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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ノース~拗れた糸の結び目~
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94.迷いという名の檻の中で

 眩い光が飛び交う墓地。カイザは真っ直ぐに光の柱を睨んでいた。パチパチと白く弾ける光の糸。ふっと光が消えると、カイザは正面を睨んだまま槍を握った。目の前には、にやにやと笑うバンディがいた。


「対策済みなんだよ。その妙な力は」


 バンディの背後には、いつの間に現れたかもわからぬ大きな避雷針らしきものがあった。バンディが自分の力を知っていることから、サイが生存していることを確信するカイザ。そして、この墓地には自分達を追い込むための罠が張られていることに気付く。


「まさか単身でここに来るとはおもってなかったからな。本当はフィオールやマザー、あと、シド、だったか? お前にくっついてる奴らも来ると思って策を練ってたんだ。無駄になっちまったようだけどな」

「一人で黙々とそんな陰気なことをしていたのか」

「陰気? お前に言われたくねぇなぁ」


 バンディが笑うと、大きな連続した爆発音が聞こえた。カイザが音の方へ目を向ける。森の向こうで、黒い煙が幾つも上がっていた。それは……ノースの方向。バンディが大きな笑い声を上げた。


「入念な準備で派手に実行! これこそ俺のやり口だろうが!」


 カイザは形相を変えてバンディに槍の先を向けた。先から矢のように鋭い光が放たれる。しかし、それは大きく軌道を逸れてバンディの後ろの避雷針へと吸い込まれる。


「無駄だって言ってんだろ」


 カイザは唇を噛みしめ、走り出す構えをとる。すると、カイザの姿が光と共に消えた。


「そうだな。遠隔攻撃ができないんじゃあ、近付くしかない」


 バンディが呟くと、その背後でバチバチと電気の弾ける音がした。バンディはにやりと笑って振り返る。


「かかったな」


 槍を握るカイザは、その手を止めてバンディの回し蹴りを後方へと避けた。しかし、続けざまに鳩尾を蹴られて避雷針に背中を打ちつける。バンディはすかさずカイザの首を掴んだ。カイザは苦しげにバンディを見る。


「あのな? 狂気はいい。だが、怒りに身を任せるな。動きが短絡的になり、相手に読まれやすくなる」

「……それが、狙いだったんだろ」


 日記の朗読、町の爆破、ミハエルに関する挑発的な言葉。カイザを乱すための、バンディの罠。バンディは鼻で笑い、パチンと音を立ててナイフの刃を出した。


「馬鹿なりに、わかってやがったか!」


 バンディがカイザの顔目がけてナイフを振るった。その瞬間、カイザが光と共に消える。バンディのナイフは避雷針にぶつかり、甲高い鉄の音を立てる。バンディの背後からは、げほげほと咳込む声がした。


「もう一つ、俺の狙いを教えてやる」


 バンディが振り返ると、カイザは墓石の上にしゃがみ込んで首を抑えていた。カイザは、ゆっくりと顔を上げる。


「絶望と怒り、そして俺の思惑。お前の頭はこれでいっぱいだ。つまり、迷う」

「……」

「殺し合いってのはな、迷った方の負けだ。お前はもう、俺に勝つことなんてできない」

「……まだ、わからないだろ。お前の手筋をご丁寧に教えてくれたばかりじゃないか」


 カイザは立ち上がり、蹴られた腹をほろう。バンディはナイフを回しながら、言った。


「教えたところで、どうにもならないんだよなぁ。心の問題ってやつは」


 バンディの目は、チラッとカイザから逸れる。それを見て、カイザは表情を一変した。バンディがナイフを投げようとした時、カイザは木陰のミハエルに向かって走り出す。バンディはナイフをミハエル向かって投げ、地面に手をついた。カイザがナイフを槍で弾く。すると、カイザの真下にあった墓石が爆発した。飛び散る石と土。カイザは吹き飛ばされ、土の上に着地した。礫が当たったのか、額からは血が流れている。


