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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
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02 「改めて友として」

 再び凪浜神社に真たちが集まったのは、先の事件の清算のためだった。

 清算と言っても、大した意味はない。ただ、何らかの形で気持ちの区切りをつける必要があったのである。

 事件からおよそ一月が経過し、各々の事情が落ち着いた頃を見計らってのことだった。

 まずは珊瑚から「では、皆さんで夕飯をご一緒するというのはいかがでしょう?」という提案があり、それに柄支が「じゃあ、麻希ちゃんのお爺さんに挨拶に行こう!」ということで場所が決まった。

 そして、永治から「遅くなるとバスもなくなるので、泊っていくといい」という厚意に甘えることとなったのである。

 夕食は鍋だった。時期的には、そろそろ恋しきなる頃であり、皆で囲むと言う意味では理想だったと言える。

 食事を共にすることで笑い、温かな状況に居ることで、事件は終わりを告げたのだと実感したかったのだ。


「……というわけで、最終的にあのビルにもう一度行きましたが、特に何もなかったです。新堂は、市長さんにはそう言っておいてくれ。一応依頼だったからな。」


 食後のお茶を飲みながら、真は廃ビルに改めて調査に行った件を掻い摘んで話していた。


「ふぅん……それで、浅霧くんが知らない内に純情な女の子を傷つけて恨みを買ったっていうところは、触れて欲しいところなの?」


 そして、真は隠しておきたかったのだが、途中でハナコが口を挟んだ結果として、屋上で逢った女子についての話もする嵌めになってしまっていた。


「先輩、誰もそこまで言ってないでしょう」


 見知らぬ女子に殴られたということは、真としてはあまり大っぴらに語りたくはないところだった。

 しかし、そうした思いはあるにはあったが、語られたくない理由は他にもあった。

 少女は、真のことを許さないと言っていた。

 真はその時に向けられた少女の瞳の熱を思い返す。

 それは、あの一発で清算されるほど軽いものではなかったように思えた。

 かといって、彼自身に殴られる覚えなど毛頭ない。しかし、これで終わったとは、到底思えないのもまた事実。

 彼の心の中に埋められた不安の種は、未だ取り除かれてはいなかった。


「ごめんごめん。でも、本当に覚えはないの?」


 溜息を吐く真に、柄支は可笑しそうに笑いを堪えながら訊ねる。


「あれば悩んではいませんよ。そうだ、古宮先輩、校内にそれらしい女子が居ないか知りませんか? 風紀委員なんだから、生徒のことには詳しいでしょう?」

「さあな。余程素行が悪いならともかく、見当がつかん」

「じゃあ、芳月先輩は? 新聞同好会として、校内のことには詳しいでしょう?」

「甘いね、浅霧くん。何を隠そう新聞同好会は、わたし一人だけなんだよ。そこまで手広く活動はしていないんだな、これが」

「え、でも柄支さんって、真さんの身辺調査みたいな真似してませんでしたっけ?」

「ハナちゃん、それは、ちょっと本気を出しただけだよ。別に全校生徒の弱味を握ってるとか、そんな漫画みたいなことを期待されても困るってことが言いたかっただけだよ」

「何かさらっと誤魔化された気がしますが……ともかく、先輩方には心当たりがないってことですね」

「情報が少な過ぎるからねぇ。黒髪の、ちょっと気の強そうな女の子と言われても、そんな子は沢山いるだろうし」


 それはもっともな意見だと真も思う。しかし、相手は浅霧真という名前を知っていたので、人違いということもないだろう。少なからず、何らかの形で接点がないと説明がつかないことも確かである。


