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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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04 「破壊衝動」

「凪浜市で封魔省が交戦したっていうのは本当なの!?」


 沙也がその第一報を聞いたのは、滞在していた北欧にある滅魔省の支部の一つでだった。

 書斎のドアを乱暴に開け放ち、彼女は椅子に腰掛けている部屋の主にあたる男へと、感情の任せるままに詰め寄っていた。

 男が作業をしているのも無視し、沙也はデスクに両手を叩きつけるように振り下ろす。


「説明して!」

「なんだ、騒々しいぞ。沙也」


 彼女の剣幕に身じろぎもせず、男は視線だけを動かして沙也を見据える。一瞬の視線の交錯に威圧されそうになったが、沙也は己を奮い立たせて更に一歩身を乗り出した。

 男の名は芳月清言せいげん。沙也の上官であり、滅魔省に彼女を引き入れた師にあたる。

 そして、彼女の身内――叔父でもある。

 濃紺の軍服のような服を着た偉丈夫。髪は老いによる白さを伴っていたが、精悍な顔立ちに宿る覇気のある眼光は、年を負うごとに衰えるどころか増しているように沙也は感じていた。


「いいから答えなさい!」

「子供ではないのだ。まずは、きちんと何に対する説明を求めているのか言え」


 蛮行とも取れる姪の行動に、清言は表情を変えずに硬質な声音で命じた。

 こちらが熱を上げる程、この男は冷静に理屈を求めてくる。沙也はせめてもの当てつけに大袈裟に溜息を吐き、拳を強く握って挑むように叔父を見据えた。


「最初に言ったわ。凪浜市で封魔省……それも、副長が何者かと交戦したって。本当なの?」

「そのような情報が入ってきたのは事実だ。真偽の程は明らかにはなってはいないがな」

「その情報、当の副長本人から流してきたって話もあるけど?」

「耳が早いな。だが、あの男の口三味線は周知のことだ。私たちを謀ろうとしていることかもしれん」

「なら、その真偽、あたしに確かめさせて」

「認められんな。お前には接続者パートナーがいない。単独行動は組織の方針に反する」


 沙也の志願に、清言はにべもなく却下する。最初から彼女がそう言うであろうことは、判っていた対応だった。


「子供のような我儘は捨てて、一度真剣に考えろ。そうすれば、私も考えてやらんでもない」

「……お断りよ。あたしは、誰にも心を許すつもりはないんだから」

「ならば、大人しく引き下がれ。この件は私が預かる。お前は変わらず修練に励め」

「許可なんてなくてもいいわ。何と言おうと、あたしは日本に戻るからね!」

「やれやれだな。これに余計なことを吹き込んだのはお前か、フェイ」


 清言は沙也が開けたままの書斎のドアへと視線を動かした。そこには、悪びれずに笑みを見せるフェイの姿があった。


「あ、流石に気付いてたかよ。オッサン」

「諜報活動はお前の役目だが、悪用は関心せんな。その口の軽さは少し改める必要がありそうだな」

「許してくれよ。つーか、身内に情報を抜かれるような体制の方がまずくねーか?」

「一理あるが、論点をすり替えるな。それで、どこまで知った?」

「封魔省の副長、紺乃が日本の地方都市の凪浜市で退魔師と交戦。名前は浅霧真って高校生だってよ。んで、どーもこいつが特殊な魂持ちらしーが……っていうか、オッサンも全部知ってるんだよな?」

「無論だ。続けろ」


 改めて説明することなのかと暗にフェイは問い掛けるが、清言はフェイが何処まで情報を手に入れているかを見極めるため、先を促した。


「はいはい……で、そいつの事情は省くとして、交戦者は浅霧真の他にもう一人女がいたそーで、そいつの戦い方の特徴が、オレらと似てるってことだ」

「退魔師と一緒に、滅魔省の者がいたと、そういうことだな?」

「状況からして、そーいう可能性もあるんじゃねーのかってことだよな。その女は、珊瑚って呼ばれてたみてーだけど」

「彼女については既に調べはついている。数年前、ある任務を境に滅魔省を抜け、退魔省に転属したと記録に残っている」

「転属ねー……。亡命の間違いじゃねーのか?」


 清言の言葉に、どこか鼻白みながらフェイは報告を続ける。


「交戦の結果、民間人にも被害は出てるみてーで、事件は通り魔ってことで処理されてる。で、この事件の直接の被害には遭ってねーが、周辺の人間関係を洗ったら、出てきた名前が……」


