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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆煙の塔~最後の記録~
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78.初恋は実らない

「クリストフの関係者だな」

「……」


 シアトリアムの入口で一人待っていると、数人の男に囲まれた。


「カイザは何処だ」


 マントをかぶっているが、その布間が見える装いから兵士であることがわかる。荒くれ者の街には不似合いな役者。これが意味することとは。


「…さあ、誰のことですか?」

「隠しても無駄だ」


 男達は剣を抜いた。朝日に照らされた切先を見てにっこりと微笑み、言った。


「母さんは、クロムウェル家と接触したんですね」


 背中に携えた槍を手に取った、その時。


「あー、いたいた」


 真上から声がした。空を見上げた瞬間、目の前に轟音と共に大きな像が降ってきた。それは一瞬にして男達を押し潰し、凹んだ地面にじわじわと血を滲ませた。


「偉いねー、こんな朝っぱらから門前でお迎えとは。どのくらい待ったの?」

「……」


 前足を上げた馬のブロンズ像。その背中の上には、頬杖をついて横になる男が一人。逆光でその顔は見えない。


「…誰ですか」

「行きすがらにでも改めて自己紹介するよ」

「行きすがら?」

「お母さんは理由が会ってここには来れない。だから俺がお迎えに来たんだ」

「……」


 聞き覚えのある声。じっと男を見つめ、槍をしまった。男の眼鏡が、日の光を反射する。


「行こうか、ガトー君」









 朝日が上る山間を見つめ、シドがぼそりと呟いた。


「月……見ないで寝ちゃった」

「いいだろ。今晩見れば」


 煙草を吸いながらカイザが言うと、シドは首を激しく横に振った。


「いざって時に力が出なきゃ困るじゃん!」

「目玉無くても力使ってたろ」

「あんなちょびっとじゃすぐ殺されちゃうぅ」


 カイザの膝に突っ伏しすシド。カイザは、殺される姿が想像もつかない少年をじっと見下ろして溜息をついた。


「お前、腹減ったんだろ」

「…お腹も空いた」


 小さく頷くシド。ルージュは困った顔をして振り返る。


「どうします? そこに町がありますが寄りましょうか?」

「そうするか」


 カイザがそう言って疲れたように空を仰いだ。淡い水色の空。雲が薄く広がり、冷んやりとした空気が鼻をつく。ゼノフより南に下りて、幾らか寒くが和らいだことに安堵するカイザ。そのカイザの目に、黒い点が四つ、飛び込んできた。それは次第に大きくなる。


「…なんだ、あれ」

「…?」


 シドとルージュも、空を見上げた。黒い点は大きくなり、人の形を成してゆく。それと共に、カイザの顔が青ざめる。


「見つけたぞ! カイザ!」


 ルージュは慌てて炎を広げた。四人の人影が炎に落下し、大きく上下に揺れ動く。ミハエルとシドを抱えて端に捕まっていたカイザが振り返ると、鬼の形相で波打つ炎の上を駆けてくる一人の人物がいた。


