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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆煙の塔〜少年と泉〜
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48.夢の中の夢がまた夢でも

「カイザ!」


 部屋に入るなり、カイザに飛びつくクリストフ。その後ろには、神妙な顔をするオズマとダンテ。心配そうな顔をして後を追うルージュがいた。白い花が咲き乱れる、甘い匂いでいっぱいの部屋。奥には、金の装飾がなされた小さな泉があった。その前に、カイザが仰向けで横たわっている。クリストフはカイザを抱き起こし、肩を震わせてその寝顔を見つめた。


「よかった……息が、ある」


 クリストフは安心したように笑い、カイザを抱きしめた。


「…ねぇ、クリストフ」


 ダンテが後ろから問いかけるが、少女は返事もしなければ振り返ることもしない。ルージュは少女の側にしゃがみ込み、カイザの傷を見ている。ダンテは、じっと少女の背中を見つめて、言った。


「何者なのさ、君が連れてるあの3人は」

「……」

「得体の知れない比翼の鳥に、生贄になるはずだった君を助け出した男。それに、光と溶ける……その男」


 カイザの手から、槍の姿を解いたブラックメリーが落ちた。


「君達が来て、混沌は拓き……閉じた。世界が一つ生まれて、消されたんだ」

「…それについては、あたしにもわからない」


 少女は静かに口を開く。


「シドも、フィオールも、カイザも……ただのごろつきだ。ごろつきだったんだ。エドガーを、こいつが掘り起こすまでは」

「…エドガーを、彼が」

「全て話す。だから、協力してくれ」


 ルージュは、少女の目を見て固まった。ダンテに背を向け、カイザの頭を抱えながらじっと前を見据えるクリストフ。その目の力強さに、恐ろしさに。ルージュは目を奪われる。






「…兄、さん……」


 魔方陣の中で苦しそうに呟くシド。陣の外で魔術書を見るルージュがその呟きに気付いた。陣に血だらけの手をつくオズマも、俯いていたその顔を上げた。


「兄さん、ごめん……」

「シド、シド!」


 ルージュが問いかけると、シドは捲し立てるように呟き始めた。


「違うんだ。殺してよ。僕が兄さんを殺す。邪魔なんだろ? だって、僕は邪魔なんでしょ? 僕は、弟なんでしょ……」


 ルージュとオズマが顔を見合わせる。


「殺せないよ……殺されたくないよ……嘘でも嬉しかったんだ、兄さん。死ねば、いいのに」


 オズマが疲れた顔で、眉を顰めた。


「もう、目が覚めそうだね」

「…ええ」


 ルージュは紫に光る魔方陣を見つめた。


「…ルージュ、俺、限界」

「交代致しましょう。次はカイザの薬も作らなくてはなりませんし、少し休んできてください」

「ありがとう。そうさせてもらうよ……」


 オズマは傷だらけの手に手袋をして、部屋から出て行った。ルージュは手袋を外し、置いてあった刃物ですでに傷だらけの手を傷つけた。そして、その手を陣に置くと先程まで紫に輝いていた陣が赤く光った。ルージュはじっとシドを見つめる。すると、シドがルージュの手を掴んだ。


「カイザ……じゃない」


 少し驚いたルージュ。しかし、優しくシドに声をかけた。


「ルージュです」

「カイザは? カイザ……」

「まだ、目が覚めておりません。シドももう少し休んでいた方がいいですよ」

「カイザ……カイザ……」


 腕を窪んだ眼に当てて寂しそうに泣き声をあげるシド。ルージュはそれを悲しげに見つめる。さっきまで、兄に必死に訴えかけていたというのに、目覚めるやいなやカイザの名前を呼んで泣きじゃくるシド。脈絡のない寝言からは、少年が見ていた夢を知ることもできない。しかし、確かにそこに兄はいたのだ。そして言い知れぬ心の乱れに、シドは不安に駆られ、カイザの名前を呼ぶ。確かに、確かに兄はサイなのだが、シドの心を安定させてくれるのはカイザだ。寂しさを埋めるために縋っているだけかもしれない。それでも、近くにいれば傷つけあうことしかできない兄弟にとって、何かに縋ることだけが心を穏やかにしてくれるのだ。それが、悲しい。ルージュは血だらけの手でシドの手を握る。


