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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第六部 君と永遠に
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05 「変わりゆく日常」

 新堂進が、学校に来なくなった。


 凪浜市に戻った浅霧真は、高校へと戻った初日に早速そんな噂を耳にしていた。

 一月の後半から現在――二月の初頭に至るまで、その状態は続いているそうだ。体調が優れないと学校側には伝えられているらしいが、真偽のほどは定かではない。


「携帯は通じるんだけど、出ないんだよね。せっかく浅霧くんが戻って来たのに、心配だなぁ」


 そして、その日の放課後。

 ファーストフード店内の二階。窓際にある四人掛けの席で、真の正面の席で腰を落ち着けた芳月柄支がぼやきつつ、トレイの上に広げたフライドポテトをつまんでいた。続けて彼女の大きな瞳が、くるっと自分のはす向かいに座る級友の古宮麻希にと向けられる。


「麻希ちゃんの方にも、何もきてないよね?」

「音沙汰なしだな。まったく、どいつもこいつも勝手なものだ」


 ぴんと背筋を伸ばしてホットコーヒーを一口すすり、麻希は鋭い切れ長の目で真と柄支とじろりと睨んだ。


「もー、まだ怒ってるの? お小言は、一生分もらったよ~」


 げんなりと柄支は口を歪めて、テーブルの上に突っ伏す。

 浅霧翼の奪還に際する戦いにおいて、柄支はフェイに連れられる形とはいえ、自らの意思で危地へと飛び込んだ。そのことで、麻希は相当に腹を立てていたようなのである。

 一旦なりを潜めていたが、真の顔を久し振りに見たことで、彼女の怒りは再燃しそうになっているらしい。とんだとばっちりではあるが、真は苦笑してこの場をやり過ごす他なかった。

 少々不謹慎かもしれないが、制服を着て久し振りにこうしたやり取りを享受できることに、安心感を覚える。幸運だと思うのだった。


「あんまり、お姉ちゃんを責めないでよ」


 そして、その輪の中に新たに入った者が一人いる。

 もっとも、本人からすれば入ったというよりも、ただ無理矢理連れて来られたというだけなのだろうが。


「終わったことを、部外者がいつまでも言ってんじゃないっての。あんた、何様よ」


 麻希に食ってかかるように口を開いたのは、制服の三人とは違い、私服姿の芳月沙也であった。


「…………相も変わらず、君は年上に対する口の聞き方がなってないみたいだな」


 対面に座って睨み合う両者の放つ雰囲気オーラは、それだけで空気が捻じ曲がるのではないかと思われるほど重い。


 沙也は真よりも一足早く凪浜市へ――つまりは姉の柄支のもとへとやって来ていた。

 死闘の傷が完全に癒えたわけではないようだが、五体満足に動けるようになった彼女が必要以上に退魔省の庇護下に収まる理由もなく、かなり無茶を通して退院したらしい。

 現在は柄支が一人暮らししていた開発区のマンションに転がり込み、一緒に暮らしている。

 なので、姉にくっつく形で彼女がこの場に居合わせることに関しては、何ら不思議のないことであった。真も改めて無事な彼女の姿を見ることが出来、一安心したくらいである。


「あぅ~……。なんで二人とも、仲良くしてくれないんだろう……」


 しかし、どうにも麻希と沙也は相性が良くないみたいだった。柄支の妹ということで、麻希も最初は友好的に接しようとはしていたそうだが、沙也の刺々しい態度に辟易としているのは一目瞭然である。



 ……たぶん、いや、間違いなく先輩が原因なんだろうが。



 真は沙也を窺いつつも、フォローの言葉も見当たらなかった。人と接することが得意とはお世辞にも言えなさそうな少女ではあったが、ここまでとは。

 野良猫が飼い猫になった程度では、その気性が落ち着くことはないのかと半ば呆れにも似た気持ちを抱いていると、彼の視線に気付いた沙也の目がぎろりと動いた。


「何見てんのよ」

「……はぁ。悪気が無いにしても、言葉を選べよ。誰かれ構わず噛みつくな」

「余計なお世話よ」


 言い返されると、沙也はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。柄支について来ただけで、この話そのものに然したる興味はないのだろう。

