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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆煙の塔~混沌の層~
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43.嘘は如実に真実を語る

 爆音が響く映像。それを、唖然として見つめるクリストフ。その隣で、ダンテは神妙な顔をしていた。


「これが、世界の誕生……」


 クリストフの呟きに、ダンテは溜息混じりに言った。


「四凶の部屋が一つ壊れる度に海や山ができているから……次、誰かの部屋が壊されたら空ができるだろうね」

「部屋を壊さずにあいつらだけ上層に送り込めないのか?!」

「無理だよ。見て」


 ダンテは画面に人差し指をつけた。そこに映し出されたのは、光に包まれた部屋から伸びる、光の柱。それは混沌の上方に波紋を生んでいる。


「すでに新世界として閉鎖された空間になりかかってる。本来なら上層と繋がるあの光の柱はもう消えているはずなんだけど……ルージュかな、時間稼ぎに術をかけてるみたい。下から出るには太陽が生まれる瞬間、柱が消えた後に僅かな間だけできる穴から上に上がるしかない」

「……」

「それに、下は閉じなくてはならない」

「くそっ!」


 クリストフは画面を殴った。硝子のように割れた画面はキラキラと部屋に散り、再び寄り集まって映像を映し出した。ダンテは真剣に下層の様子を見つめる。


「四凶と、誰だか知らないけどあの白い比翼の鳥を片づけようとしているみたいだね。誰? あの人」

「…シドの兄貴だ」

「彼、混沌を閉じるのに使えそうだね」


 ダンテの言葉に、クリストフは画面を見た。


「あの子を使ってもいいなら、ルージュかオズマのどちらかは助けられるよ」

「…どちらか、だけか?」

「今生贄の素質を持つとわかるのは、ルージュ、オズマ、シドって子と、そのお兄さん。この4人のうち2人は……死んでもらわなくちゃならない」


 クリストフは少し考え、言った。


「…あたしは、使えないのか」


 ダンテは驚いた顔をして振り返る。クリストフは真っ直ぐに、ダンテを見つめている。


「あたしが、サイと新世界の生贄になる」

「馬鹿言わないでよ、君がいなくなったら世界はどうなるのさ。業輪は? ガトーは?!」


 クリストフは辛そうに俯き、言った。


「それはお前に頼む」

「僕に全部押し付けて、下の5人を助けようって言うの?! よく考えてよ、聖母の君が犠牲になってまで助ける意味のある命なの?!」

「…ああ。そうだ」


 クリストフの静かな返答。ダンテは涙目になってクリストフを睨みつける。


「…あたしは今まで、聖母たる使命を投げ捨ててきた。だから、今度はもう目を逸らさない」

「だったら、君は生き延びなきゃ……!」

「目の前で危機に瀕している子供達を見捨てるなんてことは、もうしない!」


 ダンテはぽろぽろと涙を流した。クリストフ困ったようにそれを見つめ、ダンテの頬に手をそえた。


「あたしが死んでも、世界は回る。あいつらなら、乱世を終わらせてくれる。そしてお前なら……業輪を、その手に収めることができる」

「…本気、なんだね」

「当たり前だ」


 ダンテは涙が伝うクリストフの手を握り、言った。


「エドガーに続いて、君まで失うことになるなんて。僕は、また一人ぼっちになってしまう」

「すまない、矛盾するようなことを言って。でもあたしは、あたしはどうしても、あいつらの誰かが死ぬのは耐えられないんだ」


 クリストフはダンテの背後で轟音を響かせる画面を見た。ダンテも前に向き直る。


「…贄の祭壇は、あの光に包まれた部屋だよ。トウコツの部屋だ」

「…わかった」


 クリストフはダンテに背を向けて、歩き出す。そして、去って行った。


「…みんな、なんでそんなに死にたがるのさ。よりによって、僕の塔で……」


 ダンテはぼろぼろと涙を流して泣いた。


「シアラ、シアラ……」

「…お呼びでしょうか」


 優しい、穏やかな声がした。ダンテは顔を伏せったまま、言った。


「普段は呼んでもこないくせに、こんな時だけ」

「あなた様は美女の中でも特別なのです。条件さえ揃えば、私と言葉を交わすこともできます」

「前も聞いたよ、それ」


 ダンテは少し顔を上げた。目の前には、水晶にとまる一羽の青い鳥がいた。


「…僕の力は、本当に世界を守るためにあるの?」

「ええ」

「今、僕の友達が一人死のうとしてる。僕の作りだした混沌を閉じるために」

「存じております」

「どうにも、ならないの?」


 ダンテの問いに、鳥は優しく応える。


「どうにもなりません。どうともなりません。この塔の存在と引き換えに混沌は生まれ、その混沌から新世界が生まれる。新世界を閉じるには生贄が必要となり、また、塔を構築する際には混沌が生まれます。そして、この塔こそが世界の大気を回しているのです。仕方のないことなのです」

