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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第五部 遠き背中
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09 「異界の門 2」

 視界をつんざく閃光を視認したとほぼ同時に、真は右方向へと転がるように跳び跳ねた。

 茂みに飛び込む寸前に、先行していた珊瑚に腕を力強く引っ張られる。間一髪で彼の背中を僅か数センチのところを掠めた閃光は、金切り声を上げて地面を抉り取っていた。


「くそ……きりが無い!」


 前のめりに倒れそうなところを何とか踏ん張って体勢を立て直した真は、苛立ち交じりに言葉を吐く。この場に転移させられてから敵はその姿を現さず、一方的な射撃の的にでもされたような気分だった。


 真と珊瑚が転送されたのは、島の森林が色を濃くする場所だった。地の利は敵にあり、今もこうして光の矢とでも言うべきか、霊気による攻撃を続けられている。今の射撃が何発目にあたるのかも、数えるのはとっくに諦めていた。

 敵は気配を殺しながら移動しているようで、あらゆる方向から閃光が飛んでくる。その瞬間に相手の位置のおおよそは掴めるのだが、こちらが移動する前に敵は気配を消してしまう。そんな鬼ごっこのようなやり取りが続いていた。

 身を隠せるのは真たちも同じなのだが、射撃の向きからして敵は木々の上の位置を押さえている。そして、高みから真たちの動きをつぶさに観察しているのだろう。


「確かに、このままではまずいですね。何とか手を打つ必要がありそうです」


 体勢を低くして周囲に目を光らせる珊瑚が、真の呟きに肯定の意を示す。このまま的になり続けるつもりなど毛頭なく、今も彼女の頭は戦況を分析するため目まぐるしく回転し続けていた。

 それは真も同じで、どうやって状況を打開すべきか思考を必死で巡らそうとしていた。無い知恵でも絞り出さねば、ただの足手まといになる。そんなのは死んでも御免だった。


(――真さん!)

「――!?」


 とは思いながらも、考えあぐねている真の頭の中に声が響いたのはそのときだった。彼は目を見開き、首を巡らす。しかし、声の主の姿は見えなかった。


「ハナコか!? 今どこにいる!?」

(あ……! よかったです、聞こえてくれて……)


 思わず声を発する真に、しっかりと応答が返される。幻聴ではなく、この声はハナコのもので間違いないようだった。唐突な様子の変化に向き直る珊瑚に、彼は咄嗟に口を閉じて目配せをし、短く頷く。

 真が苛立っていた理由の一つは、ハナコとはぐれてしまったからだった。島の入口で強制的に転移させられたとき、ハナコは霊体として外に出ていたためである。真の中に入っていればこんなことにはならなかったのだろうが、もはやそれを言ってもどうにもならない。


(えっとですね……わたしは、今……建物の中です。一面真っ白で……たぶん、島にあるっていう施設なんじゃないでしょうか)

「本当か……?」


 ハナコの声を聞く限り、特に切羽詰まった感じもしなかったため真は一瞬安堵する。しかし、すぐに表情を引き締め直して、珊瑚にも状況が伝わるように小さく話し始めた。


「その施設に、敵はいないのか?」

(わかりません。わたしも、さっき気が付いたばかりで……でも、静かですね。今のところ、人の気配は感じません)

「真さん、ハナコさんに今すぐそこから逃げるように伝えてください。危険です」


 真の言葉と様子を見て大体の状況を察した珊瑚が、諌めるように言った。


「こうして敵の待ち受ける場所へと、私たちは意図的に転移させられたのです。ハナコさんがその施設に送られたのも、偶然とは考えにくいでしょう。まだ誰とも遭遇していないのなら、早く逃げるべきです」


 珊瑚の言うことはもっともだった。敵はかなりの精度をもって自分たちを分断した。ならば、ハナコを単独で移動させたのにも何らかの意図があるはず。

 戦闘能力のないハナコを切り離す意味は何か。真は自分への霊気の供給を一時的に遮断することで戦力を低下させるためかとも思ったが、こうして会話ができており、魂の繋がり自体には問題がない。現時点では見えないが、何にせよ彼女を一人にさせるのはとにかく危険であることには違いないだろう。


