は遊具が幾つかある程度で、入口から全体を見渡せる程度でさほど広くはない。休日ではあったが、朝早い時間のため人の姿はなかった。


「それで、これが珊瑚さんを探す手掛かりになるってことなんだね?」


 首から下げていたペンダントを手の平に乗せ、柄支は真に訊ねた。


「そういうことです。貸してもらっても良いですか?」


 真は柄支に大まかな事情は話していた。

 珊瑚の身が危ないと知った彼女は真の元へと飛んでくることとなったのだが、予想はしていたとはいえその躊躇いのなさには真も内心驚いていた。

 事が大きくなり過ぎないよう配慮し、柄支は一人だった。後に神社に残った面々には改めて説明はしなければならないだろうと、真は事を成した後の面倒事に一抹の不安を覚えた。


「はい。それで、どうやって探すの?」

「それは、今からやって見せます。ハナコ」

「わかりました。お任せください」


 だが、今は目の前のことに集中しなければならない。

 柄支にペンダントを手渡され、真はハナコに呼び掛ける。ハナコはそれに応じ、真の手に収まったペンダントに自分の手を添えた。


「では、始めます」


 真剣な表情を作ったハナコは、目を閉じて意識を集中させる。すると、彼女の霊体が揺らめき出し、火の粉のように霊気が細かく宙に散り始めた。

 真もまた、同様に目を閉じ、ペンダントに珊瑚の霊気の重みのようなものを感じとる。


「な、何これ?」

「珊瑚さんの霊気を探っているんです。本来は大して使えない技なんですけどね。まぁ、なんというか、においを辿るようなものですかね」

「失礼ですね……わたしを犬みたいに言わないでくださいっ」


 生物は生きている限り、霊気を生み出して動いている。

 真とハナコは、ペンダントに残された珊瑚の霊気と、同種の霊気が周囲に存在しないか探ろうとしているのだった。

 霊気を知覚するために、こちらもまた霊気を外へと向けて接触を図る。互いの霊気を触れ合わせることで、その感覚を確かめるのだ。

 しかし、霊気はあらゆる箇所に発生し得るもののため、余程近くにいるか、その人の霊気の感覚を覚えていない限り特定の霊気を知覚することは極めて困難である。

 加えて、霊気を飛ばす距離にも限界がある。魂と距離が離れる程、感覚は薄まってしまう。

 真が使えないという理由はそこにあったのだが、今は珊瑚の残した霊気と、彼女がまだ遠くまで行っていないことに賭ける他ない。


 ……どうして、勝手にいなくなってしまったんですか。


 真は珊瑚の行方を思いながら、込み上げる悔しさに胸を震わせた。

 兄は、珊瑚は真を守るために単身出て行ったのだと言った。つまりそれは、彼女にとって真は守るべき対象であるということだ。

 それは想われているということであり、嬉しいことだ。しかし、それだけでは駄目だと、真は既に誓っている。

 自身もまた、誰かを守れるほどに強くならなければ、この先いつまでも半端なままだ。

 だから珊瑚を追うのは、真の願いであり、意地である。

 珊瑚にどんな事情があろうと、今の彼女は真の家族だ。ここで追わなければ、結果がどうあれ絶対に後悔する。


「――見つけました!」


 ハナコは目を見開き、声を上げた。真は集中を維持したまま、彼女に視線を向ける。


「詳しい場所は判るか?」

「いえ、そこまでは……ただ、川の向こうのようです」

「開発区の方か。厄介かもしれないな」


 真は眉を顰めて呟く。休日の開発区方面となると、人がごった返しているため捜索はより難しくなる。


「いえ、周りに人はいないようです」


 が、ハナコは首を横に振って答える。珊瑚の霊気を見つけられたことも、それによるところが大きかった。


「開発区で、人がいなさそうな場所か。ひとまず移動だな……先輩は――」

「もちろん、付いて行くよ」


 そう言うが早いか、柄支は真に渡したペンダントを素早く奪い取った。


「わたしも珊瑚さんが心配だし、ね?」

「分かりました。なるべく、俺のそばを離れないようにしてください」

「あら、意外と素直だね?」

「押し問答をする時間が惜しいだけですよ。さ、行きますよ」


 真は柄支を促すと、足早に駆け出した。





 開発区の南にある埠頭の先端に、珊瑚は一人佇んでいた。

 開発区と住宅地を隔てる川の出口にあたる。湿度の高い、濁ったような空気が朝の静寂を不穏なものへと変えていた。

 珊瑚の心にさざ波を立てる様に、潮風が頬を撫でるが、彼女は落ち着いていた。気持ちにいささかの乱れもなく、精神を研ぎ澄まして立っている。

