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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆アイダ~情報屋の町~
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2.足りないピースは時として人を導く

「なあ、なんで墓守なんてしてるんだよ」


  時刻は夕暮れ。空が赤く染まり、森の影が大きくなって暗闇になろうとしている、そんな時刻。カイザはローズウッド家の墓に腰掛けて、墓地の手入れをするミハエルを眺めていた。


「なんでって、私を拾ってくれた人が墓守だったからよ」

「その人は?」

「ずっと前に、死んだわ」


  ミハエルは立ち上がり、空を見上げた。森の影の中にポッカリと穴があいたかのように、墓地の真上には空が広がる。


「その人も先代の墓守に拾われたのよ。みんな、寂しかったのね」

「…ミハエルは、寂しくないのか?」


  ミハエルは心配そうに見つめるカイザを見て、微笑んだ。


「寂しくないわ。死に囲われたこの場所だって、一歩外へ出れば生命で溢れてる。でも……」


ミハエルは笑顔を曇らせ、墓を見下ろした。


「こうして他人の眠りを見守り続けても、私が死んだ時、私の眠りを見守ってくれる人がいないのかと思うと……少し、寂しいわ」

「寂しいんじゃないか」

「そうね、私も先代達と同じね」


  ミハエルは"寂しい"と言いながら笑う。その笑顔は自虐的なわけでもない。ただ彼女は純粋に、"違うと思ったけど同じだった"という結論に対して微笑んだのだ。彼女を好いているカイザにはそれがひどく、寂しげに見えてしまう。

優しく、孤独なミハエル。彼女が発する不思議な温もりと不安定な憂にカイザは惹かれていた。初恋、というよりは姉への愛情に近いかもしれない。その気持ちは次第に、彼女の死を見守りたいという思いに変わってゆく。聞こえが悪いがつまり、"ずっと一緒にいたい"、ということだ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーー






「…なあ、ミハエル」


 ウェルスを出て数日。カイザはクロムウェル家の墓を暴き、彼女をそのまま連れ出していた。山間の河原でミハエルを岩に寄りかからせ、その隣に腰掛けるカイザ。


「その……なんだ、」


 カイザは信じられずにいた。透き通るように白い肌も、黒々とした艶のある髪も、ましてや容姿さえ昔と全く変わらない彼女がまさか、死んでるなんて。眠るように柔らかく目を瞑る彼女を目の前して、埋め直してはいけない気がしたのだ。しかし……


「…久しぶり、だな」


 本当は、彼女に会えたことが嬉しくてたまらないのだ。せっかく再会できたのにまた埋めてしまうのは忍びない……それこそ、本心だった。

 脈拍もなく、呼吸もしていない彼女に向かって少し緊張気味に言葉をかけるカイザ。川向かいの林からは小鳥の囀が聞こえる。細かく波打つ川の水面には、二人の影が揺らめいている。一見、一組の男女にしか見えない二人だが……死体と話す自分の姿は、カイザの目にどう映っているのだろう。


「なんで、クロムウェル家の墓に入ってたんだよ。俺の墓なんかに」


 川上から流れてくる心地よく冷たい風が、彼女の髪をサラサラと撫でる。


「それに、エドガーって誰なんだ……」


 寝息が聞こえてきそうな安らかな寝顔は、まるで夢でも見ているようだ。


「…本当に、死んでいるのか?」


 死体は何も応えない。

 わかっていた。わかりきっていたことなのだ。どんなに話しかけても彼女の瞼が開くことはないと。しかしカイザは心のどこかで、腐りもせずに姿を留める彼女が突然目を覚まし、また昔のように優しく微笑んでくれることを期待していた。それこそ、夢のようなことを。


 カイザは小さく溜息をついて立ち上がった。彼女に白い布を被せて背中におぶり、紐で自分の身体に縛り付けた。ウェルスで調達した旅の荷物も手にして、カイザは山道を歩き出す。

