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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ベリオット~職人の街~
28/156

27.偏見や先入観が身を縛る

気付いて欲しいと思った。


「兄さん、僕達いつまでここにいればいいの?」

「もうすぐだ。ギブソンは飽き症だからすぐに出てくる」

「…もう、皆殺しちゃおうよ」


 肌寒い冬の夜。雪は降っていないが、冷たい風が容赦なく兄弟に向かって吹き荒れる。弟の方が痺れを切らして動き出そうとしていた。


「待て、シド!」


 兄の忠告を無視して、少年は屋敷へ駆けだした。その幼い肩に手を伸ばしたが…するりと、すり抜けた。華やかなパーティー会場で響き渡る悲鳴。逃げまどう人々と、耳を突く銃声。金の壁や白いテーブルクロスが、血で染まってゆく。兄は、扉の隙間からそれを茫然と見つめていた。


「ギブソン、見-つけた」


 既に息絶えた老人の死体。仰向けになったそれに跨り、白い髪を鷲掴みにすると、少年は動かぬ老人の首に鎌をあてがった。そして、弾力のないやせ細った首を切り取った。ぼたぼたと粘る血を床に垂れさせながら少年は首を持ったまま立ち上がる。


「これで、また生き延びれるね、兄さん」


 死体の山の中で、血が滴る首を手に微笑む少年。その時、少年の背中がもぞもぞと動き出した。兄は目を凝らしてその様子を見つめる。少年の背中で蠢くそれは次第に大きくなり、服を突き破った。現れたのは、黒い翼が……片方。羽が舞い散り、何か黒い煙のようなものが少年を取り巻く。兄が瞬きもせずに見ていると、少年はゆっくりと振り返る。笑う口元から覗く牙、首を掴む鋭い爪、恍惚に浸っているかのような、赤い瞳。

 少年は、黒く染まった。限界だったのだ。暗闇の中で心を保つには、少年は幼すぎた。あの時、手が届いていれば。気付いてもらえたなら。後悔しても、しきれない。人の殻を破ってその身を闇に委ねてしまえば、もう、戻れないのだから。

 長い時を経て探し出した大事な欠片を、この夜に失ってしまった。何もできない。何も。この不毛な輪廻を絶ってくれるのは誰なのか。涙を流してわかるわけもなく、ただ、哀れな兄弟を見つめていた。







