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Akashic Records~Edgar~  作者: 誠
◆ノーラクラウン~妖精の里~
12/156

11.女の屁理屈と変貌に男は弱い

  ダリを出た三人は大きな街を避けて東へ迂回し、妖精の里ノーラクラウンの宿にいた。


「もう疲れた」

「俺も……今日明日はゆっくり休もう」


  ベッドに勢いよく倒れ込むフィオール。部屋のソファーにもたれかかるカイザはぐったりとしながら労わりの言葉をかけた。


「あのババア、人をこき使いやがって」

「俺も今なら言える。ババアって罵れる」


  二人はそれぞれクリストフに言いつけられ、街に寄る度に与えらた……もとい、押し付けられた仕事をこなしていた。フィオールは伝説や鍵に関する情報を撹乱させるための操作と、争いに動き出している者達の情報収集。カイザはフィオールの護衛と、旅の資金調達のための盗賊業。ろくに休まず馬で走り、宿をとった夜には街へ出て一仕事。そんな日々が一週間程続いていたのだ。


「ったくよー! お前は何するんだって聞けば『あたし? あたしはエドガーの護衛』って、要するに何もしねぇんだろ!」


  枕に顔を埋めて足をバタバタさせるフィオール。


「マフィアに追っかけられて死に物狂いで宿に戻ったら、あいつ酒飲んで寝てやがった。あの時は本当に窓から放り投げてやりたくなったよ」


  カイザがある晩のクリストフを思い出して額に手を当てた。フィオールは哀れみの目を向けて、大変だったな、と一言。そして、身体をのそりと起こし、うなだれるカイザを見つめた。その視線に気付くカイザ。


「…何」

「お前、何でマフィアや同業者しか狙わねぇんだ?」


  カイザは言葉を詰まらせ、ふっと視線を逸らす。


「確かにお前の腕は一流だ。ギールが認めるのにも納得できる。でもな、さすがに狙いを間違えば命だって危うい」


  フィオールの言葉に、カイザは表情を渋らせる。


「今から危ない橋を渡ることもないだろ」


  カイザはなんと言っていいかわからない自分の心境を、ゆっくりと言葉にした。


「…ミハエルを掘り出して業輪が盗まれていると気付いてから、なんか、盗むってことに嫌悪感が湧いて……」


  困った顔をして話すカイザを、フィオールは呆れたように笑いながら見つめる。


「相手がマフィアだろうが同業者だろうが、盗むことには変わりないんだが。せめて、誰かの思い出を盗まずに済むなら俺みたいなクズを相手にしようって」

「何言ってんだよ」


  フィオールはベッドから立ち上がり、カイザの隣に座って彼の肩を抱いた。


「お前はクズなんかじゃない、どうしようもうない馬鹿だけどな」

「…貶してるんだよな、それ」


  煙草に火をつけながら疑いの眼差しを向けるカイザ。フィオールはそんな彼を見て笑った。


「やっぱりお前はギールの後継者だよ」


  フィオールに肩を叩かれながらカイザは首を傾げて煙草を吸った。さっきまで自分の身を案じて怒っているような雰囲気だったのに……隣で嬉しそうにしているフィオールが不思議でならなかった。

