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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆リバーカインド~嵐の通り道~
30/156

29.君が大人になるその日まで

 トラウマ。それに対して恐怖や嫌悪感を人は抱く。しかし、そうでない者もいる。


「シド君、おはよう」

「おはよー」


 オズマの家の前では、身支度を済ませたオズマとガトーがいた。そこに駆け寄るシドと、眠そうに馬を引きながら後に続くカイザとフィオール。カイザはミハエルを背負ってのたのたと歩く。クリストフはフィオールが怠そうに引く馬に乗って優雅に煙管を咥えていた。


「ガキは元気だな」

「ああ。昨日も朝から夜まで地下工房で騒いでた……ついていけない」


 低血圧組はどんよりしている。オズマは駆け寄って来たシドの前にしゃがみ、大きな箱を手渡した。


「はい、これ」

「…あ、もしかして」

「うん、開けてごらん?」


 シドはゆっくりと箱を地面に置き、留具を外す。カイザとフィオールは後ろから覗き込んだ。


「…わあ!」


 蓋を開け、シドは感嘆の声を漏らす。そんな少年の後ろでカイザとフィオールは驚きのあまり声を失っていた。


「ありがとう、オズマ!」


 嬉しそうに顔を上げるシドに、ニッコリと微笑むオズマ。


「どういたしまして。出発の前に微調整するから、つけてみてくれるかな」

「うん!」


 箱から取り出されたのは、白鋼のアーマー。金装飾がなんとも神々しい。少年はその輝くアーマーを慣れた手つきで左腕にはめた。ピンクのアンダーが裾から覗くフードがついた黒い大きめの上着に短パンというスラム育ち丸出しの少年の腕にはあまりに不釣り合いだ。しかし、何故だろう。少年が天使のように微笑むからだろうか、いや、悪魔のような強さを秘めているからだろうか…重そうには見えない。付けこなしているように見えるのだ。オズマはその腕をあらゆる角度から見つめてペンチで整えてゆく。


「出来上がってみると凄いな……これが子供用だもんな」


 カイザはオズマの隣にしゃがんでじっと見つめている。


「成長することも考えて成人用をシド君のサイズに調整したんだけど、サイズが合わなくなったら言ってね。大人用に直してあげるから」 

「死ぬまで使えるの? 凄いねー」


 シドは嬉しそうに右手をパタパタしている。


「こんなの王家の騎士でも使ってねぇぞ! オズマ! アーマー作れるなら早く言えよな! 俺のも直してくれたらよかったのに!」


 フィオールは蘭丸にバッサリと切られたアーマーを見せつけた。オズマはそれを見て、微笑む。


「純真無垢な人にしか奉仕しない主義なんだ。ごめんね」


 オズマはアーマーの隙間に思い切りペンチを差し込んだ。蘭丸に切られた傷を抉られ、悲鳴を上げてのたうちまわるフィオール。カイザはトラウマの対象にも怯むことなく食ってかかるオズマに関心……いや、少し呆れていたようにも取れる視線を送る。


「あと、これは頼まれてたギバーね」

「あ、カイザのと同じだ」


 オズマから受け取り、カイザに見せるシド。カイザは小さく笑って見せた。


「それと、鎖鎌」


 オズマが箱から取り出したのは、見るからにただの鎌。鎖などどこにも見当たらない。白鋼と黒鋼で作られた刃に、羽を彫り込んだ黒い柄。その柄尻には赤い宝石と黒い羽飾りがついている。


「…鎖無いし、少し柄が長いよ」

「ここに引鉄があるだろ? これを引くと……」


 困った顔をしたシドの手を持って、鎖鎌の引鉄を引くオズマ。すると、鎌の柄が二つに割れて中から細い鎖が伸びてきた。カイザとシドは一緒になって驚きの声をあげる。


「すごーい!」

「ちゃんと鎖にも白鋼を使ってるから簡単には切れないよ。巻き取り式にしてもらったし、分銅代わりになるよう柄の方も重くしてある。従来の物よりずっと使いやすいはずさ」

「本当にいいのか? こんないい物ばかり、タダで貰って」


 カイザが申し訳なさそうに言うと、オズマは箱をしまいながら立ち上がった。


「いいんだよ。彼なら使いこなせるだろうから。第一、シド君に人間が使ってる安くさい代物なんか合うわけないんだ」


 そう言ってオズマが穏やかな表情で見つめる先には、鎖鎌を楽しそうに振り回すシドがいた。その技たるや、人間とは思えない。カイザは困ったように笑い、そうだな、と小さく呟いた。


「てめぇ、よくも俺の古傷を……」


 ようやく立ち上がったフィオールはアーマーを抑えてオズマを睨んでいる。


「アーマー直してもらうまで許さねぇからな!」

「おい、うるせぇぞ」


 後ろから蹴られ、よろめくフィオール。振り返ると、さっきまでガトーと地図を見ていたクリストフが眉を顰めて立っている。少女の腰では呑気に眠っているルージュの姿も見受けられた。