「やっぱり、真さんが忘れているだけじゃないですか?」

「そんなことはない……はずだ。だいたい、俺がこの街に越してきて一年も経っていないぞ」


 揺らぎそうになる自信をなんとか保ちながら、真はハナコに反論する。いきなり許さないだの、殴りかかるだの尋常ではない。そこまで恨まれるようなことをした覚えは皆無だ。


「凪浜市に来てからじゃないとすると、浅霧が引っ越す前に何かあったとか?」

「それこそ、有り得ない」

「――? そうなの?」


 進の問いに即答する真に、柄支が疑問を感じて首を傾げる。そんな彼女の様子に真も気付き、咳払いをして取り繕うように口を開いた。


「ええ、地元に知り合いはほとんど居ませんから。一応、幼馴染と呼べるのは居ますが」

「ふぅん……珊瑚さんは、その点どう思います?」

「私も、真さんと同意見ですね。ですが、何が切っ掛けで人から恨まれるというのは判らないものですから……」

「ふむ……真君に心当たりがない以上、これ以上気にしても仕方ないのではないかな」

「……それが無難な気がしてきました。それじゃあ、話を聞いてもらって、ありがとうございました」


 永治の言葉に一応の頷きを返し、真は話を切り上げる。


「そうですよ、真さん。ここは、犬に噛まれたと思って諦めましょう」


 今現在、こうして犬以上のものに噛みつかれたような状態である真にとって、ハナコの言葉はある意味身に染みるものだった。


「さて、そろそろお開きにするとしようか。麻希、真君たちを客間に案内してあげなさい」


 話が一区切りしたところで、永治は締め括るように言う。そろそろ夜更けも近い時間だった。


「わかった」


 麻希は立ち上がり、真たちに着いて来るよう身振りで示す。改めて真たちは永治へと礼を言い、後片付けをする珊瑚を残して麻希の後に付いて行った。


「浅霧と新堂はこっちだ」


 廊下を進み右手の部屋を麻希は示す。


「芳月と千島さんは、少々狭いが私の部屋で寝てもらう」

「麻希ちゃんの部屋? これは、楽しくなりそうな予感だね」

「言っておくが、余計なことをしたら摘み出すぞ」

「あ、じゃあ一緒にお風呂に入ろうよ。珊瑚さんも誘って。それくらいならいいでしょ?」

「そんなに一度に入れるほど家の風呂は大きくない。ではな、二人とも」


 柄支にじゃれつかれながら、麻希は更に廊下の奥にある自室へと歩いて行った。二人を見送ったあと、真は進と一度顔を見合わせ、案内された部屋の襖を開けた。

 中には既に畳の上に布団が二つ敷かれていた。二人は適当に荷物を降ろし、思い思いの場所に腰を落ち着けた。


「それじゃあ、僕たちはどしようか? 一緒にお風呂にでも入るかい?」

「……冗談だろ?」

「もちろん」


 進は苦笑して肩を竦めた。


「ところで、さっきの話だけど」

「ん、ああ。どの話だ?」

「廃ビルの調査の話。せっかく調べてもらったから父には伝えるけど、正直なところまともに聞いてもらえるとは思えない」

「どういうことだ?」

「紺乃との件で、僕に危害が及んだせいだね。霊を避けようとするあまり、自ら墓穴を掘ったというか……今は大人しくしているというよりも、関わり合いにならないようにしていると言った感じかな。今日、僕がここに参加することについても、内心反対していたのかもしれないけど、結局何も言わなかったよ」

「そうか……それなら、その方が良い。けど、だったらどうして新堂はまだ俺と関わり合いなろうとしているんだ?」

「そうだね。普通に考えたら、そうなるんだろうけど……」


 進は自分の気持ちをどう言葉にすれば良いのか迷っているようだった。進にはハナコが見えていないし、麻希のように退魔師が身内に居るわけでもない。

 引き返せると言うのなら、十分にまだ引き返せる。それは、彼自身にも判っていることではあった。


「これでも、感謝はしているんだ」


 やがて、進は自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと話し出した。


「確かに、最初は浅霧と交友を持つのは嫌だった。それも全て、父の霊に対する行き過ぎたな感情が原因だったんだけど、それもすっぽりと抜けてしまった。勝手な話だよね。散々振り回されたこっちはたまったものじゃない」


 進はかぶりを振り、諦めた様に肩を落とす。


「けれど、それは良いんだ。いくら歪んでいようと、父は僕を守ろうとしていた。方法は間違っていたんだろうけど、その感情自体は責められるものではないと、息子の僕は思っておいてあげなくちゃいけないかなって」


 霊から身を守るために過剰に防衛を図ろうとした市長は、逆に遠ざけたいものを引き寄せる結果になった。進を真に近づけようとしたのも、そうした防衛の手段としての一つだったのだ。


「それこそ、事件が終わってからは憑き物が落ちたみたいでね。それは、僕自身にも言えることで……上手く言えないけど、今回のことは良い機会になったんだと思う。芳月先輩みたいにとまではいかないけど、少しでも前向きに捉えようとはしているんだ」


 そこで進は顔を俯かせ、そして真剣な顔で真を見た。


「これは勝手な言い分だとは思う。でも、君という友人を失くしたくはないと今は思っている」

「え……?」


 真は進の言い方に驚き、戸惑いの声を上げる。


「おいおい、いくらなんでも大袈裟だろう。俺はお前とは友人だと思ってるぞ」

「そうかい? 君は芳月先輩を遠ざけようとしていただろう。だから、それと同じように、関わり合う必要がなくなれば、僕たちから離れていくつもりなんじゃないのかい?」

「それは……どうだろうな。少なくとも、今は凪浜市を離れるつもりはないし、そういうつもりはないが」


 進の言っていることに間違いはなかった。捉えようによっては、真に関わったことで柄支も進も、麻希も危険な目に遭ったと言えなくはない。

 ならば、身を引くのが当然のことだ。これ以上、被害を大きくする前に、この場から立ち去るのは正しい行動のはずだ。


「これこそ、俺の勝手な都合なんだろうが……逃げるのはもう止めたいんだ」


 しかし、珊瑚に言われたこともある。その責任から逃げることはしてはいけないと。

 全てを置き去りにしてしまうことには後悔も、自責の念も付き纏う。そう言ったものに苛まされるのは、もう嫌だった。


「正直、俺に何が出来るのかは分からない。ただ、今後何か起きた時、せめて自分の周りにあるモノだけは、守れるよう強くありたいと思っている」


 自戒を含めた言葉を吐き出して、真は改めて進を見た。


「何を青いことを言っているんだと思うかもしれないが……まぁ、お前さえ良ければ、今後ともよろしく頼む」

「……ああ、もちろん。こちらこそ、よろしく」


 二人はお互いに不器用ながら、少し照れ臭そうに握手と笑みを交わした。もしかすると、これが出逢って初めて見る進の笑顔かもしれないと、真はそんな感想を抱いた。


「お二人とも男の子って感じですね。これは、わたしも負けてられませんね」


 少し離れて二人のやり取りを見守っていたハナコが、気合を入れるように呟いていた。

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