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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ベリオット~職人の街~
27/156

26.その身は月下に曝される

 夜も更けた。宿ではガトーが朝食の仕込みを、クリストフがシドの資料を眺めている。ルージュは瓶の中でまるまり、すやすやと眠りについていた。


「…シドの出生は不明、か」


 クリストフは舌打ちをして煙管を手にした。


「随分と彼に熱心ですね」


 ガトーがそう言うと、クリストフは煙を吐き出して窓の外を見た。


「鍵とは関係なさそうだけどな、少し気になって」

「何がです?」

「あいつの目が、赤く見えたんだ」

「…真っ黒だった気がするのですが」

「だよな。でも、この資料にもいつもフードをかぶった赤い目の子供と書いてある」


 トントンと小気味よい包丁の音。僅かな沈黙の後、その音が止んだ。


「…まさか」

「そのまさかかもしれない」


 クリストフは次のページを開いた。


「シドの兄貴っていうのも、きっと同じだろうな」

「…ホワイトジャックのサイですか」

「カイザも面倒なのに懐かれたもんだ」


 クリストフは資料をテーブルに投げだし、溜息をついた。


「神に見放され、悪魔にその身を守られる本当の悪党、か……ガトー、ギールも鍵戦争の関係者だったのかもな」


 ガトーが振り返ると、クリストフは背を向けたまま煙管を咥えていた。


「いや、あいつこそ、ただの鍵集めをここまで複雑にした張本人かもしれない。カイザを誘拐し、後継者に選んで、エドガーを見つけさせた。そして、何も語らずに死んだ」

「語れなかったのでは? ギールさんも、クロムウェル家の動向についてはわからずじまいで」

「…そうだな。考えすぎか」


 クリストフは俯いて、煙を吐き出した。紫煙が部屋の中を細く薄くなりながら流れる。そして、蝋燭の明かりのもと、ふっと舞い上がって空気に溶けた。








「はい、これタオル」

「ありがとう、おじさん」

「おじさんじゃないよ、お兄さんだよ」


 男からタオルを受け取り、笑顔で部屋を出ていくシド。


「悪いな、風呂まで借りて」


 不法侵入に殺人未遂。そんな二人を快くもてなす男に、カイザは申し訳なさそうな顔をした。男はシンクに立ってカップを探し出す。


「気にしないで。俺の方こそ、疑って悪かったね。さ、立ってないで座りな」


 暖炉の明かりが揺らめく部屋の中心に、丸い木製のテーブルがあった。その大きさからして、男は一人暮らしなのだろうか。そんなことを考えながら、カイザは席についた。男は温かい茶が入ったカップをカイザに差し出した。


「ありがとう」

「いえいえ。そういえば君、名前は?」


 男は自分の分の茶を手に、カイザの正面に腰かけた。眼鏡に光が反射し、淡く色づいている。


「カイザ」

「カイザ。最近聞いた名だな。なんだっけ」


 小さく唸りながら思いだそうとしている男を見て、カイザは慌てて話しだした。


「あ、あんたの名前は?」

「俺はオズマ。しがない眼鏡屋だよ」


 オズマと名乗る男は茶を飲んで、はあ、と温かい息を吐いた。


「ブラックメリーの紋章も知っているようだし、革命軍には相当な情報が流れ込んでくるみたいだな」

「全部革命派の情報屋からの提供さ。応援してくれるのは嬉しいけどね、何でも垂れこめばいいと思っているようで。戦争と関係のない話も多くてね。最近だと、あれかな、ノーラクラウン領主惨殺事件とか。あ、そうそう。ブラックメリーのマスターも死んだそうじゃないか。大丈夫?」


 カイザのカップを持つ手が、ぴくりと止まる。


「…ああ、なんとか」

「そういえば、そのマスターを殺した賞金首の名前……」


 オズマはじっとカイザを見つめた。カイザは、カップの底を見つめて動かない。その表情からは何の色も伺えない。ただ、見ている。錯乱、後悔、懺悔……何を言われようともう迷わないと決意した彼の眼にはゆらゆらと暖炉の火が蠢いている。オズマは頬杖をつき、言った。


「君がしたことと、君が今から聞こうとしてること。関係あるの?」


 カイザは視線を上げ、真っ直ぐにオズマを見た。


「ないとも言えない。マスターがきっかけで、俺は今旅をしているんだ」

「そう。で、何が聞きたいのかな」

「革命軍のダンテについてだ」


 オズマは困った顔をして、言った。


「立場上、巷の評判くらいしか教えられないけど。革命軍の英雄さ。勇猛果敢な背の高い屈強な男なんだそうだ」

「男?」

「ああ。彼の凄いところは、魔術を駆使した戦術だ。北の魔女達とも交流があって、そこから支援をうけているらしい。噂じゃ、実は煙の塔に住む伝説の魔女ダンテの夫で妻の名前で武勇を上げているんじゃないか、なんて言われているよ。名前が同じだから」