「シアトリアムには行かない!」

「ク、クリストフ?!」


 驚くカイザの目の前には、クリストフがいた。


「何で最後にボヤしちゃうかな!」

「うるせえ! 真上についたんだからいいだろ!」


 怒鳴るダンテと、脇腹を抑えて蹲るフィオール。


「お前ら、なんで……」


 混乱しているカイザ。クリストフはフィオールと騒いでいるダンテに振り返った。


「話は後だ! ダンテ!」


 クリストフが呼びかけると、ダンテはわたわたとルージュに駆け寄る。フィオールも嫌そうについてきた。


「ルージュちゃん! 今すぐここに塔を作るよ!」

「…え?! し、しかし、オズマが…」

「大丈夫! 支柱もう一本はフィオールがやる! 魔力は?!」

「た、足ります」


 ルージュも混乱している。カイザとシドはきょとんとしてダンテ達を見ている。


「…迎えに来たのか」


 カイザが聞くと、クリストフはダンテ達を見つめたまま言った。


「そうだ。ガトーのことはオズマに迎えに行かせてる」

「……」


 少女の表情、声色からクロムウェル家で何かあったのだと察するカイザ。


「いい? フィオール、失敗したらまた混沌に落っこちる羽目になるかもしれないんだから、絶対しくじんないでね」

「…今のうちに謝っておいちゃ駄目か?」

「駄目!」


 ダンテを挟んでルージュと両手を合わせるフィオール。その顔は何処か不安そうだ。


「いくよ……風の精霊と契約せしダンテの名において。この身になぞらえ、泉を繋げ。大気を統べし煙の塔を、ここに築かん!」


 その時、ダンテの真下から風が吹き始めた。それは炎の真下で大きく逆巻き、一瞬にしてカイザ達を竜巻の中に包み込む。炎の上で、シドの手を握りミハエルを抱き締めるカイザ。目を細めてダンテの方を見ると、ゆっくりと離れるルージュとフィオールの手の間から金の光が現れた。



ーーカイザ……ーー



 何処かでこの雰囲気を……感じた気がした。そこには、ミハエルも。そうだ、混沌だ。閉じる瞬間、白く眩い光の中でこの金の空気を確かに感じた。光に、溶けていた。


「カイザ!」


 クリストフに呼ばれ、カイザは我に返る。ルージュとフィオールはずっと遠くに離れ、二人を繋ぐ金の輪はダンテを中心にカイザ達までも包み込んでいる。風が吹き荒ぶ中、クリストフがカイザの肩を支える。


「いいか、離れるな!」


 クリストフが下を睨んだ。その時、渦を巻いた煙が下から迫ってきた。


「!」


 煙に飲まれ、その勢いに吹き上げられるカイザ達。カイザの腕の中でシドはじっと、遠くなるダンテを見つめていた。



ーー…ありがとうーー



 シドはチラッとカイザを見た。ミハエルを抱き締めて、下を見下ろすカイザの横顔。混沌の匂いが鼻を掠める。鼻から、頭へ。匂いに誘われて耳に蘇る、あの不思議な声。


「……」


 少年が無言で懐かしい温もりを思い返していると、吹き上げる風が勢いを弱めた。風が止まり、身体が落下を控えて空中に留まった瞬間。今度は横風が吹き乱れた。右から、左から。ぶつかり合うそれは次第に色が濃くなり、一つの空間を作ってゆく。天井から見下ろすその一室は、見覚えがある。暖炉と、ソファーと、大きなテーブル…


「ボケっとすんな!」


 クリストフに叫ばれ、慌てて着地するカイザとシド。危うく、床に腹打ちするところであった。


「もう、煙の塔の中なんだよな?」

「そうだ」


 クリストフは着地するなりどっかりとソファーに座った。カイザとシドは戻ってきた実感が湧かないのか、部屋を見渡している。


「…シド、」


 クリストフに呼ばれ、シドはソファーの方を見た。クリストフは無表情でシドを見つめたかと思うと、ふっと、笑った。


「目が見えるようになったようで、よかった」

「……」


 その目もまた、カイザ同様に変わっていた。想像もしなかった愛情深い眼差しに、シドは怯む。



ーー…ありがとうーー



 あの声。先程も思い返していた男女の声が混ざったような声が頭を過った。少年は確かに感覚が鋭い。人の感情にも敏感だ。しかし、殺し屋で育った少年が聖母の放つものが母性愛だと気付けるはずもなく。温かな黄金色の瞳に見つめられ、何故あの声が耳を児玉したかも……わかるはずもなく。その確かな感覚だけが、ぐるぐると身体を駆け巡るのだ。


「…どうした?」


 カイザが少年の顔を覗き込むと、シドはおどおどとカイザの服を掴んだ。クリストフも首を傾げる。カイザが顔を寄せ、ん? と小さく問いかけると、少年は恥ずかしそうに耳打ちした。


