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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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05 「捜索と救援」

 真は自分の浅はかさを呪っていた。

 翌朝、真が目を覚まして珊瑚の姿を探したとき、彼女は既にいなくなっていた。

 朝食の準備だけが整えられており、一言「急用ができたのでお先に失礼させて頂きます」と、メモが残されていた。

 碌に挨拶もせずに帰るなど、珊瑚らしからぬ行動に周りも何かあったのかと真に問う結果となったが、彼は白を切る他なかった。

 珊瑚が何も言わずに姿を消したのは、周囲を巻き込まないための配慮だろう。

 しかし、それ以上に真が思うことがあることすれば、彼女は一人で決着をつけにいったのではないのかということだ。

 彼女の行動は逃げではないと、真は信じる。


「すいません、俺も急用を思い出しました。また後で連絡します」


 珊瑚の携帯に連絡をしても当然のように返答はなく、真は現在暮らすマンションへと取って返すことになった。

 そんな真の態度を見れば、彼が白を切ったのも結局は無意味であったが、それを気にする余裕を彼は持つことができなかった。

 マンションへと戻った真は、自室を含めた各部屋を確認したが、出る前と変化は特になかった。

 最後に、躊躇いはあったが珊瑚の寝室へと入ることにした。飾り気のない室内には白いベッドと背の低い本棚、後はクローゼットがある程度だ。

 遮光用のカーテンは閉じられており、室内は薄暗いものの、掃除は行き届いているため清潔感は十分だった。つい先日まで、珊瑚がここに居たという残滓は確かにある。


「ハナコ、何か手掛りがないか探すぞ」


 男である自分が隅々まで調べるというのも気後れするため、真はハナコと手分けして珊瑚の部屋を一通り調べることにしたが、結果は空振りだった。

 珊瑚の私物が持ち出されていたとしても、二人ともそれを知らないし、部屋は整然と片付けられてた状態を保っていたため、それらしい痕跡すら見つけられなかった。


「手掛かりなし……か」

「どうしましょう……」


 珊瑚を追うにしても、動き出す足掛かりがない以上どうすることもできない。ハナコは途方に暮れて真を見るが、彼はまだ何か考えている様子だった。


「最後に一つ、賭けてみるしかないか」


 真は自分の携帯を取り出し、登録された連絡先の一つを表示させた。

 書置きまでしていなくなった律義さからして、真には彼女が連絡しているであろう心当たりが一つあった。

 はっきり言えば気が進まないが、背に腹は代えられない。真は意を決して通話ボタンを押した。

 コール音は二回で終わった。彼が連絡をしてくることを予め想定していたかのような速さに、真は言葉を交わす前にあてが当たったと確信する。


『真か。久し振りだな』

「兄貴、教えて欲しいことがある」


 およそ半年ぶりに聞く兄の分厚い声は、真の記憶のままだった。手に滲む汗を感じながら、真は勢い込んで話を切り出す。

 返ってきたのは苦笑めいた笑い声だった。


『そう焦るな。珊瑚のことだな?』

「やっぱり……実家に連絡はしていたんだな?」

『ああ、こうしてお前が連絡してこなければ、俺はお前に失望していたかもしれないな。少しは成長しているということだな』


 感慨深そうに言う兄に、真は携帯を握る力を強める。


「今言う事じゃないだろう。珊瑚さんの行き先に心当たりはないのか?」

『知ってどうする?』

「追いかけるに決まっているだろ!」

『止めておけ。今度こそ死ぬぞ』


 短いが、それ故兄の言葉は鋭かった。真は喉を突かれたように、即座に言葉を返すことができなかった。


『お前の今の状態は珊瑚から聞いている。封魔の次は滅魔の連中か……真、お前もほとほと面倒なことに巻き込まれる質のようだな』

「……悪い」

『何に謝っているのかは知らんが、まあいい。もう感づいてはいるだろうが、珊瑚は滅魔省に所属していた』

「その滅魔省っていうのは、封魔省とは違うのか?」

『正反対と言っても良い。思想による違いで退魔師が組織を分割せざるを得なくなった話は聞いたな? その大本の三つが俺たち退魔省、そして封魔省と滅魔省だ』

「俺が会った奴は、魂を殲滅するって言ってたが……どういう意味なんだ?」

『そのままの意味だ。滅魔省は、いわゆる悪霊と化した霊の魂の救済を認めてはいない。回帰を許容せず、その魂をこの世から永遠に殺す』


 兄の声は淡々としていたが、真はその声の奥に苦いものを感じていた。


『要は霊に対する敵意が振り切れている連中ってことだ。その思想のため、遊びがない分質が悪い。ある意味、自分の力を伸ばすために霊の魂を取り込もうという封魔省の連中の方が柔軟だ』

