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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第五部 遠き背中
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21 「凶刃」

「真さん! 遅いですよ!」


 ハナコが泣き笑いのような表情で、到着した待ち人へと軽口を叩く。

 自分と同じ青白い霊気をその身に纏う姿は、見間違えようはずもない。翼を抱え込んでいた真は顔を上げて、相棒の無事な姿を見つめて苦笑を返した。


「あのなぁ……遅くなったのは事実だが、もとはといえばお前が一人で突っ走ったからだろうが。無茶をするのも大概にしろよ」

「な、なんですかその言い方! 仕方ないじゃないですか。でないと、翼さんが無事じゃなかったかもしれないんですよ」

「それでお前まで危なくなってたら世話ないって話だ。間に合ったからいいものの、文句も言えなくなってからじゃ遅いんだよ」

「それは……そうですけど」


 笑みを引いた真が、表情を真剣なものへと変える。ハナコは真摯な彼の眼差しを受けて返答に窮し、視線を逸らした。

 無茶をしでかしたことくらいは自覚しているが、彼の言い分は承服しかねる。こんなときくらい、お小言はなしにしてもらいたいと、少しばかり気持ちが沈んだ。


「……ちゃ、ん。悪く、ないよ」

「翼?」


 ジャケットの胸元をかよわく引っ張られて、真は視線を落とす。すると、兄を見上げた翼がぷるぷると首を横に振り、何事かを訴えていた。


「お姉ちゃんは……悪く、ない」


 つっかえながら、翼は掠れた声で懸命に言葉を紡いでいた。真とハナコは彼女の意思表示に目を丸くし、思わず互いの顔を見合わせる。


「……心配させてごめんな。でも、これは喧嘩じゃなから大丈夫だ」


 落ち着かせるように翼の頭を撫でつつ、真は表情を柔らかくした。翼は本当かと問いたげに、ハナコにも振り返って視線を送る。それを受けて、ハナコも微笑んで頷いた。


「大丈夫ですよ。ちょっと真さんは、素直じゃないだけですから」

「おい、なんだその言い方は」

「別にぃ、です。心配なら心配だと、そう言ってくれればいいだけだなんて、これっぽっちも思ってませんよ」


 真は言い返そうと口を開きかけたが、真下からじっと窺う幼い視線を感じて言葉を呑む。勝ち誇ったようなハナコのにやついた顔が気に食わなかったが、これ以上は不毛とだと判断して深々と息を吐いた。


「何にせよ、話はこの場を切り抜けてからだな」

「はい、そうですね」


 気を取り直して言う真に、ハナコも表情を引き締める。真は翼を抱いていた手を放して膝をつき、視線の高さを合わせる。そしてジャケットを脱ぎ、翼へと被せた。


「これを着ていろ。寒いだろう」


 部屋の天井が崩れたことで、雨と共に寒気が容赦なく吹き込んできていた。薄い病院着だけで凌ぐには無理がある。ぶかぶかではあるが、翼はジャケットの袖に腕を通し、襟元を掻き寄せるように自分の肩を抱くと顔をうずめるようにして頷いた。


「もう少しの間、我慢していてくれ。すぐに終わらせる」


 最後に翼の肩に手を添えて目を合わせてから、真は立ち上がって背を向けた。翼が名残惜しそうに離れていく兄の背中を見ていると、その兄の隣に並び立つ少女が、振り向いて自信に満ちた微笑を浮かべた。

 心には温かな風が吹き、不安を微塵も残さず拭い去って行く。翼は安堵に心と身を休め、二人の背中を見送った。




「痴話喧嘩はもう終わりか? 気の済むまで続けといてもらっても良かったんだぜ」


 そして、真とハナコが向き直った先――吹き飛んだ壁際で立ち上がった如月が、肩を鳴らしながら二人に目を向けていた。その様子に、真は手にした木刀を握る力を強める。奇襲による手応えはあったはずだが、さして効いてはいなかったらしい。


「まったく、不意打ちとはやってくれるじゃねえか。というより……よくこの部屋の位置が分かったな?」

「ハナコが霊気を高めてくれたおかげだ。あれだけ派手に打ち上げたんだから、気付かない方がおかしいだろ」


 ちらと真はハナコに横目を向けて言った。珊瑚と別れてハナコとの繋がりを頼りに林の中を駆けていた彼は、急激に高まる霊気を感じ取ったのである。それは見た目にもはっきりと分かり、あとはそこを目指せば良いだけのことだった。


