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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ゼノフ~大盗賊の生誕地~
60/156

59.医者達は戦う

 下から上へと、柔らかな風に乗って流れてゆく光の粒。それは水泡のようでもあり、真上の暗闇へと消えてゆく。カイザ達は流れる光が交差するのをじっと眺めながら、白く点滅する陣に立っていた。


「グレン、口は閉じた方がいいですよ。思わず息をしてしまわぬように」


 ルージュが言うと、グレンは慌てて口に手を当てた。隣の助手達も、上をぼうと見つめながら自分の口を手で塞ぐ。


「ルージュ、この光は?」


 陣の外の光を掴み、カイザが聞いた。光はシドの顔程の大きさがあり、カイザの手の上でふよふよと揺らぐ。


「オズマが持ってきた壺があったでしょう。あの中身は雪下で土になることなく凍りついた花で作った、いわば魔法の水。あれを使うと小規模な混沌の一本道ができます。混沌が時間や距離も歪めるのを利用して、好きな場所に短時間で移動するのがあの術なのです。この光は、一瞬できた混沌が秩序のもとへ還る時に現れます。混沌の欠片ですね」


 カイザは上を見上げ、呟いた。


「…どうりで、見たことあるような気がしたわけだ」


 カイザが下層で見たミハエルを思い出してちると、手の平の上にあった光がぱちんと弾けた。そして、流れる光は量を増して辺りは一気に明るくなる。


「着きますね」


 ルージュがそう言うと、足元に小さく見えた景色が一気に広がり、暗闇と光が上空へと消えた。陣を透けて見える、薄く雪が積もる森。


「…ちょっ……これは!」


 グレンが顔を青くして下を見つめる。陣は薄くなり、空気に溶けた。


「またかよ……」


 カイザがうんざりしながら呟くと、5人は宙に投げ出された。空気の層と擦れ違う音の中で落下してゆく。グレンと助手が悲鳴を上げた。カイザが冷静にシドの手を掴んだ。何故か楽しそうに笑うシドはカイザの腕にしがみつく。カイザはシドの肩に乗っかっているルージュを横目に見た。


「…本部の門前に出る予定だったんじゃないのか?」

「そのはずですが」


 森に突っ込む直前、赤い炎の絨毯が広がり5人を受け止めた。反動で軽く身体を跳ねらせながらも、グレンは胸を抑えて荒い息を整える。


「今度こそ、死んだかと思ったっす……」


 炎はみるみる縮み、5人を集める。その先頭には、本来の姿に戻って下を見下ろすルージュが。


「フィオールがミスしたようですね。ゼノフには入ったようですが」


 カイザは呆れたように溜息をつく。その隣で、シドはぼうっと後方を向いている。


「…する」

「…? どうした、シド」


 カイザが聞くと、シドは片膝を立てて腰の鎌に手をかけた。


「血の匂いだ。叫び声も……なんだか篭ってるけど、する」


 その言葉に、グレンが血相を変えてシドが向いている方向を見る。そして、言った。


「…あっちは、本部っす」

「本部? 森しかないぞ」

「俺達の本部は森の地下っす! 何か、嫌な予感が……!」


 カイザははっとしてルージュを見た。


「ルージュ!」

「はい!」


 ルージュが炎に手をつくと、炎は勢いよく駆け出した。助手達は不安そうに俯くグレンに寄り添い、前を見据える。シドも、鎌を握るわけでもなく手を添えたままただ黙っていた。


「…離宮が口封じに来たか」

「それも考えられますね」


 進んでゆくと、小さく悲鳴や叫び声が聞こえてきた。それと共に、何やら爆発音もする。カイザが目を凝らすと、森のど真ん中に大きな四角い穴が空いている。そこには階段があり、近くでは兵士達と白衣を纏った者達とで戦いが繰り広げられている。カイザは兵士の鎧を見て、呟いた。


