62.後ろめたさが拒絶してしまう
傷ついた市民や仲間の治療をする、白衣の戦士達。地下はおろか、外まで人で溢れている。死体を運び出したり、散らかった室内を片付けたり。忙しく動く人々は、皆笑っていた。浮かない表情をしていたのは、外で男の晒し首を見つめて立ち尽くすグレンだけだった。
「…弟と妹も、殺したぞ」
グレンの後ろで、カイザが言った。グレンはじっと、生首を見つめて呟く。
「悪いことなんてないっすよ。俺、自分でも驚くくらいに今、悲しくないんす。勘当されたとはいえ、父と弟妹が死んだから……もっと、こう」
「そのわりに、元気がないじゃないか」
「……」
「当ててやろうか?」
グレンが振り返ると、ミハエルを背負ったカイザが煙草の煙を吐き出し、言った。
「悔しいんだろ」
「……」
グレンは目を泳がせ、困ったように笑う。
「な、なんでわかるんすか」
「勘」
「……」
少し呆気に取られ、グレンは小さく笑った。カイザは煙草を吸い、煙を吐き出す。紫煙はもやもやと赤い空に上がり、消える。
「…やっと、わかったんすよ。俺は何でこの人を越えようと必死になって張り合うような真似してたのか」
グレンは生首に向き直り、静かに語る。
「昔っから馬鹿馬鹿言われて……俺の医者としての考えや理想も、まともに聞いてもらえなかったんす。馬鹿だから、って」
グレンは自嘲的に話してみせるが、その声は震えている。
「俺は、親父に認められたかったんすよ」
真っ青な生首を目の前に、黄土色の瞳が涙ぐむ。
「さっきも何も言い返せなかったっす。戦っても勝てそうになかったっす。カンパニーレを守れたのは嬉しいんすけど……親父を越えられなかったことが、悔しくて……」
上を向いて涙が垂れそうになるのを堪え、ぐずぐずと鼻を啜るグレン。カイザは、そんなグレンの肩を掴んで振り向かせた。そして、向こうを指差した。グレンがその方向に目をやると、笑顔で語らう市民と白衣の戦士達がいた。
「お前を認めてついてきているあいつらのために、その悔しさを革命にぶつけろ」
「……」
「泣いてる暇なんかないぞ?」
グレンは白衣で目に溜まった涙を拭う。そして、息を整え真っ直ぐに前を見た。まだ少し潤んだ黄土色の瞳が、木々の間から漏れる夕日に輝く。
「そんな腫れた目で、シドの手術できんのか?」
カイザが聞くと、グレンは強気な笑みを浮かべた。
「何言ってるんすか。執刀するのは自称世界一の医者っすよ?」
「自称か……」
笑うカイザを、グレンは真っ直ぐ見つめる。
「…カイザ」
カイザは煙草を吸いながら、首を傾げた。
「月の真珠を……あんたにやるっす」
「……」
驚いて、グレンを見つめたまま口から煙を溢れさせるカイザ。グレンの目は、真剣だ。グレンは白衣のポケットに手を入れて、言った。
「正確には、シドに」
グレンが取り出したのは、小さな宝石箱。グレンが小さく突起した鉄のボタンを押すと、蓋が開いた。中を見て、カイザは言葉を失う。
「これが至高の宝石、月の真珠……いや、ディアナの黒真珠っす」
黒い玉に、赤い円が瑞々しく光る。ガラスの向こう、透明な液体の中でユラユラと転がるそれは……眼球だった。
「昔、ある王朝に武神の生まれ変わりと信じられる程の女騎士がいたっす。彼女は目に不思議な力を宿していて、それを駆使して王朝を勝利に導いてきたらしいっす。しかし、ある日突然戦争で命を落としてしまい……王朝はこの目玉だけを保存して、女騎士を守護神として崇めてたっす」
「その女騎士がディアナか」
グレンはこくりと頷いた。
「ディアナは月の女神……だから、月の真珠」
「伝説っすけどね。でも確かにこれは人の眼球っす。王朝の血を引く貴族が大事に持ってたのを親父が……まあ、その。あまり言いたくないんすけど、あの手この手で横取りして」
言葉を詰まらせながらも結局、横取りと口走るグレン。カイザは大人しくグレンの言葉に耳をかす。
