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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆アポカリプス本部~美女と戦争~
99/156

98.心と肉体の狭間で

 

 





「中央から北西にかけては壊滅的です。北に進軍してくる前にカトリーナ周辺を固めておいた方が……」

「無駄だ。守りに入ったところで破られるのは時間の問題。兵も物資も限られる我々が集まったからには王の首を取りに行く他ないのだ!」


 蝋燭が一本だけ灯る薄暗い部屋。鉄の円卓を囲む鎧を纏う革命家達が意見をぶつけ合う。上座に座るダンテはつまらなそうに頬杖をついていた。


「確かに、エドワードちゃんの言う通りだね」

「ちゃ、"ちゃん"……?」


 テーブルに拳を叩きつけて攻めの抗議をしていた男は、目を丸くしてダンテを見た。ダンテは大きく息を吐き出しながら背もたれに寄りかかり、言った。


「数で劣る僕達が弾圧されるのも時間の問題。それは確かだ。でも……アポカリプス結成の目的、言ったよね」


 ダンテは横目にエドワードを見た。


「僕達の目的はただ国を落とすことじゃない。世界を救い、変革をもたらす。これこそがアポカリプスの目的。帝国崩御だけではこの戦争は終わらない」


 ダンテがそう言うと、地図の上に半透明の黒と赤の駒が浮かび上がった。それを見た男達は感嘆の声を上げる。


「もう一度おさらいだ。僕達は少ない手数で国を落としたい。そして、世界を救うべく生還も果たしたい。と、いうわけで」


 黒い駒の一部が溶けて、西部の方へ流れ出す。そして、ノース付近に陣を敷いた。


「僕の近衛隊含む第二魔術旅団で西から帝都へ進軍。皆には南西を通ってパリスへ向かってもらう」


 西から大きな黒い駒が帝都の赤い駒へと詰め寄り、小さな黒い駒はぞろぞろとパリスへ動く。


「帝都戦が終わったら、僕もそのままパリスへ向かう」

「……何故、パリスへ」


 男の一人が聞くと、ダンテはにっこりとほほ笑み、言った。


「帝都戦はね、革命派にとっては大事な一戦だけどあちらの"黒幕ブレイン"にとってはそうでもない。余興、みたいなものさ」

「……黒幕とは」

「帝王に変わる権力者さ。この闘いは、帝王の首を餌に僕達をぶっ叩こうっていう黒幕の企てなんだ」


 男達は互いに顔を見合わせ、ざわつく。すると、ダンテはテーブルを叩いた。男達は鎮まり、ダンテを見る。


「せっかく悲願だった帝王の首をくれるっていうんだ。この誘いにのらない手はない。だが、僕達はそこで革命を終わらせる気もない」


 駒が再び動き出し、パリスの方へと集まる。そして、半透明な黒い兵隊と、真っ黒なドレスを着た貴婦人の駒がパリスの上で向かい合う。


「だから、最小限の軍で帝都へ向かう。帝国を落とし、なおかつ黒幕を狩る。どれ一つとして譲る気もなければ、手玉に取られる気もさらさらない」

「……」

「不条理な世の中を国ごと変えようとする強欲で傲慢な行い。それが革命。だったら僕は、どこまでも強欲に、傲慢に、自分の目的に向かって駒を動かす。そして、生かす」


 男達はダンテを見つめ、黙り込む。彼らが見つめる銀の瞳は、憎たらしい程に美しい。


「どう?」


 男達は顔を見合わせると、それぞれに剣を抜いて円卓の上に置いた。それは、鋭く光を反射して地図の上に大きな銀の花を咲かせる。ダンテはそれを満足そうに見て、自分の剣を抜いた。


「ダンテさん、」


 ダンテが自分の剣を置こうとした時、部屋にオズマが入ってきた。


「ノックしてよ」

「すみません」


 オズマは軽く頭を下げ、ダンテを見つめる。ダンテは溜息をついて、円卓に剣を置いた。


「会議は以上。あとの細かいことは任せるよ。詳しいことは連隊長のジルに聞いて」

「は、はい」


 ダンテは立ち上がり、眉を顰めて扉の方へと歩み寄る。ダンテが部屋を出ると、オズマが扉を閉めた。


「会議の方は」

「話はまとまったよ」

「そうですか」

「で? 何の用? 会議中に入ってくるなんて」

「…それが、」


 オズマが視線を前に向けた。ダンテがそちらを見ると、薄暗い廊下の向こうに跪く一人の男がいた。赤い髪に、白いタキシード。ダンテはそれを見て、あ、と声を漏らす。


「ルージュちゃん」

「ダンテ様、お忙しいところ申し訳ございません」

「どうしたの」

「……私の力が、至らぬばかりに」


 帽子を胸に当てるルージュの手は、小さく震えている。ダンテはそれを見て、ルージュに歩み寄りしゃがみ込んだ。


「何かあったんだね」

「……」


 ルージュは俯いたまま、何も言わない。オズマは後ろで辛そうにルージュを見つめるばかり。







 ダンテはルージュとオズマに連れられて、医療室へとやってきた。カーテンで仕切られた奥のベッドに、茫然と天井を見つめるフィオールがいた。フィオールはダンテに気付くと、慌てて身体を起こして右腕を隠した。


「よ、よう」

「……」


 ダンテは訝しげな顔でフィオールを見下ろす。


「…何これ、」

「……」


 フィオールの点滴が施された腕には獣に引っかかれたような傷があった。痛々しく肩まで広がる赤い傷。ところどころ、肉まで見えていた。フィオールは右腕を抑え、俯く。ルージュはダンテの耳に口を寄せ、囁くように言った。


