20.刺客は敵を同士と呼ぶ
フィオールは最上階に降り立ち、辺りをキョロキョロと見渡した。すると、その階には扉は一つしかない。そこだ。フィオールは扉へ駆け寄り、手のひらを扉につけた。
「燃えろ」
手のひらから火が走り、扉を燃やしてゆく。パラパラと灰になって崩れてゆく扉の向こうには……
「フィオール、入ってくるなよ。出られなくなるぞ」
豪華な料理を目の前にしてふんぞり返るクリストフがいた。
「おいてめぇ! 人が必死こいてここまで来たってのに何くつろいでんだ!」
「あ!」
怒り心頭のフィオールが部屋に足を踏み入れると、クリストフが声を荒げた。フィオールは驚いてその足を止めた。
「お前! 入ってくるなって言ったのに……」
クリストフは頭を抱えて項垂れた。サラはもくもくと料理を食べている。
「……」
事を察したのか、フィオールは振り返って部屋から出ようとした。が、もう遅い。
「…出れねぇぇぇぇ!」
激しく見えない壁を叩くフィオール。
「だから言っただろうが! 馬鹿か?! お前は馬鹿なのか?!」
クリストフはテーブルを叩いた。サラがびくっとして食べる手を止めた。フィオールは肩を落として苦笑いしながらテーブルに歩み寄った。
「ご、ごめんな。留守番放棄した上、こんなことに」
この時、彼は決意していた。クリストフに半殺しにされることを。しかし、少女はぷいっとそっぽを向いて、言った。
「…やってしまったものは、仕方ないだろ」
「クリストフ、お前……」
フィオールは少女の肩を掴んで自分の方を向かせた。突然のことに頬を赤らめて驚く少女。
「なっ……!」
「…この料理の毒に当てられたのか?そんな、鬼のクリストフが仏のような言葉を」
結局、フィオールは殴られた。
「それは、ニアの指輪! どうしてあなたが!」
床で伸びているフィオールに蜥蜴は聞いた。その声に驚いて我に返るフィオール。
「男?!」
「これだ、これ」
椅子に座ったクリストフが瓶を掲げて見せた。フィオールは殴られた頭を撫でながら立ち上がり、瓶を手に取る。
「始めまして」
「喋ってる……」
フィオールは目を丸くして瓶を見つめた。
「その指輪、我が妻の物です。どうしてあなたが?」
「これは、出発の前にニアがくれたんだ。ついでに俺に火の魔法も教えてくれて……」
「そうでしたか。それはよかった。どうにか出られそうですよ、クリストフ様」
蜥蜴がそう言うと、クリストフはワイングラスをテーブルに置いて蜥蜴を見た。
「本当か」
「ええ。彼に私が解除魔法を教えます」
「フィオールじゃないと駄目なのか?」
「はい。残念ながら、クリストフ様とカイザ様には魔力を感じられませんでしたので。指輪をした彼なら、なんとか」
蜥蜴はフィオールに向き直り、言った。
「では、いきますよ」
「あ、ああ」
フィオールは緊張気味に頷いた。
「では、まずあの窓に手をつけてください」
フィオールは指示通りに窓へと向かい、そこに手を当てた。
「そして、火の魔法を使う時と同様に精神を集中させ、丹田に溜まった魔力をその手に集めてください」
大きく息を吐き、フィオールは閉じた目を開いた。
「最後に、硝子に杭を刺して割るイメージをして、呪文を」
蜥蜴が呪文を言おうとした、その時だ。窓ガラスが割れて、室内に破片が飛び散った。フィオールは咄嗟に瓶を庇い、クリストフとサラは立ち上がった。
「…こいつ、」
フィオールが顔をあげると、目の前には一人の男がいた。上から片手で何かにぶら下がり、窓の枠に足を掛け、中を見ている。その顔には、おぞましい怪物の仮面。
「烏天狗……?」
クリストフが呟いた。男のマントが風に舞いあげられた。靡く袴に、腰に携えられた刀剣。そして、その背中には……
「…カイザ!」
フィオールとクリストフが振り返ると、そこには傷だらけの少年が肩で息をして立っていた。その表情は、仮面に優るとも劣らぬ形相だ。
「彼は僕のだ……返せ!」
二人は少年の言葉に再び男を見た。その背中には、ぐったりとしたカイザの姿があった。
「カイザ!」