「すぐに会えます。私も、側におります」

「…うん」


 ぐずりながらも大人しく頷くシド。その涙は陣に零れ落ち、煙に変わる。










--まだいたの? 早く出てってよ。もう、二度と顔は見せないでくれ。そんなに未練たらたらじゃあこの先苦労するよ。許す? そんなわけないじゃないか。俺は、俺を殺した兄さんを許さないよ。でも、何かしようとか、兄さんが不幸になればいいとか、そんなくだらないことは考えてない。兄さんが、早く俺を忘れてくれればいいと思ってる。俺も、忘れたいんだよ。辛くて、息もできなくなりそうだから。もし、俺が兄さんの立場なら……死にたくなるほどに。だから忘れてくれ。そしてもう二度と顔を見せないでくれ。--




--……ごめん、兄さん--


「セシル!」


 ベッドから飛び起きて、辺りを見渡す。小さな汚い部屋。頬を伝う冷や汗。吐息は熱く、荒い。額を抑え、震える視点を下に向ける。


「…夢?」

「兄さーん」


 急なノックに驚く。扉が開き、一人の少年が入って来た。


「うわ、何その顔」


 少年は本を手にベッドに腰掛け、じっと顔を見つめてくる。そして、困ったように笑った。


「また、追われるようなことでもしたの?」

「してねぇよ。学校はどうした」

「何言ってんのさ。今日は休みじゃん。隣町に大きい図書館ができたから、連れてってくれるって約束でしょ?」


 少しむくれたように首を傾げる少年。少し考え、言った。


「…俺の事、憎んでいるか?」


 そう聞くと、少年はふっと無表情になる。その口元は少し開き、驚いているような、答えに悩んでいるような雰囲気も伺える。少年は、ふと視線を反らし、言った。


「…何言ってるのさ。今日の兄さん、変だよ?」


 少年は呆れたように笑う。


「そうだな。ごめん」

「俺は死んで、兄さんは生きてる。それでいいじゃないか」


 少年の言葉に顔を上げると、少年は優しく微笑んでいた。


「ありがとう、兄さん」


 涙が、静かに溢れる。震える手を、少年に伸ばす。すると、少年は煙のように消えた。持っていた本が床に落ち、静寂が部屋を包む。


「…フィオール」


 横を見ると、扉の前にはクリストフが立っていた。その悲しげな笑顔が、不安にさせる。


「その本は、死んでいった者達が形に残した…唯一無二の真実だ」


 本を拾い上げると、表紙には13とだけ書いていた。


「行け。まだ世界は12巻までしかない。13巻、それを綴るのは……」

「クリストフ、」


 顔を上げ、言葉を飲む。目の前のクリストフは血まみれで、胸には大きな穴が開いていたのだ。床に血を滴らせながら、少女は笑う。


「お前なんだ」


 本を持つ手が、震える。息も上手くできない。止まりそうだ。しかし、込みあげる。胃から、叫びが。


「うあああああああああああああぁ!」

「フィオール! フィオール!」


 叫びと共に目を覚ますと、目の前には知らない天井。そして、夢に見たクリストフの心配そうな顔。頬を伝う冷や汗。吐息は熱く、荒い。フィオールは焦点の合わない目を見開き、勢いよく身体を起こした。