「帝国軍? まさか、離宮が」

「あいつら……どんだけ俺らを馬鹿にすれば気が済むんすかねぇ」


 カイザが振り返ると、グレンは俯いたままだ。しかし、膝の上で握られた拳は小さく震えている。


「ミレー! ルノー!」


 グレンが叫ぶと、二人は炎の上から飛び降りた。カイザとルージュが慌てて下を見ると、二人は兵士を下敷きにして着地して武器を剥ぎ取り、流れるように周囲の兵士を斬り倒して行く。


「…あの二人は」


 カイザが唖然として見つめていると、グレンはゆっくりと立ち上がり、鼻で笑った。


「お忘れのようっすね。俺らはこれでも革命の旗を掲げる戦士っすよ? そして俺は……医術兵団カンパニーレの将軍なんすよ」


 情けなく垂れた目が、異様な覇気を放つ。グレンは炎から飛び降り、倒れている仲間に話しかけた。


「その白衣とアーマーを俺に」

「…将軍、」


 男は苦しそうに顔を上げる。木に寄りかかり、男は血のついた白衣とアーマーをグレンに渡した。グレンはそれに手を通し、言った。


「街に行って自分の手当をするっす。そしたら、南部基地のイシドールに援軍要請。いいっすね」

「は、はい」


 男はよろよろと立ち上がり、森の奥へと歩き出した。グレンはそれを見届け、入口付近の兵士を片付けるミレー達に歩み寄る。


「4層兵士の話では、敵はもう中層まで進軍中!」


 兵士の剣を蹴り飛ばし、頭突きをしてルノーが叫ぶ。


「ルノーは直ちに各層の隊長に俺が来たことを伝えるっす! ミレーは中層の指揮! 俺は一度深部に!」

「「はい!」」


 入口に向かって走り出す三人。しかし、兵士はその後を追おうとはしない。それにも気付かずに真っ直ぐ走る三人の目の前に、炎の壁が現れた。その向こうには、ルージュが立っている。


「なんのつもりっすか!」

「無闇に突っ込むな。死にたいのか」


 振り返ると、カイザとシドがいた。グレンが前に向き直ると、ルージュが杖を地面につく。すると、その足元で大きな爆発が起きた。壁は爆風を遮り、ゆらゆらと燃ゆる。グレンは爆煙の中、抉れた地面に立っているルージュをただ見つめていた。兵士達は爆発の中で平然としているルージュを見て、後退りする。唖然とする三人の目の前から、炎はゆっくりと消える。ルージュは入口の脇に立って、促すように手を入口へと差し出した。


