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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第一部 死に損ないの再生者
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08 「来訪者と」

 柄支の暮らすマンションに到着したのは、日付を跨いだ頃であった。

 そろそろ終電もなくなる時間のため、オフィス街に近い位置にあるこの場所に人通りはほとんどない。そのため、誰に見咎められることもなく柄支は真を自分の暮らす部屋まで招き入れることに成功した。


「それじゃ、とりあえず適当にくつろいでおいて」


 真をリビングに通した柄支は、別の部屋へと引っ込んで行った。手持無沙汰で入口近くで突っ立っている真に対し、ハナコは物珍しそうに部屋を見回している。


「中々の広さですね、真さん」

「あまりじろじろと見るな。失礼だぞ」


 珊瑚と暮らしているため部屋数などは真のマンションよりも少ないが、一人暮らしにしては贅沢と言える広さだ。

 だからだろうか、その広さに真は少し侘しさも感じてしまっていた。


 ふと、窓から見える開発区の夜景が視界に映り歩み寄る。夜の闇に対抗するような輝きが色とりどりの群れを成していた。


「夜景に興味ある? 一人で見慣れちゃうと寂しいものだよ」


 苦笑気味の柄支の声が聞こえたため真は振り返る。そして、彼女の姿を見て疑問を浮かべた。


「先輩、それは何ですか?」


 ジャケットを脱いだ柄支は、水を汲んだ洗面器とタオルを持っていた。どうやらバスルームに行っていたらしい。


「とりあえず座って」


 柄支はリビングのテーブルに洗面器を置いて、ソファに座るよう真に手振りで示す。部屋主の許可が取れたので、真はひとまず腰を下ろした。

 すると、彼女は笑顔を見せて言った。


「じゃ、脱いでみようか」

「はい?」

「はい、じゃなくて。怪我の手当てをするのに邪魔でしょ」

「いやいやいや」


 目の前で膝をついて湿らせたタオルを片手に近付いてくる柄支に戸惑い、真は半身ずらす。その慌てように柄支は呆れた顔をした。


「往生際が悪いなぁ。ここまで来たんだからいいじゃない」

「そうですよ、真さん。意地を張らずにお世話になればいいじゃないですか」

「うんうん。ハナちゃんは良いこと言うね」

「なんで速攻で馴染んでるんですか、あんたたちは」


 波長が合うのか、ハナコの存在に最初戸惑いは見せていたものの、柄支とハナコはここに来るまでに会話を重ねることで打ち解けていた。


「ハナちゃん、浅霧くんに乗り移って自由を奪うとかできないの?」

「い、いやぁ……流石にそういうのはちょっと無理ですね」


 抵抗の意志を見せる真に対し、柄支は物騒なことをハナコに訊く。それにはハナコも若干引き気味に首を横に振った。


「不穏当なことを口走らないでください。分かりましたよ」


 柄支の意志が固いことを認め、真は両手を上げて降参のポーズを取る。ぐずぐずしていても気恥ずかしいだけなので、彼は仕方なく上着を脱いで上半身を晒した。


「うん、ありがとう」


 柄支はまず、真の脇腹に刻まれた傷を見るため顔を近づけ周りについた血を丁寧にタオルで拭き取っていく。

 傷は動物の爪にでも引っかかれたようにも見えるが、それにしては線が太い。それほど深くないのが救いだが痛ましいことには変わりなかった。


「痛くない?」

「ええ、これくらいなら」


 痛みがないわけではないが、真にとっては耐えられないほどではない。柄支はそれから彼の上半身をチェックし、他に怪我がないことを確認していく。

 そして、最後に救急箱を持ってきた彼女は脇腹の傷口にガーゼを当てて包帯を巻き始めた。

 その間に、二人は特に言葉は交わさなかった。柄支は真剣で、真もそれが分かったから大人しく従っている。彼のそんな様子が珍しいのか、ハナコも口を出すことなく二人を見守っていた。