「…仕方ない……か。僕、そんな仕方のない世界で生きるくらいなら、もう死にたいよ」

「何を申されますか」

「もういい。帰って。忙しいんでしょ」

「…失礼します」


 ダンテはじっと水晶を見つめる。その上にとまっていた鳥は、もういない。ダンテは突っ伏した。


「もう嫌だよ。どうして僕ばっかり……」


 水晶は泣いているダンテを余所に、下層を映し出す。キラキラと溶岩が輝き、海を気体へと変える……世界の誕生を。







「ルージュ!」

「…オズマ、」


 オズマが駆け付けたのは鋼の船の上。そこではびしょ濡れのルージュがシドを抱えていた。その傍らにはフィオールがうつ伏せになっている。


「何があったんだ、こんなになって……」


 オズマはルージュの肩を抱いた。ルージュは苦しそうに笑った。


「大したことはありません。それより、早く贄の祭壇へ……」

「だが、まだカイザ君が」


 オズマが困ったように言うと、シドが眉を顰め、口を小さく動かした。


「贄の、祭壇……?」

「シド君」

「ねぇ、どういうこと。どうなってるの? カイザは」


 シドがオズマに手を伸ばし、ルージュの膝から転げ落ちた。慌ててシドを抱き起こすルージュ。オズマのシドの肩を支えて、その抉られた眼窟を悲しげに見つめる。


「君はじっとしていればいい」

「ねぇ、誰か……生贄になるの? なんで? どうして?」


 ルージュとオズマは顔を見合わせて黙り込んだ。


「それ、僕がやる」

「シド君……」

「もう、僕は何の役にも立てないんだ。僕が生贄になる。ねぇ、いいでしょ? お願い」

「そんなことをしたら、カイザ君も悲しむ」


 シドはオズマの腕を掴み、俯いたままにぶつぶつと呟く。


「僕は役に立つという約束でカイザと一緒にいることになったんだ。何も見えない、何もできない僕なんか、もうカイザの隣にいる意味がない。お願いだよ、カイザのためにできることがしたいんだ」

「……」

「お願い、オズマ、ルージュ……」


 ルージュがオズマを見ると、彼の悲しそうな表情は一変して、何やら蔑むような目をしてシドを見ていた。いや、少年を蔑んでいるわけではない。切願する少年に重なる、遠い昔の何かを見つめているようだ。毛嫌いしているような、懐かしんでいるような。


「おーい、約束どおり子供をよこせ」


 オズマとルージュが顔をあげると、船の上に大きな髑髏が浮かんでいた。その上に寝そべり、頬杖をつくだるそうな男。


「…キュウキ」

「お、いたいた。その子供、早くよこせ」

「そんな約束した覚えがないんだが」

「トウテツとした。そこの蜥蜴のせいであいつは消えてしまったんだ。代わりにお前らが約束を果たすのが筋だろう」


 オズマは立ち上がり、両手にペンチを握る。


「悪いが、約束なんてのは破るためにあるんだよ」

「珍しく悪魔らしいことを吠えるじゃないか。美女の犬が」


 キュウキは視線を落として指先をいじりながら鼻で笑う。そして、オズマを見た。


「どうやら妖精はもう戦えないようだな。それに重体の人間が二人。オズマ、お前さえ消せれば晴れてその三人が俺の手元に収まるわけだ」


 キュウキがいじっていた指先を離すと、その間にカラカラと小さな髑髏が並んだ。


「約束を果たすより、破った方が利があるのは確かだな」


 キュウキがそう言うと、オズマはにやりと笑う。すると、彼の踵にぼうと紫色の火がついた。そして、オズマはキュウキに向かって飛び上がった。浮かんだ髑髏は大きく旋回し、オズマから逃げる。キュウキは指先に並んだ髑髏にふっと息を吹きかけた。すると、それはぼこぼこと腫れあがってオズマに襲いかかる。オズマはペンチでそれを弾き飛ばす。弾き飛ばされた髑髏は後方で爆発し、空に煙を撒き散らした。


