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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆バージニア~死別の名所~
56/156

55.その男はその手を見つめる

「ダンテー。僕お外出たいー」


 ケーキを食べるダンテの裾を引っ張るシド。ダンテはうざったそうな視線をシドに向け、言った。


「そんな目でお外なんで出たら危ないでしょ! もうすぐクロムウェル家領地に入るってのに!」

「もうずっとおうちの中だから飽きたー」


 シドはうだうだとテーブルに突っ伏した。煙草を吸っていたカイザは、溜息をついた。


「ダンテはいつもこの塔に籠ってるんだな」

「お外は寒いし危ないもん」

「そんなんで革命なんてできるのか?」

「ちゃんと戦地には行ってるよ! これでも英雄って呼ばれてるんだから!」


 ダンテはぷいっとそっぽを向いた。その時、魔術書を見ていたフィオールが、ふと部屋を見渡した。そして、ダンテに聞いた。


「オズマとルージュは」

「街に降りた。僕の仲間がいるんだよねー。そいつとちょっと話しに行かせたよ」

「あー! ずるい! 僕も行きたい!」


 顔を上げてシドが騒ぎ出すと、クリストフがその頭を引っ叩いた。


「うるせぇよ! あと数日で外出られるって!」

「やだー! 月見ないと力が出ないー!」

「力溜める目もねぇだろうが!」


 だいたいわかるもん、と、シドは頭を抱えて叫んだ。ダンテはもぐもぐとケーキを食べながら水晶に手を翳す。


「感覚が鋭くなったとしてもねー、バージニアは今戦争のまっただ中で……」


 水晶を見つめて固まるダンテ。カイザが覗き込むと、そこは処刑場。処刑台の上には、3人の人影が見えた。


「…処刑か。確かに、シドを行かせられるような状況じゃないみたいだな」

「えー!」


 シドはカイザの言葉に不満の声を漏らす。すると、ダンテが勢いよく椅子から立ち上がり、叫んだ。


「大変! 大変だよ!」


 あわあわと部屋を走り回るダンテ。驚いた4人は、唖然としてダンテを見つめる。


「…トチ狂ったか?」


 恐る恐るフィオールが聞くと、ダンテは立ち止まった。


「…グレンが、処刑台に」

「…は?!」


 フィオールとカイザは水晶に顔を寄せた。クリストフがその間に割って入り、水晶に映る処刑台を睨んだ。そして、後ろでぶつぶつ呟くダンテに向かって聞いた。


「どれだよ!」

「ま、真ん中。両隣は、助手」

「こいつらが死ねば、シドの目は……ダンテ! 助けに行ってこい!」

「無理だよ! 僕が降りたら誰が塔の舵をとるのさ!」

「じゃああたしが行く!」


 ダンテは少し考え、言った。


「でも、彼らを助けたら君まで帝国を敵に回すことに……今までみたいに旅をすることも……!」

「俺が行く!」


 ダンテとクリストフは、カイザを見た。カイザは水晶を見つめたまま、言った。


「…俺が行く」

「カイザ! 僕の話聞いてた?!」

「どうせ俺は追われる身だ。追手が増えたところで何も変わらない」


 カイザはかけていた羽織を手に、ダンテを見た。


「行かせてくれ」

「…でも、」


 すると、シドがカイザにしがみついた。


「僕も行く! 戦える!」

「……」


 カイザはシドの頭を撫でて、微笑んだ。


「目が見えるようになったらな」

「カイザ、」


 カイザが顔を上げると、フィオールが言った。


「俺がついていく。憲兵もうようよしてるしな」


 カイザはフィオールを見つめ、頷く。ダンテは小さく唸り、溜息をついた。


「…考えてる時間が無駄だ! もういい! 二人で行ってきて!」


 ダンテが水晶を片手に空いた手を床に翳すと、大きな紙が床に現れた。ダンテはそれの上に立ち、足で陣を描く。ダンテがつま先を中心に置くと、陣は黒く光った。


「水晶よ、その身を空へ通ずる門へと変えよ!」


 陣が激しく光を放つと、水晶はダンテの手の上で砕け散り、きらきらと光るアーチを作り出した。その向こうには、灰色の空が広がっている。ダンテは門の横に立って、言った。



「グレン達を助け出したら、そのまま3人も連れて塔に来て。フィオール、これは即席の門だから帰りは使えないよ。帰りの塔の入り口は天辺だ。そこに石造りの祭壇があるから。わかったね」


