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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆煙の塔~混沌の層~
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44.二人の使いはただ祈る

 落ちるカイザに追撃しようと迫るサイ。サイの右手には、淡い光を放つ羽。それの光は鋭さを増して大きな剣になった。カイザは身体を捻って海に背を向け、その一撃を槍で防ごうと構えた。


「なーに落ちてんだよ」


 カイザの身体が、ふっと浮き上がる。サイを過ぎ去り、あっという間に上方へ昇ってゆくカイザは、目を点にして正面を見つめていた。


「クリストフ……」

「なんて様だ、カイザ」


 少女はカイザを抱いて不敵な笑みを浮かべる。少女は炎を留めて、下を見た。海の近く、無表情のサイが動きを止めて少女を見上げていた。カイザは少女の腕を掴み、言った。


「お前がいるということは……ミハエルは!」

「無事だ」


 少女が下を見つめながらそう言うと、カイザはへたりと炎に腰を下ろした。


「よかった……みんな、無事で」


 胸の傷を苦しそうに抑えながらも笑うカイザ。それを横目に見て、クリストフは言った。


「安心するのはまだ早い。ここはダンテの塔の下層、"元"混沌だ」

「ダンテの……元って、どういうことだ」

「原因はわからないが、混沌が拓かれて新世界ができあがろうとしている。そうなるとあたし達は塔ごとお陀仏。あたし達の元いた世界にも何らかの影響がでるだろう」

「そうなのか?! どうしたら」

「解決策はある。その前にあいつをなんとかしないと」


 クリストフの視線を追って、カイザも下を見た。ゆっくりと、サイが上へ昇ってくる。その周りには白い羽が舞っている。


「聖母様のご登場か」

「来てやったぞ、天使を地獄に叩き落とすためにな」


 サイは勢いよくクリストフ達を抜き去り、二人を見下ろす。


「天使を地獄に……か。つまらん冗談を」

「あたしを誰だと思ってる」


 クリストフは炎からカイザを突き落とした。カイザは落下しかけたが、なんとか空中に留まり、上を見上げた。赤い炎が勢いよくサイに向かっていく。サイは飛び回って逃げたが、追いつかれた。クリストフは腰に差した鉄扇でサイを殴り飛ばす。サイの額が切れて、血が飛び散る。サイは少し遠くで踏みとどまり、額を抑えてクリストフを見た。クリストフは鉄扇を広げてサイに突きつける。強気な笑みで、言った。


「神の寵愛を受けし南の聖母、クリストフだ!」


 クリストフの炎はサイに向かって走り出す。サイはよろめきながらも辺りに舞っていた羽をクリストフに向かって飛ばす。クリストフは鉄扇を盾にサイに突っ込み、扇を畳んでサイに回し蹴りをした。吹き飛ぶサイを追い、炎を蹴って飛び出すクリストフ。飛び交う白い羽が、少女の滑らかな肌を傷つけた。


「神の御名において、鍵を狙う賊に天罰を下す!」


 鉄扇を振り上げ、サイの肩に思いきり叩き込んだ。サイは直滑降して海に落ちた。クリストフは炎の上に着地して、冷たく海を見下ろした。カイザは唖然として少女を見つめている。


「聖母……クリストフ」


 少女の恐ろしさはわかっていた。わかってはいたが、炎に乗って海を見下ろす少女はそれ程に神々しかったのだ。褐色の肌も、黄金色の瞳も、全てがこの世の者とは思えなかった。あんなにも、近くにいたのに。


「まだ終わりじゃないだろう? 早く上がって来い!」


 幼さが残る声にも、言い知れぬ威圧感がある。海から水音がしてカイザが下を見ると、サイが濡れた髪を掻き上げて上がってきた。片翼はゆっくりとはためき、雫を垂らす。


「やってくれるじゃないか、愛人如きが」

「んなこと言ってる暇はないだろ。ほら、力が消えかけてんぞ?」


 サイの白い髪が毛先から黒くなりかけている。点滅する青い目を見てクリストフは笑う。


「鍵もブラックメリーも手にできず死ぬくらいなら……全員、殺す」


 サイがそう言うと、クリストフは表情を変えた。そして、振り返った。海の中から背後に回ったのだろう、サイの左手首が迫っていた。クリストフは後ずさりながら扇を広げる。その時、光る槍がサイの左手首を突き刺した。


