52.節目を飾る物語を繋げたなら
「……と、まあ。こんな感じで。その後は魔女達も手の平返してダンテさんに媚びてたよ。里に連れ戻して甘やかしてさ。それが気に食わなかったんだろうね。ダンテさんは業輪を手にして部屋を開いたら、すぐ里を出たよ」
オズマは眼鏡のレンズにふっと息を吹きかけた。クリストフは煙管の灰を落として、言った。
「お前は何で追われてたんだ」
「俺?」
オズマは油断していたらしく、眼鏡をかけて眉を顰めた。
「同族に追われてて、同じ境遇のダンテに同情したんだろ?」
「ああ……くだらない勢力争いさ。今はもう問題ないよ? ダンテさんの使いだとわかったら、手の平返してきたし。どこも同じだね」
オズマはへらっと笑って見せた。
「それでお前も、魔界を出たと」
「別にそういうわけじゃないさ。たまには帰ってる。こっちで眼鏡屋やってる方が性に合うんだ」
オズマは溶けた蝋に手を翳す。すると、蝋は無邪気に遊ぶ二人の少年が彫り込まれた蝋燭になった。それにルージュがふっと息を吹きかけ、火を灯す。
「ダンテ様とオズマのことはわかりました……でも、何故革命を」
ルージュがそう聞くと、オズマは視線をそらした。カイザがその視線を辿ると、椅子に座るミハエルがいた。
「…ほんの、憂さ晴らしみたいなものさ。ダンテさんが里を逃げた後、告げの通り帝国が攻めてきた。魔女達はなんとか里を守りきった。そこに、ダンテさんの家族がいたら里は滅んでいたかもしれない。そうしたら、ダンテさんの怒りの矛先は帝国に向いたのさ。お前達が攻めて来なければ……ってね」
カイザとフィオールが生まれる前の話。二人はただ、三人の話に聞き入っていた。
「俺は国なんてどうでもいいからダンテさんの考えについていくだけだったんだけど。どうやら雲行きが怪しい」
「クロムウェル家のことだろ」
クリストフがそう言うと、カイザの表情が強張る。
「そうなんだよねぇ。味方だと思ってたんだけど。エドガーを墓に埋めたのが本当にクロムウェル家なら鍵戦争に関しては敵である可能性が高いもの」
オズマは溜息混じりにクリストフが摘んできた花を取り、その花びらを毟る。
「それはそれで戦えばいいんだけど…そんなことよりカイザ君さ。墓を暴くようにギールさんに言われたんでしょ?」
「マスターを知ってるのか」
カイザが聞くと、オズマは花びらを紙の上に並べて言った。
「そりゃあ、ギール・パールマンと言ったら有名人だからね。俺は一度しか会ったことがないけど」
「何で……」
「偶然会ったんだよ。それより、ギールさんに墓を暴くよう言われて、ギールさんからブラックメリーを受け取ったんだよね」
カイザは疑問を飲み込めずにいたが、大人しく頷いた。オズマは紙の上の花弁が動かないよう、そっと紙を持ち上げた。
「俺、ギールさんがカイザ君がただ者じゃないってわかってたようにしか思えないんだけど」
「あたしもだ」
「私もです」
カイザとフィオールは驚いたように三人を見る。オズマは紙を蝋燭の火で炙っていた。
「お、俺はわからなかった。あんな鼻垂らしたガキがそんな……」
カイザは横目に慌てるフィオールを睨んだ。
「フィオール、お前とカイザを引き合わせたのもギールだったな」
クリストフにまで睨まれ、フィオールはわけもわからずとにかく頷く。そんな中、カイザがルージュに問いかけた。
「ルージュもマスターを知ってるのか」
「いえ、まあ……少し」
首を傾げるルージュ。ずっと昔のことなのか、記憶が曖昧なようだ。
「しかし、彼がカイザを誘拐し、ブラックメリーを渡し、鍵戦争開戦の狼煙とも言えるエドガー様の死体を掘り起こさせました。その上、フィオールを付き人に仕立て上げ……」
「待て待て! だから、何で俺!」
フィオールがルージュに腹を指で突ついた。クリストフは煙をフィオールに吹きかけた。
「ダンテも言ってただろ。お前に見事邪魔された、と」
「でも結局成功してたじゃねぇか!」
「それはシドの目が……!」
クリストフはシドを思い出して、言葉を詰まらせた。フィオールは不思議そうにクリストフを見つめる。
「…ヴィエラ神話」
「…ん? なんだ?」
「ヴィエラ神話の神に選ばれし戦士は、古代語でカイザ……闇の中で戦士を導く天使はミハエル」
クリストフの呟きに、皆首を傾げている。カイザは、少女に言った。
「それは、ミハエルの故郷で有名な神話だろ。名前の話ならミハエルともしたことがある」
すると、オズマが眉を顰めた。
「そういうの地方に行けばざらにあるじゃないか。名前かぶりくらい、偶然じゃないの?」
「そのカイザが、天使に化けるんだ。でも闇に落ちて堕天使となり、その闇の中で戦った際に片目を失う場面がある」
オズマの紙の上で、花弁は赤い液体に変わる。
「それの前は異国の化物で……その前は……あー! 忘れた! でも、一番最初は一国の王子だった。ある国の王子様がーから始まるんだよ! その話は!」
「…堕天使が片目を失う場面をシド君と重ねてるの? でも異国の化物や王子様って何」