 フィオールは黙って頷き、炎を出した。それに乗り、カイザも炎に足をかけた。


「待て! あたしも……!」


 門から出ようとする二人に、クリストフが駆け寄る。すると、フィオールは振り返って言った。


「おつかいくらい二人で充分だ。俺の女の手を煩わせるまでもない」


 赤面して立ち尽くすクリストフ。フィオールは、肩越しに笑って見せた。すると、クリストフはつかつかと二人に歩み寄る。


「…馬鹿言ってねぇでさっさと行け!」


 クリストフに蹴り飛ばされ、門から投げ出される二人。


「なんで俺までー!」


 カイザの遠くなる叫びと共に、門はゆっくりと閉じて、消えた。蹴り出されてフィオールの火が消え、真っ逆さまに落ちてゆくカイザ。塔も竜巻もない寒空を、小さく見える処刑台に向かって降下してゆく。これは、助けるどころか死ぬのではないか……そう、カイザが考えていると、フィオールが乗った炎がカイザの横に並んだ。


「乗れ!」


 フィオールが差し伸べる手を掴み、カイザは炎に乗った。はぁ、と一息ついて後ろを見ると、焼け野原となった街の向こうにダンテの竜巻が見えた。


「…お前の女、乱暴だな」

「俺も蹴り飛ばされるとは思ってなかったよ」


 フィオールは空を旋回し、処刑場の近くの建物の影で降りた。そして、二人は広場に足を踏み出す。見物人に紛れ、処刑台に近づいた。


「あれがグレン? 若造じゃねぇか」

「フィオールと変わらないように見えるが……」


 二人が小声で話していると、つらつら罪状を読みあ上げていた兵士が処刑台に向かって言った。


「…カンパニーレ将軍、グレン。最後に何か、言い残したいことはあるか」


 すると、真ん中に立つグレンが顔を上げた。茶髪の長い髪に、少し垂れた黄土色の瞳。頼り無さげな撫で肩と細い体つきには、将軍の肩書きが重そうだ。グレンは、困ったように笑った。


