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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆パリス~破綻と集結~
150/156

149.世界の正体は狙われる

 人っ子一人見当たらない、焼けた町を歩くレオン。パリスの人々はレオンとマルクスの指示に従い、町の教会へと避難していた。レオンは他に逃げ遅れた者がいないか、見回りに来ていたのだ。



ーーレオン様! お戻りになられたのですね!ーー


ーー終末がくるのですね! パリスの預言が、日の目を見る時が!ーー


ーー迫害が救われる! 我々の信仰が世界を救うのだ!ーー



 レオンは、赤い月が昇る空を見上げた。深すぎる信仰心が、伝説の意図を歪め出している。いや、迫害されてきた歴史が民の信仰に歪みを与えた。

 神を崇め、精霊の声を聞き、世界の始まりと終わりを見通す聖なる民。気付けばそれは、終末に恋い焦がれる哀れな民へと変貌していた。

 乾いた焦げ臭い風が吹き抜けて、レオンは振り返る。人だ。暗がりにふらり、ふらりと、今にも倒れそうな人の姿。レオンが駆け出すと、人影はぴたりと動きを止めた。そして、影の手元には細長い刀身が姿を現す。レオンは足を止め、剣を抜く。暗くて姿はよく見えないが、武器を持つそれは大きく肩で息をしている。手負いのようだが……敵か、味方か。


「……誰だ」


 威嚇するような低い声は、聞き覚えがあった。


「敵か味方か……わからねぇ。ぶった斬るしかねぇ」

「……館石、和か」


 レオンの問に、男は武器を下ろした。レオンは止まっていた足を踏み出し、傷だらけの顔を安堵で緩める和に駆け寄った。


「なんだ……レオンのおっさんか」


 和はへらっと笑うと、前へと倒れ込んだ。レオンは和を正面から受け止めた。


「何故ここに……西部前線に回っていたはずては」

「やられた」


 和はレオンの肩を掴み、言った。


「烏天狗の面をした……東の同朋に」



ーー……カイザ、業輪は滅しなければならないーー



 カイザと対峙していた仮面の男。その男が、和を……


「クリストフ様は、クリストフ様達無事なのか」

「無事だ、今は私の屋敷にいる」

「そっか……なら、いいや」


 和は苦しげに笑いながらレオンの肩から手を離して、歩き出そうとした。レオンは和の腕を掴み、引き止める。


「そんな身体でどこへ行く。早く私の屋敷へ、」

「あいつは今弱ってる……そう遠くへは行っていないはず。まだ、追いつける!」

「弱っているのはお前も一緒だろう」

「あいつは、俺を知っていた!」


 和はレオンの手を振り払い、よろめきながらもきつく目を尖らせる。肩で荒く息をしながら、和は口を開いた。


「俺も……あいつを知ってる」

「……」

「……ような気がする。あの男の正体が、世界の正体だ」


 レオンには、和が何を言っているのか理解できない。あの仮面の男が世界の正体とは、どういうことなのか。


「クリストフ様達を、頼む」

「待て!」


 和が背を向けると、その姿はふと闇に溶けた。


「和!」


 レオンが叫ぶが、吹き抜ける風音だけが虚しく呼応するばかり。

 レオンは必死にパリス周辺を見て回ったが、やはり和は見つからない。和は、世界の正体を追って去って行った。

 夜が開ける。白っぽく空が明るみに浮かび、世界は焼け付いた痛ましい姿を露わにする。









 レオンが屋敷に戻ると、薄暗い応接室に皆が揃っていた。振り返りもせず黙って煙草を吸うカイザ、額を抑えて俯くクリストフ、そんなクリストフの膝に頭を埋めて眠るダンテ。カイザとクリストフは一睡もしていないのだろうか。レオンは二人に歩み寄り、カイザの隣に腰掛けた。


「……レオン、帰ってたのか」


 カイザが少し驚いた顔をして煙草をねじ消した。レオンが入室していたことにも全く気付いていなかったらしい。クリストフもはっと顔を上げた。


「寝ずの番ですか」

「いや、眠れなかっただけだ」


 疲れきった顔で何とか笑顔を浮かべるカイザ。レオンは眠るダンテを見た。


「……シドは」

「……」

「そう、ですか」


 カイザは、ふう、と大きく息を吐き出し俯く。クリストフは大きく伸びをしてソファーに寄りかかった。レオンはダンテからクリストフへと視線を流し、言った。


「…館石和が、パリスへ来た」


 クリストフは天井に向けていた顔をレオンに向け、眉を顰める。


「和が? 西部前線はどうした」

「詳しくは聞いていないが、壊滅状態なのだろう。彼自身、深手を負っていたからな」


 クリストフは表情を険しくして姿勢を正した。カイザは黙って二人を見つめている。


「で、あいつは」

「……蘭丸を、追った」


 その瞬間、クリストフはテーブルを強く叩いた。ダンテはびくりとしてクリストフの膝から頭を離し、起き上がる。レオンを睨むクリストフ、クリストフを見据えるレオン、目を見開いて黙り込むカイザ。ダンテは不安気に、三人を見回す。クリストフは横目にチラッとダンテを見て、テーブルに叩きつけた手を引っ込めた。そして、比較的灘らかな声で聞いた。