 そんな疑問を抱かせた当人フィオールは、マスターを殺して罪悪感に苛まれていたカイザが無意識のうちにマスターに似てきているのが嬉しくてたまらなかったのだ。


 ここでは語られないが、大盗賊ギール・パールマンは知る人ぞ知る英雄だった。それもほんの一時のこと。国を追われて盗賊に成り下がった彼の英雄伝は、また後程。


「今日の収獲はどうだった?」


  扉の方を見ると、クリストフが顔を出して覗き込んでいた。


「どっちもぼちぼちってとこだな」


  煙を吐き出しながらカイザが答えると、眉を顰めたフィオールがクリストフに歩み寄る。


「収獲どうこう聞く前にお前も働け!」

「あたしだって、いつも遊んでばかりいるわけじゃないんだぞ」


  相変わらず悪意もなく生意気そうに笑うクリストフ。少女は二人の前から姿を消したかと思うと……


「どうだ。可愛いだろ?」


  扉から現れたのは、ノーラクラウン土産の服を着せられたミハエルだった。黒い髪に映える淡い赤色の花飾りに、それと揃いの花が散りばめられ、刺繍も施された白い膝丈のドレス。フワフワとした妖精の羽を思わせるパニエから伸びる足の先には、白いビロードの靴。

  フィオールは綺麗に着飾られたミハエルを見てわなわなと震えている。クリストフはそんな彼など知らんふりでミハエルをせっせと椅子に座らせ足を組ませたり、ポーズと取らせたりして楽しんでいた。


「やっぱり可愛いな。あたしの見立ては間違ってなかった!」

「おいババア! 何が遊んでばかりいるわけじゃないんだぞ、だ! 完全に遊び尽くしてるだろうが!」


  フィオールが形相を変えてクリストフに怒鳴りかかる。クリストフはケロっとして振り返った。


「いつも死装束じゃあ可哀想だろ」

「死人なんだから当たり前だ! それにその金はカイザが汗水垂らして手に入れた金だぞ!」

「そのカイザは満更でもなさそうだが?」


  フィオールがクリストフの視線の先を見ると、俯いたまま動かないカイザがいた。


「おい、カイザ?」


  フィオールが彼の顔を覗き込むと、カイザは赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。その様子にフィオールは呆然と立ち尽くす。クリストフは得意気にカイザに話しかけた。


「カイザ、どうだ?」

「…良いと思う」


  照れ臭そうにボソリと感想を述べるカイザ。それを見てニヤニヤするクリストフと、呆れ顏のフィオール。


「数日はここで休むから妖精エドガーを抱いて寝れるぞー」

「いや、それは」


  からかうクリストフと赤面するカイザを見て、フィオールは言った。


「お前ら……これが死体だってこと忘れてないか?」


  クリストフとカイザが一斉にフィオールを睨んだ。その威圧感に顔を引き攣らせて後退りするフィオール。


「これとか言うなよ、ミハエルに」


 カイザが煙草をねじ消して言った。すると、クリストフがそれに便乗する。


「そうだ、謝れ。ついでにあたしをババア呼ばわりしたことも謝れ」

「そうだ。聖母クリストフになんてことを」

「カイザてめぇ! さっきお前、今ならババアって罵れるとか言ってただろ!」


 フィオールとクリストフの言い争いが煩い宿の一室。なんだかんだで三人、いや、四人の旅路も形になってきていた。妖精の服を着て椅子に座っているミハエルも微笑んでいる……ように見える。


「あ、そうだ。まだ買わなきゃいけない物があったんだ」


  クリストフが思い出したかのように言った。


「もうすぐ北に入るから防寒着買うぞ」


  フィオールがカイザの首を締める手を止めた。


「なんだよ、昼間市に出たんなら買っとけばよかっただろ」

「あたしが選んでもいいのか? お前らが着るのに」

「……」


  カイザがフィオールの腕を小刻みに叩くが、彼は黙り込んだまま動かない。


「よし、行くぞ。フィオール」

「は?!」


  やっと放され、カイザは首元を抑えて咳き込んだ。フィオールは嫌そうな顔をしてソファーに立ち上がる。


「今からか?!」

「早くしないと店が閉まる」

「なんで! カイザは!」

「留守番」


  カイザは苦しそうに笑った。


「所謂、荷物持ちだな」


  げほげほと咳き込みながら減らず口を叩くカイザ。それを憎らしそうに見つめるフィオールは首根っこを掴まれて夜の町へと引きずられて行った。










「あ、売ってそうだな」


  夜の市場。クリストフは人並みを掻き分けながら一軒の服屋に足を踏み入れた。フィオールは面倒臭そうにその後を追う。羽織物を物色する少女に、フィオールはブツクサと文句を垂れた。