「…なんて言えばいいの」

「…何が?」

「クリストフが、目、よかったなって」


 なんて言えばいいのか。この二人、"よかったな"、"うん".、で済む関係であるとは思うのだが。少年は何を急によそよそしくなっているのやら。


「…その節はどうも、じゃないか?」


 カイザが言うと、シドはソファーに歩み寄った。クリストフは眉を顰めてチラチラとカイザを見ている。シドは、少し照れながら言った。


「…その節は、どうも」

「…いいえこちらこそ」


 何だこのやり取りは。カイザはおかしな物でも見るような目で二人を見つめた。


「ただいまー」


 部屋の扉が開き、ダンテ達が入ってきた。フィオールはやけに疲れた顔をしている。


「あ、シド。目治ったんだねー」


 ダンテの言葉でフィオールもそれに気付き、おお、と小さく感嘆の声を上げた。


「よかったな!」


 笑顔を向けるフィオールに歩み寄って、シドはその顔を訝し気に見つめた。フィオールはよくわかっていないようでシドを高い高いし始めた。最初は全く自分に感心のなかった彼が心から喜んでいることに違和感を感じるシド。満更でもないが、やはり少し警戒してしまう。


「グレンて本当に医者だったんだねー」


 部屋に入るなりテーブルの椅子に怠そうに座るダンテ。


「紹介してきた本人が何言ってんだよ」


 カイザは小さく溜息をしてミハエルをソファーの近くの椅子に座らせ、ダンテと同じテーブルの席についた。


「ん? なんだその眼帯」


 フィオールがシドを下ろして眼帯を指差した。


「フィオール、それには触るなよ」


 椅子に腰掛け、カイザが振り返る。


「空っぽじゃないのか?」

「……それが、空っぽじゃないんだよ」


 煙草に火をつけ、顔を顰めるカイザ。その隣に座り、首を傾げるフィオール。


「グレンの事だから間違って他人の目玉とか入れたんじゃないのー?」


 ダンテの言葉にカイザは、あー…と気の抜ける声を漏らした。テーブルに身を乗り上げ、じっとダンテを見つめるシド。


「…何? シド」


 ダンテが問いかけるが、シドは口を開けてダンテを見ている。


「カイザ……僕、ダンテと結婚する」


 煙草の煙で咳き込むカイザ。椅子から転げ落ちるフィオール。驚いた顔で振り返るクリストフと、目を点にしているダンテ。扉の方では、ティーセットを持って部屋に入ってきていたルージュが固まっていた。


「……」

「……」


 無言で見つめ合うシドとダンテ。カイザはげほげほと噎せながら、シドの頭をわしっと掴んだ。


「待て……ダンテが可愛いのはわかる。でも男だ」

「男の子と男の子でも結婚できるでしょ?」

「俺の国ではできない」


 カイザがそう言うと、シドはソファーの近くの椅子に腰掛けるミハエルを指差した。


「カイザだってミハエルと結婚してるんでしょ? だからいつも一緒なんでしょ? 死体と結婚してもいいのに男の子と結婚しちゃ駄目なの?」


 何やら誤解を生んでいるようだ。シドの言葉に、思わず身を引くカイザ。


「これが……反抗期か」

「違うだろ」


 フラフラしながら席に戻るフィオール。ルージュは苦笑いしながら茶を振舞っている。シドは真剣な面持ちでカイザを見つめていた。それを他人事のような目をして見物していたダンテが、言った。

 

「…いいよ。結婚しよう」


 クリストフは飲んでいた茶を吹き出した。


「ダ、ダンテ!」


 カイザが慌てて呼びかけるが、ダンテはニコニコと笑っている。


「僕、国では女ということになってるから結婚できるよ」

「やったー」


 シドは嬉しそうにダンテに抱きつく。フィオールに茶を差し出すルージュの手がカタカタと震えている。


「連れてきましたよー……って、どうしたの。みんな顔色悪くして」


 部屋に入ってきたのは、オズマとガトー。クリストフは大きく深呼吸をしてソファーから立ち上がり、テーブルに歩み寄る。


「…シドの性教育はまた後だ。今は互いに、話さなくてはならないことがあるだろう」


 クリストフは唖然としているカイザの正面に座った。オズマとガトーは不思議そうにしている。ダンテは微笑み、呟いた。


「そうだよ。こんな幼い恋の掛け合いなんて……今は些細なことさ」


 カイザがダンテを見た。その表情は、前とは打って変って大人びていた。

 幼い恋。今は恋愛の分別もつかないシドも、大人になるにしたがって世界を知ってゆく。冷静に考えたら、当たり前のことなのだ。男の本能は常に、女を求めるのだから。しかし、シドと変わらない風貌の少年が言うと……何処か不安になった。"今は些細なこと"。その言葉が、妙な重みを醸し出す。


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