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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第五部 遠き背中
136/185

27 「真相の鍵」

「やっと来やがったか……浅霧真。おせえよ」


 干上がった地面に倒れたまま、掠れた声で呻くフェイにと、まず真は駆け寄った。彼の衣服の表面は所々が焼け焦げたように黒ずみ、ボロボロになっている。抱き起すために触れた肩は、驚くほどに熱かった。


「痕跡を残したのは、やっぱりお前か」

「ったり前だろ。つーか、いちいちオレに構ってんじゃねー……」


 フェイは煩わしそうに悪態をついて、弱り切った動きで真の手を払い除けようとする。その視線は目の前で佇む、緋色の太刀を握り締めた少女へと向けられていた。

 その得物を握る右手から立ち昇るのは、瞋恚しんいの炎の如き霊気である。この一帯を焦熱に曝した、彼女の心象を具現したかのような現象に、真は目を瞠る。


「フェイくん……」


 そのかんに真の後を追い、柄支もフェイの傍へと近づいていた。フェイも彼女の存在に気付き、ちらと瞳を動かすと口端を持ち上げて見せた。


「なんだ、アンタも来ちまったのかよ。しょーがねーな……ったくよー」

「わたしを連れて来たのは君だよ。置いて行くなんて、酷いじゃない」

「は……、少しは調子が戻って来たみてーだな」


 無理矢理に笑みを繕おうとしていたのだろうが、途端にフェイの口角は下がり、苦しげに咳き込み始めた。真に代わって柄支はフェイの背中を支えると、目端を吊り上げて前に向き直った。


「沙也ちゃん。これは、あなたがやったの?」


 柄支の詰問に対して、沙也は何も答えなかった。地下で治療してから彼女が新たな傷を負ったようには見えず、一方的にフェイがやられたのは、目に見えて明らかだった。

 沙也の周囲の空気は熱気によって歪んだように揺らめいていて、表情が読み取り辛くなっている。自然と発せられる威圧に挫けまいと、柄支は瞳に力を込めた。


「答えてよ……っ!」

「――二度と顔を見せるなと言ったはずよ」


 静かに叩きつけるように告げられた地の底を這う声に、柄支はびくりと肩を震わせる。沙也が柄支を見向きもしないのは変わらなかったが、その存在は認めているみたいだった。


「おい、沙也……」

「馴れ馴れしく呼んでんじゃないわよ、浅霧真」


 見兼ねて口を挿もうとした真だったが、彼女の名を口にした瞬間に斬りつけるような眼光が飛ばされる。怒りの矛先を向けられた真は立ち上がり、柄支を庇うように一歩前に進み出た。

 ハナコも雰囲気を察知して、真の中へと姿を消して臨戦態勢となっている。


「なんだって、あんたがここにいるわけ? 妹はどうしたの?」

「翼は無事に助けることができたよ。如月は……清言が倒した」


 清言の名前に沙也の表情が僅かに動いたように見えたが、はっきりとは分からない。しばしの沈黙があり、やがて「良かったわね」と、沙也から平坦な声が返された。


「なら、もうこの島に用はないじゃない。それとも、自分だけ目的を叶えておいて、あたしを邪魔する気なわけ?」


 沙也の右腕がゆらりと持ち上がり、燃える霊気に覆われた太刀の切っ先が、真に向けて真っ直ぐに突き付けられる。

 猶予など与えない。即刻返答を聞かせろと、肌にひりつく熱を感じる。

 取り付く島もあったものではない。ここまで話の通じない相手だったかと、真は沙也の態度にある種の異常さを感じていた。

 だが、ここで怖気づくわけにはいかなかった。


「まあ、そうだな。俺たちは、お互いの目的を叶えるために一時的に手を結んだ。一方的に反故にするのは、フェアじゃない」

「だったら、全員連れてさっさと去りなさい。ここから先は、あたしの――」

「けどな! お前の目的は、嘘だったんだろうが」


 沙也の言葉を遮るように、真は言葉を被せた。


「お前は最初から、清言を捕える気はなかった。違うか?」

「……だったら、何? 裏切り者の始末に、捕えるのと、殺すのも大差はないじゃない」


 そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、太刀の先端が紅く燃える。もはや彼女は、己の行おうとしていることを隠そうともしていなかった。