--------------------------








「フィオール!」


 男と話していたフィオールは勢いよく振り返った。


「まだ飲んでたのかよ。カイザは何処だ?」


 クリストフが呆れた顔をしてカウンターに歩み寄る。その後ろには、おろおろしているガトーが。


「母さん、声が大きいです!」

「母さん?」


 男はクリストフをじっと見つめて考えていた。えらく強気で、息子がいて……


「まさか、あの子がお前が話していた」

「ん? あー……まあ」


 フィオールが困ったように返事をすると、男はグラスをテーブルに叩きつけた。


「話が違うぞ! 何がババアだよ! 若くて美人じゃねぇか!」

「え? あ、まあ……」


 フィオールは照れくさそうに笑う。すると、クリストフが背後からフィオールの肩を抱いてニヤニヤしながら言った。


「なんだ? あたしの悪口でも言ってたのか?」

「事実しか話してねぇよ!」


 顔が近くて慌てるフィオール。そんな二人を、男は羨ましそうに見つめる。


「お楽しみもこのくらいにして、そろそろあたしと大事な話をしようか」

「…なんだよ」


 嫌そうな顔をするフィオール。クリストフは真剣な顔をして小声で囁く。


「シドのことだ」

「…何で?」

「気になることがある。カイザは何処だ」

「そういえば、迎えに来ねぇな」


 フィオールはきょろきょろとあたりを見渡す。しかし、カイザがいる様子はない。


「…わかったよ。俺もダンテのことで収穫があった。カイザ達を探して宿に戻ろう」

「さすがフィオール」


 クリストフは満面の笑みを浮かべた。間近でそれを見たフィオールは一気に熱くなり、赤面させてそっぽを向いた。


「お、おお俺にかかればちょろちょろろちょろい……」

「フィオール!」


 扉が勢いよく開かれ、静かになる店内。店中の視線が、入口へと集中した。そこには、息を切らしながらフィオールを見つめるカイザがいた。


「カイザ! 今日はお迎え遅かったなぁ」

「クリストフとガトーもこっちに来てたのか。どうりで宿が空っぽなわけだ」


 カイザは息を整えながら3人に駆け寄り、フィオールの腕を掴んだ。


「な、なんだ?!」

「行きすがらに話す! 皆来てくれ!」


 カイザのただならぬ様子に、3人は顔を見合わせた。そして、フィオールが立ち上がった。


「ここの会計頼む」

「あ、おい!」


 出口へと駆け出す4人。男はフィオールに向かって叫んだ。


「身を隠せる場所ってのは?!」

「明日この酒場で教えてやる!」

「絶対だぞ!」

「おう!」


 4人は振り返ることなく酒場から出て行った。男はカウンターに向き直り、酒をちびりと飲んだ。そして、がばっと再び振り返り、じーっと出口を見つめた。


「…息子の方が、母親より年上だったよな」


 男は少し考えたが、酔いが回った頭ではろくな考えも浮かばない。男は諦めてカウンターに向き直った。


「明日聞けばいいか。それにしてもあいつ、変な奴だったな……馬鹿だし」


 ぼそりと呟き、あとは静かにフィオールが残していった酒を飲む男。氷がぶつかる心地よい音が、小さく響く。








「あ?! ダンテの関係者とシドが?!」


 店仕舞した職人達の工場が並ぶベリオット4番街。暗い通りを走りながら、フィオールがカイザに言った。


「死んじまうんじゃねぇのか?! そいつ!」

「相手もダンテとつるみがあるだけあって相当な手練れだ。そう簡単には死なないだろう。だから生きているうちに俺達で……」


 二人の会話を聞いて、クリストフは言った。


「どうかな」

「…?」


 クリストフの言葉に、カイザは振り返ったが少女は無表情でただ走っている。カイザはその言葉の真意が気になったが、目の前にはもうオズマの工場に出る路地が見えていた。


「あそこだ」


 4人は角を曲がり、鉄の扉を開いた。長い廊下を走っていくと、奥で部屋の明かりが漏れて揺らめいている。何の音も聞こえない。


「…シド、」


 カイザはシドの身を案じて扉が壊れた部屋に思い切り駆けこんだ。


「アーマーとギバーねぇ」

「あ、あと鎖鎌も」

「鎖鎌は4番街の奥にある武器屋がおすすめだよ。あとは俺が作ってあげる」

「本当? ありがとう!」


 茫然と立ち尽くすカイザに追いつき、部屋を覗きこむ3人。そこは、まさに廃墟。崩れた暖炉に見事貫通している天井。月明かりの下、椅子に座って温かいミルクを飲むシドと、傷だらけになって柱に繋がれたオズマがいた。シドは4人に気付いて振り返った。破れて血まみれの服。切り傷がついた身体。頭からも血が流れている。カイザはシドにゆっくりと歩み寄った。


「おかえり、カイザ」


 傷だらけの顔で、シドはにっこりと笑う。


「僕ちゃんと生け捕りにできたよ」


 そんな少年を、カイザは抱きしめた。シドは驚いてミルクが入ったカップを床に落とした。


「…すまない、シド」

「何が?」

「お前一人に任せるなんて」

「僕を信じてくれたんでしょ? 嬉しいよ」


 カイザは、悲しそうな顔でシドを力強く抱きしめる。


「信じていたよ。でも、お前が俺のために傷ついているのが……辛いんだ」

「…カイザはいい人だね。誰かのために誰かが傷つくのは、この世の常なのに」


 そう言いながら、シドは嬉しそうにカイザの背中に手を回した。カイザはその幼い温もりをじっと噛みしめる。ミハエルとマスターの死がカイザを敏感にさせていた。特に、マスターを手にかけてしまったことが、誰かが傷つくことに恐れを抱かせ初めていたのだ。そして、シドを見てその気持ちが明らかになる。無事でよかった。本当にすまない。そんな気持ちがカイザの中で巡り、守るということに向き合わさせる。