「若気の至りっつうかなんつうか……許してもらえないっすかねぇ」

「……」


 静まり返る広場。憲兵も呆気にとられている。


「…あれ、本当にグレンなんだろうな」

「た、たぶん」


 カイザとフィオールも不安気に囁き合う。嫌に冷めきった空気の中、無言で兵が手を挙げた。周りにいた兵士がグレン達に近づき、首に縄をかける。


「ちょっ……! 本気っすか! 本当に吊っちゃうんすか! 死ぬっすよ?!」


 女の助手は涙を流し、男の助手はあたふたしている。グレンも抵抗するが、足枷と手枷のせいで動けない。


「帝国に仇なす者に罰を!」


 憲兵が手を下ろすと、兵士の一人が台のレバーに手をかけた。その時、


「その処刑、待ったー!」


 人混みから飛び出したフィオールが兵士を殴り飛ばした。


「なんだ! 貴様!」


 憲兵がフィオールを見て剣を抜いた。グレンはきょとんとしてそれを見ている。兵士がぞろぞろとフィオールに集まる。


「カンパニーレの残党か!」


 グレンはそんなやつ知らないといわんばかりに首を横に振っている。


「カンパニーレ? 知らねぇなぁ。俺は、そこのお医者様に用があるんだよ!」


 フィオールがにやりと笑い後ろ手に処刑台に触れると、処刑台は火の柱に包まれた。見物人が悲鳴を上げて逃げ出す。


「何をする!」

「グレンを逃がすな!」


 処刑台に寄ろうとする兵士達に向かって、フィオールは炎を纏った拳を振り上げる。その炎は拳を離れ、兵士達へと飛んでゆく。炎の拳は、兵士達を奥の建物まで殴り飛ばした。


「まだ炎が出ちまうな」


 フィオールは不服そうに見つめる手を軽く握ったり緩めたりしている。


「なっ……! 何者だ! 妖しげな術を!」

「少尉! 革命軍のダンテの手下かと……」


 兵士の言葉に、少尉と呼ばれる男は顔色を変えた。


「あれが、魔法か!」


 フィオールは見つめていた手を下ろし、少尉を見た。


「おい、手下はやめろ。手下は。せめてもの弟子にしろ」


 少尉はフィオールに向かって剣を向け、叫ぶ。


「こやつはダンテに繋がっている! 生け捕りにするのだ!」

「やれるもんなら、やってみな!」


 笑うフィオールの口端から、炎が漏れ出した。






「首吊りかと思えば火炙りかよ!」

「黒焦げは嫌っす! 首吊りの方がまだ楽だったっすー!」


 柱の中で騒ぐグレン達。3人が暴れていると、床が音を立てて落ちた。


「うぉ!」


 一瞬、全体中が首にかかり、3人は床を抜けて地面に落ちた。砂埃が舞う、処刑台の中。


「ぎゃーっ! 蒸し焼きっすか!」

「先生! 落ち着いて!」


 女の助手が頭を抱えて踞るグレンの肩を揺すった。


「熱くないですよ、この火!」


 グレンが不思議そうに頭を上げる。女の助手は縄が行き交う仕掛けの中、メラメラと燃え盛る炎を触って見せた。


「…なんで」


 砂埃に咳き込みながら、グレンは上を見上げた。自分達の首にかかっていた縄は切れ、それを囲むように炎が空へとのびている。そして、ふと視線を戻して再び驚くグレン。グレンが驚いて動いたせいで手元が狂ったのか。そこには、眉を寄せてグレンを睨み、枷をいじる男が一人。


「だ、誰っすか」

「カイザ」


 カイザはグレンの足枷を外し、言った。


「お前、本当にカンパニーレのグレンか?」

「…そうっすけど」


 カイザがグレンを見ると、グレンは怪訝な顔をした。


「お前に死なれては困る」

「……」


 グレンは、驚いたような顔をしてカイザを見つめた。カイザは助手達の枷を外し、叫んだ。


「フィオール!」


 その瞬間、台の中に炎が入り込んできた。それはカイザ達を包むと、激しく爆発した。処刑台の爆発に兵士達も巻き込まれ、吹き飛ぶ。爆煙の中で露になったカイザ達にフィオールが駆け寄る。


「行ける!」

「よし!」


 フィオールは地面に手をついた。炎が足下に広がり、カイザ達を浮かせる。


「う、わ!」


 よろめいて落ちそうになるグレン。


「先生!」


 助手が手を伸ばすが、届かない。落ちると思われたその時、グレンの腕をフィオールが掴んだ。


「しっかり乗ってろ!」


 フィオールはグレンを引っ張り上げ、空へと駆け出した。もくもくと煙があがる処刑場。遠くなってゆくそれをじっと見つめるグレンと助手。グレンは前に向き直り、カイザとフィオールの背中を見た。