 誰かが今の珊瑚を見咎めたとしても、声を掛けることすら許されない。彼女の周囲の空気だけが、神聖な静謐さをもって彼女を守っていた。

 もっとも、この場には人の気配はない。開発区の中でも寂れた場所の一つであり、メインの港は別にある。

 立ち並ぶ三角屋根の倉庫も役目を終えて久しく、鉄の扉は赤茶けた錆に覆われていた。


 だからこそ、珊瑚はこの場を選んだ。

 彼女を守る静謐な空気は、霊気を高めて作り出しているものだ。ある種の信号とも言える。

 自分はここに居ると、主張しているのだ。

 狙いは昨夜会った滅魔省の少年だった。そう都合よく現れるのかと、分の悪い賭けのように見える行動ではあったが、珊瑚には勝算が十分にあった。


「よー、ずいぶんと安い挑発じゃねーか」


 果たして、待ち人は現れた。

 珊瑚は集中していた意識を解いて、振り返る。昨夜の少年――フェイが目を細め、彼女を睨むように見据えていた。


「挑発と判って来て頂いてありがとうございます。一人なのですか? 殲滅任務は二人一組が原則のはずですが」

「どーでもいーだろ。ちょっと別行動中なだけだよ」


 フェイは苦いものを吐き捨てるように言い、珊瑚から視線を外した。不貞腐れた子供のような彼の態度に、珊瑚はひとまず自分の予想が当たったことに安堵する。

 この若さで滅魔省に所属していることから、目の前の少年の実力は油断できるものではない。それは、昨夜の出来事からも明らかなことだ。

 ただ、彼は見た目通りの子供なのだ。パートナーを置いて独断で動くことは論外であり、珊瑚が付け入る隙があるとすればそこだろう。

 最悪の状況としては、二人同時に相手をするつもりであったため、珊瑚は今の状況を好機と捉えることにした。


「浅霧真はいねーのか。まとめて相手にできると思ったんだがなー」

「真さんに手出しはさせません」

「ふーん……ま、肩入れするのは止めねーけどな。アンタにとっちゃ、あの化け物は守る価値があるってことか」

「……聞き捨てなりませんね。真さんが、化け物?」

「そりゃそーだろうよ。魂が霊気を生み出せなくなったってことは、もう死んでるも同然だ。肉体の原動力がなくなっちまってるんだからな」


 珊瑚の感情の揺れを見て取ったフェイは、口元を歪めて言葉を繋いだ。


「人を襲わないだけで、アレの在り方は、十分化け物だろうが。認めないだけで、アンタも理解してるんじゃねーのかよ?」

「組織の考え方は理解しています。ですが、私はそれを容認しません」

「だろーな。だから組織を抜けたんだろーし、あんなのと一緒に仲良くやってるんだからよ」


 珊瑚の答えに対し、バカバカしいことを訊いたと自嘲気味にフェイは肩を竦めた。


「まー、何にせよオレがやることは変わらねー。アンタを殺してから、浅霧真も殺してやるよ。でも、殺すって表現はちがうか? だって、既に死んでるんだからな」

「それ以上の愚弄は、許しません」


 それがただの挑発だと珊瑚はわかっていたが、聞き流すことはできなかった。


「アンタだって、霊に乗っ取られて化け物になった人間を殺した事はあんだろーが。意志がある? 魂が生きている? 知らねーよそんなもん。浅霧真は霊に取り憑かれていることには違いがねー。だったら、本物の化け物になる前に殺してやった方が救いがあるだろ?」

「そんなことはありません。真さんは生きています」

「はいはい、まーアンタが思うならそうなんだろうよ。っていうか、そんなくだらねー言い合いをしに来たわけじゃねーんだ。だからよ――」


 フェイは口端を吊り上げ、右腕を珊瑚に向けて突き出した。


「さっさと殺し合いを始めるとしようぜ!」


 気楽に構えて話していたフェイの空気が、殻を破ったかのように一変する。薄皮一枚向こうにあるのは、純粋な敵意と殺意に他ならない。

 珊瑚がこの場を選び待っていた理由の一つは、ここが人目のない場所であることだった。

 対象を殲滅するということは、時としてそういうことが起こり得るということだ。そうした場所の下見を、現地に赴いた際に準備として行うことがある。

 珊瑚は手の平に滲む汗を抑え込むように拳を握る。

 心を冷たく、鋭利に研ぎ澄ませ、目の前の対象を殲滅する。

 それができなければ、この敵は自分の大切なモノを奪い去る。


「行きます。容赦はしません」

「わかりきったこと言ってんじゃねーぜ」


 珊瑚は感情の扉を閉じ、せせら笑う少年に向けて地面を蹴った。

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