「沙也ちゃん……」


 妹の口から吐き捨てられた心無い言葉に、柄支の顔が青くなる。真は彼女の悲愴な呟きを聞き、奥歯を噛み締めた。


「大有りに決まってんだろうが。そんな協力は無効だ。お前を清言の所に行かせるわけにはいかねえよ」

「……ムカつくわね。じゃあ、あんたは今からあたしの敵になるわけだ」


 揺らめく霊気の影から、緋色に染まった沙也の双眸が真を捉える。沸々と爆発寸前の怒りを抑えるのも限界だと、彼女の声は震えていた。


「待てよ。敵になるなんて言ってないだろ。ちょっとは落ち着いて話を聞けよ」

「止めとけ……浅霧真。何言ったって、聞きゃーしねーんだ。でなけりゃ、オレだってここまでボコボコにされてねーっつーの……」

「ちょっ、フェイくん。動かない方が良いよ……!」

「いーんだよ。アンタは下がってな。ここまで来れただけ、頑張った方だぜ」


 柄支の制止の声も聞かずに、フェイは覚束ない足でどうにか立ち上がっていた。ぐいと顎を上げて不敵な面構えで沙也を睨むと、真の隣にと並ぶ。


「虚勢張ってんじゃないわよ、フェイ。あんた、まだ懲りないの?」

「うるせーな。それよか、数はこっちが有利だぜ。どーすんだよ? やんのかよ?」

「……くだらないわね。これ以上、あんたたちに付き合っている暇はないわ!」


 突き付けられていた太刀が不意に揺らぐ。その刹那に沙也は突風の如くフェイに肉薄し、肘打ちにより彼を盛大に吹き飛ばしていた。


「……沙也ッ!」

「だから、気安く呼んでんじゃないわよッ!」


 続けざまに身体を半回転させる沙也の動きに、紅蓮の竜巻が追随する。その旋風に巻き込まれるようにして動きを硬直させた真へと、緋色の刃が下段より切り上げられた。


「――おぉッ!!」


 真は捩じ切れそうになる腕を押して、辛くも腰の木刀を抜き放って刃を受け止めた。しかし、視界は巻き起こる緋色の霊気に埋め尽くされ、押し切られる形で後退を余儀なくされる。


