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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆煙の塔~混沌の層~
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47.奇跡なんてない

 轟音が響き、贄の祭壇は黒い煙に撒かれた。それを、カイザは茫然と見つめる。オズマは、カイザの肩を抱きかかえて辛そうに俯く。細くなる黒い柱の付け根を目指し、ルージュもまた、拳を震わせながら炎を走らせた。

 濛々と立ち込める煙を見つめるカイザ。カイザは無言でオズマの手を振り払い、身を乗り出した。


「…フィオール」


 カイザの呟きに、二人も下に視線を向けた。すると、煙が晴れてきた祭壇にはクリストフを抱きかかえて荒い息をするフィオールが。その目の前には、肩を抑えてゆっくり立ち上がるサイもいた。


「何故彼があんなところに!」


 ルージュは思わず炎の動きを止めた。


「サイも生きてる! 術は失敗したのか?!」


 オズマが上を見上げると、黒い柱は細くなってゆき、そこにはぽっかりと穴が現れ始めていた。


「成功、してる。どうして。生贄が生きているのに……」


 混乱している二人を他所に、カイザは消えかけた柱に飛び移って下へと駆け降りた。


「カイザ君!」


 ルージュはオズマの肩を掴み、言った。


「私が時間を稼ぎます。その間に、皆さんを」

「そんなこと言っても、君はもう魔力が……!」

「血を扱えるのは、悪魔だけではないのですよ」


 ルージュは残っていた片方の手袋を取り、仕込み杖を抜いた。そして、自分の掌を斬りつける。溢れる血を手袋に染みこませ、それを空に放った。ぼうと燃え上がったそれは雲に吸い込まれる。すると、赤い光が波紋に入り混じった。それは、鼓動を緩めるように動く。


「この機を逃してはなりません。奇跡が起きた、今この時を……」


 ルージュは手を抑えて蹲る。オズマがルージュの背に手を添えた。


「…わかった。本当の本当に、全員で出よう」

「ええ」


 オズマが炎を飛び降りると、ルージュはばったりと倒れこんだ。ルージュの服を掴んでいたシドの手も緩んだ。ルージュはシドの頭を撫で、呟く。


「神が我が祈りに応えたもうたか……」


 ルージュは割れる空を見つめながら、シドの血に塗れた頬を撫でた。









「お前なんかと心中させてたまるか」


 焦点の合わない曇った瞳。息絶え絶えに発せられる、低い声。


「こいつと一緒に死ぬのは……この、俺だ」


 フィオールに抱きかかえられ、クリストフぽかんとその苦しそうな顔を見上げていた。


「フィオール、」


 少女が呼ぶと、フィオールの瞳はぐるりと裏返って、瞼が閉じられた。少女を抱いたまま、倒れ込むフィオール。


「フィオール……フィオール!」


 クリストフが呼びかけるが、フィオールは返事をしない。サイはそれをじっと見てから、ふと、視線を木の方へ向けた。そこにはもう、木はないのだが。跡形もなく散って黒い穴となったそこには、べったりと広がる血の跡がある。


「くだらぬ嫉妬だ。おかげで、シドの目が潰れてしまった」


 サイの声に、クリストフは振り返る。サイは片膝をつき、俯いている。


「死に損ないが伝説の美女を愛して何になる」

「……」

「神の気まぐれに左右される世界に、何の意味があるというんだ!」


 荒い吐息。サイは、地面を睨んだ。その目からは、ぽたぽたと熱い雫が零れる。クリストフはそれを見てふいに目を反らした。見てはいけない気がしたのだ。


「何故シドが俺の弟で……何故俺達は、比翼の鳥として生まれたんだ。孤独を、不安を……恐れを断ち切るために俺は剣を振るってきた! それだけなのに、どうして……阻まれる」

「……」


 背中越しに聞こえるサイの涙声。それは、天使でも殺し屋でもない。孤独に、愛に怯える人間の嘆きにしか聞こえなかった。サイは見たところ20歳前後。しかし、その心はまるで少年。ろくな人間関係も築かずに弟を捨て、仲間を見限った男はただ、涙する。その様子が何故か、少し前のカイザとかぶってならない。


