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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆山と街と部屋~雲が空を覆う日~
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87.思惑という大きなうねりの中で

「遠方遥々、御苦労様です」


 リノア鉱山大門。ガトーは固く閉じた鉄の扉の前で、ニッコリと微笑む。


「お前がいるということはクリストフも戻っているのだろう? 出せ」

「申し訳ありませんが、マザーは不在です」


 ガトーの目の前には、黒いマントをかぶった軍勢がぞろりと並ぶ。先頭に立つ男は、フードを下ろしてガトーを見下ろすように見つめる。


「では、バンディは何処だ」


 冷やかな薄い灰色の目。


「存知ません」

「ここにいると聞いたが?」

「とっくに去りました」


 男は鼻から大きく息を吐いてそっぽを向く。そして、大きな剣を肩にかけてガトーを見た。


「そんなわけ、あるか」


 軍勢は次々と武器を構える。


「バンディの狙いはわかってる。ここを手放すわけがない」

「それが、手放したんですよ。あなたは母やこの山のことをご存知だからわかるだけで、バンディはこの山の重要性を知らない。ある男の出鱈目に踊らされて去ったのです」

「ならば確かめさせてもらおうか」


 男はガトーに向かってずっしりとした剣先を向けた。


「俺が言うんですから、確かめるまでもないでしょう」

「マザーがバンディの手に落ちていないという確証もない。番犬の言葉なんて信用できるか」


 ガトーは微笑みを崩さずに握っていた槍を立てて先を思い切り地面に突き刺した。すると、大きな轟音と共に地面に罅が走る。仁王立ちする男の足元まで、罅が伸びる。男は構わずガトーを見据える。


「そっちがその気でしたら……大人しい番犬とて噛みつきますよ?」


 ガトーの背後で、鉄の扉が音を立ててゆっくりと開いた。そこには、武装した山賊達が列をなして立っていた。睨み合う両者。男は溜息をついて剣を地面につき、それに寄りかかる。


「殺し屋とやり合おうってのか」

「そちらこそ、山で山賊相手に戦おうなどと……随分と死に急いでらっしゃるようで」


 男は軽く首を傾げてガトーを見つめる。その目はやはり冷たい。そして、男は小さく笑った。


「…言われてみれば、別に急いでいるわけでもないな。今日は見逃してやろう」

「それはこちらの台詞です」


 男は楽しそうに笑いながら剣をしまい、ガトーに背を向けた。


「いい番犬だ。次来た時は山ごと俺の番犬にしてやるよ」

「そうなるくらいなら死にます」

「……ますます気に入った」


 男は少し振り返って笑うと、軍勢を引き連れて去った。

 

「ガトーさん!」


 山賊の一人がガトーに駆け寄る。ガトーは槍を抜いて頬笑み、振り返る。


「あいつら、やっぱり……」

「ええ。四大組織を排するつもりのようですね」

「だったら俺達も!」

「…放っておきましょう。流れ者のブラックメリーやホワイトジャックと違って、我々にはこの山こそが組織の要。この山と、マザーが」


 ガトーは灰色の空と灰色の山頂を見上げ、笑う。


「それに……もう”次”なんてありませんから」


 ガトーの口元が、怪しく吊りあがる。












 瓦礫の山。そこから覗くのは燃えた木屑と、死体。土と焦げた匂いが淀めく。白衣の戦士達は瓦礫の中から生存者を探して運び出している。


「先生! 先生!」


 そこに、必死に叫ぶミレーの姿があった。


「先生!」

「ミレーさん! いました!」


 ミレーは勢いよく振り返り、呼びつけた兵士に駆け寄る。大きな土の壁に埋もれたグレン。その脇には、ぐったりとしたバッテンライがいた。その頭には、グレンと思しき白衣が巻かれている。赤く染まった、白衣が。


「ミ、ミレー……っすか、」

「先生!」


 ミレーは崩れるように座り込み、壁の下のグレンを見つめる。


「市、市民は……」

「生存者はイシドール様のところへ運んでます! 帝国軍も去りました!」

「そ、そっすか。イシドールだけでも、限界があるっす……このままでは物資も尽きてしまうっす。すぐ、生き残った兵を連れて、テレジア邸を……」

「そんなことは後にしてください! 早く、早くこの瓦礫をどかして!」


 ミレーが兵士達に言った。兵士達は集まって壁を動かそうとするが……びくともしない。


「ミレー……」

「早くして! 全員呼んで、先生の救出に!」

「ミレー!」


 グレンが叫ぶと、ミレーははっと我に返り、涙を流しながらグレンを見た。グレンは、真剣な眼差しでミレーを見つめる。暗がりで、その黄土色の瞳が光る。


「俺はいいから、他の生存者を……」

「……でも、」

「行け!」


 ミレーは小さく首を横に振る。どうみても、グレンとバッテンライは重症だ。早く助けねば……死ぬかもしれない。ミレーが動けないでいると、グレンの表情に驚きの色が浮かんだ。ミレーは、グレンの視線を辿って後ろを見た。


「グレンいるー?」


 街の残骸を囲みこむ白い法衣と黒い法衣を着た軍勢。その先頭には、羽の生えた獅子の頭に胡坐をかく長身銀髪の美青年。


「…英雄、ダンテ」


 青年は膝に肘をついて、指を鳴らした。すると、目を閉じてしまう程の突風が吹いた。瓦礫は砂に変わって風にさらわれてゆき、そこら一帯には死体と、生存者だけが残った。ミレーが目を開けると、目の前にはバッテンライを抱いて横たわるグレンが。