「おい……! こんなところで始める気かッ!」


 柄支も居るというのに、何を考えているのか。真はそう思いながらも迎撃のために霊気を高めようとする。

 しかし、視界が晴れたその先に、沙也の姿はとうになかった。咄嗟に周囲を警戒したが、彼女の気配自体が遠ざかっている。


「追え! 浅霧真! 行かせるな!」


 吹き飛ばされて地面に突っ伏していたフェイが叫ぶ。彼の口許は悔しげに歪み、焦げた土に爪を立てて起き上がろうとしているようだが、それもままならない様子だった。


「別にオレはアンタのことが好きでもねーし、味方になるつもりもねー! けど、今はアンタしかいねーから頼む! 沙也姉ちゃんを止めてくれ!」

「……ッ! ああ、分かってる!」

「浅霧くん! わたしは……!」

「アンタはここにいろ。気持ちは分かるが、足手まといにしかならねーよ」


 目まぐるしい状況についていけず、倒れたフェイと真を見比べながら狼狽える柄支を、フェイが制する。真は僅かに逡巡の素振りを見せたが、すぐに表情を引き締めて頷いた。


「すぐ戻ります。先輩! すいませんが、そいつをお願いします!」


 柄支の返事も聞かないまま言い残すと、真はもう振り返ることなく沙也を追うべく駆け出すのだった。





 沙也が去ったことで、広場を支配していた熱気は嘘のように拭い去られつつあった。重たい雨が我先にと地面へ飛び込んで行き、空気は急速に冷えていく。

 真を見送ったフェイは、もう自力で立つこともできなかった。気力を振り絞った最後のハッタリで、どうにか沙也を引かせることができたのは幸いと言えるだろう。

 柄支も巻き込んでしまうこの状況で、沙也も本気でぶつかり合うことを望んではいなかったはず。そう信じたかった。


「フェイくん、しっかりして!」


 そして、甲高い少女の声がガツンと耳から頭に響く。肩を揺すられて若干気持ち悪くなりながら、フェイは彼女の手首を掴んだ。


「大丈夫だっつーの。ちょっと休めば動けるようになる……」

「とてもそんな風には見えないよ! もう、どうしたらいいの!?」

「だから落ち着けって……それより、ちょっと起こしてくれよ。地面を舐めっぱなしなのもつれえからなー」


 泣きべそをかきそうになっている柄支の顔を見て、フェイは苦笑する。これから死ぬわけでもあるまいし、そんな顔をされては敵わない。


「う、うん。ちょっと待ってね……」


 冷静なフェイの対応に多少落ち着きを取り戻した柄支は、ゆっくりと彼を仰向けにする。それから背中を支えるようしながら、膝枕をする体勢をとった。


「ねえ……本当に大丈夫なの? 助けを呼んだ方がいいんじゃない?」

「助けってのは、浅霧真のお仲間か? 見たところ姉ちゃんと来たのはあいつだけだろ。施設に戻るにしても、結構な距離があるはずだぜ。オレを背負って戻る気かよ?」

「う……」

「余計なことは考えなくていーんだよ。まー、しばらく膝を借りとくぜ。それでいい」


 ボロボロの癖に口の減らない少年に、柄支は口をへの字に曲げるも、諦めたように吐息した。彼の言う通り、珊瑚や静に助けを求めようにも戻るに戻れないことは確かだった。

 何より、沙也に追いついたというのに引き返してしまっては、ここまで彼女を足止めしてくれたフェイの頑張りも無駄になってしまう。

 柄支は泥で汚れた彼の額を、そっと撫でた。自分が頼んで、皆の協力でここまで来たのだ。自分勝手な真似は、できない。


「沙也ちゃんは……、やっぱり強いんだね」

「その言い方だと、オレが弱いみたいで気に入らねーな……。けど、言い訳じゃねーが、今の沙也姉ちゃんの強さはちょっと異常だぜ。とても、オッサンに散々やられた後とは思えねーくらいにな」

「それって、どういうこと?」

「オレが知りてーくらいだよ。理由は分かんねーが、オレの知ってる沙也姉ちゃんの強さじゃねーんだ。癪だがよ、もう浅霧真に賭けるしかないな。ふんじばってでもしなけりゃ、話し合いにもならねーよ」


 何もフェイは無為無策で沙也を追ったわけではなかった。単純な戦闘力の意味において、沙也のフェイよりも上ではあったが、彼女は清言との戦いで傷を負い、力の大部分を消耗していると予想された。

 地下道で不意をつかれて負傷したとはいえ、それを差し引いても自分に勝ちの目はある。少なくともフェイはそう判断していたのである。

 だが、結果は惨憺さんたんたるものだった。沙也の霊気は彼女の感情に呼応するようにその苛烈さを増していた。どうにか食らいつきはしたが、真たちの到着がもう少し遅れていれば、どうなっていたことか。


