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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第五部 遠き背中
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26 「追跡」

 無人島の北部、広がる森林を進んだ更に奥地に、うらぶれた教会があった。

 くすんだ赤レンガの壁は所々が朽ちかけており、屋根の頂上に掲げられていたはずの十字架は根元から折れている。アーチ状の入口の闇は深く、建物の隣に墓地もあることから、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。


「ふむ、如月の爺さんめ。こないな場所をよぉも隠しおおせたもんじゃなぁ」


 その建物を雨に目を細めながら見上げつつ、封魔省副長の紺乃剛が感嘆の声を漏らす。浅霧静との戦いの後、彼は()()()()を探すべく動いていた。

 如月に協力するにあたり、この島の全域はとっくに探索していたはずであった。しかし、こんな教会を発見するには至っていなかった。

 まったくの初見である。

 それはすなわち、如月が認識を逸らす類の結界でも張って隠していた。そして、彼の力の影響がなくなったことで、紺乃にも辿り着けるようになったということだった。


「あっけのぉやられおったみたいじゃな。ま、儂には関係のないことよ」


 静と一戦交えたことで義理は果たした。紺乃にとってはその後、如月がどうなろうが知ったことではない。そもそも、上からの命令で動いている彼にとって、最初から如月を助ける義務などないのだった。

 伸び放題で背の高くなった雑草を踏み分けて、紺乃は教会へと足を踏み入れる。腐りかけた木戸を軋ませながら押し開くと、まず正面奥にある円形のステンドグラスが視界に飛び込んできた。

 あいにくの天候のため鮮やかとは言えないが、灰色の薄明かりが微かに内部を照らしている。その場ですぐに足を止めた紺乃は、鴉色の髪の奥の目を細めて、辺りを注意深く観察した。


 そして、横長の木椅子の並ぶ奥、ステンドグラスの下に設けられた小さな祭壇の前に座り込む影を見つけた。


 神の御前で祈りを捧げるでもなく、軍刀を己の身に立て掛けて、深く目を閉じている壮年の男だ。最初から紺乃の気配に気付いていたのだろう。視線を受けた彼――芳月清言は目を開けると、緩慢な動作で顔を上げた。


「よぉ。なんぞ、派手にやられたようじゃな」


 清言の存在を意外とも思わず、気軽な調子で紺乃は声をかけて足を進める。彼もまた、教会の中に先客がいることはとっくに知っていたのだった。


「……止まれ。貴様の戯言に付き合っている暇はない」


 紺乃が半ばまで距離を詰めたところで、清言は瞳を絞るように細めて睨みを効かせた。座ったままであるが、軍刀の鍔に手を添えた彼の気は、いつでも斬りかかれると威圧している。


「相変わらず愛想のない男じゃのぉ。あんたと争う気はないから安心せぃ」


 素直に立ち止まった紺乃が、肩を竦めて苦笑する。しかし、それでも清言は威嚇の眼差しを向け続けた。紺乃の言うことなど、一切信用していないといった風である。


「ちょいと探しものがあってな。多分、此処しかないと思うんじゃが、心当たりはないかのぉ。あんたも、気にはなったから来とるじゃないんか?」

「私の後をつけていたのか、貴様」

「くく、浅霧の坊主も多少の芽が出て来たようじゃなぁ。それで、どうなんじゃ? 此処で何か見つけんかったか?」

「……勝手に調べるがいい。そして、さっさと去れ。だが、私も貴様も一足遅かったようだぞ」

「ほぉ……? そんなら、遠慮なく」


 互いに一方通行の会話であったが、意味は通じていた。瞳を閉じて沈黙する清言に目を眇めて、紺乃は軽い足取りで前に進む。


「しかし、遅かったと言うのじゃったら、あんたは此処でのんびり休憩しとるんは何故じゃ? 誰か待ち人でもおるんかいのぉ?」


 清言の横を素通りする際に水を向ける紺乃であったが、清言は沈黙を貫いて反応一つも寄越さない。それすらも愉快そうに紺乃は口端を持ち上げて、その先にある祭壇に続く短い階段を上った。