「先生!」


 ミレーと兵士達はグレンに駆け寄る。グレンの左足はぐちゃりと潰れている。バッテンライも頭から血を流し、動かない。


「いたいたー。生きててよかったよ」


 グレンが弱弱しく顔を上げると、ダンテとオズマが自分を見下ろしていた。


「何で……ここに」

「まだ死なれちゃ困るんだよねー。これからが本番なんだから」



--お前に死なれては困る--

  


 グレンの頭に、カイザの言葉が浮かんだ。グレンは力無く笑い、言った。


「…そっすか、本番っすか」


 兵士達はバッテンライを抱えて運び、グレンをも抱えようとした。すると、グレンはその手を払い退け、ミレーの肩に掴まりゆっくりと立ち上がる。ミレーは、何か恐ろしいものでも見るかのような目でグレンを見つめていた。ダンテとオズマは、血まみれのグレンを笑顔で見つめる。グレンは苦しそうに笑いながら、ダンテを睨むように見た。


「…良い感じに将軍の顔になってるじゃないか。どちらかと言ったら暴君、って感じだけど」

 

 オズマはへらへらと笑いながら一枚の紙をグレンに見せた。


「招待状。というより、徴兵礼状。帝国は革命派を狙った市都制圧を始めた。よって、各地の革命家達はダンテ様の下に集って軍を編成。それに、カンパニーレも参入してもらう」


 グレンは礼状を受け取り、固まった。


「…禁術騎士団、アポカリプス」


 その紋章は、カンパニーレと同じ鐘楼だった。金に輝くそれをじっと見つめるグレン。ダンテはにやりと笑って、言った。


「僕達にぴったりだろう? 一緒に革命の鐘楼カンパニーレを鳴らそうよ、グレン」

「…ええ……最高っす。聞かせてやるっすよ、金の鐘楼のを」


 潰れた足から血を滴らせ、グレンは笑う。


「帝国とクロムウェル家に、ド派手な終末の音アポカリックサウンドを!」


 グレンは小さく笑いながら俯き、礼状を握りつぶした。














「まだここにいたのか」

「……」


 薄暗い部屋。窓から差し込む光が家具を白く照らす。


「ホワイトジャックがお前を探してる」

「んー……いいだろ。どうせ俺の居所なんかわかりゃしねぇよ」


 ベッドに寝転がる男。光に照らされた足を組み、全くベッドから起き上がる気配がない。


「わからないだろうが、いいのか。帝国と革命派も本格的にぶつかり始めたぞ」

「んなもん勝手に潰し合えばいいんだよ。どうせ帝国も俺らの抗争をそう思ってんだから」

「……だが、仮にだ。帝国と革命派も、鍵戦争に噛んでいたらどうする」

「……」


 組んでいた足を解き、溜息混じりに身体を起こした。


「面白い」

「…面白がってる場合か?」

「いいじゃねぇか。おもしれぇよ。日陰の連中でどんぱちやっててもつまらねぇからな」

「そんなツラして、よく言えるな」


 包帯から覗く口元が、にやりと吊りあがる。


「お前こそ、左腕引き千切られといてよく言うよ」

「どうする。ホワイトジャックだけでも片づけておこうか?」

「だから、放っておけって」

「敵は減らしておけばいいだろう」

「いい。好きにやらせとけ。審判の日で生き残れるかどうかが鍵なんだからよ」


 光が陰り、室内が真っ暗になる。外は曇り始めたらしい。


「……で、その鍵はいつ来るんだ?」

「いつか来る」

「もしかしたら、来ないかもしれないぞ。審判の日すらも知らないかもしれない」

「それは無いだろ。どうせ蘭丸に聞いてる」


 暗闇に飛び交う低い声と、冷めた声。


「必ず来る。あいつらにとって、業輪の手掛かりはここにしかないんだからな」

「……そうか」

「他になんかねぇのかよー、楽しい情報は」


 どさりと、ベッドに横たわる音がした。それと共に、何やらページを捲る音がする。


「そうだ。エドガーの鍵の持ち主がわかったぞ」

「あ? もう一本の在処か」

「ああ」

「何でそれを先に言わない」

「忘れてた」

「忘れんな、そんな大事なこと」

「…クロムウェル家だ。夜、たまたまクロムウェル家の馬車を襲った連中が鍵の事を耳にしたそうだ。偉そうな女が持っているらしい」

「クロムウェル家の、偉そうな女…アンナ寵妃か」

「たぶん。だから帝国と革命派の戦争も鍵戦争と噛んでるんじゃないかと思ったんだった」

「先に言えよ」

「忘れてた」

「……」


 再び、部屋に光が差し込んできた。ゆっくりと床をなぞり、光は包帯だらけの顔を照らし出す。


「まあ、いい。まずはブラックメリーが先だ。あれがなくちゃ始まらねぇからな」

「俺がクロムウェル家へ鍵を取りに行こうか」

「お前はもう少し休んでろ。カイザをやればブラックメリーも鍵も手にはいるんだからな」

「…わかった」

「もう行け」


 扉の軋む音がした。


「…サイ、」


 音が、ピタリと止まる。


「ちゃんと休めよ」

「わかってる」


 扉の閉まる音がした。そして、小さな溜息が部屋を満たす。


「…あー……殺してぇ、」


 包帯が巻きつく手の平を、数度握る。


「カイザ……早く来いよ」


 拳を額に当て、苦しそうに呟く。しかし、その肩は小刻みに震え、焼け爛れた肌が覗く口元は薄く笑っている。赤く、そして、黒く。







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