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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆リノア鉱山~山賊のアジト~
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6.撚り合せれば一本の糸になる

 朝。鳥達が目覚めの挨拶を交わし、木漏れ日が足元を白く照らし出す森の中。暇ができたカイザはミハエルを訪ねて墓地へ走っていた。まだ、カイザがハウルを離れる前のこと。

 墓地に出ると、カイザは彼女の姿を探した。日の光を反射してキラキラと光る墓石。枯れかけた花が秋の訪れを感じさせる。いつもなら、それらを摘み取っているミハエルがいるはずなのだが……彼女の姿はない。彼は少し予感はしていたのだ。普段夜中に墓の手入れをしている彼女だ、朝や昼はノースの家にいるのではないか、と。仕方がなく、帰ることにした。


「カイザ!」


 振り返ると、膝に手をついて荒い息を整えるミハエルがいた。


「ミハエル」

「今日は、早くから会いにきてくれたのね」


 肩で息をしながら、優しく笑う彼女。カイザはいてもたってもいられなくなり、彼女に駆け寄って抱きついた。


「ごめんね……夜しか墓場へ来ないものだから。待った?」


 ミハエルは彼の頭を撫でた。


「今来たところ。でも、なんで朝なのに墓地へ?」


 見上げると、彼女は少し困った笑顔で言った。


「あなたが、いると思ったから」


 どうしてそう思ったのか、気にならなかったわけではない。しかし、カイザは彼女がわざわざ来てくれたことが嬉しくて堪らなかった。彼女の服を握る小さな手が、ぎゅうと丸くなる。


「今日はずっと暇なの?」

「夜から、少し用事がある」

「そう、じゃあそれまでうちでゆっくりして行くといいわ。ノースの町も案内してあげる」

「…俺、」


 カイザは俯きながら、ボソボソと呟く。


「ミハエルの料理。食べたいんだけど……」


 いつかの夜に交わした約束。幼くして家族を失った彼にとっては、すでに憧れに近い約束になっていた。一度でいいから家族と食事を……そんな、ささやかな願い。


「そういえば、ご馳走する約束してたわね」


 ミハエルはカイザの手を取り、歩き出した。


「じゃあ今日はノースの町を案内するついでに買い出しして、夕方には一緒にごはん食べましょうか」

「……」

「ね?」


 ミハエルと共に過ごす白昼。日の下で会うのも初めて、一緒に墓地以外へ行くのも初めて。カイザのささやかな願いが大きな喜びとなって現実となる。


「最初はどこに行こうかしら」

「俺、ノースのおっきい橋見たい!」

「カリオス橋? 見るだけじゃなくって渡れるわよ?」

「本当に?!」


 手を繋いで墓地を去る二人。どこからどう見ても仲睦まじい姉弟であった。そんな二人は、ただ互いの心の隙間を埋め合う。時間を共有し、失った物を取り戻そうとしたのだ。爽やかな朝の、帰り道に。







ーーーーーーーーーーーーーーー







「で? 聞きたいことがあったんだろ?」


 鼻で笑いながらクリストフは扇を仰ぐ。そんな少女をあっけらかんとして見つめるフィオール。その隣で、カイザは膝の上に置いた拳を強く握り締める。


「俺が運んでいる死体と一緒に埋められたはずの宝物が盗まれた。それを探している」

「へぇー……」


 クリストフの顔から笑顔が消えた。


「彼女は五年前に建てられたクロムウェル家の墓に入っていた。クロムウェル家の財宝なら噂になってもいいところなんだが……フィオールも知らない、カトリーナにもない。となると、まだ墓荒らしが所有している可能性が高い」

