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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第一部 死に損ないの再生者
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序章 「少年と幽霊少女」

 幽霊に命を救われた。


 そんな話を聞いて、信じられるだろうか?

 幽霊なんて存在しないだろと笑われて終わるだろうか。それとも頭の心配をされるだろうか。

 いずれにしても、好意的な反応は得られない話だと思う。

 

 では、幽霊は存在すると思うか?


 誰もが一度は自問、あるいは質問されたことがあるだろう。

 いないと頑なに否定する者もいれば、実際に見たと信じる者もいる。


 しかし、大多数の人はどっちでもいいという感想を持っているのではないだろうか。


 存在しようがしまいが、見ることのできない存在に対して思考を割く時間があれば、もっと他のことを考えているはずだ。

 ただし、興味がないわけではない。その手のことを題材にした映画、漫画、小説等は数あるし、一定の需要がある。

 人は墓を建て、祖先を祀る。霊魂というものは、古くから人の中に根付いている。


 魂は、違わずこの肉体に宿っている。


 少なくとも、俺はそのことを知っている。

 知った気になっていたことが、命を救われたことで初めて実感を得た気がするのだ。

 それはもう、嫌という程に。





 昼休みの校庭では少数の男子生徒がサッカーに興じていた。

 十月上旬とはいえ、まだ日中は少しばかり暑さが残る中、半袖の夏服で頑張っている。


 教室の左端の窓際にある前から三番目の自席にて、浅霧真あさぎりまことは頬杖を突きながらその光景を眺めていた。

 猥雑とした教室の空気から目を背けるようにして、誰とも接することなくやり過ごす。それが、ここ最近の彼の昼休みの過ごし方だった。

 ふと、そんな自分を客観視してしまい、自然と口からため息が漏れる。


「おやおや、辛気臭い溜息なんかして、どうしましたか?」


 耳元で女子の声が聞こえる。しかし、彼はその声を無視して窓から視線を外さなかった。


「はあ……真さんってば、学校では相変わらず無視ですか。一人でいじけているくらいなら、わたしの相手をしてくれてもいいですのに。誰も真さんのことなんて見てないですから、少しくらい話しても大丈夫ですよ」