「……」


 静かになった。耳に届いていた吐息すら、聞こえない。クリストフが振り返ると、サイは黙って地面を見つめていた。少女が見つめていると、サイは顔を上げた。


「…エドガー」


 柔らかな笑顔。何を考えているかわからない、静かな……静かな。サイは、ゆっくりと後ろへと倒れ込む。少女は思わず、サイの方へ足を駆けだしていた。どうしようというのか。支えるのか? 突き落とすのか? 自分でもわからないのに、身体が勝手に動き出していたのだ。少女が手を差し伸ばした、その時。床が音を立てて崩れ始めた。サイはそのまま、海へと落ちてゆく。


「サイ!」


 揺れ動く床。活動を止めていた山も地響きとともに崩れ、砂のように空へ光の粒を舞いあがらせる。海もキラキラと空へ干上がるように消えてゆく。その光の中に、サイは消えた。少女はそれを見つめ、舌打ちをしてフィオールの元へ戻った。そして、彼を担いで飛び降りようとする。


「クリストフ!」


 そんな少女を呼びとめる声。振り返ると、カイザがいた。


「カイザ、」

「サイは!」


 カイザの問いに、少女は下を見た。


「…落ちた」


 カイザは眉を顰め、少女の手を引いた。


「行くぞ」

「…サイが、落ちた。あいつ、泣いてたんだ」

「……」

「自分でも、どうしていいのかわからない。なんでこんな気持ちになったのかすら」


 カイザは少女の手を放した。


「あいつを見たら、エドガーを思い出して……あの笑顔を見ると、足が竦むんだ!」

「…それは、お前が聖母だからだろ」


 少女が顔を上げると、カイザは真剣な眼差しで見つめていた。強く、真っ直ぐ。


「慈悲深い、聖母だからだ。何も臆することはない」


 血まみれで、それでも堂々と言い放つカイザは……まるで。


「…行こう。無事でよかった、クリストフ」


 カイザは少女からフィオールを取り上げ、その震える肩を抱いた。少女は顔に手を当てて、嗚咽する。生き残った安堵感、サイの笑顔を見た時の懐かしさと悲しさ。そして、カイザの優しさが、心を締め付ける。無に還ろうとする光の中、少女は泣いた。