 彼が向かおうとしていたのは南に位置する華の京、カトリーナだ。そこに向かう理由は、ただ一つ。


「…絶対に取り戻してやるからな。ミハエルの死を悼む人々がミハエルのためだけに埋めた……宝物」


 窃盗品のほとんどが流れ込んでくる、別名野犬の京カトリーナ。

 ミハエルが入った棺には丁寧に宝物箱が用意されていたが、中は空っぽだった。大きな輪のようなものが埋め込まれた跡があり何かがそこに収まっていたことは明白であった。そこで、カイザは自分が掘り起こした時、既に墓は荒らされていたと考えたのだ。その奪われた何かを取り戻すために、カイザはカトリーナへ向かっていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーー






 二人が出会って一ヶ月経つか経たないかの頃。カイザはミハエルといつものように森の中にある墓場で会っていた。


「ミハエルはどこに住んでるの?」


 会いに来ているからこそ、疑問に思ったことをそのままに聞いてみた。


「ここからすぐ、ノースに家はあるわ」


 ノースは墓場からも近い、小さな田舎町だ。


「そっか……俺は今ハウルに寝泊まりしてる」


 その頃、カイザが属する盗賊団はノースのすぐ隣の町にいた。それもあって二人は出会ったわけだが、カイザは盗賊団の移動と共に町を離れなければならない。この時、彼はミハエルが自分を止めてくれることを望んでいた。


「そう、すぐ隣ね」


 彼女は雑草を抜きながらカイザに微笑みかけた。


「いつでも遊びにいらっしゃい。とは言っても、遊べるものなんて家にはないけれど、手料理くらいならご馳走するわ」


 期待していた言葉ではなかった。が、嬉しかった。盗賊団では自給自足。いつも市場の品を盗んではひっそりと一人で食事していた少年には嬉しくて堪らない。そして、彼女の近くにいけると思うと心が弾んでしまう。


