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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆帝都~蜘蛛達の都~
121/156

120.絶命覚悟の命乞いは

 コツコツと近付いてくる足音。踊り場に浮かぶ黒い影。


「……お前は、」


 クリストフの驚きを含む声。ダンテとオズマも驚愕に目を見開いていた。


「ルイズ・レオ・ド・クロムウェル……」


 仕込み杖を抜いて、ルージュがその名を呼んだ。踊り場に降りる直前で立ち止まり、少女達を見下ろすように振り返る青年。アンナ寵妃とよく似た金の髪に青い目、そして、顔半分を赤く染め上げる返り血。青年は無表情のまま、少し間を置いてから低く話し出した。


「…アポカリプス将軍、ダンテは誰だ」


 4人は顔を見合わせた。すると、オズマがダンテを肩から下ろした。ダンテは床に足をつく直前にくるりと足で円を描く。その上に降りると、少年の足元が白く光った。光の中で、少年の背丈がみるみる伸びてゆく。


「僕が、ダンテだよ」


 銀髪長身の男を目の前に、ルイズは驚いたのかそうでないのかわからない無表情で立ち尽くしている。じっとダンテを見つめたかと思うと、踊り場に着く最後の一歩を踏み出した。そして、少女達にその全身像を見せつける。豪華な黒い軍服、カイザに劣らぬ立ち姿、母と見紛う貫禄ある面持ち、そして……


「……!」


 黒い手袋をはめた手は、老人の首を持っていた。乱れた白髪を握られたその首は、切り口から血を滴らせている。ルイズは手摺から手を放し、ダンテに向かってその首を投げつけた。それを見てルージュが剣を振り上げる。


「待て!」


 オズマがルージュの腕に飛びついた。邪魔をされてルージュがふらつくと、首の断面が剣先に突き刺さった。ルージュは首を振り落とそうとするが、オズマに腕を掴まれた。


「何をするのです!」

「ルージュ! その首は……!」


 二人がもみ合っていると、ダンテが静かに言った。


「君が帝王をやったの?」


 ダンテの言葉に、ルージュは剣先に刺さった首を見た。虚ろな目、口角から垂れる血。帝王と呼ばれた男の……悲惨な姿。


「宮廷をグ-ルの巣にして、帝王の首なんか差し出して……何がしたいの? まさか、この期に及んで命乞いしようなんて考えてる?」

「その、まさかだ」


 敗北を認め、情けないことを口走るルイズ。しかし、その表情や態度は相も変わらず貫禄に満ちている。離宮とはいえ、名家の人間が生まれながらに持つ高貴な雰囲気。ダンテはわかっていた。危機的状況でこそこういう者達は毅然として振る舞うのだと。


「ルイズ……君。ルイズ君。帝王はおろか、帝国を潰してくれたことには感謝するよ。それ程に死にたくないんだろうね。僕は君を生かしておいてあげたいと思う」


 クリストフがダンテを横目に睨む。ダンテは不服そうな少女を見てにやりと笑い、ルイズに向き直った。


「君"だけ"見逃してあげる。アンナ寵妃とヨルダはどこ」


 ルイズは黙ってダンテを見つめている。その目にはなんの色も無い。


「鍵戦争。知らないわけじゃないよね」

「……」

「君のお母さんは聖母の親類を殺し、カイザの運命を狂わせ、美女の鍵を奪った。そしてヨルダは地獄門を開こうとしている。この二人は、見逃してあげることはできないよ」


 ダンテが微笑むと、ルイズはゆっくりと、口を開いた。


「……哀れな母だった」


 ……"だった"? 

 ルイズの言葉に、ダンテは片眉を上げた。


「私のためにと動いているようであったが、私は神の玉座になど興味はなかった。一人で勝手に夢を見て……息子と娘の本心も知ることもないままに、死んだ」


 死んだ。あのアンナ寵妃が。少女はきつくルイズを睨み、言った。


「あの女のことだ、息子を敵に接触させてまで生き延びようとしてるんだろ」

「クリストフ、」


 ルイズに疑いの眼差しを向けるクリストフに、ダンテが言った。


「……本当みたいだよ」

「……」

「死んでる」


 ルイズを真っ直ぐに見つめるダンテの目に映ったのは、白い部屋に横たわるアンナ寵妃の姿。喉元から広がる血の海に無言でたゆたう。クリストフがダンテを横目に、ルイズに向かって言った。


「……鍵はどうした」

「母を殺した者が持ち去った。当然ながら」


 ルイズの態度も相まって、クリストフには鼻につく物言いに聞こえた。少女の目が余計に鋭くなる。すると、怒りだしそうな少女を抑えつけるようにダンテが話し出す。


「いいよ。信じよう。でもヨルダは生きてるでしょ。こんなグ-ルの大群を召喚できるのなんてあいつくらいだからね」

「生きている」

「じゃあ出して。でなくちゃ君を生かしておくこともできなくなる」


 ルイズは何も言わず、微動だにせず……ふっ、と小さく笑った。ダンテはそれを見て顔を顰める。


「何がおかしい」

「いや、あなた方は命乞いの本当の意味を知らないのだなと」


 ルイズはずっと下ろしていた手をゆっくりと上げた。ルイズの背から姿を現したのは、分厚い一冊の書。ルイズはそれを顎に軽く当てて、薄く笑う。


「宮廷はまさに今あなた方の手の内にある。私の命も、何もかも。しかし、あなた方がどんなに追いかけても手にすることのできない真実は今、私の手の内にあるのだ」


 敗北と命乞い。それはルイズにとって情けないことでもなければ、なんの痛手でもない。いわば、駆け引きと交渉の一つでしかないのだ。冷たい薄笑いに、アンナ寵愛の顔が浮かぶ。クリストフは鉄扇を握りしめた。


