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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ノーラクラウン~妖精の里~
19/156

18.何にも囚われてはならない

 人が沢山行き交う橋の上で、カイザは口をあんぐり開けて川の向こうを見つめていた。


「大きい」

「そうね、国一番の橋だから」


 驚いているカイザを見てミハエルは微笑んだ。カイザは振り返って橋の上を見渡す。


「出店もあるし、大道芸人までいる……祭でもあるのか?」

「いいえ、ここはいつもそうなのよ」

「いつもって、毎日?」

「…ええ」


 こんなお祭騒ぎを毎日しているというのに、ミハエルの笑顔は少し、悲しそうだった。カイザはそれが気になったが、ミハエルが何かに気付いたようにカイザの肩を抱いて向こうを指差した。


「ほら、アレ。見たことある?」


 ミハエルが指差したのは、とある出店。ノース名物の菓子を売っているようだ。


「ない」

「食べてみない?」

「うん!」


 喜ぶカイザを見て、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「よかった。好きなんだけど一人だとなかなか買う気になれなくて」

「食べたかったら俺のこと呼んでよ」

「そうね」


 いつもの憂いを秘めた笑みとは違う照れ笑いをする彼女。カイザは、ミハエルには不思議な雰囲気だけではなく、こういった女らしい一面もあるのだと気付く。


「甘い物好きなのか?」

「たまに食べると美味しいのよ」

「俺は甘いのもいいけど辛い物も好き」

「あら、大人ね」


 他愛ない会話をしながら、二人は店に向かって人混みを抜けてゆく。お祭騒ぎの、橋の上。






ーーーーーーーーーーーーーーー







 そこは塔のちょうど中間程にある牢の中。狭いところに手枷をかけられた男が十数人集められていた。


「入れ」


 兵士にそう言われてカイザは大人しく中に入った。兵士はそれを確認して牢を閉め、鍵をかけると、おそらくすぐ上の階にあるであろう看守室へと戻って行った。


「捕まったのか、兄さん。何したんだ?」


 顎鬚を蓄えた汚らしい男がカイザに話しかけた。カイザは男を見下ろし、溜息をついて男の前に胡座をかいた。


「窃盗」

「窃盗?! それでここにぶち込まれたのか。そりゃあ随分な大物を狙ったもんだ」

「そうなのか? お前は何をしたんだ」


 男は思い出し笑いをした。


「殺人だよ。あっちの男はマフィアの幹部、向こうの男は手足を切ったり繋いだりした女を見世物小屋でこき使ってた」

「それはまた……」


 カイザは牢を見渡して苦笑いした。


「で、この塔はどういった仕組みなんだ」

「ここか? 最上階の連中のために死ぬまで奴隷のように働く、死刑囚と重罪人が押し込められる塔さ」

「最上階の連中?」

「ああ。ずっと上に住んでいる、この塔を仕切る看守長やその部下共。他には、国王がかこってる愛人も住んでるって噂だけどな」


 カイザは少し考え、言った。


「そいつらは普段何をしている」

「看守は下層の作業場で監視をしたり、牢の見回りをしたり……飯を持ってきたり」


 男が頭を掻くと、そこからプーンと虫が出てきた。カイザはそれを見て身震いした。


「で、その見回りや飯は何時頃だ?」

「見回りは仕事の交代の時くらいで、飯は一日に二度。さっき兵士が来たから、次の飯まではゆっくりできる」

「そうか」


 カイザは立ち上がって牢の格子に歩み寄った。そして、キョロキョロと外を見渡す。この塔、看守室のある階から下が二重螺旋構造になっていた。内側の階段は看守室と最上階へ続いているが、外側の階段は看守室の一つ下の階までしか行けない監獄になっていたのだ。こんな窓一つなく、表に門まで構えた閉鎖空間だ、そんなしょっちゅう見張りをする必要もないらしい。見渡しても誰もいない。