「絶対な!」

「ええ、あまりいいものは出せないけれど、精一杯もてなすわ。カイザは私の大事な友人だもの」


 彼女の言葉に、カイザの頬も緩む。秋も盛りの、木枯らしが吹く墓地で。





ーーーーーーーーーーーーーーー






「一泊で頼む」


 山を出てすぐに位置する寂れた田舎町にカイザはいた。一日歩き通してその日は宿をとることにしたのだ。


「…お客さん、その背負っているのは?」

「死体だ。葬儀する場所まで運ばなければならない」


 宿の主人は怪訝な顔をしてカイザの背中におぶさるそれを見つめた。


「悪いが、他所をあたってくれ。他のお客さんから苦情がくるんでな」

「しかし、他に宿は……」

「町外れの西瓜畑にある。そこならきっと受け入れてくれるだろうよ、死体でも、なんでも」

「…わかった」


 カイザがその場を去ろうとすると、店主は右手を差し出してきた。


「…何だ」

「お客さん、情報料は1000ペルーだ」


 ニヤニヤと笑う店主を、カイザは睨んだ。


「ここは情報屋の町アイダだぜ? モノを聞いたらそれに見合ったペルーを払わないと……」

「情報屋の町……ここが?」

「はい、2000ペルー」


 カイザはカウンターを叩いて店主と真っ正面に向かい合う。


「町の話はあんたが勝手に話しただけだ」

「そうだ」

「だったら金を払う必要はないだろう」

「違う違う。アイダについての情報はサービスだよ、お客さん」


 店主は睨むカイザに顔を寄せて、囁いた。


「聞きたいこと、あるんだろ?」

「……」

「そんな顔してるぜ? 探し物してますって顔」


 店主はカイザをカモにするつもりらしい。彼もそれをわかっていた。暫く睨みつけた後、カイザは1万ペルーをカウンターに叩きつけた。


「釣りはいらない」

「…毎度あり」








 真っ暗な町でポツンと佇む一軒の酒場。中は狭く、カウンターの席が10席程しかない。そこで、一人の男が店のマスターと話をしながら酒を飲んでいた。


「…いらっしゃい。旅の方?」


 店のベルが鳴り、マスターが挨拶をした。男はマスターの視線を辿って入口を見た。


「久しぶりだな、フィオール」


 男は入口に立つカイザを見て酒を吹き出した。


「あれ、二人はお知り合い?」


 マスターが二人を交互に見つめた。フィオールはカイザに背を向け、げほげほと咳き込む。カイザはフィオールの二つ隣の席に座り、酒を注文した。


「…呑気に酒なんて飲んでる場合かよ。盗賊団のお尋ね者が」


 フィオールはマスターの背中を気にしながらヒソヒソと話す。カイザは彼に少し肩を寄せて、鼻で笑った。


「やっぱり、既に話は回っていたか」

「やばいぞ。バンディが残党束ねてお前を探している。俺が身を置けるところを紹介してやるから、さっさと逃げろ」

「そんなことはどうでもいい。聞きたいことがある」


 マスターがカイザの目の前に酒を置いた。


「クロムウェル家に、こいつが埋められていた」


 カイザは自分とフィオールの間の席にミハエルを座らせ、布をとった。フィオールは何がなんだかわかっておらず、彼女をまじまじと見つめている。


「人形、か? よくできてるな」

「…死体だ」

「死体なわけあるか! あの墓は5年前に建てられたんだぞ。死体だったら今頃腐って……」


 カイザはミハエルの手を取り、フィオールの頬を撫でた。フィオールは驚いた顔をして固まってしまった。


「…人の、感触」


 フィオールは撫でられた頬を触りながら、グラスに視線を落とす。


「俺の前に墓を暴いた奴がいる。そいつを追っているんだ」


 カイザは酒を一口飲んで、煙草に火をつけた。


「知らないか?」

「…悪いが、知らない。それに、お前も知っての通り俺はお前が殺した男とマザー・クリストフ専属の情報屋だ。おいそれとネタを垂れ流すことはできない」


 フィオールは眉を寄せてグラスを手にした。この男とカイザは盗賊団にいた頃より仲が良かった。フィオールが盗賊団に顔を出しに来る度、カイザに土産を渡していたのだ。何故自分によくしてくれていたかはカイザ自身わかっていなかったが。