「何で俺が……」

「お前も見ただろ?」


  クリストフは一着の羽織を手に取って鏡を見た。


「嬉しそうだったじゃないか、カイザ」

「……」


  フィオールはミハエルとカイザを思い出していた。旅をするようになっても未だに彼の気持ちがわからない。死体の彼女に対する怖いくらいの執着心。ミハエルが死体にしか見えないフィオールには理解し難い。フィオールが考え込んでいると、クリストフがくるりと振り返った。


「どうだ?」


  白い暖かそうな羽織。裾に黒い火のような模様がついている。


「ふーん」

「意見の一つも言えないのか、お前は」


  目を釣り上げて感想を求めるクリストフ。正直なところ、フィオールはどうでもよかった。そんな彼の視界にある物が飛び込んできた。フィオールはそれを見つめながら少し考え込み、少女に向き直った。


「似合う似合う。でもお前、そんな寒そうな格好の上にそれ一枚だけ羽織るのか?」


  フィオールはニタニタしながらクリストフを見つめた。その様子に、少女は怪訝な顔をして羽織をフィオールに投げつけた。


「いやらしい目で見るな、変態」

「ばっ、そんなんじゃねぇよ!」


  慌てて頭に投げつけられた羽織をズリ下げ、フィオールは叫んだ。


「だいたい! そんな下着みたいな格好して谷間見せつけておきながら見るなと言う方がおかしい!」

「これは立派な服だ。うちの国の伝統衣装だ」


  クリストフはぷいっとそっぽを向いて反論する。フィオールも負けじと言い返す。


「そんなの見てくれ襲ってくれと言ってるようなもんだろ!」

「はっ! 伝統衣装や流行り物を着てる女を男は誘惑してると思っているのか。単純だな。勘違いも甚だしい」


  フィオールはぐっと言葉を飲み込んだ。


「何度でも言う。これは列記とした衣服だ。お前達を発情させるために着ているわけじゃない」


  不敵な笑みを浮かべて言い放つクリストフ。フィオールの中で何かがぷつんと音を立てて切れた。


「寒そうだから心配してやったんだよ! お前こそいやらしい目で見られたとか、自意識過剰なんじゃないのか?!」

「実際、さっき怪しげに笑いながらあたしの身体を上から下まで舐るように見回してただろう」


  フィオールは先程視界に入った物を手に取って、クリストフに見せつけた。


「俺はな! 寒くなるからこういうのを着たらいいんじゃないかと思ったんだ!」


  フィオールが差し出す服を見て、クリストフは言葉を失った。確かに、暖かそうだ。暖かそうだが……


「…こんなブリブリの服、着れるか」


  クリストフが唖然とするのも当然。フィオールが手にしていたのはミハエルが着ていた物の型違いだったのだ。


「俺は思ったよ、ミハエルさんよりお前の方が似合うって」

「は?!」


  クリストフの柄にもなく裏返った奇声が店内に響くと、店員が足早に駆けつけてきた。


「あ、コレ。こいつに試着させてやって」


  フィオールは服を店員に手渡し、クリストフの頭を抑えつけながら試着室に少女をねじ込んだ。


「おい! 絶対着ねぇぞ!」

「こんなこと言ってるけど照れてるだけだから。力尽くでも着せてやってくれ」


  店員は困惑しながらも必死に頷いていた。騒ぐ程嫌がるクリストフと無表情のフィオールに何か唯ならぬ空気を感じたようだ。ドスの効いた騒ぎ声と共に、少女と店員はカーテンの奥に消えた。

  ギャーギャーと賑やかな試着室を横目に、フィオールはニヤニヤしながら自分とカイザの羽織を物色していた。彼は普段の鬱憤を晴らすため、少女に似合いそうにもない服を着せて大笑いしようと考えていたのだ。ミハエルとは対極的なクリストフにミハエルが着こなした服の型違いなんて似合うはずがない、と。