「俺が家を出る時に、持ち出したっす」
「…なんでそれをシドに」
「せっかくだからシドの両目を治してやりたいんすよ。でも、深部の培養器具がめちゃくちゃになっちゃったっす」
「培養器具?」
「人の身体を作る機械っす。内臓とか、腕とか。ほら、あの青い液体が入ったでーっかい……」
カイザはふっと視線を反らし、黙り込んだ。グレンは溜息をつき、言った。
「予備でもう片方の目を作るとなると時間もかかるっすし」
「いや、とりあえず……片目でいい。とりあえず。そんな高価な物はさすがに受け取れない」
培養器具を半壊させた当人が、そっぽを向いたまま言った。すると、グレンはカイザの胸にディアナの黒真珠を押し付けた。
「いや! 片目でいいかどうかを決めるのはシドっすよ! どっちにしろ、これはあんたらにやるっす!」
「い、いや……いいって」
困ったようにカイザが宝石箱を突き返すが、グレンはカイザの肩を掴んでずいっと顔を寄せた。そして、鼻息を荒くして言った。
「あんたらにはねぇ、すんげぇ感謝してるんすよ……」
「…あ、ありがとう」
「礼を言うのはこちらの方っすよぉ」
あまりの圧迫感にカイザが箱を受け取ると、グレンはニコニコと笑ってカイザの肩を叩いた。カイザは苦笑いをして煙草を捨てた。
「…これで、できあがり!」
ざわざわと怪我人と医者達が集まる地下3層の第一医療室。椅子に腰掛けるシドの頭を撫でるルノー。シドは不満気な顔をして包帯を巻かれた耳を触った。
「…窮屈」
「治るまでは我慢してくれよ」
「包帯増えたぁ」
シドは、はあ、と溜息をついて項垂れた。ルノーは手当に使った道具を箱に戻している。
「目やら耳やら怪我して、よく戦えるよなぁ」
「戦わないと死んじゃうじゃん」
「…そ、そうだね」
顔を引き攣らせて笑うルノー。シドは眉を顰めて包帯を撫でている。
「ルージュさん! あの時はありがとうございました!」
「ルージュさん、是非カンパニーレに入ってくださいよ!」
シドとルノーが扉の方を見ると、英雄さながらの歓声を受けながら部屋に入ってきたルージュがいた。物腰柔らかで優しい微笑みを浮かべるルージュは、一人一人に言葉をかけながらシドに歩み寄った。
「シド、耳を怪我したそうですね。大丈夫ですか?」
ルージュは膝に手をついてシドの耳を見た。
「うん。ルノーが手当してくれたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ルージュはルノーに頭を下げた。ルノーは少しあたふたしてぺこりと礼をした。
「ルージュ、凄い人気者! みんなルージュの下僕になったの?」
「ち、違いますよ」
ルージュは困ったように笑った。ルノーはシドの一言一言で少年への疑問がつのるばかりだ。この子は一体どういう育ち方をしてきたのだろう、と。ルノーの警戒にも似た視線をよそに、ルージュはシドに言った。
「ミレーさんだけでは防ぎきれそうになかったので、私が上層の指揮を請負ったんです。それで上層の方々とは仲良くなったんですよ」
「…ルージュ、カンパニーレに入っちゃうの?」
少し寂しそうに言うシド。ルージュはシドの小さな手を握った。
「入りませんよ。私は皆さんと同じ道を行きます」
ルージュがそう言うと、シドは嬉しそうにその握った手を上下に振った。ルノーはそれを見て、シドのことがよくわからなくなってきていた。恐ろしげなことを言うかと思えば、子供のような一面もある。そういえば、カイザ達は何者なのだろう。笑い合う二人を目の前に、ルノーは今更になってそんなことを考えていた。
「ルージュさん!」
そこに、一人の男が歩み寄って来た。
「上で戦った連中が言ってましたよ。ルージュさんが凄かったーって! 死人も出なかったし、なんと礼を言っていいか」
「いえいえ、皆さん一般市民とは思えぬ戦いぶりで驚きましたよ。助かりました」