「…あんたら、何者っすか」


 カイザが、うーん、と唸って少し悩みんでから振り返った。


「俺は盗賊。こいつは情報屋」


 グレンは二人を交互に見た。カイザのアーマーが目に留まり、首を傾げる。


「ブラックメリーの盗賊が……革命派なわけないっすよね。なんで、俺らなんか」

「さっきも言っただろう。死なれては困る」

「……」


 グレンは俯き、手のひらを見つめる。その隣で、心配そうに見つめる女の助手。助手はグレンの膝に手を置いた。


「…先生、」

「ミレー……」

「まだ、医者として成すべき事があるんですよ。きっと」


 もう一人、男の助手がグレンの肩を抱いた。


「先生! 革命はまだ終わりませんよ!」

「…そうっすね。よくわからないけど、生き延びたっすよ!」


 やんやと歓声を上げる3人。それを背中に聞くフィオールとカイザ。


「…本当にグレンなんだろうな。あの馬鹿っぽいのが」

「俺も不安になってきた。フィオールがそう言うんだもんな……」

「どういう意味だよそれは」


 二人が小さな声で話していると、グレンが後ろから話しかけてきた。


「で、何で困るんすか! 急患っすか!」

「ん、まあ……そうだ」


 カイザがそう言うと、再び後ろで歓声があがる。


「急患っすよ! 今度こそ本物っす!」

「患者!」

「患者!」


 拳を空に掲げて意気込む3人。苛立っているフィオールの横で、カイザがふと振り返る。


「…おい、今度こそってどういうことだ」


 3人は腕を掲げたまま、固まる。そして、悲しげな表情になったかと思うと小さくなって俯いた。


「…騙されたっす」

「騙された?」

「革命派の他所の軍隊がバージニアに攻め入ってたんすけど……増援は間に合わないから戦地バージニアに赴いて傷ついた兵士達をもう一度戦えるよう手当してほしいと頼まれて。俺とミレーの小隊がそれを受けたっす。でも、ついたら傷ついた兵士どころか帝国の憲兵がいて……この様っす」


 ただでさえ垂れている目がさらに垂れ下がり、黄土色の瞳は悲しげに潤む。


「なんでそんなことに」


 カイザが聞くと、グレンは大きく溜息をついて後ろに手をついて空を仰いだ。


「もうこの際っす。あんたらは無関係だろうから話すっす、いいえ、愚痴らせてもらうっす」

「俺らをはけ口にする気か」


 フィオールが眉をひくつかせて振り返る。カイザは横目にフィオールが怒り出さないか警戒していると、開き直ったようにグレンは言った。


「騙した理由はよくわからないっすけど、俺が秘密を知ってしまったから消そうとしたんじゃないっすかねぇ。最初は知られても構わないような雰囲気だったんすよ? クロムウェル家当主が既に死んでたなんて」

「…なんだと?!」


 フィオールがグレンに詰め寄る。グレンは思わず後ずさり、落ちそうになった。慌てるグレンの胸ぐらを掴んで引き上げるフィオール。安心したような怯えたような複雑な表情をしているグレンを睨み、フィオールは言った。


「そんな話、聞いてねぇぞ」

「そ、そりゃそっすよ。隠蔽されてたんすから! クロムウェル家っていうか、なんつーか……革命派なのもクロムウェル家っていうより、クロムウェル家離宮の連中が主で」

「離宮……アンナ寵妃か!」

「ア、アンナ様のご長男、ルイズ様が反帝国軍の指揮をしているらしいっす! それをたまたま……!」


 カイザは俯き、震える手を額に当てた。


「…父様が……死んだ」


 カイザの呟きに振り返るフィオール。グレンは目を点にしてカイザを見つめる。


「父様? カイザ……って、ま、まさか!」


 グレンはあわあわとカイザを指差す。その顔色は幽霊でも見たように真っ青だ。フィオールは顔を顰め、目の前に迫る竜巻を見上げた。


「…話は、中に入ってからだ」

「中? 急患のところっすか」

「そうだ」


 フィオールはカイザの肩を叩き、前に向き直る。カイザはふう、と小さく息を吐き、顔を上げた。

 会ったのならば、自分を捨てたのか探していたのか問いつめようと思っていた。答え次第では、何かが変わる気がしていたのだ。しかし、もう問うべき父は死んだ。敵か味方かもわからない父に、息子なりの期待を抱いていた。それを裏切られたような悲しみは、程なくしてカイザに新たな道を示す。離宮だ。帝国に反旗を翻し、父の死を隠していたアンナ寵妃の離宮。そこに、秘密は眠っているに違いない。自分のこと、ミハエルのこと……マスターが、生きろと言った意味。

 暫くして、炎は竜巻の目に入った。上からゆっくりと降りて、塔の天辺に足を下ろす。ダンテの言う通り、石造りの祭壇があった。グレン達はきょろきょろと辺りを見渡している。


「ここ、どこっすか」

「まあ大人しくついて来いって」


 フィオールがそう言うと、祭壇から黒い煙が吹き出し、門を作った。向こう側は、カイザ達が出発した部屋。


「おかえりー!」


 そこからシドが飛び出し、カイザに抱きついた。


「ただいま」

「フィオールもおかえり!」

「ただいまただいまー。俺の照れ屋さんはいるか?」


 フィオールが門をくぐると、脇から褐色の腕が伸びてフィオールを殴り飛ばした。物が落ちる音がする室内を見つめ、呆然と立ち尽くすグレン達。カイザは、シドを抱き上げて言った。


「入ってくれ」


 グレンはごくりと唾を飲み込み、一歩、踏み出す。



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