34 「ある男の真実」
まず、誤解のないように申し上げておきます。滅魔省のお二人の処遇について、真さんが懸念されるような事態にはならないでしょう。
はっきりと言葉にしてしまうと、処刑されるような事にはならない、という意味です。
何故そんなことが分かるのか。当然の疑問ですね。
それを今から、ご説明させて頂きます。
とはいえ、簡単な話です。芳月清言――彼は最初から組織を裏切ってなどいなかった。
それが、私の見解です。紺乃剛がシオン様の命を受けて潜入調査をしていたのと同じです。
清言氏もまた、滅魔省の指令の下、如月氏に協力していた。
もうお分かりですね? レイナ様と、フェイさんが処刑されることはないという根拠はそこにあります。清言氏が裏切り者でないのであれば、自動的に配下であるお二人についても同様のことが言えるでしょう。
……ええ、千島さん。貴女が疑問に思われていることはもっともです。沙也さんについてですね。
清言氏が組織の指揮下で動いていたのだとすれば、わざわざ彼女に裏切りの容疑をかける意味はありません。
そうですね。密命と言う可能性は大いにあります。事実、沙也さんは何も知らされてはいなかったのでしょう。
どころか、清言氏の裏切り行為に対する責を取らせるかのように、彼女に彼を捕えに行かせる真似までさせたのです。
例え密命を悟らせないためのポーズだったにせよ、そこまでする必要が果たしてあったのでしょうか?
残念ながら、あったのでしょうね。
沙也さんは過去に両親を清言氏に殺害され、彼を激しく憎んでいました。組織の上司と部下の体面は辛うじて保ってはいたのでしょうが、いざ敵同士となれば、殺し合いになるだろうことは、火を見るよりも明らかです。
逆説的に考えれば、それこそが清言氏の狙いだったのでしょうがね。
どういう意味かと言われましても、そのままの意味ですよ。ハナコさん。
沙也さんが清言氏を討ち、復讐を果たすところまでが、彼に与えられた……いえ、彼が望んだ最後の任務だったのではないかと、私は思うのです。
真さん、お気持ちはお察ししますが、どうぞ落ち着いて席にお座りください。
不快であれば、これ以上の話は差し控えさせて頂きますが、いかがなさいますか?
……そうですか。では、続けさせて頂きます。
状況を整理しましょうか。
清言氏が、柄支さんと沙也さんの両親を殺害した動機についてです。これは、真さんが彼から直接聞いた話を多少繰り返すことになります。
彼は実兄――姉妹の父親と共に無色の教団の調査をしていた経歴があります。ですが、その実兄は家族を人質に取られ、教団の研究に協力をしていた。
それを知った清言氏は、教団の研究している力を我が物にしたいと思い、己の肉体を実験材料にするよう交渉を持ち掛けた。
滅魔省は他者との魂の接続をする技術がある。多少の耐性はあったのかもしれません。
しかし、結局彼の魂は汚染されてしまいました。
そして、実験に使用された犠牲者たちの魂の恨みの声に従い、兄を殺害。同時に研究の拠点を壊滅させ、人質となっていた兄の妻もその手にかけた。
その光景を、沙也さんは覚えていたのでしょうね。
いったい何時、両親を殺した犯人が清言氏であると気付いたのか。あるいは本人から告げられたのかは分かりません。
形はどうあれ、彼女は復讐すべき相手が叔父であると知ってしまった。
復讐の心に、大きな影が差したのは間違いないことでしょうね。
しかし、まだ力を持たない彼女には清言氏をどうすることもできない。だから、彼に導かれるままに、力を付けるために組織入りを果たした。
そこから先の顛末は、もう結果が出ていますね。
沙也さんは仇である清言氏を討ち、己の復讐を果たしたのです。
……はい。勿論、話はこれで終わりではありませんよ。
聞けば一応の筋道は通っているようにも思えますが、疑問を差し挟む余地がないのかといえば、否ですね。
それは、姉妹の母親の存在です。何故、清言氏は姉妹を生かしておいて、同じく教団の人質であったはずの母親を殺したのでしょうか。
姉妹を引き取り、自分の手元において都合の良いように育てるためでしょうか。はたまた、恨みをより強いものにするためでしょうか。
どちらも考えられそうですが、どうにも動機としては不確定要素が多い気がします。いずれ始末をつけるのであれば、姉妹諸共その場で殺しておいた方が、まだ合理的というものです。
そう怖い顔をなさらないでください。先程も申し上げましたが、私の結論は、あくまでも清言氏が沙也さんに討たれることを望んでいたのではないかということです。
だから、彼にとってこの段階で、姉妹を殺すことはあり得ない選択だった。
では、最初の疑問に戻ります。何故、彼は姉妹の母親を殺したのか。
そうせざるを得ない。そうしなければならない事情があったと――私は推察しています。
少々、具体性に欠ける発言でしたね。
では皆様、こちらをご覧ください。あの無人島の施設の中から見つかったものです。
見覚えはありませんか?