「ほらな、まだ悩んでやがる」


 避雷針の近くでしゃがみ込むバンディは嘲笑めいた笑みを浮かべる。


「ブラックメリーも神の玉座もどうでもいいと言っておきながら、あの女を捨てることはできない。どうしていいかもわからない」

「……」

「今まであの女のために旅してきた……いや、生きてきたのにな」


 バンディの言葉に、カイザはふと目を背けた。


「聞けよ!」


 バンディの怒鳴り声。カイザは、バンディを睨んだ。


「耳を塞ごうが、目を背けようが、お前はもう逃げられない」

「……」

「"迷い"の檻からはな」


 聞きたくない。見たくない。胸元がざわつき、中にあるものを今すぐにでも抉りだしたい。苦しい。カイザは胸を抑え、バンディを見る。憎たらしい包帯面が、幾重にもぼやけて見える。…迷い。自分は、迷っているのだろうか。そうだとして、何に迷っているのか。それすら、わからない。胸の痛みが何もわからなくさせる。いつかも感じたこの胸の痛み。

 自分の存在は、その"カイザ"に重ねられただけの……幻のような曖昧なものだったように思える。自分が自分でないような。今まで見てきたことも、聞いてきたことも、何もかもが、自分と同じで幻であったかのような……夢から覚めてしまったかのような感覚。それ程に、今自分が見えない。


「……死にたいか?」

「……」

「死にたいだろう。もう考えることすら嫌なはずだ」



ーーお前が背負っているのはその業輪を最後に所持していた女……エドガーだーー

ーーギールはお前になんて言ったーー

ーー私はずっと待っていたのよーー

ーー君のことは……選ばれた子供だと、言っていたな……--

ーーそれを開けるのは、あなたしかいないと……私は思っていますーー



 運命。



ーーお前が金髪碧眼で、名前が"カイザ"だったからだ! お前自身には何の価値もない!--


 

 運命とは、何なのか。自分が目指した場所。何処かも、何かも運命の至る場所とは。自分とは。もう、何もわからない。



ーーカイザ……--



 カイザは、誰だ。

















「聞きたくない!」


 沈黙を貫く、少年の声。その瞬間。サイの腕の中、シドの右目から黒い煙が噴き出した。それは蛇のようにうねりながら蘭丸へと向かってゆく。


「……私の忠告が聞けぬなら」


 蘭丸は刀を抜いて煙を断ち切ると、兄弟に向かって掌を向けた。


「ここで死ぬのも、また一興」


 サイがシドを抱いて立ち上がろうとするが、脇腹に激痛が走った。サイはシドを抱きしめて羽を広げ、庇うような体制をとった。すると、サイの身体がふわりと浮いた。サイが目を開けると、地面に刀を突き刺す蘭丸がいた。サラサラとした手触り。艶のある黒い毛並み。自分をその背に乗せているのは、巨大な黒猫。


「シド! 切り上げるぞ!」


 黒猫が大きく身体を翻すと、サイの身体は宙に投げ出された。空中でシドを手放してしまうサイ。黒猫はシドをさらうように背に乗せて森の奥へと去って行った。アダムの死体から鎌が抜け、キラキラと僅かな光を反射しながら黒猫の動きに合わせて暗がりに消える。それを見つめ、サイは脇腹を抑えて着地する。蘭丸は黒猫が去った方を向いたまま、刀を鞘におさめた。


「……お前の目的は何だ」


 サイは痛みに顔を歪め、蘭丸を睨む。


「シドを助けたかと思えば殺そうとしたり、運命の至る場所を狙っているかと思えば業輪を滅しようとしたり。お前は、何がしたいんだ」

「……その質問は聞き飽きた。シドを助けたのは、母親から預かったという義理があったからというだけ。しかし、お前達がこれから危険に身を投げるようであれば……私が手を下したところで結果は変わるまい」

 

 サイは、眉を顰めて蘭丸を見る。


「……だったら、義理ついでにさっき言いかけたことを聞かせてもらおうか」


 サイはゆっくりと立ち上がる。蘭丸は、微動だにせず立ったままサイを見つめる。


「俺とシドの母親とは……誰だ」

「……シドの判断が懸命だ。聞いたら、お前達は自分がどういう存在であり、どういう立場にあるかを知ろうとするだろう。それは、お前達が生きていく上で大きな"迷い”の種となる」