「ごめんね……」


 と、手を動かしながら柄支が呟くように不意に言葉を漏らした。


「先輩が謝る必要はないですよ」


 廃ビルに柄支がいたことは、真にとって不測の事態であったことには違いない。だが、守ったなどと恩を着せるつもりもないし、謝られてもどうしていいか分からなかった。


「俺の方こそ、すいません。変なことに巻き込んでしまって」


 むしろ、屋上で対峙した二人は自分が目当てで現れた節があった。偶然とはいえ、そのいざこざに巻き込んでしまったのだから責任を感じずにはいられない。


「うーん……、それこそ、別に浅霧くんは何も悪くないと思うけど」


 だが、柄支は納得していないのか曖昧に唸った。


「だって、わたしが廃ビルに行ったのは自分の意志だし、自業自得ってやつだもん。どちらかというと、浅霧くんがわたしの不注意に巻き込まれたんだよ」

「そんなことは――」

「はい、おしまい」


 真が口を開きかけたところで、包帯を巻き終えた柄支は立ち上がった。


「まあまあ、先輩の言うことは聞いておきなさいな。じゃ、こうしようか。お互いが悪いと思っているのなら、それでチャラってことにしよ」


 気遣わしげな柄支の笑みに、真も思わず口を緩める。少しだけ気持ちが軽くなったのは、救われた気がしたからだろうか。


「へぇ、真さんが笑うなんて、珍しいこともあるもんですね」


 柄支とは種類の違う、にやついた笑いを見せるハナコを真は睨む。が、大して効き目はなく「怖い怖い」とハナコは形ばかりの言葉で彼から視線を外した。


「仲が良いんだね。幽霊って、皆ハナちゃんみたいなの?」


 二人のやり取りを微笑ましく思い、笑みを見せながら柄支が言う。珊瑚にも似たようなことを言われることがあるが、真にとっては微妙に納得しがたいことだった。


「いえ、こいつが特別変なだけですよ。霊はこんなにお喋りじゃありません」

「変! 変って言いましたよこの人! 柄支さん、酷くないですか!?」

「ええと、浅霧くん。ハナちゃんっていつもこんな感じなの?」

「普段はもう少し大人しいですよ。たぶん、先輩と話せて嬉しいんでしょう」


 ハナコにとって言葉を交わせる存在は貴重であるため、若干テンションが高めだった。それは真にも理解できることなのだが、いかんせん面倒臭い。

 そんな思いを真は顔に出してしまっており、ハナコは口を尖らせて文句を言い始める。二人の様子を見て柄支は、どこか羨ましい気持ちを感じながら苦笑していた。


「とりあえず、ハナコの話は置いておきましょう。まずは状況を整理しましょうか」


 そして、上着を着直して居住まいを正した真が仕切り直しと口を開く。そこでハナコも空気を読んだのか、大人しく口を閉ざした。


「そうだね……確認だけど、あの廃ビルに浅霧くんも来てたんだよね?」


 まだ真の口からはっきりと聞いたわけではないので、最初に柄支が質問した。


「はい、まぁ……隠すことではないですね。どこから話せばいいのか――」


 真は頷いて言葉を続けようとしたが、どこまでこちらの事情を開示しても良いのか判断に迷うところだった。

 できることならば、これ以上関わり合いになるべきではないというのが真の思いだ。

 たまたま居合わせて柄支を助けたのも、全てが偶然だと言うのも嘘ではないので、それで通すこともできるだろう。


 ただし、それはハナコの姿――霊が見えていなければの話だ。


 互いを認識する行為。柄支はその過程を経てしまった。真が迷っている点はそこにある。

 そして、逡巡の末に真が再度口を開きかけた時だった。

 不意に何やら軽快な電子音がリビングに鳴り響いていた。


「あ、ごめん。わたしの携帯だよ。でも、誰だろう?」


 柄支は疑問を口にしながら、床に置いたポーチを開けて携帯を取り出した。ディスプレイに映る番号を見た彼女は、更に首を傾げる。知らない番号だったためだ。

 時間も時間なので怪しいことこの上なく一人では無視していたかもしれないが、真が居ることで不思議な心強さを感じて出ることにした。


「はい、もしもし――」


 目で真に断りを入れて、柄支は携帯を耳に当てる。


「はい、芳月はわたしですけど……」


 それから数度短く言葉を交わした後、彼女は困惑した様子で真の顔を見た。

 真はその視線に不穏なものを感じる。何やら、いかがわしいものでも見るような、信頼が崩れかけているというか、とにかく良い予感はしなかった。


「浅霧くん、君にだよ」

「え?」

「とりあえず出て。女の人だよ」


 何故、柄支の携帯にかけてきた相手が自分に用があるのか見当がつかない。何か忘れているような気もするが、ひとまず真は差し出された携帯を手に取った。


「はい、代わりましたけど」

『その声は、やっぱり真さんですね?』


 聞こえてくるやや緊張した声に、真は声を詰まらせた。

 この声は、聞き間違えるはずもない。


「……珊瑚さんですよね。どうして?」

『洗濯の準備をしようと制服をお預かりしたのですが、ポケットの中に名刺がありました』

「あ……」


 真は思い出して唖然とする。それは放課後に柄支から受け取ったものだ。適当に処分をしておこうとして忘れていたのである。


『ええ、私も今の今までどう対処すべきか大いに悩んでおりました。ですが、そうしている内に時間ばかりが過ぎてしまい、不躾ながらもこんな時間にお電話をさせて頂いたのです』