 そこでフェイは沙也の顔を一瞥する。ここまで黙って聞いていた沙也は、怒りに震える唇で自らその先を言った。


「芳月柄支。そうよね?」

「そーいうこと。日本に置いてきたっていう、オッサンの身内なんだろ?」


 フェイの問いに、清言は沈黙を保った。沙也はその無言に怒りを再燃させ、清言を改めて睨み据える。


「ここまで判れば十分でしょ。あんたの言いなりにはならないわ」

「我を突き通そうとも、許可がなければ支部を出ることすら叶わないぞ」

「なら、力づくでも行くわよ……」

「まーまー、姉ちゃんも抑えなって。オッサン。相談だけど、オレが姉ちゃんと一緒ってのはどーだ?」

「ちょっと、あんた。何言って……」


 今にも噛み付かんばかりの沙也の肩に手を置いて、フェイは清言に対してそんな提案を示した。


「何にせよ、その裏切り者の是非を誰かが確かめに行く必要があるんだろ? だったら、その任務をオレと姉ちゃんに任せてくれよ。ついでに、浅霧真だっけか。霊に取り憑かれてるっていう退魔師も殲滅してきてやるよ」

「早計だな。浅霧真という少年が、危険因子と決まったわけではない。だとしても、接続者のいないお前たち二人に務まるとは思えないが」

「姉ちゃんとはそこそこ付き合いがあるから、連携に問題はねーよ。多少は目を瞑ってくれてもいーんじゃねーか? それともオッサン、自分が育てたオレたちの実力が信用できないのかよ?」


 フェイは初めて清言を挑発するような笑みを見せて言った。


「……言うものだな」


 しばらくの沈黙の後、清言は席を立ち、沙也とフェイを見下ろした。


「お前たちが何を言おうと、それは子供の我儘に過ぎん。接続者を持たない滅魔師を殲滅任務に派遣することは禁じられている」


 清言の変わらぬ否定に、沙也とフェイは表情に反発の色を浮かべる。が、二人が口を開く前に彼は言葉を重ねた。


「だが、今回の情報は非公式なものになる。そういう意味では、私の裁量でお前たちに一任してやれんこともない」

「……条件は何なの?」


 もったいぶった清言の言い方に、沙也は問う。それを受けた彼は、皮肉に微かな笑みを見せた。


「久々に稽古をつけてやろう。私から百本中一本でも取れたなら、首領に話は通してやる。フェイ、お前もだ。自分で吐いた唾は飲めんぞ」

「マジかよ……」

「上等じゃない。やってやるわよ」

「では、ついて来い」


 聳え立つように前を行く叔父の背中を沙也は憎々し気に見据えながら、その後を追った。





 凪浜市開発区、潜伏先のホテルで目覚めた沙也の視界には、薄暗い白い天井が映っていた。

 寝起きは良い方ではない彼女ではあったが、任務で来ていることが程良い緊張感となり、すんなりと予定していた時刻に起きることができていた。

 部屋のカーテンを開ければ、空は日の出の光を受け、まだ仄かに明るくなり始めている頃だった。


「――……」


 立ち並ぶビル群を前に、沙也は自分の耳にも届かぬ声量で何かを呟いた。

 それは、久しく言ったことのない過去を想う言葉だった。おそらくは、この任務に至るまでの経緯を夢という形で思い出したせいだろう。


「沙也姉ちゃん、起きてるか?」


 沙也が感慨に耽る間もなく、部屋のドアをノックする音と共に、フェイの呼び掛ける声がした。彼女は寝起きの恰好が問題ないか、一度自身を見下ろして確認した後、ドアを開けた。


