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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆煙の塔~混沌の層~
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42.それだけは譲れない

 まだうまく力が入らない足でよろよろと立ち上がり、傘と共に落ちてくるシドを優しく受け止めた。そして、その窪んだ目を見て固ってしまうルージュ。


「誰? この匂い……ルージュ?」

「ええ、ルージュです」


 ルージュは一瞬驚いた顔をして、悲しそうにシドを見つめる。シドは手探りにルージュの頬を撫で、首を傾げた。


「あれ、なんで。人?」

「瓶から出してもらったんですよ」

「ああ……そうなの。よかった、ね」


 顔中を血だらけにしてシドは苦しそうに微笑む。ルージュの頬を撫ぜる小さな手は脱力して垂れ下がった。ルージュは涙目になりながら、言った。


「みんなあなた方のおかげです。命に変えても、この恩に報いてみせます」


 項垂れながら、シドは小さく笑う。


「命に変えなくていいから、カイザを、カイザの宝物を……守って」

「シド……」

「僕はもう、役立たずだから」

「…シド、シド!」


 シドは眠ってしまったのか、動かなくなってしまった。上空では光が瞬き、爆音と金属音が響く。ルージュはそれを音に聞き、シドを抱き締めた。


「何故、シドがこのような目に。神は、本当にこの子を見捨ててしまわれたのか……?」


 無邪気に駆け回り、笑い、健気にカイザを追いかけるシドを思い出して唇を震わせるルージュ。


「そこの男と子供をもらってもいいかな」


 突然の声にルージュが顔を上げると、一人の男が目の前に立っていた。ルージュはすぐさま仕込杖を抜いて、シドをフィオールの側に寝かせる。


「何言ってんだ、」


 ルージュが振り返ると、そこにも男が一人。汚らしい装いの、どろんとした目の男。


「一人は俺によこせ」

「あなた方は」


 ルージュが問いかけると、目の前の男は強気そうな笑みを浮かべた。


「俺はトウテツ。そいつはキュウキ」

「…四凶、ですか」

「そうだ。なんだか知らないが、混沌が拓かれようとしている。そうしたら俺達は消えてしまうから、その前に最期の食事でも、と思って」


 男はフォークを取り出した。ルージュは顔を顰めて手を床につく。そして、足元に炎を出した。


「逃がさないよ……」


 トウテツが手を振りかざした。すると、辺りは突如炎に包まれる。ルージュの足元の炎はぼうとシドを包み込む。ルージュがシドを保護したのだ。


「そうか、君は火の妖精だったか。俺の部屋に誘い込めば勝手に丸焼きになってくれるものと期待していたのに」


 トウテツはフォークを唇に当てて残念そうに首を傾げる。ルージュ達が連れ込まれたのはフィオールを見つけた部屋、トウテツの部屋だ。フィオールの炎が燃え盛り、焦げた匂いと煙が充満している。


「それを言ったら、フィオールとて丸焼きになどできませんよ。彼は契約者ですから」

「そうなのか。なら、レアで頂くことにしようかな」


 炎の中から椅子や燭台が飛び出し、ルージュに襲いかかる。ルージュは仕込杖を抜いた。剣は火を纏い、赤く輝く。それで飛んでくる家具を斬り捨てるルージュ。


「ここに誘い込んだのが、間違いでしたね」


 部屋を覆う炎が舞い上がり、二つの火柱を作った。それは渦を巻いて一箇所に集まる。つむじのような二つの渦の目は線になって、ギョロリと瞼を開くように裂けた。現れたのは、炎の襟巻が眩しい巨大で赤い蜥蜴。黒い瞳はキョロキョロと動き、尾から額まで金の装飾が這いずり回る。