「そいつの行方を知りたくてここへ来た、ということか」


 クリストフの表情は至って真剣。カイザは少女の言葉に頷いてみせた。


「クロムウェル家の情報は全て握っていると聞く。頼む、何でもいい。ささいなことでもいいから教えてくれ」


 カイザは深々とクリストフに頭を下げた。クリストフは鼻から大きく息を吐き、扇を畳んだ。


「お前、何か大変なことに首を突っ込もうとしてないか?」


 カイザが顔を上げると、クリストフは眉をひそめて煙管に手を伸ばしていた。フィオールはその開けっ放しだった口を閉じ、真剣な表情で二人の話に耳を傾ける。


「手掛りがない……わけでもない」


 煙を吐き出しながらクリストフは言った。カイザは身を乗り出し、目を輝かせた。墓荒らしの尻尾を掴んだ、と。


「本当か?!」

「その盗まれた宝物ってのは、人の首の太さ程ある金の輪じゃなかったか?」


 カイザの脳裏で、輪が収まっていたと思われる跡が残った宝物箱の記憶が鮮明に蘇った。


「…って、聞いてもわかるわけないか。それに、何でお前の墓なんかに入ってたんだかも……」

「何で、そのことを」


 カイザの表情が一変する。口から煙を吐き出しながら悩ましげに頭を掻く少女。


「墓に入っていた宝物のことばかりか、墓が俺の物だと……俺が、クロムウェル家の人間だと! 何故知っている!」


 この瞬間、カイザは奥宮にいる人間全てを疑っていた。


「…言っておくが、あたしは盗んでないぞ」


 声を荒げるカイザにしれっとした態度をとるクリストフ。カイザはフィオールを睨んだ。


「お前、俺のことこいつに売ったのか」

「ち、違う! 俺は言ってない!」


 激しく首を横に振るフィオール。カイザは黒い屋敷で話していたことを思い出した。フィオールは、自分を心配してここまで来てくれた。そんなこと、するはずがない。いや、していたとしても五年も前にクロムウェル家から見放された子供の話など、大した金額にもなりそうにない。クリストフにしてもそうだ。盗んだ本人なら、宝物と埋まっていた死体を背負う男に関わろうとするだろうか。


「…悪い、熱くなって」


 カイザが落ち着きを取り戻し、フィオールはホッと肩を撫で下ろした。


「必死みたいだけどな、少し頭を冷やせ。ガトー、こいつらに何か飲み物を」


 面倒臭そうな顔をしながらも、クリストフはガトーに言いつけた。ガトーは軽く頭を下げ、部屋から出て行った。


「少し混乱してたみたいだ」


 カイザは額を抑えて小さく頭を横に振る。


「俺なんかまだ混乱しっ放しだ。マザー・クリストフがまさかローザだったなんて」


 フィオールは俯いて、はあ、と深く息を吐いた。二人共、妙な緊張感に疲れ果てている。


「そもそも、噂なんぞに惑わされるお前たちが悪い」


 クリストフは呆れたように言い放った。


「カイザはまだしも俺は十年来の付き合いなんだぞ、驚きもする」


 フィオールは肩を竦めて大きく息を吐いた。彼女の告白がいかに堪えたかを物語るには充分な反応だった。


「驚かすつもりなんて、なかった。正体を明かすつもりもな」


 少女の目が床を這い、カイザにもたれかかるミハエルを捕まえる。


「だが、カイザ。お前には全てを知る権利がある。いや、義務があるんだよ。ギールを殺し、その死体と関係を持つお前は」


 マザー・クリストフは、ミハエルのことを知っている。

 カイザが顔を上げると、少女はカイザを見据えていた。ふと目が合い、カイザは思考がぴたりと止まってしまった。


「今はまだ情報がぐちゃぐちゃして混乱するのも仕方ない。それも、あたしやフィオール、しいてはお前自身の知り得ることを繋ぎ合わせれば多少なりとも整理されるだろう」


 墓荒らしを探し出すことに集中するつもりが、気になっていた疑問がぽつりぽつりとカイザの中で湧き上がってきた。

 マスターが死ぬ直前に言っていた言葉の意味、クロムウェル家の墓に入っていたミハエルの死体の謎、宝物の行方、伝説の真偽……これらが繋がるという、少女の正体。


「お前が知るべきことは三つだ。お前自身のこと、その死体のこと、そして……これから起こること」


 クリストフは燭台を三本並べて、灯る火を見つめた。カイザとフィオールは静かに少女の声に耳を傾ける。


「様々な事情が絡んで、もう後戻りができないところまで来てしまったお前が三つの真実を手にした時」


 少女はふっと蝋燭の火を吹き消した。


「乱世は、終る」


 暗闇で響く、深みのある少女の声。二人の男が不安で固まってしまう程、それは低く、低く、煙の匂いで満たされた一室を漂う。

 クリストフの言葉の真意は全く掴めない。ただ、カイザはそれを知ることを恐れた。乱世が終ると言うのに、何故か……この部屋のような暗闇に包まれてしまう気がしたのだ。全てが、終ってしまうような。


「…俺は、」


 どうしたらいい。そう、聞こうとした時だった。


「マザー!」


 カイザとフィオールの背後で扉が勢いよく開き、ガトーの声が外の明かりと共に部屋を貫いた。三人が何事かとガトーに目をやると、彼は扉を荒々しく閉めて鍵をかけた。


「何があった」


 暗闇の中でクリストフのいる台座に駆け寄り、ガトーは御簾を下ろした。


「マザー、とにかく今は外へ」


 カイザとフィオールは、何も見えない暗闇で聞こえるガトーの声色で異常な事態が起きているのだと理解した。カイザは直様ミハエルを背負い、フィオールも立ち上がってカイザの肩に触れた。死線を潜り抜けてきた盗賊と情報屋だ、二人は何も話さずとも互いのすべきことをわかり合っているのだ。しかし、ガトーが来た時にはもう、遅かった。

