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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第一部 死に損ないの再生者
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終章「行く先の約束」

「やっぱり、納得いかない!」


 秋晴れの空の下、凪浜高校屋上に、柄支の甲高い怒りの声が響いていた。


「済んだことだ。いい加減、諦めろ」


 麻希は今日で何度目かとなる溜息を吐く。そして、悔しそうに表情を歪める友人に向けて、購買で買ったコロッケパンを差し出した。


「私の奢りだ」

「そんなんで、わたしの気持ちは収まらないよ! もうらうけど」


 餌付けではないが、食べている間はひとまず静かになる。包装を破ってパンを頬張り始める柄支を横目に、麻希は一人分離れた位置に座る後輩二人へと顔を向けた。


「そちらは、問題なかったか?」

「僕自身は、体調は戻りましたよ。父の方は、まだ色々と事後処理に追われていますけど」


 問われた進は笑みを見せた後、皮肉交じりの言葉を零した。


「浅霧の方は、どうなんだい?」

「俺の場合は、新堂や古宮先輩に比べたら大したことはないな」


 パンを食べながら睨む柄支の視線を気にしないようにしながら、真は言った。

 凪浜神社での一件から一週間。警察への珊瑚と永治の説明により、事件は通り魔の仕業ということでどうにか処理されていた。

 衰弱した進は一時入院をしており、麻希も永治の怪我への付き添いと、事件を知った彼女の両親からの呼び出しにより、実家で謹慎していた。

 真も珊瑚と共に警戒態勢を取って待機していたが、事件以降、紺乃たちの動きはない。二人が所属していたという警備会社に問い合わせても、その存在自体が嘘であったかのように、二人の痕跡は残されていなかった。紺乃の口約束がどこまで信じられるかは不安でしかないが、二度と会いたくはないと、真は願う他なかった。

 そうして、ひとまず脅威は去ったと判断し、ようやくと言うべきか、晴れて登校を再開することにしたのだった。


「それで、今までほったらかしにしていた柄支さんが怒っていると」

「仕方ないだろ。余計な情報を与えて巻き込まれるのを避けるためだ」

「けど、遅かれ早かれこうなることは予想していましたよね?」

「浅霧くん、何をコソコソ話しているのかな?」


 背中越しに小声でハナコと会話をする真を、柄支が見咎める。「何でもありません」と、真は言葉を濁して嵐が過ぎ去るのを待った。


「まったくもう、学校で知らされたときは、心臓が止まるかと思ったんだからね」


 柄支が事件を知ったのは学校からだった。死人が出たわけでもないので、世間に対して広く報じられはしなかったが、通り魔というのは穏やかな話ではない。彼女は直感で真に連絡を取ろうとしたが、休みの上に携帯も繋がらないという状態だった。


「申し訳ないと思ってます」

「本当だよ。人の気も知らないで……皆、無事だったから良かったけど」


 一頻り文句を言ったところで感情が収まってきたのか、不意に柄支の声の勢いが鎮まる。


「あの……先輩?」

「泣くなよ、芳月」

「どうして、わたしが泣かないといけないのよ!」


 柄支は眦を上げて麻希に言うが、表情は笑っていた。


「わたしは怒っているんだからね。判ってるの?」

「全ては浅霧の采配だ。文句はあいつに言え」

「面倒臭くなったら俺に振るのを止めてください……、それはそうと、永治さんの怪我はどうだったんですか?」


 この話題を続けるべきではないと、真は麻希に訊ねる。「ああ」と麻希は首肯して口を開いた。


「右腕を骨折したのが一番大きいな。左の方は使えるから、日常生活が多少不便な程度らしい。珊瑚さんにもお世話になっていることだし、改めて礼を言わなければいけないな」


 押しかけて巻き込んだ負い目もあったので、週に数日、珊瑚は凪浜神社へ手伝いと言う形で出向くことにしていた。真もまた、近いうちに顔を見せようと思っている。


「麻希ちゃんのお爺さんか。わたしも挨拶に行こうかな」

「……好きにしろ」

「じゃあ、浅霧くん、その時は付き合ってね」

「はあ……」

「忘れないでよ?」

「わ、わかりました」


 生返事に念を押してくる柄支に、気圧されるように真は数度頷いた。


「今更なんですが、お二人は浅霧の家業については、もう知っているんですよね?」


 三人の会話から一歩距離を置いていた進が、そこで言葉を挟んできた。柄支と麻希は、互いに顔を見合わせた後、静かに頷く。

 進はもとより、柄支も廃ビルの一件がある。また、麻希は神社での一件の後、永治からある程度の事情は聞かされていた。ただし、進と麻希については、真に霊が取り憑いているという話はしたものの、ハナコの姿を見るまでには至っていなかった。