「早く!」


 カイザが前を見ると、オズマが手を差し伸べていた。


「世界が閉じる! 急げ!」


 カイザはクリストフの肩を抱きながら走り出す。すると、カイザが踏み込んだ床が崩れた。


「カイザ!」

「カイザ君!」


 クリストフが手を伸ばし、オズマが駆け寄るが……カイザとフィオールは光の中へ消えていった。次々に崩れる床の上で、オズマがクリストフを抱いて空に飛び上がった。


「カイザ! フィオール!」

「…くそっ!」


 オズマが上を見上げると、出口はしだいに狭くなっている。


「ルージュの魔力も、限界か」


 呟くオズマの腕の中、クリストフは自分の手を見つめていた。何もかもを掴み損ねる、小さな手を。それを握り、少女は叫んだ。


「意味なんて、ないんだ!」


 驚くオズマ。身を乗り出そうとするクリストフを必死に抑えた。


「聞こえるか! サイ! お前が生まれたことにも、比翼の鳥にも……あたしが、あたしが聖母として選ばれたことにも、意味なんてない!」

「ちょっと、クリストフさん!」

「そんなもの求めるな! 神に踊らされるくらいなら……生きろ! 生きて抗え!」


 涙ながらの訴えは、児玉することもなく光に消える。 


「カイザ! フィオール! あたしはお前達を死なせたりなんか、しない!」


 クリストフはオズマの腕から抜けて下に落ちていった。


「もう少し……頑張ってくれよ、ルージュ!」


 舌打ちをして後を追うオズマ。二人も、光の中へと消えていった。









 赤い波紋が薄くなり、空の鼓動は大きくなってゆく。炎に仰向けになってそれを眺めていたルージュは、その重い身体を起こした。


「…もう、限界のようですね」

「ルージュ……」


 ルージュがシドを見ると、シドはよろよろと立ち上がる。ルージュがそっと手を差し伸べるが、その手に掴まることもなくシドは立ち上がった。


「僕の力、使って」

「そんな、目もないのに」

「さっき、使えたんだ。少しだけ。まだ、やれるよ。戦える」


 シドは、窪んだ眼窟を空へ向けた。そして、ルージュが差し伸べていた手を手探りに握り、言った。


「目がなくても、僕は……本当は」


 シドの背中から煙が溢れだす。それは、シドの腕を螺旋状に伝ってルージュの腕に絡みつく。


「本当は、生きていたかったんだ。この瞼が重くなる、その日まで」


 煙はルージュを包み、反対の指の先から身体に入り込む。すると、ルージュの手が一人でに動き出す。空に翳されると、シドが穴に向かって飛び上がった。身体を捻らせて一回転し、両手を広げた。すると、赤と黒が入り混じる煙の球がシドを包む。それは一気に広がり、出口が狭くなってゆくのを防ぐ。


「シド!」

「ごめんね……気持ち悪いかもしれないけど、我慢して」

「…シド、あなたは……」


 驚きを隠せないルージュ。それもそのはず。力を融合させた時、シドの力の強さに身体の制御すら利かなくなってしまったのだから。


「あなたのご両親は、」

「わからないよ。僕と兄さんは、捨て子だから。でも、感謝はしてる。全部に」


 苦しげに笑うシド。そしてシドは、激しく吐血した。


「シド!」

「大丈夫、ちょっと……内臓が」

「やめてください! もう、あなただけでも上へ!」

「できない」

「…シド、」


 シドは両手を震わせて小さく笑う。ルージュは辛そうに目を瞑り、呟いた。


「早く……早くきてください! オズマ!」


 シドは天を仰ぎ、けほけほと血を吐きだす。しかし波紋は、容赦なくシドを苦しめる。









「カイザ……」


 カイザがはっと我に返ると、そこは光の粒の中。下と上は真っ暗で、何も見えない。見えるのは、目の前のミハエルだけ。目を開き、優しく微笑んでいる。


「…ミハエル、」

「行きましょう」

「…どこへ」

「…どこかしら。そうね……まずは、皆のところへ戻りましょうか」


 ミハエルはカイザの手を握った。


「あなたの帰りを、待ってるわよ?」

「…そうか。そうだな」


 カイザは穏やかに笑う。この笑顔が、この温もりが……ずっと、愛しくて、懐かしくて。そして戻れば、同じくらいに大事な仲間がいる。


「帰ろう」


 カイザは、ミハエルと共に足を踏み出した。









 水晶が輝く、薄暗い部屋。少女は水晶ではなく、机をじっと見つめていた。いや、ただ、俯いていた。


「どうして……クリストフも、サイも、生きていた。生贄もなく術が成功するはずはない。なんで……本当に、何が起こってるの」


 震える視点が、机をなぞって水晶で止まる。


「混沌を開いたり、世界を閉じたり……本当に、神様が来ているの?」


 少女は水晶を両手で包み込む。そこに映るのは、出口を塞がらないよう身を呈して力を振り絞るシドがいた。ダンテはそれを見つめ、ぽろぽろと涙を流した。


「来てるなら、助けてよ。みんなを助けて……神様!」


 その時、上から伸びる光が水晶を貫通して下に伸びた。ダンテは驚いて上を見上げた。すると、光は天井から細く伸びている。茫然とそれを見つめていると、水晶が、音を立てて割れた。