 真の声を聞いて緊張が解けたのか、珊瑚の声はいつも通りの穏やかさを取り戻しつつあるように聞こえた。

 しかし、真はその裏にある困惑と疑念を、はっきりと感じ取っていた。


『あの……真さん。大変申し上げにくいのですが、今はお仕事中なのですよね?』


 その疑念を問い質されて、真は内心頭を抱えた。


「仕事は一応終わりました。あ、いや、この状況は仕事中になるのかな……とにかくですね、この電話の主とは偶然居合わせただけで……」

『真さん、やましいことがないのでしたら取り乱さないでください。不安になってしまいます』

「……すいません。一応、今夜の件に関しては終わりです。ただ……」


 叱られて情けない思いになりながら、気を取り直して報告をする。そこで真は柄支を一瞥した後、彼女に背を向けて声を潜めた。


「ちょっと面倒なことになりました」

『先ほどの方ですね?』


 既に珊瑚の声は平静を保っていた。自身に対する疑念が晴れたことに安堵しながら、彼は話を続ける。


「そうです。それで珊瑚さんに一つ訊きたいんですけど」

『はい、なんでしょうか?』

「封魔師って知ってますか?」


 真は紺乃から聞かされた言葉を思い出し、その単語を口にする。

 すると、電話越しではあったが珊瑚の息を呑む気配を感じた。


『真さん、どなたから聞きましたか?』

「今日の現場で怪しい二人組に会いました。その内の一人です」

『その方は、そう名乗ったのですね?』

「そうです。名前までは分かりませんが……」

『この電話の……芳月様ですね。その方も現場にいたのですか?』

「はい。それで、ハナコが見えるようになりました」

『……判りました。想像以上に深刻なようですね』


 淡々と質問を重ねて状況をある程度把握できたのか、そこで珊瑚の声は一度途切れた。


『真さん、芳月様と代わって頂けますか?』

「え? でも……」

『状況は私の方からお話しします。おそらく、真さんの口から説明するよりかは受け入れて頂ける可能性が高いかと』

「……? はぁ、分かりました」


 とは言うものの、いま一つ納得し兼ねる理由に首を傾げながら、真は柄支へと電話を返した。

 それから再度、柄支は数度言葉を交わして何度か驚いた表情を見せたものの、最終的には納得したようで再度真に電話を渡した。


『お話は済みました。今日は早く戻ってお休みになられてください』

「一体どんな話をしたんですか?」

『それについては明日お話ししましょう。いつまでも電話をお借りするわけにもいきませんから。もちろん、芳月様も一緒です』

「それは――」

『反論があるのでしたら、お帰りになった際にお聞きします。ですが、芳月様を巻き込んだと悔やむのであれば、真さんには彼女をこの件からお守りする責任があります』


 こちらの気持ちを見透かした珊瑚の言葉に、真は先を続けることができるはずもなかった。


『今の真さんは、そこからお逃げならないことを私は信じております』

「――分かりました。珊瑚さんには敵いません……。明日、ですね」


 信頼にはそれに応える同等のものを返さなければいけない。今は珊瑚の言葉を信じ、真は頷いた。


『はい。ところで真さん、今はどちらに居られるのでしょうか?』

「……彼女の家です。開発区の方にあるマンションなんですが」


 告げるには躊躇いがあったが、やましいことがあるわけではないので真は正直に言うことにした。変に嘘を吐いても、状況説明で最終的にはばれることだ。

 だが、すぐにそれを後悔した。


『真さん……私は起きてお待ちしておりますので、急いで帰ってきてくださいね』


 少し間を置いて聞こえた珊瑚の声は、彼が今まで感じたこともないほど冷えていた。




 それから柄支と別れた真は、全速で帰宅した。最速最短であったと言って良い。