 柄支は麻希に拝むように両手を合わせ困ったように笑みを浮かべて、麻希も不毛な言い争いを避けるべく矛を収めたのを見届けたところで、真が話の舵を戻すべく口を開く。


「話を戻しましょうか。気になるのは、新堂のことですよね」

「そうだな。これ以上続くなら、一度あいつの家を訪ねてみることも検討したいが、如何せん連絡が取れないからな……」

「押しかけるのも悪いしねえ。ご家族はお父さん一人だけみたいだし、ちょっと心配かも」

「……お姉ちゃん。その父親って、この街の市長のことよね?」

「そうだけど、沙也ちゃん何か知ってるの?」


 思いついたように口を挿んだ沙也に、柄支が問い返す。沙也はかぶりを振って溜息をつくと、ふと窓の外へと顔を向けた。


「新堂っていう奴の事情をあたしが知るわけないでしょ。市長って言えば、あのビルのことでよく聞くわよね。もうすぐ竣工するって話じゃない」


 沙也につられる形で真たちも外を見る。その先には、居並ぶ開発区の高層ビルの中から頭一つ飛び出した建造中のビルの姿があった。周囲に数基のクレーンを従え、遠目から見ても存在感を醸し出している。

 凪浜スカイビル。その建造物は凪浜市のランドマークとして、この春に一般公開される予定となっているビルだった。


「新堂誠二の名前は、凪浜市こっちに来てからニュースで見た覚えがあるわ。だから何だってわけじゃなんだけど」

「お父さんがそのビルの件で忙しくしてるから、新堂くんの生活にも何か影響があるってことかな?」

「だからといって、不登校になることと結びつけるのはこじつけが過ぎるだろう。しかし、芳月。もしかしてお前、新堂の家を知っているのか?」

「うん、まあね。名ばかりとはいえ、新聞部部長の情報収集力をなめてもらっちゃあ困るよ」


 わざとらしく口角を吊り上げる柄支に、麻希が額を押さえて嘆息する。

 そう言えばそんな肩書きを名乗られて柄支と初めて出会ったのだなと、真は当時のことを思い返していた。


「どうする? やっぱり暇をみて訊ねてみようか? 流石に卒業までこのままってわけじゃないと思うけど、早い内に揃ってお話くらいはしたいよね。沙也ちゃんも紹介したいし」


 あと一ヶ月程度もすれば、柄支と麻希は高校を卒業する。大学の合否はまだ発表されていないが、二人とも試験は問題なくパスできたので心配いらないとのことだった。

 更に付け加えると、沙也は来年度から真の通う高校へと編入することが決まっている。柄支の言う通り、二年からは同級生となるのであった。

 そのため、真と同じく沙也と同級生になる進にも、柄支は紹介しておきたいそうなのだ。


「あたしは、どうでもいいけど。子供じゃないんだし」

「えー、でもさ。やっぱり、お姉ちゃんとしてはちゃんとお友達になっておいて欲しいというか、心配だよぉ」

「だったら、別に高校なんて行かなくてもいいのよ。バイトでも何でもして、生活費くらい出すって言ってるのに」

「ないない。妹に学校行かせないで、わたしだけが大学行くってあんまりだよ。叔父さんが遺してくれたものもあるんだし、ちゃんと勉強して、就職して、まっとうに生きるんだよ。これから沙也ちゃんと一緒に幸せになることが、わたしの夢でもあるんだから」