「馬鹿か! 帝国が最後に堕としたのはクロムウェル家が治めていた国だぞ!」
クリストフが叫ぶと、赤い液体がテーブルに零れ落ちた。ルージュも、じっとクリストフを見つめている。
「言ってみれば、カイザは一国の王子様でもおかしくなかったわけだ」
「…で、でもさ、実際は違うじゃない」
そう言うオズマの手は、何故か震えている。クリストフはテーブルを叩いて言った。
「神に選ばれた戦士の武器は、三又の槍。そいつが従えるのは黒い鷲。そして……蘭丸が言っていた運命の至る場所。全て、神話に一致する」
クリストフが言い切ると、部屋は不思議な静けさに包まれた。バラバラだった全てが、一つの神話の元へ集まった途端、不気味に繋がり出す。
「そう言えば異国の化物、だっけ。フィオール君さ、東の国に親戚いない?」
オズマに話を振られ、フィオールは慌てて首を横に振る。
「俺の母親も父親も西の人間だ」
「…そう。でも混沌で見つけた時、君の髪真っ黒だったんだよね。今もほら、前髪少し残ってるでしょ」
オズマが顎で指すと、クリストフは眉を顰めて言った。
「いや、異国の化物なら蘭丸の方が近いだろう」
「あ、そうか」
「だが、フィオールもヴィエラ神話の戦士に何らかの共通点があると考えてもいいだろうな」
オズマとクリストフが話していると、フィオールが困ったように笑いながら言った。
「待てって。その神話と、俺らが関わる奴らが重なるから……なんなんだ。しかも戦士は一人で、幾つも姿を変えるんだろ?」
「…重なるから、考えてんだろうが」
「考え過ぎだろ! 偶然だ! 偶然!」
フィオールがそう言うと、ルージュが静かに言った。
「鍵戦争と、ヴィエラ神話との偶然の一致……本当に、偶然でしょうか」
カイザは、手にしているブラックメリーを見つめて呟く。
「…偶然じゃないなら、その神話が業輪や、東禊神話を読み解く手掛かりになるかもしれないんだよな」
カイザは顔を上げてミハエルを見た。マスターが何かを知っていたかもしれない。それと同じように、ミハエルも知っていたのか? それとも……
「あー……君達といると頭使うから疲れる」
オズマがテーブルに突っ伏した。すると、クリストフとフィオールが立ち上がって怒鳴った。
「思考を止めるな! もうちょっと頭捻って考え搾り出せ! あたしのように!」
「てめぇばっかり寝ようなんてずるいぞ! こんなわけのわからない話されて、俺の方が眠いんだからな!」
ギャーギャーと騒ぐ二人を困ったように笑いながら見つめるルージュ。そして、やはり呆れ気味なカイザ。どんな事実が飛び出ようとも、この賑やかな時間は変わらないのだと……カイザは、小さく笑った。
「見て見てオズマー! 泉で放した魚こんな大っきくなってたー!」
「カイザー! 僕もとれたー!」
水浸しで部屋に駆け込んできた二人。何故か棒に刺さってこんがりと焼けている大きな魚を手に、嬉しそうに笑っている。
「あー……すごいですね」
「ちょっとー、ちゃんと見てよ!」
適当な返事をするオズマに怒るダンテ。シドはカイザを探しているのか、キョロキョロしている。
「こっちだ」
カイザがそう言うと、シドはにこやかに走って来た。
「これあげる! ダンテが焼いてくれたんだー」
「あ、ありがとう……本当にでかいなこれ」
ずっしり重たい魚を受け取り、カイザは笑った。すると、シドがじーっとカイザを見ている。
「…? どうした?」
「…何かあったの?」
なんでわかるのだろう。そう思ったが、カイザはふっと笑ってシドの頭を撫でた。
「あったよ。どちらかと言えば、いいこと……かな」
「宝物のこと?」
「宝物? ああ、そうだ」
シドはニッコリと笑い、カイザの頬を撫でた。
「…本当だ。カイザ笑ってる」
「ああ。心配いらないから、着替えろ。風邪ひくぞ?」
カイザがそう言うと、シドは、わかった、と返事をして怒るダンテの手を引き、部屋を出て行った。
「オズマ! いいか! 閃きだ! 閃きが道を開くんだ!」
「オズマー、寝るなってー! 俺腹減ったんだけどー!」
相変わらずうるさい二人。オズマはうーん、と唸りながら頭を抱えている。
「ルージュ」
カイザは笑っているルージュに話しかけた。
「どうなさいました?」
「俺がもし、その神話の戦士だったり……何か、わからないけど、何者かだったとして。それでもお前は……」
カイザが言いかけると、ルージュは小さく声を出して笑った。
「カイザ、と呼ばせてもらいますが?」
それを聞いてカイザは、そうか、とだけ返した。
「閃きだ! さん、はい!」
「腹減ったんだけどー……ルージュ、なんかないか?」
賑やかなそれを耳に、カイザはミハエルを見た。ミハエルが教えてくれた神話が何かを紐解こうとしているのかもしれないと思ったら、それもまた、自分と彼女の運命を感じさせる。嬉しいが、不安もある。しかし、そんな不安も目の前の仲間を見ると吹き飛んでしまうのだ。この輪にミハエルも加わったなら、どうなるだろう。そう、ブラックメリーを握りながらカイザは思いを巡らせるのだった。