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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆クロムウェル家離宮~美と策略の真実~
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73.嘘より誠の方が人を陥れやすい

 その瞬間、ダンテの足元から風が巻き起こった。人々は逃げ惑い、ホールからバタバタと出てゆく。


「…ダンテ!」


 パニックの中、クリストフがダンテに手を延ばしたが……届かない。ダンテは足元から勢いよく伸びた何かに乗ってアンナ寵妃へと突っ込んでゆく。風が逆巻くそこから出たのは、大きな白い蛇だった。その背中に横乗りになったダンテは蛇の頭に触れた。すると、蛇はその口を大きく開けてアンナ寵妃に牙を向ける。


「ほう、話に聞いた通りだ」


 蛇が噛み付こうとした瞬間、床が眩く光った。


「まずい!」


 オズマは蛇の胴を引っ張り上げた。蛇は大きく身を畝らせ、オズマの元へ引き戻される。よろめいたダンテは舌打ちをしてしゃがみ込み、アンナ寵妃を睨む。オズマは蛇に乗ったままダンテが戻ってくるのを見て両手を床についた。そこから光が紫に変わってゆく。華やかなホールは部屋の隅から黒い石に変わり逃げ遅れた人をも石にした。ダンテは紫の円に飛び降りた。光がおさまると、クリストフ、フィオール、オズマが立つ紫の円だけが普通の床に戻った。どうやらオズマの力が行届いた所だけ石化を防いだようだ。楽しそうに笑うアンナ寵妃と、数人の付き人がホールの中心へと歩いてくる。そこには、青ざめたアドルフも一緒だ。


「おい! てめぇがいきなり事を荒立てどうすんだよ!」


 クリストフが言うと、ダンテはアンナ寵妃を睨んだまま言った。


「だって……あいつがエドガーを殺したんだ! ズタズタにして、袋に詰めて……笑ってたんだ!」


 ダンテのその銀の瞳には、アンナ寵妃の残虐性がありありと写っていたのだ。クリストフとフィオールはそれを聞いて目を見合わせる。オズマはダンテの肩を掴み、言った。


「ダンテさん、落ち着いて!」

「落ち着いてられるか! おい、答えろアンナ寵妃!」


 普段とは全く違うダンテの様子に、クリストフとフィオールは固まっている。アンナ寵妃は立ち止まった。


「何故エドガーを殺した!」

「……」

「答えろ!」

「…殺してなどいない。勝手に死んでおったわ」


 鼻で笑うアンナ寵妃。それを見てダンテが暴れ出そうとした。オズマとフィオール、二人がかりでダンテを抑える。


「そりゃあ、そうだ。エドガーは美女の中でも唯一不老不死の身体を与えられた女だからな」


 ダンテの前に立ち、アンナ寵妃に不屈の笑みを向けるクリストフ。余裕ある表情とは裏腹に、目つきはその眼光で殺せるのではないかと思える程に鋭い。


「エドガーを捕らえた理由も聞くまでもない。鍵に決まってるんだからな。クロムウェル家がカイザを引き取ろうとしなかったのも、息子可愛さにお前が何らかの手を使って邪魔したんだろう?」

「…カイザ様を知っているのか。これは……厄介な客人を招いてしまった」


 厄介。そう言うアンナ寵妃の顔は笑っている。


「お前の予想通りだが、思わぬ魚も釣れたようだぞ?」

「…?」


 アンナ寵妃が後ろに向かって言った。すると、背後から一人の人物が現れた。


「…ヨルダ」


 ダンテが固まって、その女を見つめる。黒い法衣を着た、薄黄緑色の髪をした女。優しげな顔は、その穏やかな笑顔をダンテに向けた。


「お会いしたかった……ダンテ様」


 うっとりした表情でダンテを見つめ、胸の前で手を組むヨルダ。すると、天井のシャンデリアから光が放たれた。眩しさに目を瞑るクリストフ。目を開けると、だるだるのタキシードに身を包んでヨルダを睨む、少年の姿をしたダンテがいた。ヨルダはそれを見て、嬉しそうに頬に両手を当てた。