「…ルージュ」


 上を見上げていたルージュは、シドを見た。


「僕を……贄の祭壇に」


 汗が伝う頬を、苦しげに緩ませるルージュ。その穏やかな笑みは、シドには見えない。


「何を弱気なことを。役に立てる立てないなど、もはや問題ではないのです」


 ルージュは不安げなシドの頬を撫でた。


「あなたがいるだけで、それだけで、よいのです」


 シドはルージュの手に自分の手を添えて、言った。


「カイザがよくても、僕は……」

「あなたが満足いかなくても、彼はそれだけでよいのです。彼を思うなら、心苦しくても生きなさい」


 シドはふっと顔をあげた。何も見えないが、そこには切なげなルージュの笑顔が浮かぶようであった。まるで、これから死のうとしているかのような。


「…ルージュ」

「どけ! お前ら!」


 突然の叫び声に、ルージュは再び上を見た。すると、浮かんでいた髑髏が激しく砕け散り、キュウキとオズマが落下してきた。それと共に落ちてくる、小さな人影。それは、真っ直ぐに船へと向かってくる。ルージュは慌ててフィオールとシドを抱き、その場を離れた。そこに勢いよく着地したのは、クリストフだった。大きく揺れる船。クリストフはそんな揺れもものともせず、驚いて声も出ないルージュに歩み寄る。


「おい、サイは」

「ク、クリストフ様……」


 クリストフはシドに目を留めた。シドの前にしゃがみ込み、じっと見つめる。シドはゆっくりと顔を上げた。


「クリストフ? いるの?」

「ああ」


 クリストフはシドの手を握った。シドはふっと笑った。


「そっか……これで、安心だね」


 聖母の手を握りしめ、少年はこれまでに無い程安堵した表情を浮かべた。それを見て固まるルージュの腕から、シドを取り上げて優しく抱きしめるクリストフ。


「ああ。もう安心だ。カイザも、フィオールも……お前も。大丈夫だからな」

「ミハエルさんは?」

「あいつも無事だ。目、痛いかもしれないけどあと少し我慢してくれよ?」

「うん、カイザを……お願い」


 クリストフはシドをルージュに手渡して立ち上がった。


「クリストフ様、何故ここに」

「話している暇はない。早くしないと柱が消える。ルージュ、お前はフィオールとシドを見てろ」


 シドの固まりかけた血が、クリストフの褐色の肌について赤く艶めく。そんな、血を纏う少女がルージュにはとてつもなく大きな存在に見えた。シドを抱えながらも、ぎこちなく、その膝を追って跪く。


「ちょっと、俺まで殺す気だったでしょ」


 クリストフが声がする方を見ると、オズマがびしょ濡れになって海から上がってきた。


「あたしの通り道でボケっとしてるからそうなるんだよ」

「何それ。殺しかけといてどうしてそんなに偉そうなの」


 二人が言い合っている様子を呆れたように見つめるルージュ。その時、海から大きな髑髏が飛び出してきた。それにはキュウキが乗っていた。


「ちゃんと仕留めてよクリストフさん」


 オズマは舌打ちをしてクリストフを見た。


「知るか。お前、あれ片づけたらルージュと一緒にこいつら見てろよ」

「…クリストフさんは?」

「あたしはサイをやる」

「そう。終わったら早く上に上がってね。邪魔だから」

「わかってる」


 オズマは船の上を走り、高く飛び上がってキュウキに向かっていった。


「ルージュ、お前の炎借りれるか」

「指輪は、お持ちですか」


 クリストフは親指の指輪を見せた。ルージュは小さく頷き、手を添えてふっと息を吐いた。すると、クリストフの足元に炎が現れた。それは少女を乗せて、ふわふわと浮いた。


「クリストフ様の魔力ではそれを操るくらいしか……」

「十分。サイに近づければそれでいいんだ」

「速さは保障いたします」

「助かった。ありがとう」

「…お気をつけて」


 クリストフは、横目にフィオールを見た。そして、ひとつの笑みも見せずに上方へと飛び立った。残されたルージュ。シドはまだ苦しげに息をして、俯いている。


「…クリストフ様、あなたのお心が読めぬルージュではございません」


 ルージュの呟きに、シドはぴくりと眉を動かす。しかし、ルージュはそれ以上何も言わない。彼の表情もわからない今、シドは彼らの考えが何一つ読めなかった。考えることすら、ままならない。ルージュはというと、じっと上を見つめていた。約束は破るためにある、というオズマの言葉について、考えていたのだ。今となっては正当化でしかないかもしれないが、自らの命を差し出しに下層へ飛び込んできたクリストフを守るためには、絶対に生きて帰るという約束を破らねばならない。シドのために戦うカイザとバンディのために戦うサイ。最期を飾ろうと獲物を求める四凶と、それを鎮めようとするオズマ。そして、仲間のために死を見つめるクリストフとルージュ。意図するところは違えど、皆それぞれに世界の終結へと向かっていた。









 





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