「――そういうわけだ。ハナコ、そこから戻って来れそうか?」


 魂の繋がりを辿れば、互いの位置はある程度掴める。確かに今、真は森林の深奥を抜けた更に先に、ハナコの気配を感じていた。


(……いえ、真さん。逆に考えると、これってチャンスですよね? わたしはここに残って、翼さんを捜します!)

「な……ちょっと待て! そんなこと認められるか!」


 真は声を荒げる。しかし、ハナコはそれに怯むことなく、頑なな気配を返して来た。


(この建物の中に、翼さんがいるはずなんですよね。だったら、わたしだけ逃げるなんてできません)

「そうは言ってもだな……」


 ハナコの言うことも分かる。真とて彼女の立場なら同じことを言っているだろう。しかし、翼の身の安全とハナコを比べることなど、彼にはできなかった。


(大丈夫ですよ。わたしも静さんに多少なりとも鍛えられましたし、自分の身を守るくらいはできるつもりです)


 そんな逡巡はハナコにも伝わってしまっているのだろう。くすり、と微かに笑む声を真は聞いた。


(それに……、気付いていますか? 前ならこんな風に会話なんて、気軽にできなかったと思うんですよ)


 真は言われてみて、そう言えばと遅まきながら気が付いた。真の中にいるならいざしらず、遠く離れている状態で思念のようなもので会話ができていることが不自然だった。

 あまりにも自然に声が聞こえたために、前からこうだったのではないかと思うくらいであるが、そうではない。聞こえたから応じたくらいの感覚だが、結構なことをやっているのではないか。


(これって多分、わたしたちの結びつきが強くなったってことなんじゃないでしょうか。以前の会談のときも、同じようなことをしましたよね)

「ああ……そういえば、そうか。あれは、そもそも距離が近かったこともあったんだろうが……」


 それはおそらく、心の中の対話でハナコの中の力が一つにまとまろうとしていることも影響しているのだろう。彼女の力の強まり具合が、そのまま真との魂の繋がりの強度にも一役買っているということだ。


(離れていても、真さんがそばにいてくれる感じがします。だから、大丈夫。へっちゃらですよ)


 はにかむようなハナコの台詞に、真は何と返せば良いのか分からなくなる。そうして、突発的に湧いた頬の熱を払うようにかぶりを振っていると、彼女はもう話を終わらせようとしていた。


(とにかく、何か分かればまたお知らせしますから。真さんもどうかお気を付けて!)

「――あ! おい! くそ! あのバカ……!」


 慌てて真は呼び掛けるが、ハナコの声はまるで通話でも切ったみたいに聞こえなくなっていた。堪らず悪態をつくがそれでどうにかなるわけもなく、安心も束の間、結局また別の焦燥が生まれる結果に終わってしまった。