「ただ、天井をぶち破るほどだとは思ってなかったけどな」

「もう! 一言余計ですよっ」

「というか、お前も途中から俺が近づいていることは分かってたんだろ。無茶な霊気のぶつけ合いまでしやがって」

「ええ、まあ。そうですけど」


 真がハナコの居場所を感じ取っていたように、ハナコも接近する彼の存在を見抜いていた。如月と霊気をぶつけ合ったのも、如月の気を逸らすことと、真の気配を覆い隠す意味も含まれていたのだった。全てが計算されていたというわけではないが、互いの姿が見えない中、上々の連携だったと言えるだろう。


「なるほど、まんまと乗せられたってわけか」

「他の皆も、じきに駆けつけるはずだ。もう、あんたに逃げ場はないぞ」

「だったらなんだ? 大人しく白旗を挙げて投降しろってか?」


 厳しい目つきで睨み据える真に、如月は片頬を持ち上げる。彼はこの状況に対して、毛ほども危機感らしきものを抱いている風ではなかった。


「脅しにしちゃあ上手くねえ。真、お前は戦線から離れて一人でここまで来たんだろ。だったら、戦いの状況がどうなっているのかも知らねえはずだ。ハナコの霊気が狼煙になったのは確かだろうが、誰が来るかまでは分からねえ。違うか?」

「……全員、簡単に負けるような面子じゃないことは、あんただって承知してるだろ。それに、勘違いするなよ。投降しないってんなら、この場であんたを倒すだけだ」


 如月に木刀の切っ先を突き付けて、真が宣告する。その意志は隣のハナコにも伝わり、彼女は黙って彼の中へと入り姿を消した。ハナコと一体となったことで真の放つ霊気の色は濃く鮮やかに、力強いものへと変質する。


「望むところだと言いてえが……勘弁してもらいたいもんだな」


 真の士気に対して如月は笑みこそ崩しはしなかったが、意外にも吐かれた言葉は交戦を否定するものだった。真は目を眇め、訝るように如月をめつける。


「門を開けて、ハナコの相手までしたからな。身体にけっこうきてんだよ。この上、元気溌剌なお前とタイマンを張れる程、俺も若くはねえんだ」

「だったらどうする気だ。これ以上、お前の口八丁に付き合うつもりはないぞ」


 これみよがしに如月は肩を竦めて見せるが、態度からして素直に降参したというわけでもなさそうである。何を考えているのか真は計り兼ねたが、彼が度重なる力の行使によって疲弊していることは確からしい。

 そして、真が油断なく構えを取り、如月との間合いを詰めるべくにじり寄ろうとした、そのときだった。


「ああ。もうその必要はねえよ」


 雨に紛れるようにして閃く気配を察知し、真は頭上を振り仰ぐと同時に後ろへ飛びずさった。真と如月の間に割って入るように、鋭い風切り音と共に床に何かが着弾する。


「翼! 伏せろ!」


 それは柄のない鈍色の刃であった、それも一つや二つではない。驟雨しゅううのごとく流れ込む刃の群れは床に、あるいは既に突き立った刃と衝突する度に激しい光を煌めかせ、爆炎を撒き散らした。

 真は翼を射線上に入れぬよう立ち塞がり、防御の壁を広範囲に展開する。時間にして一分にも満たなかったであろうが、彼は視界と耳を潰されそうになりなりながら、気の遠くなる思いでその恐るべき数の暴力を耐え凌いだ。


「翼、大丈夫か!?」


 襲撃が止んだと見て、真は床に伏せた翼に駆け寄る。舞い上がる砂塵に苦しそうに咳き込んではいたが、怪我はない。


「お前は……!」


 そして、安堵の息を吐く暇もなく襲撃者を振り返る。こんな芸当ができる人物に心当たりは一人しかいない。その者は既に屋上から階下へと濃紺の外套を靡かせ飛び降り、無残に荒らされた床に長靴ちょうかを鳴らしていた。


「清言か。良いタイミングだったぜ。姪はどうした?」

「私がここに参じたことが答えだ。存外に押されているようだな」


 如月の様子を一瞥した芳月清言が口を開く。その冷ややかな視線が気に食わなかったのか、如月は眉間に縦皺を刻んでいた。


「そりゃ、お前が自分とこの部下の手綱を握ってなかったせいもあるだろうが。おかげでその分はこっちがおっ被ってんだからよ」

「それはフェイのことか? 離反されたのは痛手には違いないが、支障をきたすほどでもないと思っていたのだがな」

「ち……、まあいい。穴の空いた分は、きっちり役目を果たしてくれりゃあ文句はねえよ」

「……だそうだ。少年、当てが外れたか?」


 会話を打ち切るようにして、清言が真の方へと向き直る。彼の下ろした右手には抜き身の軍刀が携えられており、問う言葉からは戦意を確かめるような響きがあった。

 真は突如として現れた闖入者に乱されかけた気持ちを鎮める。数が増えようが関係ない。どのような状況に陥ろうとも、成すべきことは変わらないのだ。


「関係あるかよ。あんたも立ちはだかるっていうなら、乗り越えるだけだ。これで二対二だろ。数が合って丁度いいってもんだ」


 如月と清言の会話の端々から、珊瑚の予想が大凡のところで当たっていたことにも思い至っていた。清言がこの場にいる意味――沙也のことが一瞬脳裡を過る。直接目の前の男に問い質したくはあったが、今の会話から素直に回答が得られるとも思えない。