「カイザ……」


 カイザはサイを睨み、槍を握る手に力を込めた。すると、手首は光を放って散り散りになる。その周りをパチパチと電気の糸が弾けた。


「女に手を出すなんて、今のブラックメリーはそこまで腐ってしまったのか」


 サイはふいっとそっぽを向いた。その左腕の先に、新たな左手首が現れる。


「やらねば殺されるとなれば、容赦しない。俺達はそういうところで生きてきた。いつ死ぬかもわからない、真っ暗な場所で」


 サイの黒い瞳を見つめて、カイザは固まってしまった。その目が、シドにそっくりだったのだ。武器を握ったシドと全く同じ、闇を見つめる真っ直ぐな瞳。死だけを見つめる、暗い瞳。その目が、青く光る。


「どけ!」


 カイザが我に返ると、クリストフに突き飛ばされた。サイに刺された胸が痛み、カイザは血を吐いた。少女の頬にカイザの血が飛び散り、サイの白い羽が傷をつける。少女はサイを睨み、炎に乗って駆けだした。サイは羽を飛ばすが、少女は鉄扇で全て弾き、サイの首を掴む。少女のその手に、サイの羽が突き刺さった。少女はぐっと痛みを痛みを堪え、握る手に力を込める。サイは少女の腹を蹴りあげた。


「クリストフ!」


 カイザは胸を抑えながらもサイに槍を向けた。すると、二人の間に雷が落ちた。クリストフの手がサイの首から離れる。サイが握る羽は光を帯びて、白い刃に変わった。


「…てめぇ」

「……」


 睨み合う二人。サイは、その刃をクリストフに向かって振るう。その刃を飛び込んできたカイザが槍で受けた。すると、少女が後ろからカイザの両肩を鷲掴みにした。そのままカイザの肩を軸に一回転してサイを蹴り下ろした。落ちてゆくサイを追って落下し、今度は光る部屋の方向へ殴り飛ばす。落下地点にやってきた炎に着地し、クリストフは吹き飛ぶサイを追う。


「その馬鹿力は、厄介だ」


 口端から垂れる血を拭きながら、サイは羽を飛ばす。カイザは二人を追いながら、その羽を雷で落とした。サイがカイザを睨んで舌打ちをした瞬間、クリストフの鉄扇がサイに向かって振り下ろされた。それを、サイは羽の刃で受け止める。


「お前は弟を捨てて、ホワイトジャックを捨てたつもりだろうがな、それは違う」


 クリストフはサイを見つめ、言った。


「逃げたんだよ、お前は。向かい合うこともせずに」


 サイは、目を見開いて鉄扇の重みをじわじわと受ける。


「受け入れてもらうことだけを求めて、他人を受け入れようとしなかった。実の弟すらもな」


 黄金色の瞳が、サイの黒い瞳の奥に入り込む。その瞳に、少女の背後から向かってくるカイザの姿が映る。サイがそれを睨むと、目が青く光る。


「シドの目を……返せ!」


 カイザが槍を振り上げて叫ぶと、サイの片翼の付け根から白い煙が噴き出した。


「やるものか……お前に、これ以上」


 サイの黒くなりかけた髪が、毛先から白く染まってゆく。


「くれてやるわけには、いかないんだよ!」


 サイは青い目を見開き、羽の刃を振るってクリストフを払いのけた。白い煙はサイを包む。激しく渦巻く煙の球が、少女に迫る。そこへ、大きな落雷が落ちた。あまりの眩しさに目を伏せる少女。その目をゆっくりと開くと、槍を手に電気が走る光の壁で白い煙の動きを止めるカイザがいた。