 時間はとうに深夜であったが、玄関で正座する珊瑚に出迎えられた真は土下座する羽目となった。

 後ろでハナコが笑いを噛み殺していたが、他人事ではないと珍しく珊瑚に咎められた彼女も、最終的に同様の立場となってしまった。


「真さんは軽率です。反省してください」


 最後にそう締め括られ、二度と珊瑚を怒らせまいと誓いつつ、着替えた後は泥のように眠った。

 緊張感が解けたところで疲労が一気にきたのだろう。目覚めた時には既に昼前だった。


「おはようございます、真さん。随分とネボスケですね」


 目覚めて早々にハナコに言われ、身体を起こした真は大きく息を吐いた。


「仕方ないだろ。お前はなんともないのか?」

「ええ、わたしは何とも。霊気は消費しましたけど、概ね回復してますよ」


 それは真も感じていた。不思議と気力は充実している。

 腹に巻かれた包帯に手を当てて、昨日の事が嘘ではないと改めて実感した。

 とはいえ、流石に寝過ぎたことには違いない。昨夜のことを改めて珊瑚に謝ろうと思い、着替えてリビングへと向かった。


「あ、おはよう浅霧くん。お邪魔してまーす」


 と、彼がリビングに入ったとき、ソファに座っていた柄支が挨拶をしてきた。


「あぁどうも、おはようございます――って、なんで自然に居るんですか!?」

「あはは、ベタな乗り突っ込みをありがとう」


 目を見開く真を見て可笑しそうに柄支が笑う。が、質問の答えにはなっていなかった。


「お呼ばれしたので来てしまいました。っていうか、聞いてなかったの?」


 逆に首を傾げられてしまったが、真は柄支が家に来ることを知らされてはいなかった。

 自分が知らないと言うことは、必然的に珊瑚が柄支を呼んだということになるのだろう。


「珊瑚さん!」

「はい、もうすぐお昼ですから、少々お待ちくださいね」

「そうじゃなくってですね!」


 キッチンから届くのんびりとした珊瑚の返事に、真は悲鳴に近い声を上げた。


「ご近所迷惑ですから、大声は控えてください。昨夜申し上げたではないですか。お話は明日にしましょうと」

「それは……確かにそうですが」


 具体的に明言されていないだけで、こうなる事態は想定できたと言えばできただろう。そういう意味では、変に取り乱している自分の姿は滑稽に見えるかもしれない。

 ただ、言わなかったのは故意に違いない。柄支は昨夜珊瑚からの電話の時点で今日家に来るように言われていたのだろうし、珊瑚については言わずもがなだ。


「珊瑚さん、嵌めましたね」

「さて、何の事でしょう?」

「一応弁解しておくけど、わたしは千島さんから伝えてくれるって言われたから、言わなかっただけだよ?」


 予想よりも効果が抜群だったせいか、珍しく珊瑚の声からは笑いが隠し切れていなかった。嫌味がないのが唯一の救いだろう。


「まぁ、今回の件に関しては、気付かなかった真さんが悪いってことですね」

「おいちょっと待て」


 頷きながらまとめようとしているハナコに、真が鋭い視線をぶつけた。


「お前まさか、知っていたのか?」


 柄支の存在にハナコは特に驚いた素振りを見せていなかった。真と一緒にいる以上、条件は同じなのだから驚いて然るべきだというのに、仕掛けた側の立場であるかのようにものを言っている。


「いやですねぇ、そんなわけないじゃないですか」

「自然と嘘を吐くんじゃない!」


 あからさまに視線を逸らしてとぼけようとするハナコに怒声が浴びせられる。彼女は真が寝ている間に柄支と会ったのだろう。それで、面白そうなので黙っていたということだ。


「浅霧くんの家は、賑やかだね」


 色々と思うところはあったが、柄支は和んだ様子で総括した。

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