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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆湖の見えるバルコニー~女が辿り着いた答~
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88.胸の内など親子でもわかりあえない





「ほう、革命派の連中が」


 持っていたカップをテーブルに置き、アンナ寵妃は笑う。


「ダンテ様……帝国を相手に真っ向から闘おうとおっしゃるのですね。なんと勇ましい」


 アンナ寵妃の向かいに座るヨルダはうっとりとして頬を両手で抑える。花が咲き乱れる豪華なバルコニー。白いテーブルと白い椅子、葦が絡まる白い手摺が神聖な空気を醸し出す。アンナ寵妃は広い湖を見て、言った。


「役者は揃った。あとは審判の日を待つだけだ」

「でも、何処でその日をお迎えになられるおつもりで? そろそろ教えてくださいよ、その、業輪が現れるという場所を」

「……」


 アンナ寵妃は少し考え、言った。


「秘密にしていたわけじゃない。確信がなかったのだ。業輪は奪われたわけではなく、エドガーによって隠されたのだという確信がな」

「……どういうことです?」

「奪われたとなればこの地上のどこかに存在する。しかし、隠したとなれば話は別だ。そこで、聖母の言葉を思い出してみろ。言っていただろう? エドガーは不老不死だと」


 アンナ寵妃は金の鍵を手に、じっと見つめる。


「そして、お前も言ったな。エドガーの魂は眠っていると」

「ええ」

「この二つから、死ぬはずのないエドガーの魂の眠りと業輪の行方は何らかの関連性があるととれる。それで、エドガーは魂を眠らせるとともに業輪を隠した、という考えに至ったわけだ」


 アンナ寵妃は鍵を握りしめ、言った。


「業輪はエドガーの魂と共にある。光の反射しか捉えぬ目などでは、感じ得ない場所に」


 ヨルダは黙り込み、アンナ寵妃を見つめる。


「そして、それはどんな形になっているかはわからないが……審判の日に必ず姿を現す」

「何故……そんなことがわかるのです」

「業輪が何か、わかるか」

「…存じません」

「あれはな、東禊神話を読み解くに世界の秩序と均衡を保つためのものなんかじゃない」


 アンナ寵妃はすっかり話に聞き入っているヨルダを見て、鼻で笑った。


「世界の門を閉じる鍵なのだ。閉じる鍵でもあるが、逆に、開く鍵でもある」

「……矛盾、しておりますね」

「矛盾と思うのは勘違いしているからそう思うのであって、矛盾などしていない。実際にそういうものなのだ。例を上げるなら死だな。あれとて誰もかれもが"終わり"だと錯覚している」

「死は終わりであり始まりでもある、と」

「そうだ」


 ヨルダはカップに視線を落とす。


「と、なると……世界の終わりは世界の始まりでもある」

「そういうことだ。つまり、業輪を手にしたものは世界を閉じ、新世界の幕を開ける神となる。業輪に選ばれ、そして、神の玉座に腰をおろす。運命の至る場所にな」

「……運命の至る場所とは、神の玉座を指しておられたのですか」

「私の予想でしかない。しかし、この戦争で重要な鍵となるのがヴィエラ神話」


 カップを見つめていたヨルダは、ふと顔を上げる。


「ヴィエラ神話には堕天したカイザが神に罰せられる場面がある。これこそ、この世界でいう審判の日だ。そこに現れたのは、なんだ?」

「…天使、ですが」

「その天使は絵やなんかだと必ず頭に金の輪が描かれている。数ある天使の中でも、闇に落ちたカイザの手を引くその天使だけがな」

「まさか、その天使が……」

「そのまさかだ」


 ヨルダは深く息を吐いて、言った。


「し、しかし、エドガーは死んで……魂も眠りについています」

「そうだな。エドガーが現れるわけじゃないだろう。エドガーの魂と業輪を持って誰かが現れる。必ずだ」

「……」


 鍵を握って湖を見つめるアンナ寵妃を、ヨルダは茫然と見つめる。


「して、その現れる場所だが」


 ヨルダは、やっと本題に入ったのだと気付く。この壮大で大胆、かつ何処か説得力のあるアンナ寵妃の前振りに驚愕している場合ではない。アンナ寵妃は膝に置いていた一冊の絵本を開く。そして、言った。


「この場所を示すのは、13番目に生まれた王子が槍を賜りて神が地上に残したという宝物を探す旅に出る、という神話の冒頭。そして、世界の書だ」

「…世界の書、って、あの革命派達が研究している古文書ですか。ロストスペルから埋もれた歴史まで書かれているという」

「ああ」

「解読もろくに進まぬ古い書物が、ヴィエラ神話とどう関係があるというのですか」


 場所の話になったかと思えば、神話と文書の話。ヨルダは眉を顰めて絵本のページを捲るアンナ寵妃を見つめた。アンナ寵妃は緩く笑いながら絵本を眺めている。


「この世に神殿が幾つあるかわかるか」

「…わかりません」

「13だ」

「…カイザが13番目の王子だから、13ある神殿のどれかに天使が降りるとお考えなのですか?」

「そういうわけでもないが。確実に、業輪が辿り着くであろう神殿がある」


 ヨルダの顔をますます不機嫌そうになる。アンナ寵妃はそれを見て鼻で笑った。そして、再び絵本に視線を落とす。


「世界の書…別名、神の文書は、各地の神殿より発見されている」

「神殿で……」

「そして、唯一文書が発見されていないのが……パリスの神殿」


 アンナ寵妃は絵本を閉じた。


「何故パリスの神殿にだけ文書がないか。それは、まだパリスの神殿に祀る文書が書かれていないからだ。いや、今書かれている最中、とも言える」

「……最中、とは」

「ヴィエラ神話の13人の王子は世界の書であり、主人公として描かれているカイザはこれからパリスに祀られる世界の書13巻なのだ。と、いうことは……この世界は13番目の王子、カイザの物語そのもの。そして、今はまさにその佳境!」