「…っ!」


 顔を歪ませ、血を吐くカイザ。胸の染みが広がってゆき、光の壁は押される。そんなカイザの槍に、華奢な褐色の手が添えられた。カイザが横を見ると、クリストフがいた。


「もう少し踏ん張れ! 贄の、光の柱の根元まで一気に飛ばす!」

「わかった!」


 カイザが前に向き直ると、壁は厚みを増した。そして、少女が力を込めて乗っていた炎を蹴りあげると、壁は勢いよく煙の球を押し出す。速度は増し、光の部屋へと突っ込んでゆく。煙はしだいに薄くなり、眉を顰めたサイが薄らと伺える程。光にぶつかる瞬間、煙は解け、サイの左肩に槍が突き刺さる。そのまま光の中に突っ込み、大きな木に激突した。木に叩きつけられ、項垂れるサイ。カイザは荒い息をしながら、ゆっくりと、槍を引き抜く。サイはずるずると崩れ落ち、木に寄りかかったまま動かない。

 カイザが振り返ると、少女は黙って木を見上げていた。木の上には柱と思われる光が浮かび、その周りには曇り空が浮かんでいる。


「カイザ、今からあたしが言うことをガトーに伝えてくれ」


 カイザは、空を見上げる少女をじっと見つめた。


「苦労をかけたと……良い母親じゃなくて、すまなかったと」

「何を言って」

「行け。シドとフィオール、ルージュとオズマを連れて、上に」

「…クリストフ、何をしようとしているんだ」


 混乱気味なカイザを見て、少女は悲しげに笑う。そして、穏やかな声で言った。


「行けと言っている」


 リノア鉱山の地下道を思い出させる、慈悲に溢れた笑顔。悲しくなるような、安心するような、強気な少女からは想像できない聖母のふとした一面。カイザは何も言えずに、じっとそれを見つめていた。


「行かせない」


 低い声。カイザとクリストフはサイの方を見た。


「行かせないよ、カイザ……」


 二人の表情が、一変する。


「君は俺の……鏡なのだから」










「なあ、オズマ」


 キュウキが話しかけると、彼が乗っていた髑髏の口から黒い煙が溢れだしてきた。それはオズマを包み込み、真っ暗な闇にオズマを閉じ込める。


「お前が庇うということは、美女が拘る連中なわけだろ? あいつらは」

「…ダンテさんじゃないけど、聖母様とは親しい人達だからね」


 暗闇で響く声に、オズマは冷静に答えた。煙はしだいに固くなり、石造りの壁へと変化する。薄暗く、湿った室内。蝋燭の光だけが揺らめくその部屋に、キュウキはふっと現れた。


「何者なんだ、あいつらは」

「ただのアンダーグラウンドな世界の人たちさ」

「ただの人間が、トウコツの部屋から出られるわけがないだろ」

「それもそうなんだけどねぇ」


 オズマは床を蹴り、キュウキの顔面に向けてペンチを振るう。キュウキはそれを避け、オズマの腹に手を伸ばす。オズマは宙返りをしてその手を払い、背後からキュウキの後頭部にペンチを突きつけた。音を立てて骨を破り、突き刺さる。


「お前は他の連中と違って痛みには敏感だ。通常なら即死の痛手、どんな気分?」

「…悪くないな」


 オズマは舌打ちをしてペンチを引き抜き、下がった。キュウキは血が溢れる後頭部を手で抑えながらだるそうに振り返る。


「君達は変態ばかりだな」

「あいつらと一緒にするなよ」

「こんなことして遊んでる場合じゃなかった。早く君を消してしまわないと」

「どうやって?」


 キュウキが手を離すと、傷口から血が溢れだし、ゆらゆらと空に泳ぎ始めた。その雫はオズマの服につくと、じゅっと音を立てて焦げ穴を作った。オズマはそれを見て、キュウキを睨む。