 それを紺乃は祭壇だと思ったが、別段それらしい装飾が施されているわけでもなく、簡素な白い台座が一つあるだけだ。高さは彼の腰の高さほどのもの。幅は二メートル弱で成人一人分と言ったところだ。教会という場所と、ステンドグラスから漏れる光を受けて静謐な空気を漂わせる様に、一種の神秘性を感じたからそう印象付けられたと言うだけのことである。


「生贄は、捧げられたとでも言ったところかのぉ?」


 年月の経過に伴い荒れ果てた教会内部にそぐわず、台座には不自然なまでに塵一つ積もっていない。明らかに人の手によって清められている。

 それは、最近になってこの祭壇が使用されたということを、如実に物語っていた。

 紺乃は首を振り向かせて清言を一瞥する。先の彼の口ぶりからすれば、もぬけの殻となった祭壇にあったものを彼が見たというわけではないのだろう。


「一足遅い……か。じゃが、如月はあんたが既に始末した。そんなら、誰が後片付けをしたんじゃろうなぁ」


 独り言のように呟きながら、紺乃が祭壇に手を添える。微かに冷えた空気を指先に感じ、彼は興味深そうに笑みを深めるのだった。





「浅霧くん、あっちだよ!」


 背中に密着した柄支の声が飛び、真は指し示された方向へと進路を取った。彼女を振り落としてしまわないギリギリを見極めた上で、森の中を突っ切って行く。


「ねえ、本当に合ってる!?」


 そして、今しがた指示を出した張本人であるはずの柄支が、真の肩にしがみ付きながら自身の言葉を疑うようなことを訊ねていた。


「大丈夫です。先輩は、自分の感覚を信じてください」


 真は前だけを見据えて答えると、ぐんぐんと向かい風に逆らいながら前に進む。目の感覚を研ぎ澄ませれば、微かに空気が色づいたような、靄らしきものが彼には見えていた。

 行く先の地面、木の枝のなどに道標のように点々と刻まれたそれは、霊気の残滓だ。


 沙也を追ったというフェイの向かった方へと進む真たちであったが、当然のことながら追跡は困難となっていた。そんな中、声を上げたのが柄支だったのである。

 彼女が言うには、「何となく、こっちに沙也ちゃんがいる気がする」とのことだった。単なる勘で、感覚に頼る不確かな情報と思われたのだが、それが当たりだった。


 言われたままに進んでみると、真は現在追い掛けている霊気の残滓を見つけたのである。沙也が自らこのような足跡を残すはずもない。だとすれば、消去法的に考えてフェイが残したに違いなかった。

 その行為がどこまで見越してのことかは不明だが、少なくともあの白髪はくはつの少年は、真たちが追って来ることに対する保険をかけていたということだ。

 怪我を負った彼は、一人で沙也を止められるとまでは思っていないということかもしれない。もしそうであるならば、急がねばならなかった。


「……あのさ、浅霧くん」

「はい、どうかしました?」

「こんな時に……なんだけど、君が叔父さんから聞いた話ってさ、その……本当だと思う?」


 不意に囁かれた問い掛けに、真は走りながら顔を一瞬振り向かせる。柄支の目は強気に瞬いてはいたが、その奥に揺れる不安を読み取ることは容易だった。


「少なくとも、あいつの力は本物でした。教団に関わっていたって言うのは、嘘じゃないんだと思います」

「そう、だよね。ごめんね、君の話を疑うわけじゃないんだけど……。わたしって、子供の頃の記憶が曖昧だから。両親のこともよく覚えてなくて」

「無理もないですよ。俺の方こそ、嫌な話を聞かせてしまいましたね。すいません」

「ううん! 謝らないで。ちゃんと話してくれて、感謝してるんだから」


 叔父と父親の教団との関わりを真の口から聞いて、柄支に動揺がないはずはなかった。何も知らない子供に罪はないとは言うものの、どうしたって心に重石が積み上がるのは否応ない。

 柄支は必至に事実を受け止めようとしているが、まだ完全に気持ちが追い付いていないのだった。それが、不安となって言葉や仕草から微かに滲み出ている。


「だから、ちゃんと沙也ちゃんと叔父さんからも話を聞きたいんだ。もう、隠し事は嫌だからね」

「……ええ。真実を明らかにできれば良いですね」


 真も一度、沙也からも話を聞き出したいとは思っていた。この島に来る前の話し合いにおいて、彼女の目的は裏切り者の清言を捕えることとしていたが、柄支から聞いた話を総合すると、そこには嘘も含まれていたことになる。