「もったいつけずに言え」

「……」


 蘭丸はサイに歩み寄り、すぐ目の前で立ち止まる。サイは烏天狗を間近に見つめる。真っ黒な大きな目に空いた、小さな丸い穴。その奥に、微かだが瞳の艶めきが確認できる。力無く冷めた目。感情……いや、自我すらも感じられない虚ろな瞳。


「いいだろう。それが、お前の選択ならば」

「……」


 蘭丸はサイの耳元に烏天狗の嘴を寄せ、ぼそぼそと女の名を呟く。それを聞いて、サイの顔色がみるみる青ざめてゆく。放心気味なサイから身を離す蘭丸。サイは、青い瞳を潤ませて呟く。


「どういう、ことだ」

「……」

「…父親は……父親は誰なんだ!」

「知らない、とさっき言ったはずだが」

「お前は、予想がついているんじゃないのか!」


 サイは蘭丸の胸倉を掴んだ。すると、突き動かした衝撃で仮面が地面に落ちる。サイはその素顔を見て、思わず蘭丸を突き放した。


「……お前、」


 サイは頭を抑え、後ずさる。蘭丸は無言で仮面を拾い上げ、その顔に仮面を掛けた。


「お前! どうして……!」

「…そればっかりは、私にもわからない。お前達の父親のことも、私自身のことも」


 サイはがっくりと膝を折り、項垂れる。蘭丸はそれを見下ろし、言った。


「私は、自分自身を知るために……そして、この世の結末を変えるために業輪を探している。鍵を求める者は皆、そうだ」

「……」

「真実を掴むか、死ぬか。どちらを選ぼうがお前の自由」


 白い羽は散り散りになり、白髪も毛先から黒く染まってゆく。青い瞳も、光を失って黒に戻った。サイは、ただ地面を見つめる。これ以上、何が自分を待ちうけているというのか。これ以上、自分とシドに……どうしろというのか。母親の正体、蘭丸の素顔。サイの中で二つがぐるぐると駆け巡り、蘭丸の言う通り、"迷い"に捕われることになる。捕われて、動けない。



ーー僕は……よかったのに。……兄さんがいれば……それでよかったのにーー



 シドの言葉を思い出し、頭を抑えて目を潤ませるサイ。どうしていいのか、わからない。シドを殺せば何に脅かされることもなく生きていける。そう、思ってきたのに。灰色の空と、暗い森の中。自分だけが疎外された存在に思える。何もかもわからなくなって、確かに感じる孤独感。自分の存在を唯一認めてくれていた弟すら殺そうとした自分は本当に孤独なのだと……やっと、気付く。そして、それしかわからなくなる。


「……」


 脇腹を抑えて俯くサイを、じっと見つめる蘭丸。


「…私に、ついてくるか?」

「!」


 サイは涙を流しながら蘭丸を見た。


「真実を掴むための旅路。くると言うなら私の知るところを全て話そう」

「……何故、」

「…あの日、私は手を取り合わねば空も飛べぬ比翼の鳥を離れ離れにしてしまった。お前達が母の思いに反して争い合うのも、元を辿れば私の責任。この旅路も残りわずかだが、お前が望むのであれば……真実への道を示そう」

「……」

「運命の至る場所への、道を」


 運命の至る場所。バンディが目指す場所。カイザから奪おうとしていた場所。そして、母の……サイは脇腹から血を滴らせ、考える。


「……」


 蘭丸は、ふと一つの死体を見つめてサイに向き直る。


「過去や他人に囚われてはならない。お前の心は、お前だけのものだ」


 サイは顔を上げ、蘭丸を見つめる。そして、意を決したように小さく頷く。


「……行くぞ」

「わかった」


 二人は木の上に飛び上がり、去った。血と、焦げた匂いのする森の一角。沈黙が流れるだけの死臭漂うそこで、もぞりと死体が動き出した。首元を抑え、よろよろと立ち上がる。そして、大剣を握りしめた。


「……そう簡単には、行かせない」


 吐き出した血が、木の幹に赤い染みをつくる。

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