そうです。如月氏が診療所に残していったファイルと同じ類のものですよ。
中身は教団の被害者の写真が主なものです。ご覧になって頂きたいページに付箋を貼っておきましたので、そちらを開いてみてください。
……お分かりになられましたか?
まだ幼いですが、面影がありますね。柄支さんと、沙也さんに。次のページには、清言氏の写真もありますよ。
不思議ですね。人質であったはずの姉妹の写真が、何故ファイリングされているのでしょうか。
他の被害者たちのように生気が欠けている風にも見えませんし、もしかしたら、まだ本格的に実験段階に入ってはいなかった時に撮影したのかもしれませんね。
さて、少し話が変わるのですが、ファイルとは別に手記のようなものも見つかりましてね。
まだ検証途中の為、この場にはお持ちしていないのでお見せできないのですが、それは研究の日々の過程を簡潔に記しているものでした。
肉体と精神、魂の死の限界に関する記述が主たる内容です。検体の性別、年齢。苦痛の度合い、種類。受けた時間の長さ。また、間隔を空けることでどの程度回復するのか等々……様々なことが――
……失礼しました。そこは、本筋とは関係のないところですね。
何故こんなことを話しているのかと言いますと、明記こそされてはいませんが、その手記の書き手が件の研究者であった芳月氏と推測できるからです。
清言氏の話を裏付けるように、当時の彼の年齢や背格好と一致する内容。更には滅魔省の構成員という貴重な検体を得たとの記述もありました。
そして、もう一つ。手記には筆跡が二人分あったのです。癖からして、男女のものと思われます。まるで研究成果を共有するように、代わる代わる、日々手記には研究成果が記されていたわけです。
私が何を言いたいのか、お分かりになられたようですね。
残酷なことを言いますと、お話する前に先に申し上げたのはその為です。
お見せしたファイルの中には、芳月氏の妻と思しき人の写真はありませんでした。人質であったのですから、研究の対象から外れたのでしょうか? しかし、それでは姉妹の写真がある説明がつきませんね。
……はい、真さん。貴方が想像されたことが、私の答えです。顔を見れば分かります。
清言氏の語る真実の中に、虚言が含まれていたのだとしたら?
実際に彼は兄が教団の一員であることに辿りついたのでしょう。しかし、姉妹を人質に取られていたのは――彼女たちの身代わりになるため、その身を犠牲にしたのは果たして誰だったのでしょうか。
魂に限界が近づき、自分が用を成さなくなれば次に犠牲となるのは誰なのか。愛する子らを、教団への尊い礎にでもする気だったのですかね。
清言氏と、芳月氏の間にどのようなやり取りがあったのか、そこまでは記されてはいません。ですが、清言氏は拠点を壊滅させ、そこにいた教団員を残らず殲滅した。
しかし、それで終わりはしなかった。拠点を壊滅させた清言氏の下には、幼い姉妹が遺された。
彼の身体は度重なる実験で、いつ果てるともしれない状態だったと思われます。
加えて言うならば、教団の実験の結果、魂を汚染された彼は、滅魔省の討滅対象になるのは時間の問題だったのではないかと。
真さん。貴方がハナコさんの魂の力によって暴走したのと同じです。ハナコさんはご自身の意思で力を抑制することに成功したようですが、清言氏はそうはいかなかった。
彼に繋がれた死者の魂に意思などあってないようなもの。衝き動かす亡者の声に、いずれは呑み込まれて化物となる。
そんな状態でもなお、およそ十年もの間耐え抜いたのですから、驚異的な精神力だと言わざるを得ませんね。おそらく彼は、力を使えば使う程に、最期への時を縮めていたはずですよ。
ですが、清言氏には成さねばならないことがあった。
実の両親が娘を人とも思わぬ外道、あげく育ての親となった彼もまた、いずれは化物になって殺される運命。真実からは絶望しか見いだせない。
だから彼は沙也さんを戦士として育て上げ、己を討たせようとした。彼女の復讐心を、彼は利用したのです。
生きる原動力が、必ずしも希望である必要はありませんからね。
己が全ての汚名を被り、討たれることで真実を葬り去ろうとした。それが、彼の望んだ幕引きだったのではないでしょうか。
……ええ、これは新たに得た情報を元に行った、勝手な推論に過ぎません。
生き残った者が、己の心を納得させるためだけに後付けして、都合の良い形で語っているだけのことです。所詮は、まやかしの戯言ですよ。
他人が語る真実など――そんな上っ面をなぞっただけの言葉に、どれほどの価値があるというのでしょうか。
レイナ様も、フェイさんも、清言氏のことに関しては頑なに口を閉ざしています。お二人の中にも、それぞれの真実はあるのでしょう。
そして、それは沙也さんにも。
何せ、清言氏が己の心を形成したその世界で、彼女は刃を交え、その死に様を誰より近くで見たのでしょうからね――