 シドはカイザの気持ちはわかっていない。むしろ、悪い言い方をするなら愚かだと思っていた。しかし、そんな愚かさが少年には堪らなく愛おしかった。これが愛情だと気付くのは、ずっと、ずっと先の事。


「てっきり殺してるもんだと思ったけどな」


 クリストフが冷めた視線でシドを見つめ、部屋に入って来た。そして、カイザをシドから引きはがした。カイザは少女の手荒な行動の意味もわからず、固まっていた。シドも椅子から転げ落ちそうになり、きょとんとしている。少女はシドを見下ろし、言った。


「オズマ、と言ったか」

「俺のこと?」


 柱に縛り付けられたオズマは笑顔で首を傾げて見せた。


「お前もよく、生き延びれたな。こいつから」


 クリストフはシドのフードを掴んだ。シドは嫌がり、暴れ始めた。そのせいで瘡蓋ができかけていた傷が広がり、服に赤く血が滲み始めた。


「クリストフ!」


 カイザが止めに入るが、少女はその剛腕でカイザを突き飛ばした。フィオールに受け止められ、よろよろと姿勢を立て直すカイザ。


「何してんだよ、クリストフ!」


 カイザを支えながら、フィオールが叫んだが、少女は嫌がる少年のフードを取ろうとするばかり。


「ガトー!」


 フィオールが止めに入るようガトーに呼びかけるが、彼もまた、揉み合う二人を見つめるばかり。すると、オズマが喉元で笑った。フィオールとカイザがオズマを見ると、彼は言った。