「私としては、新堂の変わり果てた姿を見てしまった以上、信じる他ないといった感じだな。正直、事件については通り魔と言われた方がまだ収まりはいい」

「僕もその時の記憶はないので、なんとも……気が付いたときは病院でしたからね」

「うーん、これを機に、わたしの姿を見られるようになれば良かったですのに」


 ハナコは残念そうに、指を咥えて進と麻希の会話を眺めていた。柄支が彼女を認識できたのは、珊瑚曰く個人差というもので、霊感が強いということだ。彼女自身が、受け入れ易い性格をしているということも一端らしい。


「それで、浅霧には、また正式に話しが行くけど……父は君への依頼を取り下げるそうだよ」

「えっ!?」


 その進の言葉に、真より先にハナコが驚いていた。


「どうしてだ?」

「もともと、父は臆病な人なんだよ。霊を恐れて浅霧を雇った結果、紺乃のような奴らにも目を付けられて、利用されたんだ。永治さんも言っていたよ。対処として正しいのは、夢だと思って忘れることだって」

「御爺め……適当なことを。それができれば苦労はしないだろうが」

「間違いではないんですがね」


 毒づく麻希を宥めるように真が言う。認識がなければ、霊もこちらに干渉はしない。見ようとするから、見えると思うから見える。ならば、忘れてしまうことが一番楽ということだ。


「しかし、そうなると……」


 真はその先を言いかけて、口を噤んだ。


「真さん?」


 ハナコが真の顔を覗き込むが、彼は内心を悟られまいと顔を背ける。しかし、ハナコには彼の気持ちが予想できた。


「もしかして、この街に留まる理由はなくなったな、なんて思ってます?」

「……ちょっと、失礼します」


 ハナコの疑問に、真は答えを返さずに立ち上がる。ハナコの声が聞こえていたはずの柄支は何か言いたそうな顔をしていたが、黙って彼を見送った。


「あの、真さん。わたし折角ですし、この街を離れたくはないです」


 屋上の端で足を止めた真は、フェンス越しに校庭、そして街並み、最後に空を見上げた。


「勘違いするな。まだ、ここを離れるつもりはないさ」

「そうなんですか?」

「あいつらは、この街が縄張りみたいなことを言ってただろ? それは、俺たちの知らないところで、また別の酷い事が起こっているってことなんじゃないかと思う」

「そう、ですね……」


 退魔師としての矜持を旨とするならば、霊の魂の浄化を妨げる封魔省の行いは許されないものだろう。しかし、真はそんな掲げられた理念よりも、動機は明確だった。

 目の前の少女を、未だ救えずにいる。それに対する代償行為でしかないのかもしれない。今の自分に出来ることはあまりに少なく、壁は高い位置にある。


「こっぴどく負けたからな。今すぐどうこう出来るとは思っていない。けど、なんとかはしたい。お前の記憶のことについては、結果として先延ばしになるかもしれないが……」

「いいえ、それは大丈夫です」


 真の隣に並んだハナコは、彼に暖かな笑みを向けた。


「わたし、記憶が戻らなくても平気ですよ。代わりに素敵な記憶が出来てますし、お友達もできましたからね。真さんが死ぬまでご一緒するのも、選択肢としてはありかなぁ……と」

「そういうことを、言うもんじゃないぞ」


 その言葉に甘えるわけにはいかない。だからというわけではないが、せめて気持ちだけでも返そうと、真はハナコの頭に手を置いた。

 ハナコは戸惑った様子を見せたが、やがて顔を綻ばせ、置かれた彼の手に自分の手を重ねた。

 直接触れることで温もりを与えることはできない。これが二人の距離の境界だった。だが、魂は限りなく零の距離で、誰より近く感じている。

 互いに支え合いながら、命を繋いで、その先でこの荷を下ろすことが出来たのなら。

 そのとき、借りモノの命が尽きることになるだろうか。


「けど、そうだな……まだまだ、終わりじゃない。しばらくは、付き合ってもらうぞ」

「はいっ、どこまでも」


 調子の良い返事に苦笑を返しながら、真は手を放す。

 満ち足りた顔で微笑む少女が、どうか後悔を残さず、道をつけてやれるように。


「言ったからには、付いて来いよ」


 その信頼に応えられるように、精一杯の強がりと共に告げた。

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