「…へぇ。その召喚術、妖精の長だったか」

「正確には次の長、ですがね。格の違いというものを見せてあげますよ」


 ルージュはゆっくりと下から上へ剣を上げ、切先をトウテツに向けた。それに合わせて背後の蜥蜴が口を開くと、大きな火の玉が轟音と熱気を放ちながらルージュの剣先に集る。


「聖なる炎で、秩序のもとに還して差し上げます」


 ルージュと蜥蜴に睨まれるトウテツの髪を熱風が靡かせる。


「遠回しな言い方」

「"死ね"と言って欲しかったのですか?」


 トウテツは鼻で笑った。ルージュは剣を強く握り、その剣先を鞘に収めた。すると、火の玉に三本の切れ目が入った。六つに分れた瞬間に、火の玉は螺旋を描きながらトウテツに向かってゆく。部屋の中で逃げ回るトウテツ。対抗するように家具も飛び交うが炎は容赦なくトウテツを追い回し、それらを燃やし尽くした。トウテツが手を翳すと二つの鎧が現れ、盾を構えた。盾は黒く艶めき、大きく半透明な黒い盾を作り上げた。


「かかったな……」


 トウテツは盾の裏でにやりと笑う。ルージュの炎は火の粉を撒き散らして盾にぶつかる。激しく光と熱気を放ち、炎は盾を押し攻める。二つの鎧に、罅が入った。盾は割れ、鎧も炎の渦に粉々にされた。その時、穴があいた天井から海水が流れ込んできた。滝のように落ちてくる水の柱。部屋は一気に満たされ、炎はその勢いを鎮めた。


「間に合ったか」


 部屋の上空。大きな髑髏にのったキュウキが部屋を覗きこんでいた。トウテツは海水に浮かびながらキュウキに近づき、言った。


「ああ。間一髪だったがな。火の妖精と言えど、水を被れば非力なもんだ」

「手伝ってやったんだから、子供は俺によこせよ」

「わかってる」


 トウテツは獲物を探しに水に潜った。うねる水中を器用に泳ぎ、床に足をついた。そして、黒焦げの真っ暗な海底を見渡す。


「かかったのは、あなたの方です」


 水中の籠った声に、トウテツが振り返る。すると、その胸を剣で一突きにされた。顔を上げると、目の前には炎を纏ったルージュがいた。


「こんな海の真上で、自分の弱点に気を掛けぬ馬鹿はおりません」

「そうか。だが、こんなことで俺を仕留めたつもりなら……」

「かかったのはあなたの方だと、言ったでしょう」


 ルージュがそう言うと、赤い瞳が光り、火を噴いた。その瞬間、






「…!」

 

 激しい爆発音に振り返ると、燃え上がっていた部屋が散り散りになっていた。


「よそ見をしている場合か?」


 前に向き直ると、サイの左手首が剣を振り上げている。カイザは槍でその剣先を払い、後退した。サイの背後からオズマがペンチを握り突っ込んだが、サイはそれを避けて剣を振るう。オズマはそれを避けてサイの剣先をアーマーやペンチで受けながら上昇していく。螺旋を描くように昇ってゆく二人。カイザがその後を追おうとしたその瞬間。海底から何やら轟音が響いてきた。カイザが下を見ると、水中に赤い大きな光が見えた。それは勢いをつけて大きくなる。カイザはそれを見てオズマに向かって叫ぶ。


「オズマ! 気をつけろ!」


 オズマはその声に気付き、下を見た。すると、下から炎の柱が噴き上がってきた。サイの剣を払って回避するオズマ。炎の柱かと思われたそれは、溶岩だった。


「そうか、海の次は大地が……」


 溶岩が噴き上がる海底から、轟音と共に黒い山頂が姿を現す。海を裂き、激しく火を噴く山はみるみるその高さを増してその麓に赤い大地を作り上げた。オズマとサイはその手を休め、大地の誕生を無言で見つめていた。