「ほら、行くぞ」


 先に歩き出したのは、カイザだった。


「ま、待つっす! あんたらは関係ないっす!」


 グレンがそう言うと、カイザは振り返った。


「関係あるだろ。ここが落とされたらシドの手術ができない」

「……」

「言っただろ。死なれちゃ困ると」


 カイザはそう言うと、ルージュにミハエルを渡して入口の階段を下り始めた。それに続くシド。ルージュはミハエルを抱きかかえながら軽く頭を下げている。


「…将軍」


 ミレーが呼びかけると、グレンは荒くなる息を抑えるように俯いた。


「…俺が死んで……カンパニーレがなくなって、困る人がいるんすね」

「……」


 ミレーとルノーは顔を見合わせ、頷く。


「先生、」

「将軍、」


 グレンは左腕のアーマーを見た。血が滲むカンパニーレの紋章、銀色の鐘楼が鈍く輝く。


「絶対に守りきるっすよ! 国のために、世界中の患者のために!」

「「はい!」」


 三人は暗く、火薬の匂いが立ち込める地下へと足を踏み入れた。革命の旗を、守るために。


「ひ、怯むな! グレンを仕留めろ!」


 兵の一人が剣を向けて叫ぶと、兵士の手元に火がついた。兵士は慌てて剣を投げ捨て、火を消す。


「そうはさせません」


 ルージュの腕の中で、ミハエルは炎に包まれ、宙に浮いた。そして、ルージュは一歩踏み出して仕込み杖を抜く。


「次にこの階段を降りるのは私です」


 兵士達は剣を構え、ルージュにじりじりと迫る。この小隊をまとめていると思われる兵士が、ルージュを睨みつけて言った。


「…貴様、人間か?」


 ルージュはふっと微笑み、帽子に手を当てて剣を構えた。


「怪我をしたくなければ下がりなさい。妖精からの……忠告ですよ?」


 ルージュの瞳が、赤く艶めく。

 








 階段には無造作に転がる死体。殆どが白衣を着ている。下へ行く程、叫び声が大きくなってゆく。


「カイザ!」


 グレンはカイザの肩を掴んだ。荒く息をするグレン。嫌に落ち着き払っているカイザ。グレンはその碧眼を真っすぐ見て、言った。


「気持ちは嬉しいっすけど、やっぱり怪我人連れてるあんたに無茶はさせられないっす」

「まだそんなことを言ってるのか」


 カイザがその手を振り払い、大きな扉の取っ手に手をかける。


「俺と、真っすぐ深部へ行くっす!」


 取っ手を引く手が、ぴくりと止まる。


「深部? 帝国軍を追っ払うんじゃないのか」

「それはうちの連中がやるっす。あんたらには、守ってもらいたいものがあるっす」


 カイザは振り返り、グレンを見た。少し俯くグレン。その様子から、自分たちを危険に巻き込まないために苦し紛れの頼み事をしているようにも思える。


「…なんだ」


 とりあえず、聞いてみる。


「…月の真珠っす」


 それを聞いて、カイザの表情が変わった。


「お前、なんでそんな物を」

「とにかく、あんたらは俺と深部へ!」


 グレンはカイザを押し退けて扉を開いた。きつい薬品と血の匂いが鼻をつく、人でごった返したエントランス。グレンが駆け込むと、白衣の戦士達が声を上げた。


「将軍!」

「将軍が……帰ってきた!」


 グレンの登場に士気が上がる。兵士の一人が渋い顔をして、踵を翻す。グレンはそれを見逃さず、ぶつかり合う剣の間をすり抜けて飛び上がり、その兵士に蹴りかかってそのまま階段下へと消えた。グレンが戦う様子に白衣の戦士達の士気はますます熱くなる。


「行きますよ!」


 斬りかかってくる兵士を剣で切り払い、ミレーはカイザ達に言った。そして、グレンの後を追って近くの階段を下る。ルノーはグレンとは違う方へ走り出す。カイザとシドはミレーを追いかけた。階段を下ると、兵士を壁に押し当て、兵士が持っていたであろう剣を突きつけるグレンがいた。


「お前達の大将は」

「……」

「クロムウェル家の差金っすか」


 ミレーはグレンを横目に階段を駆け下り、2つ目の扉の向こうに消えた。カイザとシドはグレンに駆け寄り、立ち止まる。グレンの肩越しに兵士はチラッとカイザを見て、再びグレンを睨んだ。


「…逆賊に話すことなど、ない」


 グレンは兵士の首に剣を突き立てた。一瞬飛び出そうになった目は潤んで、力なく下がった上瞼に半分隠れる。鼻と口からどくどくと血が溢れると、グレンは剣を荒っぽく振って死体を払った。剣が抜けたそれは、ごとごとと数段転がり、止まる。カイザは背中を向けたままのグレンに言った。


「お前、何か隠してないか?」

「……」


 グレンは何も言わずに、ゆっくりと階段を下り始めた。


「…あんたらが言ってた鍵戦争とやらには全く関係ないっす」

「そんなことを聞いてるんじゃない。お前自身のことだ。ただの革命派の医者ってわけじゃ……ないだろ」


 グレンは、溜息をついて言った。


「聞きたければ、後で話すっすよ。とにかく今は」

「…わかった」


 カイザが頷くと、3人は再び走り出す。迷路というより、蟻の巣のような構造の基地。階段を駆け下り、戦場と化した研究室を幾つも抜けてただ、下る。その途中で、シドが言った。