「…お前が頼りなんだ、なんでもいい。クロムウェル家に関することを教えてくれ」

「だから、駄目だ」

「金なら幾らでも払う」

「そういう問題じゃねぇんだよ」


 悔しそうに俯くカイザを見て、フィオールは小さく溜息をついた。


「…そんなに知りたいなら、マザーから聞いたらどうだ」


 マザー・クリストフ。鉱山を牛耳る山賊の頭。カイザが属していた盗賊団と並ぶ勢力を持つ。マスターが死に際に口にしていた名前だ。


「クロムウェル家について、何か知っているのか?」

「少なくとも俺の情報は盗賊と山賊に提供してきた。お前の殺したマスターと、鉱山のマザーにな」

「じゃあ、もしかしたら墓を暴いたやつのことも……」

「ああ、知っているかもしれない」


 カイザは勢いよく立ち上がり、ミハエルを抱きかかえる。そんな彼をフィオールは心配そうに見つめていた。


「おい。本気でマザーのところへ行くのか」

「当たり前だろ」


 カイザは煙草をねじ消し、ペルーをテーブルに置いた。


「マザーの話を出しておいてこんなことを言うのもなんだが、お前は今追われる身なんだ。鉱山に行っても無事でいられるか……」

「その時は、その時だ」


 カイザは踵を翻し、戸に手をかけた。


「お客さん」


 ベルが小さく音をたてる。カイザが振り返ると、マスターがグラスを洗いながら言った。


「私からも一つ、とっておきの情報がございます」

「…いくらだ」


 カイザは一先ず戸を閉めて、マスターに向き直った。


「お代は結構。なんの根拠もない、昔話ですから」


 マスターはエプロンで手を拭いて、カイザを見た。薄暗く、蝋燭の灯りが揺らめく店内。マスターはゆっくりと口を開いた。


「4人の美女が神の寵愛を受け、使徒より世にも奇妙な贈り物を賜る。と、いう伝説なんですがね」

「…聞いたことがある。使徒とは4人の精霊のことだろう」


 マスターは天井の角を見つめて、覇気なく話を続ける。


「この話は東の国よりやってきた一人の旅人が伝承したと言われています。その伝承の中に、神の寵愛を受けた者の一人に贈られたのは、死しても腐らず、永遠にその姿を留めることができる身体だという話があるんですよ」


 ミハエルを抱きかかえる腕に、力が入る。フィオールはまた咳き込んでいた。


「嫉妬に狂う女神の目をかいくぐるため、その者たちは男の名を冠するそうで。北の魔女ダンテ、東の女王ヤヒコ、南の聖母クリストフ、そして……」


 クロムウェル家の墓でミハエルを掘り起こした夜を、カイザは思い出していた。満月に照らされる墓石に刻まれた、知らない男の名前。


「西の巫女、エドガー」


 カイザは微動だにせず、真っ直ぐにマスターを見つめる。静かな店内で、カイザの心臓だけは大きく鼓動していた。まさか、まさかミハエルが……


「な、なあ」


 フィオールが恐る恐る、固まっているカイザに話しかけた。


「その死体、名前は?」

「……」


 フィオールは仮にも情報屋。ミハエルの事を話したとしてどこへ繋がっていくかわからない。クロムウェル家に彼女を連れ出したことを知られるのも、まずい気がした。


「彼女の名前はミハエルだ。じゃあ……失礼する」


 ベルが鳴り響き、カイザは店から去って行った。店内に残された二人は何を話すわけでもない。ただ、先程目の前にした死体について、考えていた。


「…マスター、どう思う」


 フィオールは酒を一口飲んで、マスターに問いかけた。マスターは煙草に火をつけ、怪しげに笑う。


「ありゃあ、十中八九、エドガーですよ」

「でもあいつはミハエルだと言っていたじゃないか」

「あの男性の顔、私の話に心当たりがあるようでしたよ? ミハエルという名前はハッタリで、墓石にはきっとエドガーと書かれていたんでしょう」


 マスターは煙を吐きながら、クックッと喉元で笑った。フィオールには何が面白いのかさっぱりわからない。


「クロムウェル家の墓に、エドガーがねぇ。こりゃあ近々、大きな嵐がくるやもしれません」

「…その伝承について、詳しく教えてくれないか」


 フィオールは身体を乗り出し、マスターに真剣な眼差しを向ける。


「東禊神話ですか? 今じゃ殆ど知っている人もいない寂れた民間伝承だ。知ったところで……」

「頼む」


 フィオールもまた、決意していた。クロムウェル家から誘拐されてきたカイザ。彼のものと思われた墓に埋められていた謎の美女。情報屋の自分でも知らない、未知の世界がそこに広がっているような気がしてならなかったのだ。これを追わずして、アイダ一の情報屋は語れ無い。それに……


「…あなたもお人好しだ。あの男性がそんなに心配ですか」


 マスターはカウンターを出て、店の前に出してある看板を下げた。


「あいつがどう思っているかは知らねぇが、俺にとっては弟みたいなもんなんだよ……」


 フィオールは小さく鼻で笑い、酒を煽る。マスターは酒瓶片手にフィオールの隣に座った。


「店終いもしましたし、ゆっくりお聞かせしましょうかねぇ」

「…ありがとう、マスター」

「ただし、ここからは有料。この情報は高くつきますよ?」


 マスターがそう言うと、フィオールは鞄から札束を取り出し、カウンターに置いた。


「釣りはいらねぇ」


 夜は更けた。音楽一つ流れない煙たい店内。二人は視線を交え、堪らずに笑いだした。


「…毎度」

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