「…オズマ、」


 オズマが振り返ると、いつの間にかカイザが背後にいた。


「シドとフィオールは」

「…わからない。ルージュが一緒のはずだけど」

「俺がサイをやる。頼む、あいつらを助けに行ってくれ」


 小声で囁きながら、カイザはその真剣な眼差しをオズマに向ける。オズマはそれを受け止め、横目に溶岩を見つめるサイを見た。


「…わかったよ。その代わり」


 オズマがカイザの耳元に口を寄せた。


「絶対に死なないでくれよ?」


 カイザがはっとオズマを見ようとしたが、オズマはいつの間にか姿を消していた。カイザは少し溶岩をながめ、サイを見た。サイはまだ、下を見ている。


「…この匂い……知っている。」


 サイはぼそりと呟き、じっとその流れを見つめ、ゆっくりと顔を上げた。


「…思い出した。俺はお前を知っている」

「どういうことだ」


 カイザが聞くと、サイは剣を一度振るって、言った。


「こっちが聞きたい。この溶岩の匂いとお前の匂いが一緒になって、何かが胸を締め付ける。カイザ、お前は何者なんだ」


 カイザは面喰ったような顔をしてサイを見る。


「ブラックメリーを持ち、マスターを殺し、美女の一人をその手に収めてシドすらも懐かせて。お前は何者で、何がしたいんだ」

「……」

「神にでも、なるつもりか?」


 カイザはサイを睨んだ。そして、その手の槍を強く握る。その時、槍は眩しい光を放った。サイは手で光を遮り、目を瞑る。


「そんなこと、俺が知るか」


 右手首に走る痛み。続けざまに、首を力強く掴まれ、サイは苦しそうに顔を歪めた。目を薄く開くと、カイザが睨んでいた。シドの目を握る右手首には三又の槍が刺さっている。カイザは、首を掴む手に力を入れながら言った。


「それが知りたいのは、俺の方だ」


 カイザがそう言うと、サイの身体に電撃が走った。カイザの左腕と、槍から流れ込む光の糸。サイの頭の中でそれらがぶつかり、弾ける。燃える寺院、二人の男女、知らない、仮面の男……それらが脳裏を過ると、サイははっと我に返って下を見た。電撃で手を緩めてしまったのか、落ちてゆくシドの目玉。それを追いかけるカイザ。サイは舌打ちをしてそれを追う。カイザはシドの片目を掴んだ。赤い瞳が埋まるそれは、宝石のようだ。もう一方にも、手を伸ばす。


「…もう、少し!」


 水面にぶつかる直前、カイザは口から血を吐きだした。海に落ちようとする片目は、白い羽に受け止められてふわふわとカイザから遠ざかる。カイザは胸に走る痛みに耐えながらそれに手を伸ばすが、届かない。目玉は、背後に回ってカイザの背に剣を突き立てるサイの手に。


「危ない危ない。海に落ちるところだった」


 サイが目玉を握ると、羽はぱっと散って消えた。槍を持つカイザの手が、震える。カイザが槍を後方へ突き出すと、サイは剣を抜いてそれを避けた。カイザは息絶え絶えに振り返り、サイを睨む。


「お前は、本当にシドを弟だと思っているのか」

「そんなわけないだろう」


 サイはしれっと即答した。先とは違うサイの様子に、カイザの顔には困惑の色が浮かぶ。


「あいつは悪魔、俺は天使。対極の存在、蔑み合うだけの関係だ。殺し合うだけ、とも言える」


 カイザは無表情のサイを見つめながら、シドの目を腰の道具入れにしまった。


「あいつが死んだところでなんとも思わないし、見つけたら殺す。それだけだ」

「…さっきまでのお前は、一体なんだったんだ」

「さっき?何を言っているんだ」


 首を傾げるサイに、カイザは切りかかった。サイの剣とカイザの槍がぶつかり、甲高い鉄の音が響く。


「対極にいるからと蔑み、殺し合い、どうなるというんだ!」

「どうともならない。神が与えた宿命、というだけで」

「盗賊のアーマーをするお前がそんなものにこだわるのか!」


 槍がサイの剣を弾き飛ばした。回転しながら溶岩と混じり合う海へ落ちてゆく剣。カイザは槍をサイに突きつける。


「こだわるわけではない。運命の波に、乗っかっているだけだ」


 サイはその槍を紙一重でかわし、柄を掴んだ。そして、カイザの脇腹を蹴り飛ばした。吹き飛ぶカイザに、追撃をするサイ。防ぎきれず、顎を殴られてカイザは真っ逆さまに落ちていった。


「…だが、神だろうがなんだろうが、バンディの邪魔だけはさせない。それだけは、譲れない」


 落ちてゆくカイザを見つめるサイの目が、点滅する。青から、黒へ。力の限界も近いようだ。新世界誕生までの時間も、迫っていた。

 

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