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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ゼノフ~終への道標~
68/156

67.男は皆その生き様で英雄となる

 落ちて行った蘭丸を確認しようと、腰を抜かしていたバッテンライが立ち上がり、塀に駆け寄った。下を見るが、彼の姿はもう無い。


「…あいつ、何者なんだ」

「伝承者……」


 立ち尽くしているカイザ。その力無い呟きにバッテンライは振り返る。


「美女の鍵、乱世、審判の日……」


 カイザは空を見上げた。


「運命の至る場所に、何があるんだ」

「……」


 バッテンライは眉を顰めてカイザを見ていた。彼が、とてつもない何かに巻き込まれていることを察して。


「何だこれは」


 嗄れた男の声。カイザとバッテンライが声の方を見ると、一人の老人が焼け焦げた木を見て驚いている。そして、カイザと目が合った。


「市長!」


 バッテンライも驚いている。市長と呼ばれた老人は杖をつきながらカイザに歩み寄る。しっかりした足取りに、杖は不要に思える。カイザは老人に威圧感漂う視線を真っ向に受け止める。


「…あんたが、市長か」

「……」


 老人はカイザの前に立ち、じっとカイザを見つめる。威圧感ある眼光はまとわりつくような視線に変わり、カイザは少し身を引いてしまう。市長は唐突に、カイザの顔をわしっと掴んだ。


「!」

「な、何してんですか!」


 カイザの顔をべたべた撫で回す市長を止めるバッテンライ。カイザから引き剥がされ、市長はふむふむと一人納得している。カイザは顔を羽織で拭いて大きく息を吐いた。


「…なんだよこの爺さん」

「わ、悪い! 少し変わった人で……」


 バッテンライが申し訳なさそうに言うと、市長が言った。


「すまん。よくできた顔だったもんだから、つい。私が作る彫刻よりも華やかで……でも影があって。なんとも心に染みる作品だ」

「作品て、人を物みたいに」


 カイザが困った顔で呟く。バッテンライが苦笑いをした。


「まあ、どんな人間も父ちゃん母ちゃんが作ってんだもんな」


 すると、市長がバッテンライを横目に睨んだ。


「子作りと芸術を一緒にするな」

「…あんたがそれらしいこと言ったんだよ」


 面倒臭そうにバッテンライは市長を見る。カイザは既に呆れてしまっていた。


「なんだバッテンライ、子作りの話をしにここまで来たのか。言っておくが私はもう年で……」

「違うって」


 バッテンライはカイザの肩を叩き、言った。


「こいつはカイザ。ブラックメリーの盗賊です」

「…カイザ?」


 市長の目の色が、変わった。そして、再び睨むような威圧的な目に戻ると静かに言った。


「…カイザ、か。君にはなんと言っていいのやら」


 嫌に素直な市長の様子に、バッテンライはにやりと笑う。


「当たりみたいだな」

「バッテンライ、この爺さんとマスターはどういう関係なんだ」


 バッテンライは市長を見つめ、言った。


「…ギール・パールマンの父、ヴィルア・パールマンだよ」


 カイザは市長を見つめる。その威圧的な眼光…確かに、マスターの面影がちらつく。市長は、二人を交互に見て小さく溜息をついた。


「中に、上がりなさい」


 酒焼けした声まで、よく聞けば似ている。



ーー君にはなんと言っていいのやら……ーー



 カイザは思った。こっちこそ、どんな顔をしてマスターのことを聞けばいいのか。噴水の彫刻を目の前にした時のような胸のざわめき。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 真っ暗な地下室。湿っぽく、鉄の匂いが立ち込め、小さな弱々しい吐息だけが響く。