「知らなかったんだね、君達。俺も驚いたよ。こんな小さな子供がまさか、堕天使だったなんて」


 驚きで言葉が出ない二人の目の前で、シドのフードが剥ぎ取られる。艶やかな黒い髪。尖った耳に赤い瞳。泣き目の少年の口元で、八重歯とも思えぬ牙が覗く。


「黒かった、よな」


 フィオールが涙をぼろぼろ流すシドを見つめて言った。


「…シド、」


 カイザがぼそりと少年の名を呼ぶと、少年は涙で顔を歪ませてカイザに駆け寄った。そして、その胸に抱きついて泣き叫んだ。


「お願い! 殺さないで! 僕のこと見捨てないで!」


 シドは必死に訴えかける。


「もう嫌なんだ! 僕がこんなだから兄さんに捨てられた…もう、一人は嫌だ!」

「馬鹿か!」


 泣きじゃくる少年の後ろ頭を、クリストフは殴った。驚きに涙も止まり、唖然として振り返る少年。クリストフは少年を睨みつけ、言った。


「そのくらいで殺したりしねぇよ。それより何で最初から言わなかったんだ」


 少年はぐずりながらカイザに向き直り、俯いた。


「…連れてってもらえないかと思って」

「そのくらいどうってことない。ノーラクラウンにサラっていただろ。あいつもお前と同じだよ」


 クリストフが言うと、少年は小さな声で聞いた。


「…悪魔なの?」

「違うけど。お前と同じで、人と、そうじゃない者との間に生まれた子供だ。ここにいる連中はそういうのに免疫ついてるから、捨てられる殺されるなんて心配はしなくていい」

「……」

「そうだよな、カイザ」


 少年が恐る恐る顔を上げると、カイザは優しく微笑んだ。


「当たり前だ」


 その言葉に、少年は再び目を潤ませる。そんな少年を抱き上げ、頭を撫でるカイザ。フィオールとガトーは困ったように笑いながら顔を見合わせた。


「差別なく接する博愛精神は尊敬に値するけどね、彼は堕天してるんだ。その証拠が月明かりに反応する赤い瞳」


 オズマが不満気に話し始めた。


「神が地上に残した宝物を探しているというのに。君達も、そのうち神に見放されてしまうよ?」

「そんなこと言って、お前だってさっきシドとニコニコ話してたじゃねぇか」


 フィオールがオズマを睨んだ。すると、オズマは鼻で笑って言った。


「俺は魔女に仕える身だよ? 悪魔やなんかは大歓迎さ。君達がシド君を捨てるようなら俺が引き取りたいと思ったまで」


 ぐずぐずと鼻を啜り、カイザの肩に顔を埋めるシド。その小さな手が、ぎゅうとカイザの服を握りしめる。カイザはシドを見つめて頭を撫でた。


「悪いが、シドを手放す気はない。諦めろ」

「あ、そ」


 オズマがふいっとそっぽを向くと、クリストフがシドが座っていた椅子に腰かけた。そして、柱に繋がれたオズマを見下ろす。


「あたしはリノア鉱山のクリストフ。ダンテと同じ、寵愛を受けた一人だ」


 オズマは横目にクリストフを見た。


「ダンテの居場所を教えろ」

「…聖母なんて名ばかりの、とんだ悪党だ。ダンテさんの鍵を奪おうなんて。世も末だね」

「末なことに変わりないが、別に鍵を取ろうってんじゃない。この鍵戦争のことで話がしたいだけだ」

「……」

「言え」

「言わない、と言ったら?」

「お前が革命派であることをバラす」

「だったら俺が死ねばいいだけの話じゃないか」


 意地悪そうに笑うオズマを見て、クリストフは鼻で笑った。


「蜥蜴といい、お前といい……どうしてこう口が固いんだか。仕方ない、フィオール、」


 後ろでシドの怪我を見ていたフィオールが顔を上げた。


「こいつのこと、調べついてないのか」

「あー、ベリオットのオズマか。うーん……あ」


 フィオールは何を思い出したんだか、ニヤニヤしている。腕を掴まれているシドは嫌そうな顔をした。


「眼鏡屋のオズマだろ? お前、不倫してるらしいな」


 オズマの表情が固まった。


「な、なんで、」

「こいつは情報屋なんだよ」


 クリストフも悪そうに笑う。フィオールはオズマに歩み寄り、クリストフの隣で彼を見下ろす。


「さっきまで酒場にいたんだけどな、そこにいた男が浮気のことで嫁に訴えられそうになってた。男の浮気が悪いから言わずにおいたが、その嫁も当てつけと言わんばかりに浮気してるらしい。その相手が、眼鏡屋のオズマだって聞いたんだよ」


 オズマは小さく笑った。


「それがどうしたっていうんだ。そんなことで脅せると思ったら大間違いだよ」

「長年独身で女っ気もない真面目な眼鏡屋が何で不倫なんてしたのか気になってたんだ。でも、やっと話が繋がった」


 オズマの顔から、笑顔が消えた。


「カイザから聞いたが、お前は革命軍の下っ端なんだろ? どうせ、熱心なあまり改革に金注ぎこんで工場が首回らなくなったから、旦那の浮気に傷ついた女を慰めるだのして裁判を起こすよう唆し、勝った金を上手いこと巻き上げる魂胆だったんじゃねぇの?」

「違う! 俺は彼女を愛して……!」


 オズマははっと我に返り、言葉を飲み込んだ。フィオールとクリストフはニヤニヤしている。クリストフはフィオールの肩を抱いて小馬鹿にするような目つきで言った。


「だってよ、フィオール。あたしも言われてみてぇなあ」

「いずれな、いずれ。まず先にこいつのことベリオットどころか国中に言いふらそうか。眼鏡の童貞が調子に乗って不倫した挙句、浮気裁判で泥仕合するつもりだってよ。そんな不祥事が知れ渡ったらこの工房も終わりだな」


 オズマはがっくりと首を項垂れた。敗北を認めたらしい。後ろで一部始終を見ていたカイザとガトーは呆れたように二人を見つめていた。


「浮気って何?」

「知らなくてもいい、そんなこと」


 興味津津なシドの耳をカイザは抑えた。


「…一つ、言っておく」


 オズマは顔を上げ、二人を睨んだ。


「俺は童貞じゃない」

「そんなのどうでもいいんだよ。さっさとダンテの居場所吐け。童貞」


 クリストフはオズマの前にしゃがみ込んでその頬をぺちぺちと叩いた。カイザはシドの教育のためにも、クリストフとフィオールにはあまり近づけさせない方がいいと考えていた。オズマは溜息を洩らし、言った。