「もう限界です! このままでは、あなたまで潰されてしまう!」


 ルージュがシドに向かって叫ぶ。出口は既に少年の手に触れていた。シドは血を吐き散らして、言った。


「潰されてもいい。腕が折れて内臓が破裂しても……諦めたくない」

「やめてください! これ以上、あなたが傷つくところは見たくない!」

「嫌だ! カイザが、カイザが戻るまでは……!」



ーーありがとう……ーー



 温かな声。シドがはっと顔を上げると、少年の目の前を一本の光の筋が降りてきた。それはルージュの前を通り、光の彼方へ溶けてゆく。


「…カイザ……と、誰?」


 シドの真っ暗な視界には何も映らない。しかし、激しい落雷の音がして腕の重みが緩んだ。


「…ああ、神様か」


 シドはふっと笑って、重力に身を任せた。包み込まれるような、空気の抵抗。それはまるで、誰かの腕の中のようであった。 








 何も見えない光の粒の中、落下しながらもクリストフは目を凝らして二人を探す。


「クリストフさん!」


 オズマがクリストフの腕を掴んだ。


「なんだでめぇ! 放せ!」

「闇雲に探しても、この広さじゃどうにもならない!」

「だったらどうしろっていうんだ! このままじゃ、あいつらは!」

「落ち着け!」


 オズマに怒鳴られ、クリストフは黙り込む。オズマはクリストフを引っ張り上げ、腰を抱えた。


「…クリストフさん、それ、ルージュの指輪でしょ」

「…ああ、」

「確か、フィオール君もルージュの指輪を持ってるんだよね。俺の勘が当たれば、それで二人を探せるよ」


 クリストフは指輪を見つめた。


「これで?」

「…ったく、今日何回出血サービスしなきゃならないんだか」


 オズマは胸の傷をペンチで抉る。血が噴き出し、クリストフにかかった。オズマはクリストフの肩にかかった血を指で掬い取り、それを指輪に塗った。そして、その上に手を翳す。


「我が血に応えろ。金の身体を針に変え、対の指輪を指示せ」


 オズマがそう呟くと、指輪が光った。そして、水の粒のように上へと盛り上がり、金の粒ができた。それはクリストフの指の上で薄く広がり、金に輝く羅針盤になった。針は、クリストフの後ろを指した。


「やっぱり……あのロマンチスト」


 オズマは呆れたように溜息をついて羅針盤を見つめる。


「なんだ、どうして……」

「その指輪、いわゆるエンゲージリングだよ」


 クリストフは思わず手を身体から放した。


「な、なんでそんなことがわかる!」

「そういう探し方したもの。妖精の気配なんか探ろうとしてもルージュの気配に掻き消されるだろうし、同じ物を指示せなんて言ってもダンテさんも火の妖精の指輪を持っているから磁針が狂う。だから、それが対の指輪であることに賭けたんだ。見事当たったようだね」


 オズマの言葉に、クリストフは眉を顰めて赤面する。


「あー……痒い。さっさと見つけて上に戻ろうよ」

「ああ。あの蜥蜴を一発殴りたい」


 いつもの調子に戻った少女を横目に、オズマはふっと笑った。そして、針の指し示す方へと飛び出した。



--この機を逃してはなりません。奇跡が起きた、今この時を……--



 ルージュが言っていた、奇跡という言葉。誰かの努力が起こしたとか、信じる心が起こしたとか、そんな綺麗で、必然めいたものじゃない。今ここに起きている現象は、原因も何もわからない、絶望と隣合わせの好転なのだ。それこそ、奇跡と呼ぶにふさわしい。そして、これを乗り越えた時、それが運命を選択した結果となる。そう、オズマは考えていた。羅針盤を照れくさそうに撫でる少女が、奇跡の先を指示してくれているようにも思えた。


「…何見てんだよ」  


 クリストフがじろりとオズマを睨む。


「何も」


 オズマがニッコリと笑うが、少女は怒りだした。


「面白がってんじゃねぇだろうな」

「まさか、これを面白がらない人がいるとでも?」

「そのド派手眼鏡を叩き割ってやろうか!」

「もう割れてるからやめてよ」


 その時、落雷のような音がした。針の方へ進みながらも、クリストフとオズマは辺りを見渡す。


「…今の音」

「雷……の、ようだったけど」


 すると、急な突風に光の粒が煙のように踊り出した。オズマはクリストフを抱きしめ、風から庇う。


「なんだ!」

「わからない!」


 あまりの風の強さに、オズマの足が止まってしまう。光は風にさらわれ、ついには、外の景色を露にした。それは、ダンテの塔を取り囲んでいた竜巻。その中心と思われる場所に、光の筋が流れている。それは、空の雲まで繋がっている。


「これは……!」


 オズマが上を見ると、新世界を覆っていた雲の波紋は竜巻に巻き込まれて外へと吸い込まれてゆく。雲が晴れた向こうに見えたのは、天辺だけ残して崩れてゆく塔。


「塔が」


 オズマが茫然と上を見上げているのを余所に、クリストフは腕の隙間から下を見た。すると、羅針盤の針が指す方向に、フィオールが見えた。


「オズマ! フィオールだ!」


 クリストフの声に我に返ったオズマは下を見る。少女の言う通り、されるがままに風に飛ばされるフィオールがいた。オズマの踵の火が一瞬強く燃え上がり、フィオールのもとへと二人を飛ばす。少女はフィオールに手を伸ばす。そして、風に揺れるその腕を…掴んだ。