「お願いがあるの」


 血を吐きながら、虚ろな目で言った。


「業輪を……守りたいの」


 どくどくと流れる血の上に横たわり、消えそうな声でただ、囁く。


「私が生きている限り、あの人は業輪の場所を聞き出そうとする。この苦痛も……ずっと、続く」

「……」

「殺してちょうだい、私を」


 涙が止まらない。


「…あの女を殺せとおっしゃるなら、そう致しますのに」

「駄目よ。人間に干渉したらあなたがただじゃ済まないわ」


 苦しそうに笑う姿すら美しくて…悲しかった。


「…しかし、あなた様を殺すことはできません。神ですら」

「この身体だものね……」


 床に広がっていた血は、さらさらと傷口へと戻ってゆく。


「もう、死にたい」


 笑いながら、涙を流す。それがもう、心苦しかった。


「…一つだけ、方法があります」

「……」

「それをしたらば、あなた様は本当の意味で死ぬことも、この世に戻ることもできなくなります」

「…今だって、似たようなものじゃない」

「…よろしい、ですか? カイザ様とも、もう」


 震える手を伸ばし、そのお方は微笑む。


「もう、会えたもの。鍵も渡せた。思い残すことは…ないわ」


 涙と血が、その白い肌を伝う。我慢できず、その手に触れた。すると、白い肌を赤い炎が包み込む。


「やっと……終わるのね。私という、果てしない物語が。ありがとう……ありがとう、ヴィエラ」


 炎の中で、黒い瞳は青く光る。そして、ゆっくりと……閉じられた。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











 質素な室内。物が少なく、スッキリとしたリビングに通され、対面になったソファーに座るカイザとバッテンライ。町長はその正面にどっかりと腰掛け、深い溜息をついた。


「…とりあえず、ありがとう」


 眉を顰めて、礼を言う町長。カイザは膝に肘をつき、前のめりになって言った。


「どういう意味だ」

「息子を殺したのは、君だそうじゃないか」


 この男は息子を殺したことに感謝しているのか。カイザは手をぎゅっと握り締め、市長を睨む。市長は視線を部屋の隅にやり、思い出すように語り始めた。


「…息子は、帝国騎士だった。その時代はまだ人種差別による迫害が酷かった。見兼ねた帝国はついに、暴徒化する国民を黙らせるためのゼノフ及び異国民殲滅指令を出した。息子は、その指揮官だった」


 カイザが生まれる前の話。マスターの、過去。


「息子は、帝国の命に反してゼノフを守った。街を落とすのが困難だと分かった帝国は、指令を取り下げる代わりに、息子の首を渡せと要求してきた。息子は、快く受けた」


 快く? カイザは生前のマスターを思い出しながら、聞いていた。


「市民達は息子を英雄と称えた。私は息子をこの街の英雄として、噴水の前に彫刻を作った。あんな完璧な息子は、何処を探してもいないだろう。頭も良く、屈強で、勇敢。まさに、彫刻のような男だった……しかし、」


 市長は、顔を顰めて俯いた。


「帰って来たんだよ。顔にでっかい傷つけて、盗賊になったと言って……」


 何故こんなにも悔しげな顔をしているのか、わからなかった。


「だから、なんだというんだ。俺は、英雄を殺したんだぞ! あんたの息子を!」

「カイザ!」


 テーブルを拳で叩きつけるカイザを宥めるバッテンライ。市長は背もたれに寄りかかり、言った。


「芸術はな、一点の曇りも許されない。ほんの少しのズレで、駄作に成り下がる。私は、完璧な息子が駄作に成り下がったことが……許せなかった」

「だから、その人を物みたいに言うのやめろ!」


 怒鳴るカイザを真っ直ぐ見据える市長。


「私は彫刻家であり、市長だ。お前の価値観を押し付けられても困る」

「彫刻家だろうが市長だろうが、父親としては失格だ!」

「…そうだな。息子に殺し屋を嗾けるくらいだからな」


 淡々とした、低い声。カイザはその一言に、固まってしまった。この男、息子を……人を、物のようにしか見ていない。


「ホワイトジャックでも成し遂げられなかったことを、君は達成してくれた。この街で息子の悪行を知る者も出ないうちに。息子は英雄に、私は英雄の父になった。君のおかげだ」

「……」

「ありがとう」

 