「ま、分かんねーことを、ぐだぐだ考えててもしょーがねー」


 理屈は不明で、沙也が意識しているのかさえも分からないが、彼女は失ったはずの霊気を補填している。しかし、負けて地に伏した自分が考えてもどうしようもない。

 ならば、今できることをやるだけだ。フェイはそう決意して、彼を見下ろす柄支を真剣に見詰めた。


「姉ちゃん。今のうちに、話をしようか」

「え? 何のこと?」

「沙也姉ちゃんと、オッサンの話だよ。約束だし、地下じゃ話しそびれたからな」

「あ……」


 そのときの柄支の瞳の震えを、フェイは見逃さなかった。不安、恐れ、それに付随する様々な感情がないまぜになったような色。目は口程に物を言うとは、本当なのだなと実感する。


「その様子じゃ、もしかして他の奴から何か聞いたかよ?」

「う、うん。ごめん。浅霧くんが、叔父さんの口から聞いたって……」

「別に謝るこたーねーよ。しっかし、なるほど……オッサンの口からか」


 フェイは何処か遠くを見つめるようにして、柄支から視線を外した。その表情の変化に柄支が首を傾げていると、彼は誤魔化すような笑みを浮かべて改めて彼女を見た。


わりぃな。言い出しといてなんだけど、姉ちゃんが聞いた話を先に聞かせてくれねーか?」

「え……うん。それは、いいけど」


 のんびり話をしている場合でもないという思いが柄支にはあったが、フェイの言葉から、それが必要なことなのだと強い響きを感じた。彼の眼差しに背中を押されるようにして、彼女は真から聞いた叔父の話を、たどたどしくはあったが、ゆっくりと語った。


「――っ。やっぱり、そういうことかよ」


 そうして、聞き終えたフェイが漏らした感想は、そんな呟きだった。


「……何か、分かったの?」

「ああ。その話あ嘘じゃねー。沙也姉ちゃんがオッサンに復讐しようってのも、その事実が発端だろうさ。でも、オレの知ってることとは少し違う」


 覗き込むようにして訊ねて来る柄支から、フェイは顔を背けた。実に忌々しそうに、何かを堪えるように唇を噛み締めている。


「これからする話は、オレがオッサン側についた時点で、墓まで持ってくつもりだった。レイナなんかはそのクチだ。けどよ……、オレは我慢ならなかった」

「我慢……?」

「言っただろ。清言のオッサンと沙也姉ちゃんが殺し合う、今の対立の在り方だ。正直、オレはオッサンを裏切りたくはねーけど、沙也姉ちゃんをこのままにもしておきたくねー。自分でもどっちつかずってのは分かってるし、実際どうなって欲しいのかも、オレには分かんねーんだ」

「……でも、止めたいんだよね? そう、言ってくれたよね」


 柄支はごくりと唾を呑む。まだ話を聞いていない以上、この少年の懊悩を理解することはできないが、この戦いを止めたいという気持ちだけは同じだった。


「聞かせて。君の知っていることを」

「ああ、そうだな。アンタには、聞く権利があると思うから言うぜ」


 柄支の聞く覚悟を見て取ったフェイは、自らの呼吸を整える。


「清言のオッサンが望んでることは、殺し合いでもなんでもない。ただ、自分が死ぬことだけだ」


 そして、彼の知る真実が、白い息と共に吐き出された。


「オッサンは、沙也姉ちゃんの手で殺されることを望んでる」

「それって……どういう……ッ!」


 訊ねようとしたその瞬間、鼓動が鋭く跳ね上がった気がして、柄支は思わず胸の中心に爪を立てた。不意に息苦しくなり、ドクドクと、やたらと煩い音が耳朶を打つ。


「おい! どうしたよ!?」

「わ、わかんない……急に、胸が……苦しい……」


 その先を続けられずに、柄支は力なく上体を折り曲げるようにしてフェイの胸に倒れ込んだ。突然の異変に、フェイも彼女の両肩を掴んで呼び掛ける。


「おいって! っくそ! どうなってんだよ! ちくしょうがッ!」


 心の中で申し訳ないと思うが、少年の声も自身の心音に上書きされて遠くにある。柄支は喘ぐように酸素を求めながら、霞みそうになる意識を懸命に繋ぎ止めようとした。

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