 男が不思議そうにカイザを見ていると、カイザの手枷がガチャリと外れて床に落ちた。男は驚いて、言葉を吃らせた。


「おっ、お前……!」

「すまないが、俺は忙しい」


 カイザはブーツに隠していた開錠の道具を取り出し、牢の鍵穴に差し込む。同じ牢に入っている囚人達が、手枷を外して鍵まで開けようとするカイザに気付いて集まってきた。


「俺のも外してくれ!」

「俺も!」


 カイザは振り返って囚人達を睨んだ。


「…俺達は世間に出るべきじゃないクズだ。諦めてここで一生過ごしてくれ」

「だったらここにいろ! 何一人で自由になろうとしてんだ!」


 さっきまでいろいろ教えてくれていた男がカイザに掴みかかる。カイザはその手を払って、言った。


「ここから出して利用することもできるが……面倒なんだよ、もう。お前らみたいなのと付き合うのは」

「お前……」

「こいつの腕章、ブラックメリーの!」

「ギールの盗賊!」


 囚人の一人が叫ぶと、牢の中はざわついた。カイザは俯いて、小さく笑う。


「さすがマスター、こんな僻地にまで名が届いてやがる」


 男は黙って膝まづき、カイザに言った。


「頼む、出してくれ。出してくれたらお前の子分になる。なんでもする。頼む!」

「無理だ。俺はもう、ブラックメリーの盗賊じゃない」


 カイザは男に背を向けて再び作業を始めた。しかし、男は食い下がる。


「頼む! これは何かの縁だ! 俺は、ギールさんに命を救ってもらったことがある!」

「…マスターに?」


 カイザの手が、ピタリと止まった。


「昔、ウェゴーの街で……その、追われてたんだ。他の盗賊団に。その時、助けられて」


 男は肩を震わせて俯いた。


「もう足を洗えと言われた。捕まるようなことをしなくても生きていける奴が簡単に盗賊を相手にするなと、それよりなら全うに生きろと言ってくれたのに、俺は……」


 男は泣いていた。


「頼む! ギールさんにこの首を差し出せるなら、もう一度外に出たいんだ! だから……!」

「…マスターはもういない」


 カイザが言うと、男は顔を上げた。


「俺が殺した」

「…何で、それなのにアーマーを……」

「…俺が、マスターから後継者の証を受け取ったからだ。殺したのは俺だが、俺はマスターの意志を受け継ぐことにした。それだけだ」


 そう言うと、ガチャリと牢の鍵が開いた。


「扉は開けておく。だが、手枷は外さない。それでもよければここから出るなり好きにしろ。だが、」


 カイザは、囚人達を睨んだ。


「お前らの顔は覚えたからな。間抜けにも捕まってるところをせっかく自由にしてやったのに、また追われるような罪を犯しているようなら……俺がお前らを殺す」


 囚人達は黙り込んだまま、立ち尽くす。


「マスターがよく言っていた。悪さして捕まってるような奴は死んだ方がいいと神に判断されたクズ。捕まらずに生きながらえる奴こそ、神に見放されて悪魔にその身を守られている本当の悪党だってな。わかるか? この意味」