「……親子の血は争えないな」

「あまり嬉しくはないが……褒め言葉として受け取っておこう」


 母のことも鍵戦争のことも、よく理解している。この青年と言葉を交わしたことをダンテは後悔していた。真実を手にした者が勝つこの戦いで、彼は自軍の"最終兵器"とも呼べる代物を差し出そうとしているのだ。おそらく、交換条件は自分とヨルダを見逃すこと。つまり、"再戦の機会"を与えることを要求している。


「あなた方も知っての通り、母は狡猾だが聡い女性だった。貴族の愛人から帝国の重鎮に成り上がり鍵を3つ手にいれる程にな」


 そんな女の血を引く青年を、ダンテは真っ直ぐ見つめる。


「だからこそ、母は二つの伝説を読み解き、業輪の在処と審判の日まで知ることができた。そして、次なる真実にまで手を伸ばしていた」


 次なる真実。


「……世界における神の真意と、その正体だ」


 クリストフの表情が固まった。ヤヒコが持つ真実を語る花でも口を割らないという神の真意。いや、誰も知ることを諦めるであろうそれを……あの女は。


「伝説の発祥、美女と鍵の系統、鍵戦争の意義……それらから母は導き出そうとしたのだ」

「…美女のあたし達ですら知ることは叶わないんだぞ! はったりも大概にしろ!」

「実際、男女関係も当人達より傍観者の方がより冷静に、客観的に理解できるものだろう? 母がよく言っていた。神に愛されたことを傘に着た美女はその余裕に浸って真実が見えていない、と」


 クリストフは唇を噛みしめ、ルイズを睨む。親子揃って、頭と口先が憎たらしい程よく回る。異臭が漂う階段はまさに、ルイズの空気に飲まれてしまっていた。


「……聖母様に納得していただいたところで、話を整理しよう。私は"命乞い"をする。帝王の首と母の秘録を差し出す代わりに、私に退路を与えて欲しい。今、すぐにだ」

「何が命乞いだ! この状況であたし達と交渉しようだなんて……!」

「クリストフ!」


 鉄扇を手に一歩踏み出したクリストフの腕を掴むダンテ。少女が振り返ると、ダンテは悔しげにルイズを見つめていた。ルイズは冷たい笑顔を浮かべて二人を見下ろしている。


「……冷静に、なろうよ」

「……」


 クリストフは舌打ちをしてその手を振りほどく。そして、ルイズに背を向けて数段降りた。ルージュは生首が刺さった仕込み杖をオズマに押し付けると、少女に駆け寄ってその肩を支えた。少女は焦げた死体を見つめ、考えていた。悩んだ時や頭に血が上った時はいつもフィオールが近くにいた。こんな時に限って、彼はいない。追い詰めたつもりが追い詰められ、少女は嫌に心細くなっていた。どうあっても、あの親子には手玉に取られてしまう。心をきつく、握りしめられてしまう。


「ルイズ君。一つ聞いていいかな」


 首を傾げ、ダンテが言った。


「君は神の玉座に興味がないんだよね?」

「ない」

「だったら、何でヨルダまで生かそうとするの?」

「ヨルダを生かしたいなどとは一つも言っていないが」

「"今すぐ"と言ったからには、そういう意味にもとれるよ」


 ルイズの顔から笑顔が消えた。見せびらかすように秘録を顎に当てていた手を下げて、言った。


「……あの女は私の"目的"において必要な存在だからだ」

「目的?」

「鍵戦争とは関係ない。答える義理はない」


 ダンテはここで力づくに秘録を奪うことはできないとわかっていた。最初に感じたヨルダの魔力。おそらく、交渉が決裂した時のために何らかの手を打っているのだろう。彼らは命をかけてこの交渉に挑んでいるのだから。帝国と母の秘録をかけてまで果たしたいその目的とは……


「少し、考えさせて」


 手摺に寄りかかり、気だるそうな溜息をつくルイズ。その瞳の向こうには、アンナ寵妃の近くに横たわる少女と一枚の絵があった。金の額縁に入った絵は、誰のものとも知れぬ血に塗れて何が描かれているのかわからない。これが、目的? この一枚の絵と彼が、ヨルダが、どんな因縁を持つというのか。


「……そんなに見つめても、何も見えまい」


 ルイズが言うと、ダンテはすっと視線を逸らして腕組みをした。


「あなたが私の心の景色を見ようとも、そこには穴の空いた絵が一枚あるだけだ」


 ダンテが再びルイズに目を戻すと、ふと、一枚の絵が見えた。同じ金の額縁。しかし、それに収まるのは……穴が空いた肖像画。少年、だろうか。その頭部にはぽっかりと穴が空き、近くには座り込んで泣きじゃくる少女がいた。


「……」


 これが、心の景色。何て暗くて……寂しいのだろう。血と、涙と、穴しか映らない。


「まだか?」


 自分の答一つで死ぬかもしれないというのに、構わず返答を急かす青年。ダンテは青年が持つ秘録を見た。哀れんではいけない。この交渉にはヨルダの命も天秤にかけられているのだ。彼への哀れみだけで判断してはならない。オズマは悩むダンテの背中を、心配そうに見つめている。ルイズは冷たくダンテを見下ろし、言った。


「早くしてくれないか」

「……」


 何故、こんなに死に急ぐ。

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