「そんなところに、珊瑚さんが……」

『昔の話だ。そして、お前は滅魔省に目を付けられたというわけだ。珊瑚は言っていたぞ。私のせいで真さんを巻き込んでしまって申し訳ないと』

「そんなことは――!」

『事実だ』


 反論しようとする真の言葉は、即座に遮られた。


「……それで、黙って兄貴は珊瑚さんを引き止めもせずに行かせたのか?」

『そういう約束だったからな』

「約束?」

『自分の過去が、俺たちに迷惑をかけるようなことがあれば、その時は自分の手でけじめを付けさせてもらう。そういう条件で、彼女は浅霧家に来ることを承知したんだ』

「そんなこと言ってる場合かよ……珊瑚さんの実力は知ってるけど、相手だって同じ組織の人間なんだろ」

『良く考えろ。俺が助け舟を出してやることは勿論可能だろう。だがな、それでは約束を破ることになる。よしんばそれで珊瑚が助かったとして、彼女はどうする?』


 珊瑚は過去を自らの手で清算しようとしている。そこに実家が横槍を入れたとなれば、それを彼女は容認しないだろう。


「珊瑚さんは、二度と俺たちの元に戻らない……か」

『そういうことだ。真、お前はそれを望むか?』

「……逆に聞くが、兄貴はそれを望まないから手を出さないってことなんだな?」


 兄は言葉を返さなかった。その沈黙を、真は肯定と受け取った。


「だったら、珊瑚さんを助けに行けるのは俺だけだ。俺はその約束は知らないからな」

『珊瑚は、お前を守るため行ったとしてもか?』

「守られるだけじゃ駄目だ。珊瑚さんが命を張ってくれるって言うんなら……」


 真はそこでハナコと目を合わせる。彼女は彼の意志を受け取り、構わず言ってくれと強い頷きを返した。


「俺も、命を張って彼女を守れるくらいの覚悟じゃないと駄目なんだ。珊瑚さんを助けて連れ帰る。それが俺の望みだよ」

『なら、言うことは一つだな。真、珊瑚を助けに行ってやってくれ』

「なんだ、あっさり手の平を返すんだな」

『男の決意を無視できるほど野暮ではないつもりだ。それで、そっちに手掛りはなかったんだな?』

「ああ。兄貴にも行き先は言っていないんだな?」

『そうだな。では、珊瑚が残した物で、彼女の霊気が込められた物はないか?』

「霊気を?」

『滅魔省の業の一つでな。宝石などを媒介に、自分の霊気を貯蔵するというものがあってな。その霊気には少なからず魂との繋がりが残っているはずだ』

「そこから、珊瑚さんの居場所を辿れってことなのか?」

『そういうことだ。どうやら、心当たりがあるみたいだな。珊瑚のことについては、知りたければ彼女から直接聞き出せ』

「わかった。……ありがとう、兄貴。助かった」


 ポツリと小さく礼を言う真の耳に、可笑しそうに笑う兄の声が返ってきた。


『礼には及ばん。声が聞けて嬉しかったぞ。近い内に顔を出せ。珊瑚と、お前を救ったという女の子も一緒にな』

「気が向いたらな」

『遠慮はするなよ。お前には色々と重たいものを背負わしちまっている。苦しくなったらいつでも帰って来い。そのための家だ』


 またな、と最後に告げて通話は切られた。久々に兄と話したことに対する緊張がまだ解け切ってはいなかったが、真はすぐに次の行動に移った。

 もはやここには要はないため、真はそのままマンションの外へと出て行く。そして、兄とは別の連絡先を携帯の画面に表示させていた。


「真さん、迷っている場合じゃないですよ!」

「わかっている」


 珊瑚が残した手掛りを持つのはこの人だけだ。そして、頼めば二つ返事で協力してくれるに違いない。

 せめて、自分の手の届く範囲の人たちは守り切りたい。

 その誓いが早々に試されることになるとは、真も予想はしていなかった。

 しかし、泣き言などを言っている暇はない。

 そんな真の感情を知ってか知らずが、真がその連絡先を押そうとした瞬間、先に彼の携帯が震えた。

 表示される名前に真は通話をオンにする。

 この人は、肝心な時に背中を突き動かしてくれるものだと思いながら。


「芳月先輩、協力してください」


 相手が話し始める前に、真はそう切り出していた。

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