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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第二部 滅魔の刺客
20/185

序章「不穏な遭遇」

 人から恨みを買う。

 進んでそうした行為をする者は稀であるか、無自覚のいずれかであろうが、少数派というのが世間一般の認識だろう。

 しかしながら、何が原因で恨みという感情は発生するか判らない。

 人の性格は千差万別であるように、極論を言えば善行を悪行と謗る者もいるし、その逆もまた然りだ。

 浅霧真が幽霊少女のハナコに憑かれているのも、彼女から恨みを買ったからというわけではない。

 また、同じ高校の先輩である芳月柄支を助けたことを発端とした一連の事件においても、最善とは言えなかったにせよ、彼は自身の力の及ぶ限り事に臨んだ。

 休日の昼間、凪浜市の繁華街の裏手にある廃ビルへ彼が再び足を踏み入れているのも、そうした彼なりの行動の一つだった。


「異常はなさそうだな。残っている霊もいない」


 微かに薄明りの差す廊下で、真は一度頷きながら言葉を零す。


「ですねぇ。しかし、どうして今更こんなことをする必要が?」


 相槌を打ちながら、彼に取り憑いている幽霊少女のハナコは、半透明の身体を振り向かせた。


「やれることは、できるだけやっておきたいだけだ」

「マメですねぇ。さて、後は屋上ですね」


 市長である新堂誠二の依頼は既になかったことになっていたが、この場の調査は結局中途半端な状態で終わっていた。真としては最後までやり遂げておきたいと思っていたため、都合をつけてやって来ていたのだった。

 昼間を選んだのは時間に余裕があり、明るい方が作業がし易いという理由だ。夜の方が霊が出易い、などということではない。

 最上階の五階まで来たところで、何もおかしなところはなかった。やはり、このビルに現れた霊は、前回の事件で残らずいなくなったということだろう。

 真はそう結論し、手早く済ませようと屋上へ続く階段を上っていく。


「あれ……?」


 そのとき、先行して真の前を行き、先に屋上へと出たハナコが不穏な声を漏らした。


「どうかしたか?」


 真は眉を顰め、少し警戒心を上げて足を速める。彼女の背中に追いつき、周囲に視線を巡らすと、声を漏らした理由はすぐに分かった。


「誰か……いますね」


 屋上の端に、真たちに背を向ける形で立つ人影があった。柵のようなものはないため、あまり感心できる行為ではない。


「おい! 何をしているんだ!?」


 まさか、自殺等の類ではないだろうとは思うが、真は声を掛けて早足にその人影へと近づいて行く。彼の声に反応し、その人物はゆっくりと振り向き、顔を見せた。

 少女だった。

 肩まで伸びた黒い髪。ミニスカートに長袖のパーカーを着ている。パーカーのポケットに両手を突っ込んだ姿勢で、彼女は訝しげに真の顔を睨むように見ると、面倒そうに口を開いた。


「あんた、誰?」

「……誰でもいいだろ。ここは、立ち入り禁止になっているはずだ」


 少女は真よりも多少背が低い程度で、彼と同年代に見える。真は記憶の中を探ってみたが、学校などで見た覚えもなく、初対面であることは間違いない。


「偉そうに注意できる立場? あんたも同じでしょ。何様よ」


 真の言葉に少女は反抗的な言葉を返してきた。そう言われてしまうと、真に返す言葉はない。依頼で許可を取っているわけでもないし、よしんば許可を取っていたとしても、まさか霊の調査をしに来たなどとは言えるわけもない。