 真は片手で頭の上を数回払う真似をした。周りから見れば、埃でも払ったかのように見えただろう。


「うわぁ、あっちに行けってことですか。でもダメですよ。これくらいのことでわたしは引き下がりませんよ! っていうか引き下がることは不可能ですからね!」

「うるさいやつだな」


 あくまで振り向かずに、辛うじてその女子に聞こえる程度の声量で真は呟く。それに対し、更なる反論の声が上がろうとしたときだった。


「――おい、浅霧はいるか?」


 教室のドアが開く音と同時に、呼びかける男子生徒の声がした。昼休みの雑音の中その声はよく通り、一瞬クラス全員の視線がそこに集まる。


「ああ、いたいた」


 右手を軽く上げながら、その生徒――新堂進(しんどうすすむ)は目を細めて教壇の前を通り近づいてくる。

 暑いだろうに学校指定のブレザーを着て、ネクタイもきっちりと締めている。一見して優等生という風情だった。


 事実、彼は学内において多少名が知れている。


「これはこれは新堂さん、こんにちは」

「やあ、ちょっと時間良いかい?」


 女子の声を素通りし、進は真の席の横で立ち止まる。長身の彼を見上げる形で、真はようやく視線を動かした。


「何の用だ?」

「お昼はもう済ませたかい?」

「とっくにな」

「それは残念。じゃあ、僕のお昼に付き合ってよ」


 そういって進は左手に持っていたレジ袋を掲げて見せる。学校近くのコンビニのものだった。


「午前の最後は体育でね。購買に出遅れて、仕方ないから買い出しに行っていたってわけ」

「それは災難だったな。けど、それがお前の昼に付き合う理由か?」

「いや、違う。仕事の話だよ。昼食はついでだ」


 進は少しだけ声を潜めて代わりに笑みを深くする。人の考えを見透かしてやろうというような棘を感じる笑みに真は目を逸らし、仕方なく席を立った。


「それじゃあ行こうか。今日は晴れているから気持ち良いよ」


 進は満足げに頷き、真を先導するように歩き出す。真は椅子に掛けていたブレザーに袖を通し、好奇の目に晒されながらその後に続いた。

 周りから見れば、平凡な一般生徒に積極的に関わろうとする優等生の構図だったが、それはこの二学期に至るまでに幾度となく行われていたことでもあった。


「新堂、今日も屋上か?」


 昼休みの喧騒が響く廊下に出た真は、正面の窓から見える中庭を見て訊ねた。問われた進は一度考える仕草を見せたが、首を横に振る。


「そうだね。中庭じゃ人目が多いし、浅霧も嫌だろう?」


 進が言うようにこれからする話のことを考えれば人目は避けたいが、屋上に上がるには三階分の階段を上る必要があった。


「真さんは、変なところで面倒臭がりですよねぇ。三階くらいすぐじゃないですか」

「まあな、言ってみただけだ」


 しつこく耳元で聞こえる声に眉を顰めながら、真は頷いて進と肩を並べる。


「それにしても、いつもながら眉間に皺が寄っているね。例の幻聴のせい?」

「……そうだな。今も聞こえてる」

「幻聴って、もしかしなくてもわたしのことですよねぇ。そんな言い草は酷くないですか? ほらほら、わたしはここにいますよ!」

「夏休み明けからだっけ? やっぱり医者に診てもらった方が良いんじゃないか?」

「いや、医者じゃこれは治せないんだ。それは判っている」

「そうですよね。お医者様では、わたしをどうこうすることなんてできませんよね」

「それって君の仕事関係ってこと?」

「そうだな。お前は気にしなくていい。俺の問題だからな」

「それは残念だな。僕も、少しでも力になれれば良いのに」

「大丈夫ですよ、新堂さん。これはわたしと真さんの問題ですから!」


「――うるさい! 学校では喋るなっていつも言ってるだろうが!!」


 いちいち会話に横槍を入れられ、真は衝動的に怒鳴り声を上げていた。瞬間、廊下の喧騒がぴたりとやみ、視線が真に注がれる。


「……すまん」


 やってしまったと思ったが後の祭りだ。驚いた顔をしている進に一言詫びを入れ、真は逃げるように上階への階段を駆け上がった。


「あー……、ごめん! 何でもないから気にしないで!」


 しばし呆然と真の背を見送った後、進は慌てて周囲へ謝罪とフォローを入れつつ彼を追い駆けた。





 階段を駆け上がる真は、終着点である屋上の扉の前まで来て足を止めた。

 一気に足を動かしたため身体が熱くなっている。胸に手を当て、一度深く息を吐いた。


「いやぁ、今回もわたしの勝ちですね。真さんは堪え性がなくて困ります」


 そして、先ほどから聞こえる女子の声もまた、彼の背中に付いてきている。

 周りに誰の気配もないことを確認した真は、努めて気持ちを落ち着かせてから振り返った。


「いい加減にしろよ、ハナコ」


 彼の視線の先には、少女がいた。

 服は学生服ではなく、スカート丈の長い白いワンピースに灰色のベストを着ている。

 長い黒髪を背中に流し、黙っていれば大人しそうな印象を抱くのだろうが、悪戯っぽく細められた大きな黒い瞳と合わさった無邪気な笑みが見事にその印象を塗り潰していた。