「ねぇ、月の真珠って何?」

「……」


 カイザは目の前を走るグレンの背中を見つめ、言った。


「持ち主も在り処も謎に包まれ、伝説とされた宝石だ。それ一つで国が傾く。そんな、価値のある物だ」

「…宝物の王様?」

「そんなところだ」

「じゃあ、グレンは王様なの?」


 そう。それが疑問なのだ。至高の宝石をその手に持つというグレンは、一体何者なのか。彼の言う月の真珠は、本物なのか。

 どのくらい走っただろうか。辺りは白衣の死体が転がり、妙な静けさに包まれている。


「予想以上に、やばいことになってたみたいっすね」


 今までとは違う、大きな両開きの扉。そこにも白衣の死体があった。獣の爪で抉られたような傷。カイザがそれを訝しげに見ていると、グレンは扉を勢いよく開いた。中は薄暗く、青い水が入った硝子を乗せた大きな鉄の機材がずらりと並ぶ。管が機材から何本も伸びて繋がり合い、中央の天井まで突き刺き抜ける円柱の硝子に集まっている。その正面に、三人の兵士が立っていた。上にいた者達とは違う、軽装だが高貴な装い。中心に立つ男が、ゆっくりと振り返った。


「…あんただったんすか」


 グレンは男を睨む。キッチリと分けて整えてある茶色い髪。涼しげな表情に刻まれた口元や目尻の皺が嫌な威圧感を醸し出す。青い光を反射するレンズ越しに、黄土色の瞳が鋭くグレンを見据えた。


「なんだ、お前か。来るだろうとは思っていたが……入口の罠はどうした?」


 両脇に立つ男女が振り返る。茶色い髪、黄土色の瞳。冷ややかな視線を流す二人の両手には、大きな鉤爪が。


「兄様、お久しぶりです」

「医者とは思えぬ阿呆面も、相変わらずですわね」


 二人はクスクスと笑いながら言った。カイザは驚いた表情でグレンを見た。


「…兄様?」


 グレンは男を睨んだまま、言った。


「フレンとクレアまで連れて、月の真珠を探しに来たんすね」

「いや、害虫の巣がわかったから駆除に来ただけだ。まあ……そこに宝石があれば拾ってゆくつもりではあったが」


 男は顎を撫でて視線を反らした。その方向には、黒い鉄の扉。


「まさか、カンパニーレのグレンが本当にお前だったとは。テレジア家の恥晒しが」


 カイザは男の言葉を聞いて、やっとこの4人の関係を理解した。そして、グレンの正体も。


「勘当息子が逆賊になったなどと世に知れては、テレジア家は終わりだ。法に触れるロストスペルと共に、お前には消えてもらう」

「消えるのはあんたらっすよ。医者の名家を傘に着て国にごまをすり、民を見捨てる。そんなのは、本当の医者じゃないっす!」

「…名医と謳われた私でも、さすがに馬鹿の治し方はわからない」


 男は呆れ果てたように目を瞑って扉の方へと歩き出した。


「今の俺はあんたでもできなかったことができるっす! 母様の病も、俺なら!」


 男は足を止めた。


「あんたじゃなくて、俺が診ていたなら……母様は死ななかった!」


 男はゆっくりと振り向き、鼻で笑った。


「愚かな息子よ……お前に言いたいことは三つ」

「… 」

「一つ、法をおかして永らえた命は、それそのものが罪となる。二つ、やはりお前は失敗作だった」


 グレンの表情が、みるみる険しくなってゆく。


「三つ、」


 男はグレンに背を向けた。


「…馬鹿は死んでも治らない」







 

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