「妖精さんに感謝されるなんて……身に余る光栄です」
ルージュが立ち上がり、男と話し始めた。すると、ルノーが男に言った。
「そういやバッテンライさん、将軍が礼を言いたいって探してましたよ?」
ルノーの言葉に、シドはぐりっと首をまわして振り返った。そして、くんくんと匂いを嗅ぎ、首を傾げた。
「あ、そうだ。グレン先生にも挨拶しねぇと」
「バッテンライさん……?」
シドが呼びかけると、男はふとシドに視線を落とした。そして、目を細めて少年を見た。
「…お前もしかして……シドか?」
「やっぱりバッテンライさんだ! 生きてたんだー!」
シドは椅子から飛び降りてバッテンライに抱きついた。ルノーとルージュは顔を見合わせ、不思議そうに二人を見つめる。
「お知り合いですか?」
「ああ、一応……」
ニコニコと笑うシドの頭を撫でながら、バッテンライは小さく笑った。
森の日没は早い。空が赤く染まったかと思えばすぐに褪せてゆき、反対側から群青色の空が覆い被さる。ミハエルを横に座らせて墓地で見た夕空を思い出しながら、カイザはぼんやりと煙草を吸っていた。
「カイザ!」
座っていた切り株に煙草を押し付け、カイザは顔を上げた。手を振るグレンが駆け寄って来ている。
「宿、見つかったっすよ!」
「宿?」
図々しくも、カイザはすっかりカンパニーレに寝泊まりする気でいた。
「…俺、そんな金ないぞ。ゼノフで一稼ぎしていいってんなら話は別だが」
「それは遠慮して欲しいっす。さすがに」
グレンはケラケラ笑って、カイザの隣に座った。
「金のことなら心配いらないっすよ。なんせ、カイザ達はカンパニーレの恩人っす。宿屋のおやっさんが快く泊めてくれるって言ってたっすよ。ほら、あそこで待ってる!」
「……」
グレンが指差す方向には、シドとルージュ立ち話をする禿げた男がいた。カイザは少し考え、言った。
「いや、やっぱりここに置いてくれないか。シドの手術もあるだろ。それに、俺らはこれでも追われる身だ。こんな派手なことに首突っ込んだ以上、ゼノフにいたら市民を巻き込みかねない」
「大丈夫っす! 帝国も敵に回す戦闘市民っすよ?」
「でも……」
「まあまあ、そう言わず!」
グレンはカイザの手を引き、おやっさんとやらのところへと歩み寄る。
「おう! あんたか、カイザってのは。話に聞いた通りの色男じゃねぇか!」
「そっすよねぇ! 俺も話しててドキドキするっすもん!」
グレンとおやっさんが豪快に笑い合う。すっかり取り残されて立ち尽くすカイザの袖を、シドが引っ張った。
「おじさん、酒場もやってるんだって。お酒飲み放題にしてくれるって」
「…お前は飲めないだろ」
「カイザは好きでしょ?」
シドににこやかに言われ、カイザはそっぽを向いて、そうだけど……と呟いた。
「死体も運んでるし」
「なーに、気にすんな! あんたら3人には、グレン先生もゼノフ市民も世話になったからな! 宿屋なりの礼をさせてくれ!」
妙に暑苦しいおやっさんの笑顔に、カイザはたじたじだ。困っているカイザに、ルージュが言った。
「行きましょうよ」
「お前まで」
「お酒、好きでしょう?」
「…好きだけど」
マスターの故郷に足を踏み入れる勇気がない、と言えるはずもなく。
「塔で籠ってましたし、また地下よりは街で羽を伸ばした方が健康的ですよ?」
ルージュはそういうと、甲を下に向けたまま切り株に腰掛けるミハエルを指指した。そして、その人差し指をくいっと曲げる。すると、赤い炎がミハエルを包んだ。その炎はミハエルを浮かせてルージュの元へと移動してくる。
「ほら行くぞ! 宴会の準備もさせてるからな!」
「わーい!」
先導するおやっさんの後を嬉しそうに小走りで追うシド。ルージュに肩を抱かれ、カイザも歩み出す。
「後で俺らも行くっすねー!」
手を振るグレンを尻目に、カイザは半ば無理矢理連れ去られた。