「まあ、いいか。教えてあげるよ。ダンテさんは近々リバーカインドに来る。だが、会うことは不可能だ」

「何で」

「あの方は俺に次の任務の指示をしに来るだけだ。それに……」


 オズマは怪しく笑って言った。


「あの方が訪れる地には必ず、嵐が来る。大きな竜巻が起きて、皆家に立て籠るような……そんな嵐だ」


 クリストフは、オズマを睨んだ。


「…わかった」


 クリストフは立ち上がってオズマに背を向けた。


「お前ら交代でこいつを見張れ」

「今更、逃げたりしないよ」

「念のためだ。今晩はガトー、お前だ。カイザとフィオールは宿に戻ってシドの手当て」


 クリストフはそう言うと、颯爽と出口から出て行った。カイザはシドを抱いたまま踵を翻し、言った。


「じゃあ、頼むな。ガトー」

「任せてください」


 笑顔で答えるガトー。部屋からカイザ達も立ち去ろうとする。


「シド君、」


 オズマがシドを呼びとめる。シドが顔をあげ、オズマを見た。カイザもふと振り返った。


「明日から君のアーマーとギバーを作るから、採寸のために工場へ来てくれる?」

「……」


 シドがカイザに意見を求めるような視線を送る。カイザは微笑んで、言った。


「俺も来るよ」

「いいの? オズマに作ってもらっても」

「ああ。あいつは敵じゃない。お互い、まだ信用しきれないところもあるが……ベリオットの職人としてなら信用できる」


 へらへらと笑っていたオズマの表情が固まる。カイザはオズマを見て、言った。


「…是非、いい物を頼む」


 そう言って、カイザ達は部屋を出て行った。去り際にオズマの目に映ったシドは、嬉しそうに……いや、誇らしげに笑っていた。残ったガトーはかろうじて残っているシンクに立ち、何かないか物色し始めた。そんな彼の後ろで、オズマは俯く。


「…君達は、本当に鍵を狙っているわけではないのか」


 ガトーはカップとポッドを手に、言った。


「違いますよ。母は盗まれた品を探すため、ダンテ様に協力を仰ごうとしているだけです」

「…カイザ君は」


 ガトーは振り返り、ニッコリと微笑んだ。


「愛しい人の遺品を、探しているだけです」


 オズマは俯いたまま自嘲するように鼻で笑うと、静かに呟いた。


「彼、面白いよ」

「前は人の話も最後まで聞けない人間不信な一面もありましたよ」


 ガトーはオズマを柱に繋ぐ縄を解いた。


「愛が人を変えるところを、俺は初めて目の当たりにしました」


 オズマが顔をあげると、笑顔のガトーがカップを差し出していた。


「お茶、淹れてもいいですか?」

「どうぞご自由に」


 皹が入った眼鏡を中指でくいっと上げて、小さく笑うオズマ。カップを受け取り、立ち上がった。


「君達には完敗だ。シド君には叩きのめされ、クリストフさんと情報屋の彼には馬鹿にされ、カイザ君には器の違いを見せつけられ……君には茶を淹れられて」


 オズマはよろよろと歩き、椅子に腰かけた。ガトーは水を張った鍋に火をかけている。


「どうせ、縄を解いたのだって君が俺に負けない自信があるからだろ?」


 顔についた血をシャツで拭い、オズマはガトーを見た。


「君達は一体何を探しているんだ」


 ガトーはオズマに背を向けたまま。


「…何って、世界の運命を左右する神の財宝ですよ。見つかっても見つからなくても、結果は変わらないんですけどね」

「…君は」


 オズマの言葉を遮り、ガトーは言った。


「俺は聖母の息子です。それ以外の、何者でもありませんよ」


 吹きすさぶ冷たい風に、ガトーの低い声が流される。それは部屋を一周し、シドが開けた穴から出てゆく。しかし、オズマの鼓膜ではその威圧感と言い知れぬ恐ろしさが響き、離れなかった。

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