 心配は後からいくらでもできる。真は気持ちを抑え、翼に被害が及ばぬよう再び立ち位置を変えて二人の敵と睨み合った。


「勇ましいな。だが一つ見誤っていることがあるぞ、少年」

「何だと?」


 ふと、清言が口元に緩やかな弧を描く。そこからの流れるような彼の動作に、真は完全に虚を衝かれていた。


「二対二という勘定は、間違っている」


 身体を反転させた清言は、背後に控えていた如月との間合いを一足の内に無にしていた。右半身を押し付けるような体勢で、清言は一気に如月の身体を壁際にまで追い詰める。ドン、と鈍い衝撃音と同時に壁に亀裂が走っていた。


「が……!? て、めえ……」


 足を浮かせて壁に磔にされた如月が、血走った目を清言に向けている。風圧に舞い上がっていた清言の外套がゆっくりと下がる。

 真の視界には、如月の胸の中心を貫く軍刀が映っていた。一体何が起きたのか理解できずに、彼はただその光景に目を瞠っていた。


「自分の命が、惜しくねえのかよ……」


 如月の言葉を意に介さずに、清言は表情を変えずに軍刀の柄を更に一押しする。如月が喉を詰まらせたようなくぐもった声を発したかと思うと、彼は口から大量の血を吐き出していた。


「目的は成したのだろう。ならば、貴様はここで果てろ」


 清言は如月から右半身を離し、そのまま突き立てていた軍刀を引き抜いた。鮮血が散り、如月の白衣を見る間に赤く染め上げる。ずるりと床に崩れ落ちた彼の肉体は自らの血溜まりへと沈み、瞳からは光が失われていた。

 雷鳴が轟き、血に染まる軍刀に銀が映える。雨に打たれる清言の背中は、鬼気を纏い陽炎のように揺れていた。

 虚空を一薙ぎして刃から払われた血が白い床を汚し、その上からぽたぽたと雨が降り注ぐ音だけが響いている。


「何を……してるんだ! 殺したのか!?」


 真はやっとのことで意識が現実に追いつき、怒鳴り立てていた。しかし、彼とは異なりまるで慌てる様子もなく、静かに清言は振り向く。「何か問題があるのか」と言いたげな冷たい視線に、真は喉を引きつらせた。


「見ての通りだよ。この男のしてきたことを考えれば、一息に始末したのはまだ慈悲がある方がと思うが?」

「そういうことを訊いてるんじゃねえ!」

「では、何だ? よもや獲物を横取りされて、怒りを覚えているわけでもあるまい」

「当たり前だ……! けど、殺す必要はなかっただろうが! まだこいつには、訊かなきゃならないことが山ほどあったんだぞ!」

「そうか。だが、君と君の家族とこの男の因縁については、私には興味のない話だ」


 そして、その視線の中に込められた殺意が、自分たちにも向けられていることを真は知る。


「次は君たちだ。そこの娘共々、始末させてもらう」

「な……、待てよ。何でそうなる? あんたはどっちの味方なんだよ!?」


 如月を刺したことからして、清言が本当の意味で如月に与していなかったということまでは分かる。だが、そこから真、ましてや何の罪もない翼にまで狙いを定めるとはどういうことなのか。

 今にも目の前で凶刃を構えようとする男の行動が理解し切れない。真の問い掛けに、しかし清言は確たる意志を瞳に宿して言い返すのみだった。


「私は誰の味方でもない。私は、私の目的のためだけに行動している。つまらん話だが……復讐なのだよ、これは」

「――真さん! 構えて!」


 ハナコの注意が耳に飛び込んで来た瞬間、清言の姿が視界から消え失せる。突風のごとき俊足から繰り出された刺突を、真は紙一重のところで身体を横に半回転させて回避した。


「なるほど、反応速度も以前より上がっているな」

「――! この野郎ッ!」


 真は回避と同時に、前傾姿勢となった清言の背中へと回り込む。応戦しなければやられる。去来する疑問の群れは彼の思考から一時追い出され、強化を施した木刀を全力で振るった。

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