 カイザはテーブルを踏みつけ、市長の胸倉を掴んだ。


「カイザ!」

「お前は黙ってろ!」


 カイザに睨まれ、バッテンライは伸ばしかけた手を引いた。カイザは市長を睨み、言った。


「…殺される覚悟までしたものだが……まさか、礼を言われるとはな」

「それは、よかったじゃないか」

「こんな胸糞悪い感謝よりなら、殺された方がマシだった」


 カイザは荒々しくその手を離し、市長を見下ろす。


「…マスターは死ぬ直前、この街に来たそうだな」


 市長は首元を整えながら言った。


「ああ、ここへは金を置きに来ていただけだ。それでたまに、君のことを話していた」


 カイザが見下ろす市長の目は鋭く、少し、潤んでいる。


「子育てなんてしたことがないからと、私に相談をしてきてな。最近は、立派になったがまだ少し内気で……人間不信気味なのだと、心配していた」


 自分のことを? カイザは眉を顰めた。


「…あんたは、なんて」

「…いつか必ず、心を開く人物が現れる。その時がきたら、育ての親であるお前にも心を開くだろうから見守れ、と」


 ソファーの真ん中にどっかりと座り、真っ直ぐカイザを刺す鋭い眼光。その貫禄ある雰囲気は、まさしく、マスターの父。カイザは震える手を握り締め、男を見ていた。彫刻家と、市長と、父。それらがぶつかり合う、その複雑な表情を。


「君にわかるか? 殺さねばとわかっているのに、テーブルを挟んで言葉を交わすとその気持ちが緩み、一人になるとまた殺さねばと己を掻き立てる……長としての、葛藤が」


 顔の皺を、一筋の涙が静かに伝う。


「君を殴り飛ばしたい衝動と感謝しなくてはならない焦燥感に苛まれる、哀れな父の……葛藤が。」


 市長は衰えることを知らないその眼差しで、震えることない低く力強いその声で……涙が不釣り合いな、その堂々たる姿で。


「…息子は、死刑執行人にすら祈りを捧ぐ男だ。君は、その息子が育てた少年。つまり……私の孫のようなもの」

「……」

「許そう。そして、祈ろう。息子の、英雄としての死を祝して」


 カイザは、倒れるようにソファーに腰掛けた。バッテンライはその肩を支える。カイザは力無く笑い、言った。


「…やっぱり、かなわない。あの人には。いや、この人達には」


 カイザは涙を堪えて、市長を見た。その目の涙はすっかり渇き、ふてぶてしくカイザを見据えている。


「俺は、どうしたらいい」

「……」

「あんたらに許されてしまったら……もう、」

「生きろ」


 市長の声は、木に反射して低く、柔らかく、響く。前にも、誰かに言われた言葉。カイザが言葉の余韻を辿っていると、市長は言った。


「東禊神話を、知っているか」


 カイザが頷くと、市長はふっと目を閉じた。


「美女の一人と息子は面識があってな。そのお方が行方知らずになったらしい」

「美女と?」


 行方知らずということは……ミハエルか。マスターとミハエルが、繋がっていた。カイザは唾を飲み込み、市長を見つめる。


「息子も探してはいたようだが……もう、死んでいるかもしれない。そうなると世界は混沌に落ちる」

「……」

「それと、君がここへ来たのは関係あるのか?」


 カイザは伏し目がちに、頷く。話がわからないバッテンライは、眉を顰めてただ聞いていた。市長は、大きく息を吐き出して言った。


「…やはり、そうか。ギールの言ったとおり、世界は乱世を迎えたのだな」

「何か、知っているのか。神話のことや……俺のこと」

「知らん。ギールは深くは話さなかった。だが、君のことは……選ばれた子供だと、言っていたな」


 市長は指を絡ませ、腹の上に手を置いて言った。


「詳しいことは聞いていないが、君も美女の一人と知り合っているらしいじゃないか」

「……」

「彼女が言っていたそうだ。君を、待っていたと」



ーー…あなたをよーー



 子供相手の、冗談めいたあの言葉。


「私が知るのはそれくらいか。君は、これからどうするつもりだ」

「…生きる」


 カイザは拳を握り締め、マスターの面影を残すその男に言った。


「生きるために、乱世の向こう側への道を開く」

「…そうか。頼もしく育ったものだ」


 市長は小さく笑うと、扉の方を見た。


「もう、行きなさい」

「…待ってくれ、」



ーーこの街は3日後に消される……ーー



 蘭丸が言っていたことを話そうとした時、市長がカイザの言葉を遮った。


「あの騒ぎだ。帝国が攻めてくるのも時間の問題」


 カイザは黙り込む。市長は扉を見つめたまま、言った。


「早く行きなさい」

「……」

「この街のことなら心配ない。英雄の街だからな。君は君の成すべきことをしろ」


 カイザは立ち上がり、扉へと歩み寄る。バッテンライも慌ててその後を追った。扉を開き振り返ると、市長は小さく手を振った。カイザはぺこりと頭を下げ、家を出た。

 

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