「何で止めなかった」

「……私が混迷している隙に、行ってしまった。彼もまた、混乱しているように見えたが」


 彼。ダンテはレオンが会った彼がわからない、しかし、


「彼は蘭丸の正体が世界の正体なのだと……言っていた」


 世界の、正体。ダンテの頭は、その言葉にとらわれてしまう。


「仮面の裏までは見当がついていないようだったが、彼は蘭丸を"同朋"だと言った」

「だが、ヤヒコは……」

「蘭丸は独断で動いている。伝承者、なのだろう? 仮に誰かの命令を受けているとしたらそれは、神の命ではないのか?」


 クリストフは言葉をつぐみ、レオンを見つめる。すると、黙っていたカイザがぼそりと呟く。


「……蘭丸は敵か、それとも、」

「私達とは違う目的で業輪を狙っております。結果的には、敵です」


 カイザは、レオンの抑揚のない声を耳に俯く。


「だが、蘭丸が知ることを繋ぎ合わせれば……シドのこともこれまでのことも、全てわかるかもしれない。それこそ、世界の正体と言える」


 レオンの答はもう、決まっていたようだ。


「足りないピースの導きよって物語の役者達はここへ集結したのだ。13巻の最終章を、飾るために」

















「何でアダムに蘭丸をやらせんだよ」


 バンディの不機嫌そうな声が響く、アダムに与えられた寝室。決して綺麗ではないが、広くすっきりと整えられていた。アダムが横たわるベッドに腰掛け、ルイズは言った。


「不満か?」

「当たり前だ。蘭丸だけは許せねぇ。俺にやらせろ」


 だらしなく椅子に座るバンディは鋭い視線をルイズに流す。が、ルイズがそれに威圧に応じるわけもなく。


「そう言うな。お前かアダムかで言ったらアダムの方が蘭丸の力に対抗できる」

「あいつは刀一本炎一吹きで軍一つをぶっ飛ばす」


 バンディの手には、もう枷はない。


「それに、今はサイも一緒だ。化物一人で化物二人なんか相手できるか」

「その化物と戦ってたじゃないか。私の許可なく、勝手気ままに」


 ルイズの言葉に視線を反らすバンディ。その様子を見て、ルイズの側に立つヨルダがクスクスと笑う。バンディはヨルダを睨んで、言った。


「あの時あいつはかなり弱ってたしアダムもいたからやれると思ったんだよ」

「それで、蘭丸とサイを片付けたら終いにアダムを仕留めて私の手を離れようと考えていたわけか」


 バンディは無言でそっぽを向いた。ルイズは足を組み直し、呆れたように溜息をつく。


「お前は本当に……清々しいくらいの性悪だな」

「盗賊が性悪で何が悪い」

「特に問題無い」


 張り合いのない返答にむしろ不快感を覚えるバンディ。ルイズは包帯を目に巻くアダムを見つめた。


「話は戻るが、蘭丸だけは神殿に入らせてはならない。そして、これ以上カイザ兄様との接触を許してはいけない」

「どうせ一人ずつ引き離して仕留めるつもりだったろ。蘭丸だけ急く理由は」


 バンディが横目にルイズを見ると、ルイズはアダムの方を向いたまま言った。


「我々は余計な詮索をする必要などない。どう転ぶかわからぬ危険因子を潰せれば、それでいい」


 ルイズの長い金の睫毛が、何かを諦めたかのように軽く下を向く。バンディにはわかっていた。詮索をする必要がないわけではなく、詮索する余地もないのだと。だからこそ、早く蘭丸を消そうとしている。


「……審判の日、神殿が姿を現したらば我々の協力関係も終りを迎えるまで、こちらが優位にあれるよう盤面を整えねばならない」


 自分で痛めつけておきながら、穏やかな視線をアダムに向けるルイズ。そんな彼を見て、バンディはルイズと戦う自分をふと想像した。


「勝つためには手段は選ばない。お前も、そうだろう?」


 ルイズの青い目が、バンディを捕らえる。バンディは、何も言わない。


「アダムの呪われた身体は、いわば切札だった。蘭丸は切札を使ってもおかしくない脅威的な存在であると、私は判断した」

「……切札切って手が尽きても知らねぇからな」

「我々は賭けをしているわけではない。手が尽きてしまわぬよう、お前がいるんだ。性悪なところも含め、お前には別の意味で期待している」


 

ーー期待してるぞーー



 バンディはルイズの言葉でギールの笑顔を思い出した。そして、眉を顰める。

 ルイズの冷たい期待と、ギールの温かな期待とでは全く違う。あの時カイザがいなければ……今頃はきっと、全く違う自分であれたのに。

 しかし、ルイズの冷淡な青い目は言うのだ。"期待したところで、お前は素直に応えようとはしないだろう"、と。

 あの時、ギールの言葉を素直に受け止められたなら……今頃全く違う自分であれたかもしれない。

 そう、考えかけて、やめた。

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