 アンナ寵妃は絵本をテーブルに叩きつけた。ヨルダは驚き、びくっと身体を強張らせる。


「……物語の結末は、天使に導かれたカイザが神殿にて神の宝物を手に入れ、運命の至る場所に辿り着く」

「……」

「こうともなると、終結の場所はパリスの神殿以外に考えられない」


 アンナ寵妃は、怯えるヨルダに優しく微笑む。


「審判の日、業輪を持った誰かが現れる。神に罰せられるカイザ……もとい、世界を救うためにな。そして、パリスの神殿にて業輪は運命の至る場所への門を開く」

「……」

「これが、私が導き出した世界の終わり……神の玉座への道だ」


 ヨルダは黙り込み、ごくりと唾を飲み込む。頬杖をついて笑うアンナ寵妃。テーブルに置かれた絵本の上には、小さな金の鍵が遠慮がちに光っていた。


「……母上、」


 ヨルダは驚いた顔をして声の方へ振り向く。


「ルイズ、帰ったのか」


 物静かな空気を纏う青年。アンナ寵妃を同じ、褪せた金髪に青い瞳。ルイズから滲みでる高貴な雰囲気に、ヨルダの背筋が伸びる。


「ただいま戻りました」

「どうだった、ゼノフは」

「……」

「そうか」


 この沈黙に何を読み取ったのか。ヨルダにはわからない。


「グレンの首は取れませんでした」

「よい。ゼノフを陥落させることに意味がある。いい見せしめになったおかげで、獲物が一か所にまとまって仕留めやすくなったからな」

「…そのようですね。そろそろレオンも軍に加えてもよろしいのでは」

「ああ。独房から出して、次の参謀会議には出席できるようにしておこうかな」

「かしこまりました。では、失礼致します」


 ルイズはぺこりと頭を下げた。そして、軽やかにその踵を翻す。


「ルイズ、エルザはどうしてる?」


 アンナ寵妃が聞くと、ルイズは立ち止まる。そして、背を向けたまま言った。


「エルザは……まだ」

「……わかった」


 ルイズは再び歩き出し、バルコニーから去った。


「…エルザ様、まだ引き籠ってらっしゃるのですか」


 ヨルダが心配そうに問いかける。アンナ寵妃は溜息をついた。


「そうなんだよ。困ったものだ」

「難しいお年頃ですものね」

「…ふん、自覚の問題だ。クロムウェル家の娘でありながらこのような醜態を晒すなんて……難しいお年頃なんかでは済まされぬ」

「よろしいではないですか。今によくなります」


 優しく微笑むヨルダ。アンナ寵妃は眉を顰めてヨルダを見て、視線を反らした。


「……まあ、一生部屋に籠っているわけでもないとは思うが」

「アンナ様は実に知略的てらっしゃるのに、お子様方のこととなると弱い」

「うるさい。子供のいないお前にはわからぬのだ」


 ヨルダは法衣で口元を抑え、小さく笑う。アンナ寵妃は不機嫌そうに腕組をした。


「親の心子知らずとはよく言ったものだな。私がどんなにエルザを思おうと、あの娘は扉越しに応えることすらしない」

「まあ。それはお寂しい」

「寂しい。昔は泣き声一つで考えていることがわかったというのに……今、エルザは何を考えているのだか」


 アンナ寵妃の弱気な表情。それを見て、ヨルダは考えていた。親の心子知らず。子の心親知らず。エルザもまた、アンナ寵妃の思いに頭を悩ませていると……ヨルダはわかっていた。そして、あの従順なルイズもまた。しかし、言わない。自分の目的のためには、この母親に動いてもらう必要がある。子の思いに感けて動きを止めてもらっては困るのだ。ヨルダは寂しげなアンナ寵妃に慰めるような笑顔向ける。アンナ寵妃は、その笑顔を見てまた不機嫌そうに眉を顰めるのだった。








「…エルザ、」


 大きな両開きの扉。ノックして呼びかけるが、返事はない。


「……私だ。ルイズだ」

「……」

「…土産がある。置いて行くぞ」


 ルイズは扉の前に花束を置き、その場から立ち去った。


「……」


 蝋燭の火が一つだけ灯された暗い部屋。そこに立てかけられた、一枚の絵。


「…お兄様、」


 礼服を着た、金髪碧眼の少年。


「カイザお兄様……」


 切なげな声で、少女は呟く。ぼんやりとした目に涙を浮かべ、絵を見つめる。


「いつ、エルザを迎えに来てくださるの……早く、早くしないとエルザは……」


 その瞳から、涙が一筋流れる。絵の中の少年は何も答えない。ただ、静かに泣く少女を見つめるばかり。神に嫉妬される、その少年は。

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