「セシル……クリストフ……」

「フィオール、クリストフはここだ!」


 フィオールはゆっくりと横を向き、クリストフを見た。体中に包帯を巻き、顔にも白い布を巻いている。フィオールはその肩を荒々しく掴んだ。


「…生きてる……よな?」


 フィオールはクリストフの頬を少し強く撫でる。クリストフは不安そうな顔をしながらも、優しく笑う。


「ああ。生きてる」

「……」


 フィオールは俯き、そして、クリストフを抱きしめた。


「…あたしが、死ぬ夢でも見たのか?」

「…違う。けど……怖かったんだ。いや、悲しかった」


 嗚咽して、少女の肩に顔を埋めるフィオール。温もりと、匂いと、目に写る褐色の肌が確かな生を感じさせてくれる。少女は、フィオールの頭を撫でた。


「もう、大丈夫だ」


 フィオールは声を殺して泣いた。現実のように生生しい夢。そこに現れた、二人の弟。一人は自分を突き放し、許さないと言う。一人は励ますようなことを言って微笑んだ。どちらも、幼い日に愛した弟の姿だった。自分のしたことを憎みながら、生きている喜びに浸るフィオール。その生を強く感じさせてくれるのは、紛れもない、愛する女の感触だった。二人は言葉も交すことなく抱きあう。静かに、強く。










--------------------------







 月が輝く、夜の墓地。カイザは丸太に座りこんで、墓石を磨くミハエルを見つめていた。ぼーっと見ていると、墓石に月が映り込んでいることに気付いた。


「ミハエル、月って……天使が住んでるんだろ?」

「…そうね、そう、言われているわね」


 墓石を磨く手を止めて、ミハエルは空を仰ぎ見た。


「月ってさ、俺達が住んでる地球より小さくて、何もないところなんだろ?」

「あら、よく知ってるわね」

「天使達はどうやって生活してるんだろう」


 カイザが月を見上げてそう言うと、ミハエルは優しく微笑み、言った。


「…天使はね、地球から海の水を引き上げて生活しているのよ。使ってから綺麗にしては地球に戻して。ほら、海の満ち引きがあるでしょ?」

「あー……あれって、天使の仕業だったのか」


 ミハエルはくすくすと笑って、カイザを見る。


「月はね、可哀想なのよ。本当はこの星から離れたいのに、離れられないのだから」

「なんで?」


 カイザがミハエルを見ると、ミハエルは視線を空に戻した。風が彼女の髪を靡かせ、月が白い肌を照らし出す。


「…ここに、呼びとめる人がいるからよ」

「誰?」

「……」


 ミハエルは、何も答えない。カイザはふと、空を見上げた。雲ひとつない夜空にぽつんと輝く月。その影が、後ろ髪を引かれる女性のように見えた。


「…月も本当は、離れたくないように見える」

「……」


 カイザの言葉に、ミハエルは驚いたような顔をしてカイザを見た。少年は黙って空を見上げていた。ミハエルは、小さく笑う。


「だと、いいのだけれど」


 二人はそれだけ話して、暫く月を見つめていた。ぽろりと発した言葉が、どれほど彼女の心を軽くしたか……少年は知らない。







-----------------------------------








「…あ、気がついた?」


 目が覚めると、そこは見知らぬ部屋。天井が煙のように揺らめき、薄暗い。そして目の前には、見知らぬ少女。しかし、その声には聞き覚えがある。身体を起こそうとしたが、胸に激痛が走る。


「まだ無理しない方がいいよ。思いっきり穴が開いてたんだから」

「…シド達は」


 苦しげに声を絞り出す。少女は何やら花弁を毟って紙の上にばらまいている。カイザは顔を歪めながらも、ゆっくりと身体を起こした。


「シドって子はもう目覚めてるけど、重体だからルージュとオズマが付きっきりで看病してる。フィオールって人は精神的にやられてたから特別な部屋に入れてるよ。今日中にでも目が覚めると思うから、クリストフが見にいってくれてる」