「いつ見ても美しい……あなたのために、あなたに相応しい魔女となるために……ヨルダは励んで参りました」

「ヨルダ、お前がクロムウェル家に加担していたのか」


 ダンテの足元が光り、タキシードはみるみる縮んでその幼い身体に馴染んだ。長い髪も一人でに纏まり、一本に繋がれる。


「貴様が本物のダンテなら、私の心の景色を見て必ず動きを見せるとヨルダが教えてくれた。全く、その通りだった」


 アンナ寵妃は嫌味に笑って、クリストフを見た。


「…アドルフ、」


 アンナ寵妃に呼ばれ、アドルフはビクッとして目を泳がせた。


「あの女、褐色の肌に黄金色の瞳だが……知り合いか?」

「……」


 アドルフは俯き、黙り込む。


「アドルフ、」

「…あ、あの方は……」


 アドルフがゆっくりと話し始めた、その時。


「南の聖母、クリストフだ」


 クリストフが、言った。


「お前ですら山を治める聖母のあたしを知らぬというのに、そんな小汚いガキが知るはずもないだろう」

「…ほう、貴様がクリストフか。ただの雑魚かと思えばとんだ大物が釣れた」


 アンナ寵妃が手を差し伸べ、言った。


「我らの要求は二つ。聖母と魔女の持つ鍵と、そこの悪魔だ」


 オズマが顔を上げた。ヨルダはダンテに見惚れている。


「それを出さぬ限り、ここで石になっている連中も、屋敷の結界も解かぬ。さあ、出せ」


 クリストフは鼻で笑った。


「交換条件だ」

「交換?」

「その辺で石っころになった連中なぞどうでもいい。この結界もダンテなら破れるだろう。決してお前達が優位に立っているわけじゃない」

「…聖母とは思えぬ言い草だな。まるで何処ぞの山賊だ」


 アンナ寵妃が笑うと、クリストフは続け様に言った。


「カイザのことと、エドガーのこと。聞かせて貰おうか」

「…そんなしつこく聞いてくると言うことは、カイザ様は生きているのだな?」


 クリストフは真っ直ぐアンナ寵妃を見つめる。アンナ寵妃は扇の裏で笑い、目だけ出して言った。


「カイザ様はな、神に選ばれた御子なのだそうだ」

「……」

「北でも一世風靡した伝説の魔女が言っていたのだそうだ。尾を引く星が西の空を駆ける日に、クロムウェル家で神に選ばれた戦士が生まれると。その預言通りに生まれたのが、本妻の子カイザ様と、私の子ルイズだ」


 アンナ寵妃は、扇を畳んだ。


「同じ日に同じ家で生まれたというのに、どうして本妻の子がカイザの名を受けたか……わかるか?」


 扇を握る手に、力が入っている。アンナ寵妃は、横目にクリストフ達を見て笑った。


「その類稀なる容姿だ。生まれ落ちてすぐの、顔も皺くちゃな違いもわからぬ赤子を見比べ、医師達はカイザ様こそ美しく育つと判断したのだ」

「…できた医者じゃないか」

「仕方ないと思った。それ程までに、カイザ様は美しい。それに、占い如きを本気で受け止めてなどいなかった。神の戦士の肩書など、どうでもよかったのだ。あの女が、屋敷に来るまでは」


 あの女。クリストフの頭には、一人の女が浮かんでいた。


「本妻が亡くなった際、巫女として屋敷へ招かれたのがエドガーだった。本妻が死んで嘆き悲しむ当主様に、あの女は言ったのだ。死は永遠の別れじゃない、と。神の寵愛を受ける私が言うのだから、信じなさい……と」


 やはり。ミハエルはクロムウェル家とまで関わりがあった。些細なことだ。どれも、袖がぶつかる程度の関わり。しかし、それでもこれほどに人の心で印象深く残ってしまうのは……


「その女もまた、美しかった」


 クリストフは眉を顰めた。


「本妻も、カイザ様も、エドガーも! 皆、その容姿一つで私の上をゆく。息子のルイズでさえ、勝つことは望まれない」

「嫉妬か。醜いな」


 クリストフが言うと、アンナ寵妃は笑った。


「嫉妬? 馬鹿を言うな。本妻が、カイザ様が、お前達美女がいなければ……神は私達を選んでくださったはずだ。ならば、上に立つものを蹴落とせばいいだけのことだろう」

「…で、カイザを殺そうとしたのか」


 クリストフが聞くと、アンナ寵妃はふと横を見た。


「他の盗賊に頼んだのだが……まさか、ブラックメリーに誘拐されるとは思わなんだ。殺しても構わないと言ったのに、まだ生かしていたとはな。当主様もいつまでも探すときかなくて……難儀だった」

「当主を殺したのはお前か」

「…いかにも」

「カイザの墓にエドガーを入れたのもか」

「そうだ」

「…随分、素直じゃないか」


 クリストフが眉を顰めてそう言うと、アンナ寵妃は扇を広げ、その裏から鍵を振って見せた。クリストフとダンテは、それを見て固まる。


「エドガーの」

「鍵……」


 アンナ寵妃は踵を翻し、高笑いをした。そして、首だけ振り返り、言った。


「国はもう我が手の内にある。あとはカイザ様を亡き者にし、鍵を手にするだけ。終幕も近いというに何を隠すことがある」

「お前……!」

「交換条件」


 アンナ寵妃は、クリストフを見て笑う。


「私はしっかり条件を果たしたぞ? お前達も、早く鍵と悪魔をこちらへ渡すのだ」

「…渡せないな。お前の顔をぶん殴るまでは」


 クリストフが一歩踏み出す。アンナ寵妃は、ふうと溜息をついた。


「そうくると思っていた」


 その時、天井のシャンデリアが勢いよく落ちてきた。


「クリストフ!」


 フィオールは少女を抱きかかえてそれを避けた。オズマもダンテを抱きかかえている。


「まあ、まあ! 御怪我はありませんか? ダンテ様」


 ダンテが顔を上げると、心配そうにダンテを見つめるヨルダがすぐそこにいた。オズマはダンテを抱きかかえたまま大きく飛び上がり、ヨルダから離れた。


「クリストフ、大丈夫か!」

「……」


 フィオールの下でクリストフが顔を上げると、アンナ寵妃は既にいなかった。

 

「…くそっ!」


 クリストフは、石の床を殴りつけた。







「ヨルダ様一人に任せてしまってよろしいのですか?」


 石の廊下を歩きながら、付き人の一人が聞いた。


「よい。少なくとも、鍵の一つは手に入れてくるだろう」


 アンナ寵妃は鼻で笑った。


「カイザ様とエドガーを追ってきたということは、おそらく、あやつらは審判の日を知らぬ。私の目的が鍵だと思わせておくのも手だ」

「……」


 アドルフは黙り込んだまま、何も言わない。


「お前達は引き続き業輪を探せ。業輪に選ばれたことを傘に着た美女が余裕に浸っているうちにな」


 アンナ寵妃は、扇を広げて立ち止まり、振り返った。廊下の向こうの闇を見つめ、笑う。


「運命の至るべき場所への門を開く鍵……神に選ばれるのは、私の息子だ」

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