「だって、つまらないじゃないですか。学校で真さんに相手にされなくなったら、凹みます」

「もういいから、勝手に凹んでろよ。そして黙れ」

「冷たいですねぇ、しかし真面目な話、暇なんですよ」

「お前の暇潰しで俺の学校生活を壊すな!」

「仕方ないじゃないですか。わたしには、真さんしかいないんですから」

「お前、友達いないもんな」

「その言葉は、そっくりそのままお返しします」

「……はぁ、もういい。新堂が来るだろうから、ちょっと大人しくしてろ」

「反論できなくなったようですね。勝った!」


 ハナコと呼ばれた少女が、両手を腰に当てて胸を張る。真は額に片手をあてて、うんざりした様子で扉にもたれ込んだ。


 少女は学校の生徒ではない。表情には子供っぽさが抜けておらず、真よりは年下か、あるいは同年といったところだろう。

 というのも、真は彼女の年齢を知らないため、推測しかできないからだ。

 どこに住んでいるのかも知らないし、名前すらも知らない。ハナコと呼んでいるのは、便宜上名前がないと不便だから真が付けだけで、それが彼女の本名ではない。


 そして、一番の特徴は身体が薄く透けており、足首から先は不安定に揺れて形を定めていないことである。


 ――霊体。


 少女は肉体を持たない。有体に言えば幽霊である。

 そして、真は彼女を視認できる。もっと言ってしまえば、取り憑かれている。

 記憶のない幽霊の少女と、彼女に取り憑かれた少年。

 それが二人の関係だった。


「浅霧!」


 進の声が階下から聞こえた。すぐに階段を上る彼の姿が見えてくる。

 真の正面に位置していたハナコが隣に移動し、入れ替わるように進がそこに到着した。


「新堂、置き去りにして悪かったな」

「いや、それはいいさ。それよりも本当に大丈夫かい?」


 改めて詫びを入れる真に、進は心配そうに声をかける。


「問題ない。それより早く開けてくれ。仕事の話だろ?」


 真は頷きを返して扉を軽く叩いた。基本的に屋上は立ち入り禁止となっており、普段は鍵が掛かっている。

 何か言いたげな表情を残しながらも、進は言葉を呑んで短く「了解」と答えると、ブレザーの内ポケットから銀色の鍵を取り出した。


 開錠した進がドアノブを回し、扉を押し開ける。湿っぽい階段の空気の中に、新鮮な外の空気が風と一緒に流れ込んできた。


「うーん、やっぱりこの場所は気持ち良いですね!」


 真について屋上に出たハナコが一歩前に出て、風を身に纏うように一回転する。彼女の子供のような仕草に真は呆れながらも、それなりに絵になる光景だなと感じた。


「それじゃ、とりあえずこれを読んでおいて」


 最後に屋上へ出て扉を閉めた進が、懐から取り出した茶封筒を真に差し出した。

 真はそれを受け取って表面を見る。宛名などは特に書かれていない。中に入った紙の厚みが微かに感じられるだけだ。


「しかし、毎度のことだが封書にしなくてもいいんじゃないか? お前も、わざわざ教室に呼びに来なくても、呼び出しならメールとかで済むだろう」

「それは父さんのやり方だから変えようがないね。だいたい、メールで呼び出しても無視されかねないじゃないか。気付かなかった、とか言って。いずれにしても、顔を合わせた方が確実だよ」

「そんなことはないが……」

「今の口ごもり方は嘘ですねぇ。わたしを学校で常時無視しようとしているくらいですから」


 野次を飛ばすハナコに「黙ってろ」と小声で睨みをきかせ、真は封筒を開ける。その間に、進はレジ袋から惣菜パンとカップコーヒーを取り出して食事を始めた。

 封筒の中には、丁寧に三つ折りにされた紙が一枚。両面に印刷がされており、表にはお決まりの挨拶から始まる文字の羅列、裏にはこの町の特定箇所を示す地図が描かれていた。


「どれどれ、わたしにもよく見せてくださいよ」


 真剣に文字を追う真の横で、彼の肩から覗き込むようにハナコが身を乗り出す。それを無視して裏面の地図を確認した彼は、顔を上げて進を見た。


「今回は、これだけか?」

「そうだね。浅霧の家からそう遠くはないだろ?」


 パンをコーヒーで流し込み、進は軽く頷いて言う。


「この距離になると、自転車だな」

「お、今日は夜中のサイクリングといったところですか? 良いですね」

「お前は気楽なもんだよな」


 憑かれている以上、必然的にハナコは真の行き先に付き纏うことになる。しかも肉体がないため、身体的な疲労とは無縁だ。

 真は手にしていた紙を折り畳んで封筒に戻してズボンのポケットに入れた。これで、仕事を受け入れたことになる。


「それじゃあ、よろしく頼んだよ。相変わらず僕には理解できない事柄だけど、浅霧のことは信用しているから」


 後半部分を殊更に強調するように言い、進は薄く微笑んだ。


「むず痒いことを言うなよ」

「協力はできないけど、心配くらいはさせてくれよ。幻聴の件もあるし、やっぱり危険なことなんだろ? 君の仕事――退魔師って」

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