「真さん、ハナコさんは何と?」

「すいません、説得は失敗です。あいつ一人で、翼を捜す気みたいで……」

「……そうですか」


 苦しげに口元を歪ませる真を見て、珊瑚は思考を巡らすように一度瞳を閉じる。


「わかりました。ならば、いよいよ急いだ方が良いですね」


 そして、次に開かれたとき、珊瑚は瞳に迷いのない決意を宿していた。ここから反撃に打って出る。物言わずとも、真にもその意志は伝わった。


「……どうするんですか?」

「ここは私が抑えます。その間に、真さんはハナコさんのいる施設に向かってください」

「え? いや、でも、それじゃあ――」


 怪訝に眉を顰めて反論しようとする真だったが、珊瑚の人差し指が彼の唇に触れてその先を言わせなかった。

 珊瑚の目は真剣であり、決して真を軽んじて提案しているわけではない。ただ、諭すように見つめられて、彼は一瞬言葉を失った。


「真さん、ここに来たのは何のためですか? 守るべきものの優先順位を間違えてはいけません」

「……っ、だからって……一緒に戦って、この場を切り抜ければ済むことでしょう」


 正気を取り戻した真は珊瑚の手を掴み、振り払って抗議する。しかし、彼女は首を横に振ることで彼の意志を拒絶した。


「良いですか? 相手はこちらの戦力を把握して分断しているはずです。事前の話を聞く限りでは、沙也さんの相手はその関係性から芳月清言、静さんの相手は実力の程を考えれば封魔省副長が妥当でしょう」

「何が言いたいんです?」

「私たちを今攻撃しているのは、霊気の質からしても十中八九『彼女』です。それも、単騎。では、私と真さんが一緒にいる意味は何でしょうか?」


 珊瑚がそう問うた瞬間、二人の頭上で光が閃いた。流石に長話をし過ぎて居場所に感付かれたか、二人はほぼ同時にその場を同じ方向に飛び退いて場所を移動する。隠れていた茂みは霊気の光に焼かれて、焦げた異臭を周囲に放っていた。

 真は走りながら考えた。戦力をばらけさせるためなら、珊瑚と一緒にいることは不自然。そして、彼女の言う通り対戦のカードが組まれていたのだとすれば、聞かされていた敵の戦力でまだ切られていない人物がいる。


「つまり……この状況がそもそも、敵の想定していた内容とは異なるってことですか? 本当は、俺と珊瑚さんも、ばらばらにするつもりだった?」

「そう、まるで空いた穴を埋めるような不出来な布陣だとは思いませんか? 人数の不利も構わずに、それでもなおばらけさせるよりも一緒にしたということは、自由に動かれたくはないという意図が読み取れます」


 言うと、その場で珊瑚は足を止めた。急な動きに真も遅れて立ち止まって振り返る。その彼女の背中が、これから何をしようとしているのかを雄弁に物語っていた。


「ならば、ここであなたが自由フリーになることが、私と共に戦うことよりも戦況を大きく有利にする可能性が高いと考えられるのです」


 珊瑚の足下から白い霊気の奔流が溢れ出す。これまでは気配を押し殺して敵に見つからぬようにしていたのとは真逆の行為。それが意味するところは一つしかない。


「行ってください、真さん。心配は無用です。私も後から追い付きますから」


 珊瑚が動き出してしまった以上、もう真に止める術はない。何より正論を突き付けられてしまえば黙る他はなかった。

 この場で優先すべきことが何なのか。彼女が導き出した解答が最適であろうということも、頭では理解した。

 翼を救うため、勝利のために取り得る最善の一手。それを自分の我を満たす感情のために、見す見す潰すわけにはいかない。


「……絶対ですからね!」


 それでも残る一抹の不安を握り潰すように拳を固くして、真は踵を返して走り出した。何も珊瑚が負けると決まったわけではないし、自分との実力を考えれば彼女を心配するのは自惚れにあたる。

 正直なところ、事前の情報とこれまでの状況から、ここまでの分析を行える珊瑚に真は内心舌を巻いていた。

 だから、大丈夫だと――己に言い聞かせながら背中を任せる。彼はハナコと翼が待つ施設へと、疾風のごとく一心に駆け続けた。





 走り去る真を振り返らずに、珊瑚は来るだろう敵の攻撃に全神経を尖らせていた。

 霊気を放出したことで、敵は確実にこちらの位置を正確に察知している。そして、その狙いを読んでいるのだとしたら、攻撃する先は決まっている。


 ――来るッ!