「何?」

「何って、今日はこの時間に起きるからって言ってたじゃねーか。朝飯食いに行こーぜ」


 腹を擦りながら爽やかに笑って見せるフェイに、沙也は多少の呆れを感じながら息を吐いた。


「先に食堂に行ってなさい。後から行くから」

「えー、そりゃねーぜ。ここで待ってるから、支度してきなよ」

「……わかったわよ。少し待ってて」


 今はそういう気分ではなかったが、引き下がる様子のないフェイに沙也は折れ、ドアを閉めて着替えることにした。

 この少年には、気負いや緊張というものが欠けている。

 彼と沙也が出逢ったのは、彼女が清言に滅魔省に連れられて間もなくのことだ。

 年もさほど離れていないため、良い修行相手になるだろうと清言にあてがわれたことが始まりとなり、数年の付き合いとなる。

 日本人ではなかったが、流暢に日本語を喋っているのは清言の教育によるものだそうだ。

 フェイから直接聞いた話によれば、彼の両親は幼い頃に魔物となり、封魔師に狩られたらしい。その封魔師は清言が殺し、結果として彼は清言に救われた。

 そうした事情もあり、彼は清言の身内である沙也に親近感を覚えているらしく、妙に懐いており今に至っている。

 沙也としては、どこか無軌道で掴み所のないこの少年を、未だ扱い切れていない。年下の相手は疲れるので苦手であった。


「そーだ、姉ちゃんの報告しとかなきゃいけねーことがあるんだけど」

「……何の話?」


 ドア越しに話し掛けられ、沙也は訝りながら返答する。顔は見えないが、声からしてフェイが悪戯めいた笑みを浮かべていることは容易に想像できた。


「昨日の夜、浅霧真に会って来たぜ。千島珊瑚ってのにもな」

「なんですって!?」


 着替えの手を止め、沙也は思わず振り返って叫んでいた。


「凪浜神社ってのがどんな感じが見に行くだけのつもりだったんだがよ、なんつーの? こう、ばったりと」

「あんた……! まさかとは思うけど、自分の素性を話したりしてないでしょうね?」

「え、言ったけど? しっかり宣戦布告してきたぜ」


 沙也は今すぐドアを開けてフェイを締め上げたい衝動に駆られたが、既に服を脱ぎ下着姿であったため辛うじてドアを殴りつけるまでに抑えた。


「少しはまともに考えなさい! 相手は亡命したって言ってたでしょ。あたしたちが始末しに来たと知って、呑気に構えてると思うわけ!?」

「なんだよ姉ちゃん、向こうが応援を呼ぶかもしれないって、ビビってんのか?」

「そういうことを言ってるんじゃないことくらい判るでしょうが!」

「そー怒らなくてもいーじゃねーか。姉ちゃんだって先に浅霧真と会ったんだしよ。俺だって、そいつがどんなのか見ときてーじゃん」


 沙也は興奮する己を律するため、指先が白くなるほど拳を強く握った。もはや何を言っても後の祭りである上、フェイには反省の色がまるでない。


「それで、会った感想は?」

「ありゃ化け物だね。さっさと始末した方が世のためだろーぜ」


 冷静を努めながらの沙也の問いに、フェイは即答した。


「裏切り者の方も、滅魔省こっちに戻る気もなさそーだし、もう決まりだろ。姉ちゃんの言う準備ってのも、これで整ったんじゃねーのか?」

「だとしても、これ以上勝手に動かないで。二人一組が原則よ」

「姉ちゃんがオレの接続者になってくれりゃー済むんだけどな。繋がれば相手の行動、居場所はだいたい判るようになるんだし、そのための二人一組だろ」

「何度も言っているはずよ。あたしは、誰の接続者になるつもりもない」


 フェイの提案を沙也は冷たく切り捨てる。彼の言うことは正論であることは、沙也にも判っていた。

 しかし、それは彼女が誰にも侵させない一線であった。

 滅魔省という組織において、若さと実力は高く評価されている彼女ではあるが、清言からもまだ一人前としては認められていない理由がそこにある。


「姉ちゃんも頑固だね。じゃーいいや。オレは勝手にやらせてもらおーかな」

「はぁ!? あんた、人の話聞いてたの!?」

「姉ちゃんは一人の方が良いみたいだしな。それと、応援だったか。一応責任として、呼ばれる前に手は打っとくことにするぜ」


 フェイの態度は、まるで拗ねた子供だった。

 事実、彼は子供だった。沙也の無情とも取れる否定の返事は、彼の心に反抗心を生むには十分なものだったのである。


「フェイ、ちょっと待ちなさい――!」


 対応を誤ったことに気付いた沙也が声を上げた時には、既にフェイの駆ける足音が廊下に響いていた。


「あぁ……まったくもう!」


 本気で逃げられてはフェイを追うのは至難の業であることを沙也は知っていた。彼女は自らの迂闊さを呪いながら、着替えを終えるために急いで踵を返すのだった。

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