「フィオール!」


 少女は泣きそうな顔でフィオールを抱きよせ、その胸に抱いた。羅針盤は水のようにうねり、もとの指輪に戻る。


「ちょっと……重い」


 オズマは苦しそうに少女を抱える。


「オズマ! クリストフ様!」


 オズマが上を見ると、赤い炎が飛んできた。


「ルージュ、いいところに……」


 炎が横につくなり、オズマはクリストフとフィオールを炎に乗せた。その隣には、うつ伏せに横たわるシドが。


「…彼は生きてるんだろうね」

「少し、危ないです。早く手当てをしたいのですが……」

「俺はカイザ君を探す。君は3人を安全な場所へ」


 オズマが踵を翻すと、オズマの目の前に大きな壺が飛んできた。それはオズマの目の前でピタリと止まる。オズマはびくっとしてその壺を凝視した。


「みんな無事?!」

「ダンテさん、」


 壺からにょきっと頭を出したのはダンテだった。


「なんで壺なんかに……箒はどうしたんですか」

「箒じゃエドガー乗せらんないでしょ。できる魔術師は乗り物を選ばないんだよ」


 どうやら壺の中にはミハエルも入っているらしい。


「ダンテ! まだカイザが!」

「わかってる。彼の居場所」


 慌てるクリストフに、ダンテは落ち着いた声で言った。そして、下を指差す。


「この光の先に、彼はいるよ」


 全員が下を見るが、真っ暗で何も見えない。クリストフはオズマを睨んで叫んだ。


「オズマ! 早く行け!」

「言われなくても行くよ」


 しれっと答えるオズマの服を掴むダンテ。ダンテは、下を見つめたまま言った。


「いや、行く必要はない。この光を軸に、塔を再建設する」

「そんなことをしてはカイザ君が……」


 ダンテは割れた水晶を見た。そこには、光の筋の先でパチパチと弾ける光に包まれるカイザがいた。ぐったりとして、動かない。


「大丈夫、彼は……光だから」

「……」

「たぶん」


 心配そうに見つめるクリストフ。ダンテは、水晶を空へ放った。


「ルージュ、オズマ、わかってる?」


 ダンテが聞くと、オズマはルージュを横目に見た。


「俺は2度目だからわかりますけど」

「心配はいりません、わかってますから」

「さすが、妖精さん」


 オズマは鼻で笑うと、ダンテの後ろに立って彼女の肩の上に両腕を伸ばした。ルージュは炎を切り離し、ダンテに立つ。そして、オズマの両手に手を合わせた。ダンテは二人に挟まれ、言った。


「魔力は?」


 ルージュはダンテ越しにオズマを見つめ、言った。


「血で補います」

「右に同じく」


 オズマはふっと笑う。ダンテは小さく頷き、ぶつぶつと呪文を唱えた。


「風の精霊と契約せしダンテの名において……」


 ダンテが呪文を唱え始めると、オズマとルージュはゆっくりとダンテから離れ、手を離した。すると、二人の手の間を繋ぐように金の煙が現れた。煙はクリストフを透けて、外側へと広がってゆく。


「光になぞらえ、泉を繋げ。大気を統べし煙の塔を、ここに築かん!」


 ダンテが両手を下に向けると、下から突風が吹き始めた。クリストフが下を見ると、竜巻がの風が中心に集まり、次々に灰色の煙を積み上げてゆく。それはオズマとルージュが成す円の太さを維持して勢いよく上に上がってきて、クリストフ達を包んだ。そして、3人を炎ごと上空へと舞いあげる。


「ダンテ!」


 シドとフィオールを支えながらクリストフが下をみるが、もう、ダンテの姿もオズマの姿も見えない。筒状になった煙はぎゅうと細くなり、密度を増す。煙が上空に残っていた天辺に辿り着くと、塔の半下層が黒くなって外側へと緩く広がる。そして、空から降り注ぐ光の筋は途切れ途切れになり、雲に吸い込まれ……消えた。一瞬にして竜巻の目の中に聳えたった煙の塔。混沌から生まれた世界が閉じられて、再び混沌が生み出される。底の見えない闇がまた、広がるのだ。

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