「触るな! それくらい自分でできる!」

「しかし、恋人を喜ばせるには外した方が」

「恋人じゃねぇ!」


  試着室の会話に、フィオールは固まってしまった。店員にあらぬ誤解を招いてしまったようだ。


「この靴を履けば旦那様も……」

「旦那じゃねぇよ! 勝手に話進めんな!」


  フィオール選んだ羽織で顔を隠し、しゃがみ込んでしまった。少女を陥れるつもりが、自分まで恥ずかしくなってしまうなんて……フィオールはバクバクと音をたてる心臓が落ち着きを取り戻すのをじっと待った。


「あーもう! それだけは嫌だって!」


  少女の叫びと共に、カーテンが勢いよく開いた。驚いたフィオールがしゃがんだまま顔を上げると、そこには頬を赤らめ、困ったようにカーテンを握るクリストフがいた。威圧感を放つ金のアクセサリーを外し、フワフワしたドレスを身に纏った姿は聖母ではなく、まさしく少女であった。

 フィオールはすっかり忘れていたが、外見年齢だけならば16、7歳程で誰もが振り返る容姿のクリストフだ。似合わないはずが、なかった。フィオールは口を開けて少女を見つめていた。色白なミハエルのしっとりとした雰囲気とは違い、クリストフのドレスから覗く褐色の肌は見る者に無邪気な印象を与える。カーテンにしがみついて恥らう少女の姿に、フィオールは……


「…負けた」

「あ、あたしがエドガーに勝てるわけねぇだろ! 何考えてんだ!」


  羽織に顔を埋めて首を小さく横に振るフィオール。


「…似合ってる」

「…は?! なっ、何言って……」

「可愛い」


  うなだれるフィオールの言葉に、少女は顔を真っ赤にしてカーテンを閉めた。


「ね? 旦那様も似合うとおしゃって……」

「だから、旦那じゃねぇって言ってんだろ!」


  フィオールは目だけ出して試着室の方を見た。そして、また下を向いた。


「くそっ。ババアのくせに……あれ着たらただのガキにしか見えねぇ」


  立ち上がって、少女が放り投げた羽織を拾った。


「待てよ? そんなガキにときめくなんて、俺……」


  フィオールははっと顔を上げた。


「まさか、変態……?」

「誰が変態なんだよ」


  突然背後から声をかけられ、跳ね上がって驚くフィオール。振り返ると、不機嫌そうなクリストフがじっと睨んでいた。いつもの露出度の高い服、派手な金のアクセサリー、黄金色の瞳が埋まる、鋭い吊り目。


「あ、いや」

「…選んだか」


  フィオールが頷くと、少女は彼が持っていた羽織を受け取って背を向けた。


「次はあたしの靴を買いに行くからな」


  そう言って少女は精算のために店員のところへ歩いて行った。その背中を見つめた後、カーテンが開かれた試着室に目を移すフィオール。そこには、脱ぎ散らかされたドレスがあった。


「……」


  女であれば可愛らしい格好にも憧れるだろうにクリストフからはそういった雰囲気は微塵も感じられない。せっかく似合うのに、どこか勿体無いような気がした。

  フィオールは深く息を吐いて、精算するクリストフの小さな背中を見つめていた。


「また旦那様とご来店ください」

「…もう二度とこねぇよ」


  眉をヒクつかせてクリストフは言った。もう弁解するのは諦めたようだ。

 その様子を見ていたフィオールは考えていた。美女の一人であるミハエルが生きていたとして、カイザと結ばれることはあったのか……仮にクリストフと自分が結ばれたとして普通の男女になれるのか。考えても仕方のないことだとわかっていながらも、頭をぐるぐると回る。不思議な不安が、ぐるぐると。







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