「……分かってるわよ。あたしだって、お姉ちゃんと一緒にいるって、決めたんだから」

「うんうん。嬉しいよ~」


 喜色満面の笑みで柄支が沙也の腰に抱き付く。慌てて顔を赤くした沙也が引き剥がそうとするが、調子に乗った姉からのじゃれ合いはしばし続くこととなるのだった。


「おい、浅霧。私たちは何を見させられているんだ」

「俺に聞かないでください」


 何とかしろと目で訴えられても、真に止める度胸はなかった。十余年分のスキンシップとでも言うべきか。ともかく、仲が良いのはいいことだと納得するしかない。


「沙也のことはともかくとして……新堂のことは、やっぱり心配ですね。古宮先輩も言いましたけど、長引くようなら俺は訪ねてみることには賛成ですよ」

「そうか……。少々気が引けるが、それが良いかもしれないな」

「うん。わたしも賛成だよ」


 沙也から離れた柄支が目を輝かせる。一瞬、沙也から殺気のこもった目で睨まれた気がしたが、真は努めて彼女と目を合わさないようにした。


「あ、でもですね。言い出しておいて何ですが、その時は俺が一緒じゃない方がいいと思います」

「へ? どういうこと?」

「いえ、今更なんですが、これまでのことで皆には随分と迷惑をかけてしまいましたから。静姉は市長さんに釘を刺されたそうです。これ以上、息子とは関わってくれるなって」


 真と新堂誠二の依頼関係は、とっくに切れている。もしかすると、真が凪浜市に戻ること自体が市長である彼にとっては不都合があることなのかもしれないが、その点については不干渉となっているのだった。


「……ふん。それはそれで、妥当な判断じゃないの?」

「沙也ちゃん、そんな言い方はよくないよ」

「あたしは、その市長の気持ちの方が分かるけどね。一般人を組織の抗争に巻き込むのは、本来なら御法度よ。それが市長の身から出た錆だったとしてもね」

「だが、例の教団だったか。その組織の件は片付いたのだろう? なら、これからは気兼ねなく対等に付き合えるとも言えるのではないのか?」

「お気楽な一般人の意見代表ね。まあ、真がどうしようが、あたしの知ったことじゃないけど」


 麻希の意見を吐き捨てるように一蹴した沙也は、コーラの最後の一口を飲み干して席を立った。


「お姉ちゃん。悪いけど、あたしは先に出てるから」

「え? 沙也ちゃん。ちょっと待ってよ!」

「待たない。やっぱり、あたしには馴染まないわ」


 伸ばした柄支の手をひらりと躱して、沙也は自分の分のトレイを持ってそそくさと去ってしまった。


「ちぇ、途中までは良い感じだったのになぁ」


 残念そうに沙也の背を見送り、柄支は唇を尖らせる。そこから急いでポテトを片付けると、彼女自身も妹を追うために立ち上がった。


「じゃあ、ごめんね。わたしもそろそろ帰るよ」

「ああ。今度会うときには、彼女の口の聞き方がましになっていることを願っているぞ」

「たはは……そこは、大目に見てくれると助かるかな~」


 姉の威光をもってしても、沙也の性格を矯正することは難しいに違いない。指で頬をかきながら、柄支は曖昧に笑った。


「浅霧くんも、ハナちゃんによろしくね。また今後、おしゃべりしようって伝えておいて」

「ええ、わかりました。気を付けて帰ってください」

「うん。ま、沙也ちゃんがいれば安心かな。じゃあね!」


 そうして朗らかに言って手を振り、柄支も真と麻希に別れを告げた。残された二人の間に、微妙な沈黙が生まれる。


「そろそろバスの時間だな」


 と、麻希がおもむろに制服の内ポケットから携帯を手に取り、時間を確かめて言った。


「私たちも出るか。神社への行き方は覚えているな?」

「はい。先輩は、今は実家の方なんでしたっけ」


 連れ立って席を後にしながら、真は麻希に訊ねる。すると、彼女は苦い顔つきとなって頷いた。


「試験も終わったからな。勉強のためという大義名分で御爺のところは使えなくなった。御爺にも戻った方がいいと言われるし、仕方なくだ」

「そうですか。それじゃあ、永治ながはるさんにも、先輩が元気でやってるって伝えておきますね」

「余計なことは言わなくていい」


 店の自動ドアを抜けると、途端に寒さが身に染みる。麻希は変化に乏しい表情を精一杯面倒臭そうに歪めながら、白い息を零した。


「静さんとハナコが先に行って待っているのだろう。さっさと行ってこい。御爺に何を相談する気かは知らないが、後でちゃんと話せよ」

「……分かってますよ。それじゃあ、先輩もお気を付けて」


 念を押すように言って見送る麻希に、真は会釈して踵を返して凪浜神社のある郊外へ向かうバスに乗るべく歩き出す。

 その目的はハナコとのこれから――真との魂の繋がりについて、元退魔師である麻希の祖父、古宮永治に相談することだった。

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