「これからツチノコ取りに行くってのに、騒いでんじゃねぇ。逃げられるぞ」

「だったら蹴るな!」


 フィオールがクリストフに怒鳴りかかっている隙に、オズマはカイザに言った。


「そういえば、シド君のアーマーにはまだ紋章を入れてないんだ。どうする?」

「どうするって」

「彼は君と同じブラックメリーの紋章を入れたいって言っていたけど」

「……」


 カイザは頭を掻いて、少し遠くのシドを見た。


「ダメだと言われた、って落ち込んでいたよ。シド君」

「そりゃあ、俺はブラックメリーの賞金首だし」

「いいじゃないか。君だってそのアーマーをいつまでもしているのにはそれなりの思いがあるからだろ? シド君だって、君と同じ紋章に拘りたいのは彼なりの思いがあるからさ」


 オズマはそう言って、立ち尽くすカイザに微笑んだ。


「ブラックメリーの紋章は盗賊団の証でもあるが、君達にとってはそれとは別の、特別な意味を持つ記号になる。それでいいんじゃない?」

「……」


 カイザは考え込み、俯く。ニコニコ微笑むオズマの手には、鑢を仕込んだルーターが小さく音を立てて動いていた。








 

「あれがリバーカインド?」


 小舟の上ではしゃぐシドに、クリストフは地図を見ながら言った。


「そうだぞー。ついたら川にでも行って遊んでろ」

「うん、カイザ連れてって?」


 船酔いで項垂れるカイザの腕を掴むシド。その左腕のアーマーには、カイザと同じ、ブラックメリーの紋章が光っている。カイザは弱々しく腕を上げた。


「…悪い、俺は忙しいから……フィオールに頼んでくれ」

「俺に押し付けるなよ! お前が面倒見るって……うっ!」


 フィオールは勢いよく川に吐いた。それを見て、シドは表情を固まらせる。


「…クリストフ。僕、川で遊びたくない」

「大丈夫だ。フィオールのゲロは別のところに流れてくから。たぶん」


 無責任なことを言って船上の酒に酔いしれるクリストフ。広い川の向こうには雪山が連なり、その間からはからりと晴れた青空が広がる。


「う、馬で行けなかったのか?」


 フィオールが死にそうな声で聞いた。ガトーは彼の背中を摩りながら、申し訳なさそうに言った。


「すみません、ベリオットからリバーカインドまでだと川を渡らないと果てしなく遠回りすることなるので」

「それでもよかった! どうせバンディも暫くは動けねぇんだしよ! うっ……おぇ」


 苦しそうなフィオールを見て笑うオズマ。クリストフは呆れたような顔をして弱っているフィオールとカイザを見た。


「お前ら、仲良く低血圧、船酔い、馬鹿の三拍子が揃ってるな。付き合いが長いだけある」


 フィオールはげっそりしながらもクリストフを睨んで言った。


「さい、最後のは……余計だ」

「そうだな、馬鹿はお前だけだったな」


 もう勝てる気もしないフィオールはぐったりとガトーに寄りかかる。カイザは閉じていた目を薄っすらと開け、白い布をかぶって隣に腰掛けるミハエルを見た。格好悪い姿を見られずに済んだような、そうでないような、複雑な気分だったのだ。