「そう、か。みんな……なんとか無事だったんだな」

「まあね」


 少女は手を止めて、顔を上げた。


「起きて早々悪いんだけど、答えてくれるかな」

「…なんだ」

「カイザ……だっけ。君、本当にクロムウェル家のカイザなの?」

「……」


 カイザは少し黙り、言った。


「そうだ。死んだことになっているが」

「ふーん」


 少女は花弁がばらまかれた紙を手に、暖炉に近付く。適当な火がついた炭を取り出し、紙を炙る。


「クリストフから、大体の経緯は聞いたよ。エドガーのことも、君達のことも」


 花弁が紙の上で舞い上がり、集まって弾力のある水滴に変わった。桃色の液体が、紙の上で震える。少女は炭を暖炉に戻し、カイザを見た。


「クロムウェル家は今、反帝国軍を率いる革命派の重鎮。僕と同じ思想を唱えて手を取り合ってる」

「革命?」

「僕は革命軍のダンテ。君達が探していた、北の魔術師だよ」


 少女は驚いているカイザに歩み寄り、液体が零れないよう紙を差しだした。


「よろしくね」


 シドとはまた違う、無邪気な笑顔。ちょうど、彼と同い年くらいにしか見えない少女。この少女が、伝説の魔女で、革命軍の英雄。信じられずにいるカイザだったが、勧められるがままに紙を受け取った。


「ダンテさーん、」


 部屋に入ってきたオズマが、カイザに目を止める。包帯をぐるぐるに巻いた上半身以外は、ベリオットで会った時のままの姿だ。小脇に壺を抱えるオズマは、おー、と小さく感嘆の声をもらしながらベッドに近付く。


「おはようカイザ君。ちょうどいいや、シド君にお薬ちゃんと飲むように言ってくれるー? 君の言うことなら聞くだろうし、ダンテさんに味変えてもらう手間が省ける」

「オズマ、シドの目は……」


 カイザが心配そうに聞くと、オズマは悲しそうな顔をした。


「クリストフさんの話だと、サイが持っていた片目は潰れてしまったらしい」

「……」


 カイザは俯いた。


「でも、君が持っていた目は無事だよ。腐らないよう魔法をかけて瓶に保存してある」

「その、魔法で失った目を取り戻すことはできないのか?」

「できないよ。シド君の目は堕天の烙印と呼ばれる特殊な目なんだ。魔法では作れない。それに、ただでさえ目っていうのは人の身体でも特別な部位で、魔法で作りだすことはできても外に飛び出た目を、また嵌めこむことは……」


 カイザとオズマが黙り込むと、ダンテがオズマから壺を取り上げ、言った。


「魔法じゃどうにもならないけど、医者ならできるんじゃない?」


 少女の言葉に、二人は顔を上げた。ダンテは壺をテーブルに置き、棚の小瓶を漁っている。


「医者、ですか。そんなことをできる医者なんか……」

「何言ってんの。ロストスペルを扱う奴が一人いるでしょー?」


 オズマがはっと何かを思い出したような顔をした。


「あいつ……ですか」

「あいつって、誰なんだ」


 カイザが聞くと、ダンテは瓶をテーブルに並べて言った。


「僕達と同じ、革命派の軍を率いている闇医者。"カンパニーレ"の将軍、グレン」

「俺あいつ嫌いなんですよー……」


 オズマは嫌そうな顔をする。ダンテはそんなグレンにニッコリと微笑んだ。


「どっちにしろ、今度の集会にはオズマにもついて来てもらうつもりだったから顔合わせる羽目になるよ」

「えー……ジルでも連れて行けば」

「もう決めたの。だからリバーカインドに呼んだの」


 オズマはがっくりと肩を落とす。そんなオズマを余所にカイザはダンテに問い詰める。


「その集会に、グレンも来るんだな!」

「うん」

「じゃあ、そいつに頼めばシドは……」


 カイザの真剣な眼差しに、ダンテはぽけーっとした顔で首を傾げる。


「…カイザも来る?」

「俺も?」

「うん」


 オズマはカイザを見下ろし、言った。


「その集会、革命派の三大組織が集まるんだ。ダンテさんの革命軍、グレンのカンパニーレ、そして……」

「クロムウェル家の反帝国軍」


 ダンテはその無邪気な笑顔で、カイザを見つめる。


「クロムウェル家でパーティだよー」

「……」


 もう、思い出すこともできない。かつて住んでいた自分の屋敷、両親の顔……いや、思い出せなくなったことで前に進めた気もしていた。カイザの心臓が、大きく脈打つ。黙り込むカイザを見て、笑顔のままに大きく息を吐き、瓶を手にする少女。オズマは頭を掻きながら、また嫌そうな顔をしていた。薬草のつんとした匂いが、甘い香りに変わる……静かな、部屋。



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