フィオールが彼を救うべく解除魔法を施そうとした時、シドは部屋に飛び込んで窓に向かってきた。しかし、見えない壁に阻まれてその場に倒れ込んでしまう。
「シド!」
「シド? こいつが?! なんで…!」
シドを抱きかかえるフィオールにクリストフは混乱気味だ。そこで、男は動き出した。あいた手を見えない壁に向け、小さく何かを呟く。すると、硝子が割れるような音が響き、キラキラと破片が散らばった。それはとても薄く、触れない。散ったかと思うと、空気の中に消えていった。
「解除魔法……」
蜥蜴が言うと、フィオールは暴れるシドを抱いて後ずさりした。
「何者だ、お前」
クリストフが窓からゆっくりと室内へ入ってくる男を睨んだ。男は背負っていたカイザを壁に寄りかからせて、クリストフを見た。サラは怯えながらクリストフに抱きつく。
「……」
何も答えずに刀剣を抜く男。クリストフは言った。
「それ、東の国の戦士が使ってる刀ってやつだろ。それに、そのなり。ヤヒコの家の人間だな」
「……」
「何をしに来た。烏天狗の面なんかしてこんなところまで」
「……」
「答えろ!」
男は無言でクリストフに歩み寄る。クリストフはサラを庇うように立って男を睨む。
「寄るな」
フィオールがクリストフの前に立った。男は立ち止まり、じっとフィオールを見つめる。その背後では、シドがカイザに駆け寄ろうとしていた。男はそれに気付いて脇差を投げた。シドはそれをするりと避けると、カイザの腕を掴んだ。男は踵を翻してシドに向かってゆく。シドはカイザを動かそうとするが、痩せた少年の力ではびくともしない。少年は意を決して投げられた脇差を手にした。
「お前の相手は俺だ!」
フィオールが後ろから殴りかかった。男は軽い足取りでそれを避けて流れるように切り上げた。フィオールはアーマーで刀を受けたが、鉄をも切り裂く刀だ。防ぎきれず、その腕に切り傷を負ってしまった。フィオールはよろめきながら、口から炎を吹き出した。すると、男は後方に避けながら仮面を少しずり上げて、フィオール同様に火を吹き出した。互いの炎は部屋の中心でぶつかり合い、激しく燃え上がって消えた。
「…こいつも、火の魔法を」
「あの男の小指、見えますか」
蜥蜴に言われてフィオールは仮面の位置を直す男の手を見た。そこには、フィオールと同じ金の指輪があった。
「…どういうことだ」
「わかりません。しかし、あれは確かに火の妖精と契約した者の指輪です」
「契約?」
「ええ。業輪のようなものです。あれがあれば火の魔法が使えます。しかし、炎の指輪は父がダンテ様に、私がニアに与えた2つしかこの世に存在しません。もしかすると、あの指輪は……」
最悪の状況がクリストフとフィオールの頭を過る。男の小指で光る指輪は、ダンテのものかもしれない。すると、彼女は男の手に掛けられている可能性がある。そうなると瓶の封印を解いてもらうどころか、業輪探しの協力を仰ぐことすらできなくなる。
「お前、本当に何者なんだ。ヤヒコの差し金か?」
「イトサマは関係ない」
仮面の下から籠った低い声が響いた。
「イトサマ、ねぇ。ヤヒコはイトサマになったのか。それも予言通りだな」
見下すように笑うクリストフを、じっと見つめる男。
「クリストフ、どういうことだ」
「後で説明する。とにかく今はここから出るぞ。瓶と娘は任せた」
クリストフはそう言うと、背後に隠れていたサラを引っぺがしてフィオールに押し付けた。そして、拳を大きく振り上げた。
「まさか……」
「そのまさかでしょうね」
顔を引き攣らせるフィオールと諦めたような声を出す蜥蜴。クリストフは、その剛腕を赤い絨毯に向かって振り下ろした。
「やっぱり!」
「崩れます! サラ!」
石の壁に罅が入り、床は絨毯や家具諸共落ちてゆく。ガラガラと天井からも瓦礫が落ちてきた。フィオールは瓶を抱きしめるサラを小脇に抱えて外に向かって火の橋をかけた。落ちてくる瓦礫を擦りぬけて石埃の中なんとか脱出したフィオール。近くの森に身を隠し、崩れる塔を見ていた。
男はカイザのもとへと走っていた。崩れる床を高下駄で渡り、今にも落下しそうなカイザに手を伸ばす。
「触るな」