 扉が爆発し、激しい爆風に二人は吹き飛ばされた。


「いっ、て……」


 フィオールはクリストフの台座にぶつけた後頭部を抑え、蹲る。


「大丈夫か、フィオール」


 カイザはミハエルを抱き上げ、ヨロヨロと立ち上がった。ミハエルを庇ったために被爆し、頭から血を流している。

 外の明かりが煙の間を縫って部屋に差し込む。ボヤけた視界が鮮明になってゆく。目の前には破れた御簾とクリストフの前に立ちはだかり、槍を構えて扉の向こうを睨みつけるガトーがいた。カイザは、ガトーの視線を追った。


「駄目だろマザー、下手人を匿ったりしちゃあ」


 煙の中に沢山の黒い人影が浮かび上がる。逆光で顔は見えなかったが、カイザはその声の主が誰なのか、わかった。そして、ゆっくりとナイフを取り出した。


「しょうがねぇからお迎えに来てやったぞ? カイザ」


 煙が晴れ、僅かな光で影の姿が照らされる。切れ長の目、赤い短髪にもみあげの白髪、悪戯に釣り上がる口角。


「バンディ……」


 フィオールが目を見開いて小さく呟いた。盗賊を引き連れたバンディはニヤリと笑うと、部屋に足を踏み入れた。


「フィオールもいたのか。用事があるのはそこの下手人とマザーだけだからよ、お前はどっか行ってろ」

「何が下手人だ、目的はカイザが持つギールのナイフだろ」


 ガトーの後ろでクリストフが言い放つ。カイザが振り返ると、クリストフは立ち上がった。


「聞き覚えのある声だ。誰だっけな……」


 バンディは足を止めて眉を顰めた。


「このナイフは、一体……」


 カイザが聞くと、クリストフは横目にカイザを見て、言った。


「…盗賊の頭が後継者に持たせるナイフだ。盗賊団を引き継いだ時の顔見せではマスターになった証となる」


 カイザは握るナイフを見つめた。その手は、小さく震えていた。


「ブラックメリー……お前んとこの盗賊団の名を冠した、世界に一つのナイフだ」


 小さな震えは激しくなり、カイザはがっくりと膝を折ってしまった。


「ざまあねぇな」


 バンディは鼻で笑い、カイザを見下ろす。


「でもまあ、感謝してるぜ? マスターも死んで、後継者のお前も頭殺しの賞金首。おかげで今や俺が盗賊の頭だ。馬鹿なお前のおかげでな!」


 カイザの手から、ナイフが滑り落ちた。 バンディの高笑いが地下の一室で木霊する。クリストフとガトーはバンディを睨む。フィオールは頭を抱えて震えるカイザを、辛そうな表情で見つめていた。


「と、いうわけで。ブラックメリーを手に入れるだけで俺は盗賊団を引き継げる。罪悪感でもう握ることもできないようだし、わかってくれるよな? カイザ。」


 バンディがカイザに歩み寄る。すると、フィオールがバンディの目の前に立ちはだかった。


「…邪魔だ」


 バンディはフィオールの頬を爆弾で軽く叩いた。しかし、フィオールはバンディをきつく睨みつけ、動かない。


「はあ、お前はカイザの味方か。仲良しだったもんなあ」


 カイザは俯く頭をゆっくりと上げた。


「フィオール……」


 バンディは溜息をついて頭を掻いた。


「仕方ねぇな……じゃあこうしよう。カイザの命だけは取らずにおいてやるから、そのナイフ、取ってくれよ。お前みたいな優秀な情報屋を殺したくない。それでいいだろ? マザーの言う通り、俺の目的はブラックメリーだ」


 バンディはフィオールの肩に手を置いた。カイザは微動だにしないその後ろ姿を、ただ見つめていた。


「…カイザ、」


 後ろ姿は語る。


「そのナイフは何があっても手放しちゃならない」


 フィオールの広く、大きな後ろ姿は語る。


「マスターの思いが詰まったそのナイフは、直接受け取ったお前以外が手にすることは許されない。殺したことを悔いるなら、ブラックメリーを守り抜け。罪も、悲しみも、マスターの思いも……全てを背負って生きていけ」


 フィオールの肩に置くバンディの手に力が入ってゆく。


「ブラックメリーを取れ、カイザ」


 カイザは涙を流しながら、震える手をナイフに伸ばす。頭を過るのは、マスターの死顔。あの時の悲しみが生々しく、鮮明に蘇る。


「取れ!」


 フィオールがバンディを殴り飛ばした瞬間、カイザは勢いよくナイフを拾い上げ、立ち上がる。涙を流しながら前を見据えるその表情は、覚悟に満ちていた。全てを背負い、真実と向かい合う覚悟。罪や、心の痛み、人の思いを一生抱えて生きる……カイザはその時やっと立ち上がり、そして、前を見たのだ。ミハエルの死体を、抱いて。






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