「……フィオールが、無意識に」

「無意識?」

「はい……」


 ダンテは気まずそうにしているフィオールを見た。


「うーん、」


 ダンテはフィオールの顎を掴んで無理矢理顔を上げさせた。フィオールは怯えたようにダンテを見る。ダンテは、フィオールの目を見つめて言った。


「一週間足らずで出戻ってくるなんて……本当に君は馬鹿弟子だよ」

「ば、馬鹿って言うな!」


 フィオールはダンテの手を払った。ルージュはダンテの発言に心配そうな顔をしている。フィオールの心を刺激するようなことはしないで欲しい。そう、思っていたのだ。その近くで、オズマは難しい顔をして二人のやりとりを見ていた。


「淫魔に憑かれて昔の恋人を殺したんだって? クリストフがいるのに他の女に目移りした罰だよ」

「ダ、ダンテ様!」


 ルージュが止めに入ろうとすると、オズマがルージュの肩を掴んだ。ルージュがオズマを見ると、オズマは真っ直ぐにフィオールを見ている。ルージュは、言葉を噤んでフィオールを見た。すると、フィオールは目を丸くしてダンテを見ている。そして、その目を吊り上げていつものように怒鳴りだした。


「何のことだよ! 俺はクリストフ以外に女がいた覚えなんてない! 昔はちょっと……遊んでたけど」


 ルージュはそれを見て、杖を床に落とした。医療室に、甲高い落下音が響く。フィオールが不思議そうにルージュを見た。ルージュの目には、涙が溜まっていた。ダンテは溜息をつき、言った。


「フィオール、君はカイザ達とノースへ向かってたんだよね」

「……なんだよ、いきなり」


 フィオールがダンテを横目に睨む。


「何でこんなところにいるの?」

「何でって……あれ、えっと……ルージュに連れてこられたんだよ。知らないうちに腕が傷だらけになってたから、その原因を調べようって」


 言った覚えのない言葉。ルージュは、額を抑えてよろめく。オズマはルージュの肩を支えた。


「あ、そう。じゃあ、その傷治ったらどうするの」

「どうするって、カイザ達のところに戻るに決まってんだろ。早く治してくれよダンテ」

「師匠でしょ」

「はいはい、師匠」

「準備してくるから、大人しく寝てなよ」


 ダンテはフィオールに背を向け、歩き出した。フィオールは大きく溜息をついて勢いよく枕に頭を沈める。オズマはルージュの杖を拾い上げ、ルージュの背中を支えながらダンテの後に続く。医務室を出ると、ルージュはオズマを見て、言った。


「……もう、手遅れだったということですか」


 オズマは何も言わない。すると、ダンテが振り返った。


「手遅れ……とは、思いたくないけど。フィオールの精神はもう限界を迎えてる。その証拠に、負担が減るよう脳が勝手に記憶を塗り替えてる。腕の傷も、心の痛みを無意識に自分へ当てたものだ。それにすら罪悪感を感じているのか、原因不明の傷、なんてことになってるようだね」

「ダンテ様……フィオールは、」

「記憶の改算は都合の悪いところだけみたいだし、カイザやクリストフ、自分の目的も覚えてる。すぐ生活に支障が出るってことはないだろうけど……あの自傷行為はなんとかしないと、ちょっと危ないかも」


 ルージュはダンテの手を振り払ってダンテの肩を掴んだ。そして、懇願するように叫ぶ。


「どうにかならないのですか!」

「……」


 ダンテは少し俯き、言った。


「なんとかはするよ。自傷行為だって、暗示一つでどうとでもなるだろうから。でも、このまま旅を続けて次にまた精神的負担を負うようなことがあれば……」

「……」

「記憶障害どころじゃ、済まないかもしれない」


 落胆するルージュに、オズマが言った。


「傷の治癒と暗示、崩壊しかけた精神の応急処置は俺がやる」

「…オズマ、」


 ルージュは、赤い目に涙を溜めてオズマを見た。


「ただ、魔法で精神を治すことはできない。魔法が精神に干渉する時、それ自体"暗示"であって治癒ではないからだ。どんな医者も、どんな魔法使いも……心にだけは、触れることすらできない」

「……どう、したら」

「今は安静にするしかない。でも、大丈夫。フィオール君は強いから。あんなになってもまだ……カイザ君のところへ戻ろうとしてる。彼を支えてるのが、他ならぬ君達だからさ」


 オズマは杖をルージュに差し出した。


「そんな顔しないでよ。明けない夜も、過ぎない嵐もないんだろう? まだ、希望はある」

「……」  


 ルージュは、涙を堪えて弱弱しく微笑み、杖を受け取った。ダンテはそれを見て、困ったように笑う。


「悪魔が妖精を励ます日が、くるなんてね」









 静かな医務室。フィオールはぼーっと天井を見上げて、左手を右肩に伸ばした。その爪には、血が固まってこびりついている。


「……早く、行かないと」


 がりがりと傷を掻きむしる音。白いシーツが、赤く染まる。すると、掻きむしる音がピタリと止んだ。無表情のフィオールの目から、すっと涙が零れ落ちる。時が止まったかのように、血だらけの手を止めて瞬きもせずに天井を見つめるフィオール。涙が血のようにどくどくと、止めどなく流れる。痛みすら麻痺して、何も感じない。ぼんやりとする意識の中、彼は静かに……目を閉じた。



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