「ここは俺の部屋。俺の痛みはお前の痛みとなって還る。それに、あの妖精と違って物作り以外取り柄のないお前じゃあ、この部屋を内側から壊すなんてこと、できないだろう?」

「……」

「さあ、どうする。ヴァピュラ公爵」


 オズマはふっと笑って、言った。


「物作りとは、言ってくれるじゃないか」


 オズマは血が滴るペンチをパチパチと鳴らして口元に寄せた。


「悪魔をあまりなめるなよ? 俺、こう見えて短気だから」


 ペンチの血を舌ですくいあげ、オズマは笑う。その目が紫色に光った瞬間、オズマの足元から紫色の煙が溢れだした。


「そんなことしたら、混沌を出る余力も無くなるんじゃないのか?」


 キュウキの足元からはめりめりと骨が生え始める。


「この身体さえ残ればいい。そもそも俺は、混沌を出る気がないんだ」


 オズマは錐を取り出し、それを自分の胸に刺した。血を吐き、苦しそうに笑うオズマ。それを眉を顰めて見つめるキュウキ。


「我が血に応えろ……魔獣、換装」


 錐を引き抜くと、胸からは血と、紫色の煙が勢いよく溢れ出した。それはオズマを包み、大きな翼が生えた獅子になった。紫の炎の鬣が靡き、緑色の瞳がキュウキを睨む。


「それが魔界貴族の換装術か。そんな気持ち悪い術に随分な代償を払うもんだ」

「お目にかかれただけでも感謝するんだな」


 オズマの低く篭った声が響いた。


「地獄に堕ちようか。俺と一緒に」


 獅子が大きな身体を翻してキュウキに牙を向けた。辺りに散ったキュウキの血が、獅子の身体に火傷を作る。しかし、それもお構い無しに獅子はキュウキを追い回す。キュウキが避けると、部屋はみるみる広くなり、天井に大きなシャンデリアが現れた。蝋燭がズラリと並ぶ、黒いシャンデリア。それが獅子の足取りに合わせてグラグラと揺れる。


「可愛げのないにゃんこだな」


 獅子の前足がキュウキを押しつぶそうとした、その時。キュウキが床に手を着くとその手元から薄く硬い骨が獅子を包むように伸びてきた。それを鋭い爪で払いのけるが、獅子はスッポリとその中に閉じ込められてしまった。


「さすがに猫を嬲り殺すのは心が痛む。せめて、一撃で殺してやるよ」


 キュウキはそう言って、獅子が収まる骨の塊に手を翳した。すると、骨はボコボコと腫れ上がり、中から激しい爆発音が連続して響いた。骨には罅が入り、その隙間からは火薬の匂いがする煙が湧き上がる。キュウキは床についていた片膝を離して立ち上がる。


「痛いじゃないか」


 その声に、キュウキは驚いた顔をして翳していた手を天井に向けた。すると、揺れるシャンデリアが勢いよく骨の塊に落下した。骨の塊を押し潰す、直前。罅から噴き出す紫の煙と共に骨は散り散りに吹き飛び、シャンデリアが真っ二つに割れた。


「猫ちゃんには、優しくしろよ」


 火が弱々しく石の上で燃える。骨とシャンデリアと蝋燭が散らばる中心には、血塗れのオズマが笑いながら立っていた。オズマが罅の入った仮面を掛け直すと、その姿は再び緑の瞳をした獅子に変わった。


「…腹立つくらいに器用だな」

「どうも」


 獅子の尾の先に灯る紫の炎が長い鎖に変わり、キュウキに向かって伸びる。キュウキがそれを避けようとしたが、鎖の先に大きな鉄球が現れた。避けきれず、キュウキの下半身が壁と鉄球に押しつぶされた。蛙が潰れるような音がして、血が飛び散る。キュウキは表情を歪ませた。獅子は鉄球を残して煙のように消えた。そこに現れた血塗れの顔でにたにたと笑うオズマが、キュウキに歩み寄る。