 男……

 カイザは少し考え込み、口を開いた。


「あんたは会ったことないのか」

「ないねぇ。俺下っ端だから」

「なんとか、ならないのか」

「カイザ君、ダンテさんを探しているの?」


 カイザは再び考え込んでしまった。その間、オズマは茶を飲み干し、カップをシンクへ運ぼうと椅子から立ち上がっていた。


「…噂で言うなら、その、ダンテの妻を探している」

「妻って、伝説の魔女?」


 シンクにカップを置き、驚いた表情で振り返るオズマ。カイザは渋い顔をしている。


「本気なの? 彼女は伝説上の存在だよ? そりゃあ、最近は鍵戦争とかなんとか、伝説の鍵を探し回っている連中もいるようだけど」


 こう言われるだろうと予想していたカイザは、小さく溜息をついた。


「俺は関係ない。とにかく、伝説だろうがなんだろうが俺はそいつを追ってるんだ。噂頼りで情けないが、藁にもすがる思いなんだ。そのダンテという男が何処にいるのか、教えてくれ」


 オズマは席に戻り、鼻から大きく息を吐きだすと、細い中指で眼鏡をくいっと上げた。


「…本当に、関係ないの?」

「……」

「君も、鍵戦争の参加者なんだね」


 黙り込むカイザに、オズマは微笑んだ。


「だったらなおさら、教えられないなぁ」


 カイザの表情が固まった。微笑むオズマと見つめ合う。すると、扉が開いた。


「あがったー。血とれてる?」


 ほかほかと湯気を立ち上らせながら、シドがやってきた。その瞬間、オズマは包丁でカイザに斬りかかった。仰け反って避けるカイザ。包丁の切っ先が、カイザの鼻先をかすめて靡くブロンドの髪を数本切り落とす。カイザはテーブルを掴んでオズマに向かってひっくり返し、倒れる椅子と共にそのまま後転して距離を取った。床に落ちて割れるカップ。きょとんとして立ち尽くすシドの隣で、カイザはゆっくりと立ち上がる。


「…お前も、鍵を狙っているのか」


 カイザが聞くと、オズマは後ろポケットからペンチを取り出し、言った。


「手に入れられたら楽しいだろうねぇ。でも、俺はそんな物には興味ないよ」

「だったら、なんで」

「君は鍵を奪う側の人間。だったら俺は……」


 オズマは、怪しく笑う。


「鍵を守る側の人間さ」


 掴んだ。ダンテへの手掛かり。直接的な、近道。


「カイザ、」


 立ち尽くしているカイザに、シドが話しかけた。シドは、カイザの前に立ち塞がり、剣を抜いた。


「よかったね。こいつを生け捕れば、カイザが探している物に近づくんでしょ」

「シド……」

「僕が相手する。クリストフ達を呼んで来て」

「待て、俺が」

「呼んで来て」


 シドはカイザに剣を向けて、鋭く睨んだ。


「雑魚には手下を当てるのが、ゲームのセオリーだよ。それに……」


 シドはその鋭い目をふにゃっと細くしてオズマを見た。


「カイザに武器を向けたこと、後悔させたいんだ」

「…殺すなよ」

「わかってるよ」


 カイザは羽織を手に、シドを心配そうに見つめながら部屋から出てった。オズマは眉を顰めてシドを見ている。


「シド……小さな死神か。死刑になったと聞いたが?」

「生憎、転職したんだ」

「増援なんて無駄だよ」

「僕が負ければね。どうせ僕らを殺してここからずらかろうって腹だったんでしょ?」

「俺も忙しいからね」


 オズマはテーブルを蹴り飛ばしてシドに歩み寄った。シドは構えもせずにただ立っている。オズマは包丁を構えて、シドに突っ込んでいった。大きな音を立てて破壊される扉。木屑が飛び散り、ガラガラと天井の壁が崩れる。オズマがゆっくりと振り返ると、暖炉の光を背負ってシドが立っていた。逆光でよく見えないが、彼の口元は軽く緩んで見える。


「おじさんもなかなか腕が立つようだし、たぶん、僕やカイザより強いんじゃないかな」

「二人とも俺から見れば子供だからね」


 オズマはそう言って数本のペンチをシドに投げつけた。シドは右下を俯き、かわす。ペンチは暖炉に当たって煉瓦に食い込んだ。


「…でも、僕が子供だなんて思わない方がいいよ。そんな可愛いものじゃないから」


 ゆっくりと顔をあげ、ニッコリと微笑むシド。すると、暖炉の火がふいに消えた。驚いたオズマはその場に立ち止まり、包丁を構えた。


「子供じゃない僕なら、勝てるよね?」 


 暗闇で響くシドの声は、どこか深みが増して聞こえる。そして、罅が入るような音がしたかと思うと、暖炉が崩れ、冷たい風と月明かりが部屋に差し込んできた。


「…子供でも、死神でもなかったか」


 黒い片翼の翼、鋭く伸びた爪。


「久しぶりだよ、この姿になったのは。それ程おじさんを強いと認めたってことだから、僕に負けても誇りに思っていいよ?」


 真っ暗なフードの下で、少年は瞼を開いた。赤い瞳が、オズマを捕える。


「おじさんじゃなくて、お兄さんだよ」


 包丁を構え、距離を取りながらオズマそう言うと、少年は笑った。その口元で艶めく白い牙をぬって漏れる黒い吐息。それらは空気中に揺らめき、部屋を満たす。


「殺さないように、気をつけなきゃ……」


 その瞬間、黒い風が部屋を吹き荒れ、壁に開いた穴から漏れ出した。月だけが浮かぶ暗い夜空を、更に黒い、漆黒の風が吹き抜ける。それらは踊るように駆け抜けて、夜空に溶けた。







 

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