 少女からしてみれば、真も十分に不審者である。その点については、二人の立場は対等だった。


「ま、いいわ。あたしの用は済んだから。後はご自由に」


 どう言ったものか真が考えていると、少女は真から興味を失くしたように視線を外し、彼の横を通り過ぎて立ち去ろうとした。

 ここで止めても話がこじれる結果しか見えないため、真はそのまま彼女の背中を見送るが、何か不穏な空気を感じずにはいられなかった。


「真さん、止めなくてもいいんですか?」

「仕方ないだろう……止める理由もないからな」


 ハナコも真と同様の思いで声を掛けるが、真は首を横に振るしかなかった。


「――ちょっと」


 と、二人が小さく会話を交わしたタイミングで、少女は振り返っていた。相変わらず剣呑な目つきで真を睨む態度は、お世辞にも友好的とは言えない。


「あんた、まさか浅霧真?」

「何?」


 不意を突いた質問に、真は思わず訊き返していた。その反応を見た少女は、微かに口端を持ち上げると、引き返して真に歩み寄って来た。


「そう。あんたが、ね」

「……何で俺の事を知っているんだ?」

「そんなことはどうでもいいのよ」


 そう言った少女は、戸惑う真の胸倉を掴み、自分の元へと引き寄せた。


「お、おい!?」

「先に謝っておくわ」


 互いの顔が間近に迫ったのは一瞬。少女の瞳の奥に込められた感情を真が見る前に、彼の左頬に衝撃が走り、身体は地面に倒れていた。

 真は、思い切り少女に殴られたのだった。


「ちょっ、真さん!? 大丈夫ですか!?」

「はぁ!? いきなり何しやがる!?」」

「だから、謝っておくって言ったでしょ。じゃあね……あたしは、あんたを許さない」


 真が立ち上がるのを待たずに少女は彼に背を向け、素早く走り去ってしまった。おそらく真に呼び止められることを嫌っての事だろう。


「おい!」


 真は声を張り上げたが、少女が戻ってくることはなかった。


「……許さないだと?」

「あの人に、何か恨まれるようなことでもしたんですか?」

「そんなわけあるか」


 半ばやけくそな気持ちで吐き捨てながら、立ち上がった真は殴られた頬をさする。

 初対面の女子にいきなり因縁をつけられ、あまつさえ殴るだけ殴って逃げ去られる覚えなどまるでない。許さないと言うなら、それはこちらの台詞だろう。


「あぁ……くそ、もういい。さっさと用を済ませて帰るぞ!」

「はぁ、なんだかよく解りませんが、ご愁傷様です」

「それは、絶対お前が言う台詞じゃないよな」


 八つ当たり気味にハナコを睨みつけつつ、そうして真は調査を再開するのだった。





 凪浜市繁華街、とあるゲームセンターにて、悲愴な叫び声を上げる少年がいた。


「だー! くそっ! 取れねえ!」


 しかし、施設の中は各種筐体の音が混じり合う騒音染みた空間となっているため、その叫びが注目されることはなかった。

 彼はたった今自分がプレイし、敗北した筐体――UFOキャッチャーを憎々しげに睨みながら、思い切り両手を数度打ち付ける。その様は、癇癪を起した子供だった。

 事実、彼は子供だった。

 浅黒い肌に短髪の、見た目は中学生程度の健康そうな少年だ。身長は平均よりもやや低く、小動物めいたすばしっこさを印象付けられる。

 ただ、彼の頭髪は少年らしからぬ白髪だった。粉雪のようなきめ細やかな髪は、見る者が見れば羨望の的になることだろう。

 もっとも、少年にとって身体の一部の特徴などはどうでもよく、苛立ちに髪を乱暴をかき乱していた。


「ホントに取れんのかよ。インチキじゃねえのか」


 少年の苛立ちは止まらない様子で、次に彼は片足を浮かせた。筐体に蹴りを入れようとするつもりだった。


「――ちょっとあんた、止めときなさいよ」


 そんな少年の横暴を止めるべく声が掛けられた。少年が足を止め、まるで威嚇でもするかのように鋭く視線を向ける。が、相手の姿を見た途端に彼は表情を和らげた。


「なんだ、沙也(さや)姉ちゃんか」

「なんだじゃないわよ。あんた、ただでさえ目立つんだから、これ以上悪目立ちするような真似は止めなさいよね」


 先刻真を殴った少女だった。沙也と呼ばれた彼女は、面倒そうに溜息を吐きながら少年に歩み寄る。


「そんなこと言ってもよー……あ、そうだ。沙也姉ちゃん、これできるか?」


 叱られたことに不服そうに口を尖らせた少年は、不意に思いついた顔をすると、筐体を指して沙也に訊ねた。


「これって、UFOキャッチャーじゃない。あんた、これに当たり散らしていたわけ?」

「ぜってー詐欺だって。だって、全然掴めないんだぜ」