カイザの近くで宙ぶらりんになっていたシドが男の手を脇差で傷つけた。男は怯むどころか、シドがぶら下がっている手に刀を突き刺した。シドはぐっと息を飲んで痛みに耐えようとしたが、刀を抜かれるのと同時にその手を放してしまった。睨みつけながら落ちてゆくシドを見届け、男はカイザに手を伸ばした。しかし、その手は突如止まった。何故なら、カイザが血を吐き出しながら男を鋭く睨んでいたのだ。
「……」
二人が立っていた床も崩れ、ふわりとその身が空に放たれた。男はカイザに手を伸ばしたが、届かない。男は魔法を使おうと左手に炎を作り上げる。が、
「残念、死ね」
男の目の前には、シドとカイザを抱えて笑うクリストフがいた。少女は軽やかに落ちてくる瓦礫を足場に上へと昇り、天井であったであろう大きな石の上に飛び出した。そして、それを下に向かって蹴り飛ばした。
フィオールが見ていると、塔は不自然に潰れるようにして崩れ去った。隕石が墜ちたかのような強い突風が吹き荒れ、外壁までもが崩れてゆく。木陰に隠れてサラと瓶を守るフィオール。サラは小さくなって瓶を抱きしめていた。
風がおさまり、フィオールはおそるおそる塔を見た。そこは、石屑が積み重なる荒れ地と化していた。その荒れ地に立つ、一人の少女。
「…クリストフ!」
フィオールはサラの手を引いて駆け寄った。クリストフもフィオールに気付いて笑顔で歩み寄る。
「カイザ! シドも無事か!」
「当たり前だろ」
「あの男は?」
「これで生きてたら褒めてやるよ」
瓦礫の山を見てクリストフは言った。フィオールも、辺りを見渡してみる。
「…よくも、よくも私の塔を!」
二人が振り返ると、兵士を引き連れた領主がいた。
「誰だ、あいつ」
「領主様だと」
クリストフが鼻で笑って言った。
「さあ、約束どおりその顔を泣き顔になるまで殴ってやるよ」
「その必要はない。約束は生者同士でのみ成立するものだ。これから死ぬお前との約束など、破綻だ」
領主が杖を振り上げた。
「…また魔法かよ」
クリストフが舌打ちをして後ずさる。
「もう目的は果たした。引こう」
「ああ」
フィオールに言われて渋々頷くクリストフ。二人は森に向かって走り出した。
「逃がさん!」
領主が杖をつくと、瓦礫が浮いて二人めがけて飛んできた。二人はチョロチョロと逃げまどいながらも森へと向かう。国王はぶつぶつと呪文を唱えて杖をついた。
「…いてっ!」
「フィオール?!」
クリストフが振り返ると、額を抑えて尻もちをつくフィオールがいた。
「どうした!」
「か、壁が……」
「壁?!」
クリストフが駆け寄り、フィオールの前を蹴りあげると、そこには最上階の一室と同じ見えない壁ができていた。
「くそっ!」
クリストフが壁を蹴るが、やはりびくともしない。フィオールは閉じ込められ、二人は壁で隔たれてしまった。
「一人逃がしたか。しかし、サラと蜥蜴を捕える事ができただけいいとしよう」
ぞろぞろと兵士を引き連れて領主が笑いながらフィオールに歩み寄る。
「お前達が何故ここに来たのかは予想がつく。ニアに頼まれたのだろう? あの娘はどこにいる」
「…教えたところでどうにもなるまい」
クリストフが領主を睨んで言った。サラを抱きしめ、フィオールも立ち上がった。
「なるさ。妖精の門を開かせるために、その蜥蜴を生かしてあるんだからな」
「…腐ってるな、お前」
領主は壁の向こうのクリストフを放ってフィオールを見た。
「その方、火の魔法が使えるそうだな」
「……」
「私に使えれば此度のことは不問に処す。」
フィオールはサラを抱き寄せ、領主を睨んだ。
「どうだ? 私がさらなる魔法を伝授しよう」
「…うるせぇ。」
領主がフィオールに手を差し出すと、フィオールは口から火を噴き出した。領主は驚いてよろめくと兵士が国王を庇って前に出てきた。そして、剣を抜いた。
「貴様! 領主様に逆らうか!」
「別に俺の国じゃねぇからなあ、ここは。そんな奴がどうなろうと知らねぇよ」
フィオールのつり上がった口の端から残り火が尾を引く。
「いいぞフィオール! 全員消し炭にしてさっさと出ろ!」