「最期にもう一度聞こうか? 死ってどんな気分?」


 キュウキは血を吐き出して、苦しげに笑う。


「…悪くないぞ? オズマ」

「あー、そう。それはよかった!」


 紫に光る目を見開いてオズマは笑う。そして、ペンチを開いてキュウキの顔面目掛けて突き付ける。その手は紫の煙を帯びて大きな獅子の足になり、鋭く艶めく爪が生えた。容赦なく、轟音と共に石造りの壁にめり込む前足。それと共に、部屋はガラガラと崩壊する。返り血がオズマの顔に点々と飛び散る。激しく揺れながら崩れる部屋で、オズマは手を引き抜いて立ち尽くす。そして、頬を伝う返り血を舐めた。


「…まずい」


 その瞬間、床が抜けて崩れる石は光になって上方へと飛んで行った。真っ直ぐに伸びる光の線を見つめながら、オズマは落ちてゆく。


「…船まで泳げるかな」


 横目に船の方を見ると、何やら赤い光がオズマに向かってくる。オズマはそれを見て、表情を固まらせてしまった。


「ルージュ、」

「オズマ!」


 駆けつけたのは、ルージュだった。ルージュは炎に乗って落下するオズマを受け止めた。炎の上に柔らかく背中から着地し、オズマは驚いた顔でルージュを見つめる。


「ひどい傷ですね。応急処置ですが……」


 ルージュの指先に灯る炎を、オズマは握り消した。


「…驚いたよ。悪魔を毛嫌いする君が、俺を助けに来るなんて」


 オズマは苦い顔をして笑う。ルージュは握られた指をそのままに、真剣な顔で言った。


「悪魔は嫌いです。あなたと考えが合うとも思えません。でも、ダンテ様に仕えるあなたに限っては……嫌いじゃない」


 笑い出すオズマに、ルージュはムッとした。


「やっぱり嫌いです」

「ごめんごめん。まさかこの期に及んで妖精とこんな風になるとは思ってなかったから」


 オズマはルージュの手を離し、言った。


「ありがとう。今ここで、君と手を取り合えたことを誇りに思うよ」

「仕方がないので、私もそういうことにしておきましょう」


 不機嫌そうにそっぽを向くルージュ。オズマは胸の傷を抑えながら困ったように笑う。


「船に戻るか。俺たちはもう戦力になれないだろうし……」

「悔しいですが、そういたしましょう。早く贄の祭壇に行かねば」


 旋回して船に戻る二人。その時、ルージュの表情が一変した。


「…いない」

「何だって?!」


 オズマがずいっと身を乗り出し、船を見た。


「…そうだ、一匹一番厄介な奴を忘れていた!」


 誰もいない船に降りる二人。オズマはよろよろと膝をつき、上を見た。光の粒がぶつかり、雲を作る。それはまさに、曇空。


「シド! フィオール!」


 ルージュは空を見上げて叫ぶ。オズマは悔しげに言った。


「…トウコツだ。あいつが二人を連れ去ったんだ。」


 ルージュはオズマを見下ろし、震える手で額を抑えた。


「私が、私が目を離したばっかりに……」

「いや、ルージュが側にいようがいまいが、あいつは大人しくしてる気は無かっただろう」


 オズマは冷たい床を殴った。


「あいつ……カイザ君を揺する気だ! あの野郎!」


 ルージュは空を見上げた。そして、がっくりと膝を折った。


「シド、フィオール……カイザ、」


 震える手をだらりと垂れさせ、呟く。


「どうか、どうかあの者達に神の御加護を! 聖母様の、御加護を……」


 声を震わせ、項垂れるルージュ。オズマは床に拳をついたまま、黙り込む。対極に立つ二人の遣いは、何もできずにただ、祈る。自分達の命を捧ぐから、彼らを。どうしてこんなにも出会って間もない彼らの無事を祈っているのか、二人もよくわかっていない。カイザの一途さ、シドの健気さ、フィオールの懸命さに心を打たれたのか。それとも、遣いとしての本能が悟っていたのか。彼らが、これから……






 


 



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