 囚人達は物言いたげな顔をしつつも、黙り込む。


「…こんなところにいる本当の悪党でもないお前らは、善良に生きるか、クズらしくとっ捕まって死ぬかのどちらかしかないんだよ」


 カイザの言葉に、囚人達の表情は険しくなってゆく。しかし、カイザは続けた。


「ここから出してやるんだ。神に代わって俺がお前らの命の価値を見定めるくらい、いいだろ?」

「自分も捕まったくせに、偉そうなこと言うな!」


 囚人の一人が叫ぶと、カイザは鼻で笑った。


「俺は自分で出られるからな。捕まっても生き残れるんだ。こんな塔の中で死ぬまでひーこら働く予定だったお前らと一緒にするな。」


 カイザは囚人達に背を向けて牢を出た。


「待ってくれ!」


 振り返ると、男がカイザを見つめていた。


「…わかった。ギールさんがいないんだ、あんたにこの首を捧げる」

「いらない、そんな髭だらけの汚い首。死んだ方がいいと判断したら殺しに行くから、それまでは好きに生きればいい」

「あんた、名前は!」

「…カイザ」


 牢から出ているカイザを見て騒がしくなる通路。そこを堂々と歩いてゆくカイザの背中を、男はじっと見つめていた。


「…お前ら、どうする?」

「外に出てもギールの後継者が目を光らせてるんだろ? 嫌だよ、俺……ここを出たらまた組織に連れ戻されるだけだ」

「俺もだ……」


 鍵が開いた牢の中で、囚人達がざわざわと話し出した。そんな中、カイザに言い寄っていた囚人の群から外れて一人隅で座り込んでいた少年が立ち上がった。


「行くんでしょ?バッテンライさん」


 少年は、カイザに首を捧げると叫んでいた男に話しかけた。バッテンライと呼ばれた男は、少年を見て少し驚き、困ったように笑った。


「…そうか、お前もこの牢だったな」

「僕も行く。あの人に凄く興味が湧いた」

「カイザはお前に興味はないと思うぞ」

「いいよ。恋も両想いより片想いの方が楽しい。追われるより、追いかけたい」


 少年は深くかぶったフードの下で、ニヤリと笑った。


「…カイザに一番最初に殺されるのはお前じゃないかと俺は思うぞ、シド」


 バッテンライは溜息混じりに言った。シドと呼ばれた少年は、ニコニコと笑うばかり。







 カイザは階段を上がり、看守室がある階へ続く扉の前で止まった。慎重に鍵を見て、仕掛けがないかを確かめる。確かめたところで魔法の知識もないが……引っかかるよりはマシだ。鍵穴の仕組みと扉に繋がりがあることを確認して、そっと、道具をその穴に差し込んだ。








 テーブルに並んだ豪華な料理、積み上げられた衣服や宝石。クリストフはそれらをじーっと怪訝な目で眺めていた。


「なんだかなあ、変な感じだ」


 クリストフがそう言うと、料理にがっついていたサラは食事する手を止めて少女を見た。どうしたの? とでもいう風だ。


「領主は大層あなたが気に入ったようです。サラと同じようにここに住まわせるつもりなのでしょう」


 サラの近くに置かれた瓶の中で、蜥蜴が言った。クリストフは嫌そうな顔をしてフォークを手に取る。


「さっきの魔導士が領主か……まだ若いようだし、女が好きで当たり前か」

「しかし、領主がここにサラとニア以外の人間を入れたのは初めてですよ」

「…実の娘とその娘をここに住まわせるのは何故だ?」

「……」


 クリストフが聞くと、蜥蜴は黙り込んでしまう。何も話さなければただの赤い蜥蜴になりきってしまう。その様子が、逃げられたようで少し腹立たしいクリストフ。少女はフォークを大きな鳥の丸焼きに勢いよく刺して蜥蜴を睨んだ。


「おい、なんとか言ったら……」


 その時だった。轟音がしたかと思うと階が少し揺れて、何やら下が騒がしくなった。サラは気にせず食事を続けていたが、蜥蜴は扉の方を見ている。クリストフも、席から立って扉に耳を当てがった。


「……」


 …イザ!


「…?」


 …ストフ!


 少女は強く耳を扉に押し付ける。


「カイザ! クリストフ! 何処だ!」


 聞こえた。その声は紛れもなく……


「フィオール! なんでここに!?」


 驚くカイザの声も聞こえてきた。別室に囚われた彼も無事に脱出していたようだ。クリストフは呆然として、もといた席に戻り、震える手で煙管を手にした。


「如何なさいました」


 蜥蜴の問いかけに、クリストフは小さく笑う。


「いや、カイザは放っておいても出てくるとわかっていた。でも……あいつが来るなんて」


 俯きながら笑うクリストフ。


「何でだろうな。言うことも聞かずにここへ来たことを叱りたいのに……嬉しいんだ」

「気丈に見えて、やはりあなたも女性ですね」

「うるさい」


 クリストフはキッと顔を上げて蜥蜴を睨んだ。少女の鋭い視線に慌てたのか、瓶の中でチョロチョロと動き回る蜥蜴。そんな蜥蜴を笑いながら、クリストフは煙を吸い上げる。囚われの身でありながらも喜びが溢れかえる、その胸に。







 




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