 目視できる範囲で閃光の矢は五本。いや、それはもはや矢などという生易しいものではない。その一つ一つが、木々を噛み砕きながら迫る巨大な獣の爪牙であった。

 それらが向かう先は全て、珊瑚に背を向けて駆ける真だ。

 今までは敵も位置を気取られぬよう、最小限の出力で攻撃をしてきていた。こちらが遠慮をしなくなったところで、それも必要なくなったと判断したのだろう。彼を逃がさぬことを優先した、まさに力任せの霊気の放出であった。


「させませんッ!」


 だが、それは珊瑚も読んでいたことだった。唸りを上げて素通りしようとする光の爪牙を悉く、彼女は形成した真白き霊気の盾にて受け止めた。

 無論、そう簡単に止められるものではない。爪は盾を引き裂き、牙は穿とうと霊気を散らす。その威力は壮絶を極め、珊瑚は衝撃に身体ごと吹き飛ばされそうになるのを踏み止まりながら、絶対の意志をもって盾の強度を引き上げた。

 結果、相殺し合う形で両者の霊気は弾けて霧散した。珊瑚は第二波が来ないことを瞬時に観察すると、息つく間もなく次の行動に移る。


 霊気を放出すると同時に、珊瑚は周囲に網を張っていたのだった。彼女の足下から広がる燐光は探知機として、大技を使った相手の霊気の発生源を調べる役割を果たしている。

 真がこの場から逃げることで、敵は追わざるをえなくなる。そこで敢えて敵の攻撃の目印になることで攻撃を誘発させた。その狙いがこれだった。

 珊瑚は迷うことなく木々の間を縫うように走り、その先にある木の枝の上に人影を目視する。既に逃れられないと向こうも解っているのだろう。珊瑚が枝を吹き飛ばす前に、その場から軽い身のこなしで飛び降りた。


「防がれましたか……残念です。そう言えば、貴女は以前も私の砲撃を防いで見せましたね」

「やっと、姿を見せましたね。レイナさん」


 レイナ・グロッケン。芳月清言の腹心にして、濃紺の士官服を身に着けた美貌の持ち主。暗い森の中でもなお白亜のごとき肌は浮き出るようでいて、白金の髪は淡く煌めいて見えた。

 肩に掛かった髪を軽く背に払いのけながら、レイナは灰色の瞳を珊瑚に向ける。一見して感情の薄そうな印象を受けるが、彼女が見た目ほど大人しい性格ではないことを珊瑚はよく理解していた。


「千島珊瑚……、解せませんね。少年を行かせて良かったのですか?」


 珊瑚は何を問われたのか判じかねて、半歩足を引かせる。


「どういう意味ですか?」


 訊ねると、ふ――とレイナの冷笑が返される。何故だか珊瑚は、自分のこめかみのあたりがピクリと動く気配を感じた。


「貴女とあの少年を一緒にすれば、おそらくは離れまいと思ったのですがね」

「……、なるほど。ずいぶんと見くびられたものですね。私たちは翼さんを助けに来たのです。優先順位を違えることはしません」」


 眦を吊り上げながらも、珊瑚はレイナに負けず劣らずの冷ややかさで睨みつける。誰の入れ知恵かは知らないが、人の心を勝手に決め付けて利用しようというその言い草は、大いに気に入らなかった。


「しかし、真さんを狙ったことといい、やはり手が足りていないようですね。あのフェイという少年はどうしたのですか?」

「答える必要があるとでも? 私は与えられた役割をこなすだけです。少年は追わせてもらいます」

「そちらこそ、させると思っているのですか?」

「思いませんが、貴女を始末すれば支障はないでしょう」


 まるで目の前に立ちはだかる珊瑚の存在など、些事だと言わんばかりの上から目線な物言いだった。普段の珊瑚ならば聞き流すのだろうが、今回ばかりはどうも相手が悪い。レイナと自分は決定的に相性が悪いのだろうと、逆撫でされてざわつく感情に、つくづく思い知らされていた。


「さて、無駄口はこのくらいにしておきましょうか。時間が惜しいのは、お互い様でしょうからね」

「……望むところです」


 ピリ、と互いの霊気が白い火花を散らすように触れ合う。それを開戦の合図として、両者は己が使命を全うするべく衝突するのだった。

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