 早くも二人程瀕死の者が出たが、なんとかリバーカインドで宿を取ることができた。人数も増えたので、二つ部屋を取ることになった。


「そういうわけで、カイザ。たんと稼いで来いよ」


 部屋に入るなりカイザの肩を叩いて労働を強いるクリストフ。カイザは力なく返事をした。


「お前、忙しいって本当だったんだな」

「こうなる気はしてたんだ、なんとなく」


 椅子に座ってテーブルに突っ伏するカイザと、ベッドに横たわるフィオール。シドは窓際に瓶を置き、ルージュとリバーカインドの町並みを眺めていた。


「じゃあ、エドガー、ガトーとあたしはあっちの部屋にいるから、お前ら男衆はこっちな。ルージュはどっちでもいいぞ」

「あーもう何でもいいや」


 かすれるような裏声でフィオールが答えた。すると、カイザががばっと顔を上げた。


「待て。俺とミハエルを離すのか?」

「普通、部屋を分けるなら男女で分けるだろ」

「ガトーは」

「俺は母さんの身の回りの世話をしないといけないので」

「エドガーの身の回りの世話をしてるのもあたしだぞ。どっかのヘタレが照れ臭くてできないって言うから」


 負けた。カイザは再び突っ伏した。


「文句ないな。体調良くなったらいつもどおり仕事しろよ」


 クリストフはそう言って、椅子に座っているミハエルを抱いて部屋から出て行った。カイザはそれを腕の隙間から見つめていた。


「そういえば、あの人誰?」


 シドの声にカイザは慌てて顔を上げた。少年は首を傾げて瓶を抱きしめながらカイザを見上げている。瓶の中で、ルージュは笑っていた。


「エドガーさんだって、クリストフさんが言ってたじゃないか。カイザ君はミハエルって呼んでるみたいだけど」


 ソファーに座って持ってきた道具を広げていたオズマが言った。


「あの人生きてるんだって。鍵を持ってる人だってみんな話してた。カイザ、あの人背負って大事な物探してるんだよ」


 カイザが何と説明しようか迷っている間に二人は勝手に話を進めてゆく。フィオールは寝てしまったのか死んでしまったのか、ピクリとも動かない。


「へぇー。俺はカイザ君は愛しい人のために探し物をしてるって聞いたけど」


 カイザは気分の悪さも忘れて、二人に駆け寄った。行き場のない浮いた右手を、オズマの肩にポンと乗せてみるカイザ。相当混乱しているようだ、意味がわからない行動をしている。


「…誰から聞いた?」

「…あれ? 聞いちゃ駄目だった?」


 意地悪く笑うオズマの眼鏡をカチ割りたい衝動に駆られるカイザ。しかし、シドが割り込んできた。


「あの人、カイザの恋人なの?」

「いや」

「それとも奥さん?」

「違っ……」


 カイザが困っていると、何処からともなく声がした。


「思い人ですよ」


 第一印象は見た目に不釣り合いな色気のある低い声。ルージュだった。カイザはシドが抱いていた瓶を取り上げ、フィオールが寝ているベッドに向かって投げつけた。瓶は壁に当たって、ベッドに落ちた。


「…思い人って、好きな人ってこと?」

「カイザ君はね、片思いをしているんだよ」


 カイザは変な汗をかきながらソファーに座り、大きく呼吸をした。この二人に教える気はさらさらなかった。いや、フィオールやクリストフにもそうだ。あいつらには知られてしまったんだ。オズマはまだしも、シドはまだ子供だ。色恋沙汰……しかも脈拍も呼吸も止まっている相手だなんて、うまく説明できる自信がない。とにかく、今は否定するしかない。たった一度の深呼吸の間に船酔いで弱った頭をフル回転させるカイザ。


「…あのな? シド。そういう風に見えるかもしれないが、俺とミハエルは……」

「夜は抱きしめあって寝てる仲だろー?」


 カイザが耳まで赤くして振り返ると、さっきまでうつ伏せで壁側を向いて寝ていたフィオールがこちらを見てニヤニヤしている。手元にはカイザが投げた瓶があり、中でルージュも笑っている。男前な笑い声が、余計にカイザを苛立たせた。


「シドの前であまり変なこと言うなよ?」


 カイザはソファーから立ち上がり、顔を引き攣らせてベッドに歩み寄る。


「なんだよ、親代りだからっていい顔すんなって」

「お前らの存在が子供には悪影響だって言ってんだよ」


 カイザはブラックメリーを抜いて二人を睨んだ。カイザの形相に二人は背筋を凍らせて震え上がる。フィオールは瓶を抱きしめて隅っこに後退りした。


「待て、落ち着け! シドー! ミハエルさんはカイザのお姉さんみたいなもんだ! 仲のいいご近所さん!」

「そうですよ! 抱きしめて寝ていたのもフィオールさんです! クリストフ様に構っていただけなくて寂しくて抱いていたんです!」


 フィオールはルージュを睨んだが、カイザの足が止まったのを見て黙っていた。すると、


「…そうなの? カイザ」


 シドの問いかけに、カイザはブラックメリーをしまって駆け足でソファーに戻った。


「そうだ。お姉さんみたいな存在で、俺がお前くらいの時に凄くよくしてもらってたんだ」

「そうなんだ。カイザがちっちゃい時の話聞きたいよねー」


 シドはオズマに同意を求めた。シドとカイザに挟まれ、オズマはニコニコと笑っている。ベッドでは、フィオールとルージュがまだ小さくなって震えていた。


「…瓶に入っているというのに、思わず縮こまってしまいました」

「あいつがマスターお墨付きの盗賊だってこと、忘れてた」

「普段は大人しくて根暗ですからね」

「ああ。それよりお前、さっきの言い訳は酷くないか?」


 今度はフィオールとルージュの言い合いが始まった。それを他所に、和やかな昔話に華を咲かせるソファーの三人。カイザがその思いをシドに打ち明けるには、まだ、白鋼のアーマーは小さすぎる。オズマが成人用に調整しなくてはならなくなるその日まで、カイザはおそらく語らない。


 


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