 筐体の中には、頭身の大きい猫の人形が山積みとなっていた。全体的にやる気の無さそうな感じで、垂れ目気味だが妙な目つきの悪さだった。

 人形には黒、白、三毛の三種類がある。そこまで観察したところで、沙也は少年に向き直った。


「これ、欲しいの?」

「別に……そういうわけじゃねーけど。つーか、沙也姉ちゃんが一人で街を見回ってくるなんて言うから暇を潰してたんじゃねーか」


 憮然とした態度で少年は細めた目で沙也を軽く睨む。こんな目に遭っているのは、さもお前が悪いと言わんばかりの表情だった。


「まったく……仕方ないわね。一回だけよ」


 沙也は筐体に向かうと、ポケットから財布を取り出して硬化を投入した。


「ところであんた、さっき掴めないって言ってたけど、直接掴んで取ろうとしてたわけ?」

「え、そうだけど……」


 なるほどと沙也は納得する。既に落とし口付近には頭をはみ出させている人形がいくつかある。そのうちの白猫に狙いを定めて、彼女はボタンを押した。


「こういうのは、押し込んで落とすのよ。見てなさい」


 続けてボタンを押すと、クレーンは沙也のイメージ通りに動き、アームを人形の頭に押し込むような位置に降りてきた。既に落ちそうだったこともあり、重心を押された人形はそのまま呆気なく落とし口へと転がり落ちた。


「おー! すげー!」


 少年はその様に目を開いて感嘆の声を上げていた。沙也は対照的に冷めた態度でぬいぐるみを手に取り、少年へと差し出した。


「ほら、これで満足でしょ」

「サンキュー、でもオレは要らないから、姉ちゃんにやるよ」

「はぁ? どうしてそうなるわけ?」

「暇潰しだって言ったろ? それに、自力で取れてたら姉ちゃんにやるつもりだったし」

「そうはいってもねえ……」


 沙也はぬいぐるみの顔を正面から向き合って見るが、正直趣味ではないため扱いに困るだけだった。かといってその場に捨てるわけにもいかないので、仕方なく脇に抱えておくことにした。


「それにしても、姉ちゃんにこんな特技があったとは意外だぜ。昔やってたのか?」

「こんなのは、特技と言えるものじゃないわよ。それより、ここを出るわよ。今後の話もしないといけないんだから」

「えー、せっかく二人になったんだし、もう少し遊んでいこうぜ。ほら、アレなんか対戦できるみたいだし、やってみようぜ!」

「あんたねえ、遊びに来たんじゃないのよ。いいから来なさい」


 年相応とも言える無邪気な態度を見せる少年に、沙也は取り合わずに彼の腕を引いて歩き出した。少年は特に抵抗する気もないようで、されるがままに彼女の後について行く。


「ところで沙也姉ちゃん、一つ聞いてもいいかい?」

「……何よ?」

「浅霧真には会えたんだね?」


 沙也は足を止め、少年を振り返った。見下ろした彼の顔には、悪戯めいた笑みが作られている。


「気付いていたのね……」

「なんつーか、雰囲気っていうの? 姉ちゃん、いつもよりピリピリしてたから、これは何かあったのかなってね。今回の任務、かなり無茶言って回してもらったんだし――」

「ストップ!」


 沙也は少年の腕を離した代わりに、ペラペラと話し始める彼を制するように手の平を突き出した。


「余計な詮索はしないでくれる? そういう条件で、あんたをパートナーにしたんだから」

「そうだけどさ。オレと姉ちゃんの仲じゃん? その辺の理由も、そろそろ教えて貰いたいなーって」

「それ以上言うと、あんただけでも本土に強制送還させるわよ」


 軽口を止めない少年に、そろそろ限界近くなった沙也は本気で睨みをきかせる。すると、彼は大袈裟に両手を振り、愛想笑いを浮かべた。


「冗談だって! ま、理由なんてどーでもいいけどな。こうして若手のオレらにもチャンスが回ってきたわけだし、感謝してますって」

「……分かればいいのよ」

「でもさ――なんでその場で殺さなかったの?」


 少年の顔には相変わらず笑みがあったが、その性質は鋭利なものへと変わっていた。値踏みするような冷えた目で少年は沙也を見つめながら、言葉を続ける。


「オレらの任務は、その浅霧真の始末も含まれてるわけだろ。オレとしては、手柄を独り占めされるよりかはいいけどさ」

「そうするに値すると判断したらね。そこを間違えるんじゃないわよ。そもそも、まだ準備不足よ」


 沙也は少年に背を向けて、これ以上取り合うつもりはないと意志を示すと再び歩き出した。


「準備不足ねえ……始末するのに何の準備がいるんだか」


 そんな彼女の背を見つめながら、可笑しそうに少年は口端を吊り上げる。彼の呟きは誰にも届かず、騒音の中に消えた。

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