クリストフに煽られ、フィオールは前方に向けて激しく火を吹いて見せた。火は瓦礫の下の家具や死体に燃え移り、メラメラと威力を増してゆく。領主は退散しようとする兵士の手を振り払い、叫んだ。
「やれ! あの男を! サラと蜥蜴を取り戻せ!」
兵士達は顔を見合わせる。領主よりも強力な魔法を使う男が相手では、闘う気すら起きない。しかし、領主は声を荒げて杖を振りまわした。
「やれと言っている! 私の命令が聞けぬのなら……!」
「私が、殺してやろう」
低く籠った声。領主の背中に戦慄が走る。その瞬間、瓦礫と共に周りにいた兵士が空に舞い上がった。驚いたフィオールは口に含んでいた火を飲みこんでしまった。
「な、なんだ?!」
「…あいつ!」
クリストフの目には映っていた。火の海を刀一本で舞う、烏天狗の姿が。悲鳴と恐怖が渦巻く壁の中で、領主は立ちつくいていた。一人、また一人と血を噴き出し、空中へと投げ出される兵士。姿の見えない、敵。ついに、その場に立っているのは領主ただ一人になった。がたがたと震えて辺りを見渡すが、サラを抱くフィオールと壁の向こうのクリストフ以外、誰もいない。
「…な、何者」
「最後だ」
背後からの声。振り返った領主の目に、烏天狗の面が映った。かと思うと、視界がぐるりと一回転した。そのまま、鈍い音がしたかと思うと視界は地を這い、暗くなった。
首が落ちてそのまま崩れる領主の身体。それをじっと見つめる仮面の男。フィオールとクリストフは息を飲んでそれを見ていた。男が二人を見る。サラを抱きしめるフィオールの手に、力が入った。
「…その男と女をよこせ」
「誰のことだ? わからないな」
クリストフは冷や汗を流しながらも笑った。
「お前と、その脇に抱えているブロンドの男だ。運命の至る場所へ誘う鍵」
「何なんだよ! お前は!」
フィオールが叫ぶと、男は刀をフィオールに向けて言った。
「お前こそ、何者だ?」
「俺? 俺は、西の情報屋だ」
男はフィオールを少しの間じっと見つめて、言った。
「…お前に用はない。しかし、死にゆく同士に敬意を払い、この名を明かす」
「同士?」
男は左手の甲をフィオールに向けた。輝く金の指輪が同士である証だと言いたいようだ。
「蘭丸、と申す。名も聞かずに切り捨てること、勘忍願いたい」
そう言うと、蘭丸と名乗る男はフィオールの懐に飛び込んできた。
「逃げろ!」
クリストフが叫ぶが、そんな余裕はない。かといって蘭丸の刀はアーマーでは防げない。フィオールは苦し紛れに蜥蜴が入った瓶をサラから取り上げ、それで刀を受けた。すると、瓶は見事にその太刀筋を捕えて見せた。驚いて身を引く蘭丸の左頬に、フィオールはカウンターで渾身の拳を浴びせた。蘭丸は吹っ飛び、瓦礫の中に倒れ込んだ。
「よくやった! 今のうちに……!」
クリストフが出るように急かすが、フィオールは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。心配そうにおろおろするサラ。
「どうしたんだ、フィオール!」
「あ、頭が……」
すると、蘭丸の仮面の下から呻き声が聞こえてきた。彼もまた頭を抑えている。フィオールに殴られた左頬ではなく、頭。
「…何を、した」
蘭丸が苦しそうに聞くが、フィオールは答えられる状況ではない。蘭丸はよろよろと立ちあがった。
「……」
そして、フィオールを少し見つめて瓦礫の向こうへ消えて行った。
「フィオール、フィオール?!」
「…クリストフ……」
フィオールがゆっくりと倒れ込む。それと同時に、目の前の壁が音を立てて割れた。キラキラと空で光る破片。硝子のぶつかる音が小さく響く。クリストフはシドとカイザを横たわらせてフィオールに駆け寄った。
「しっかりしろ……フィオール!」
小さな光がぶつかり合い、空気に消えてゆく瓦礫の上。少女の悲痛な叫び声だけが聞こえていた。虫の息の3人の男と一匹の蜥蜴。そして、唯一その足で動くことができる少女が二人。
「勝ったんだぞ……あたし達は! おい! 起きろよ!」
少女の涙がフィオールの頬に落ちる。それでも彼は目覚めない。魔法のようなことは、起きない。