 殺し合い――清言に固執する沙也の原動力となっているものは、おそらく私怨。真が聞いた清言が犯した過去の罪状を、彼女も知っているのだろう。



 ……何をやってんだよ、あいつは。



 沙也の行動を思うと、真は腹の底に湧き立つ苛立たしい気持ちを感じずにはいられなかった。

 真に沙也を止める権利などないし、事情だって全て詳らかになったわけではない。ただ、やはり彼女の考え方が正しいとは思えなかった。

 本当に守りたいと思うのなら突き放したりせずに、何が何でも諦めてはいけないのだ。柄支の覚悟を見てしまったからには、例え自分が部外者で独善的であろうとも、真は沙也に一言文句を言わなければ気が済まない。


「真さん!」

「どうした!? ハナコ!」


 と、上空から聞こえる相棒の声に、真は顔を上げて答える。ずっと真と同じ速度で飛翔を続けていたハナコは、彼と並走する形で地上へと下りて来た。


「今進んでいる方向のずっと先に、建物があります!」

「建物……? 間違いないのか?」

「はい。森の中に隠れているみたいでしたけど、赤い屋根が見えましたから!」

「浅霧くん、行ってみよう! 多分、その方向に沙也ちゃんもいると思う!」


 真は霊気の残滓を見つめて、ハナコと柄支の言葉を吟味する。まだ道標は前へと続いており、このまま進めばその建物に行き当たると思われた。


「分かりました。このまま前進を続けます。ハナコは建物を見失わないようにしてくれ!」

「任せてください!」


 返事をしたハナコは、再び持ち場へと戻るべく浮上する。真の肩を掴む柄支の力も、自然と強まっていた。


「……先輩、大丈夫ですよ。必ず追い付きます」

「うん、分かってる。わたしは平気だから、もっと急いでくれていいよ」

「そうですか? それじゃ、遠慮なく行きますよ!」


 真の横顔が軽く笑う。励まされた気がした柄支は、彼の背中に額を押し付けるように姿勢を低くした。

 進むにつれて、霊気の残滓の色は濃くなっていった。確実に距離を詰めている手応えを感じながら、真が疾走し続ける。


 そして、高い繁みを一つ勢いよく飛び越えたところで、不意に視界が開けた。その瞬間であった――


「――ッ! 先輩伏せて!!」

「え!?」


 突如として眼前に紅蓮の閃光が迸り、視覚、聴覚を劈く爆音が轟く。それは真たちを狙ったものではなかったものの、嵐のような暴風に巻き込まれた真は飛び越えたはずの繁みの中へと押し戻されるようにして倒れ込んだ。


「大丈夫ですか!?」


 その光景を目の当たりにしたハナコが、泡を食って地上へと降りて来る。真は片手を上げて「大丈夫だ」と立ち上がると、同じく繁みに埋もれた柄支の手を掴んで引っ張り上げた。


「先輩、落としてすいません。平気ですか?」

「う、うん。それよりも、何があったの?」


 ずれた眼鏡を直しながら、柄支は真の背中越しに前を見ようと身を乗り出す。真も事態を把握するべく向き直り――息を呑んだ。

 繁みを越えた先は広場のようになっていた。だが、それは自然にできたものではなく、焼き払われていたのである。

 焦土に降り注ぐ雨粒は蒸発し、白い煙を上げていた。熱気が濡れた肌をじっとりと撫でつけ、全身を不快にさせる。


「沙也ちゃん! フェイくん!」


 真がその広場で対峙する二人の姿を見たと同時に、柄支の悲痛な叫びが響いていた。

 満身創痍の様相で地面に仰向けに倒れ、声に気付いて僅かな視線を寄越す白髪の少年。

 そして、彼を迎え撃ったのであろう。右手に燃え盛る太刀を携えた、何者も寄せ付けぬ鋭利な気を纏った少女が、そこに居た。

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